それではその7、どうぞ
「んぅ…」
窓から季節柄暖かい光が差し込んでくる。俺はその光で目を覚ました。
「朝か…」
結局昨日のひと悶着は夢ではなく、紛れもない現実だった。その証拠に俺は今志那津荘にいるわけではなく、朝武家にいる。部屋は1人だと持て余してしまうほどに広く、奥の方に、箪笥や掛け軸などが飾ってある。いわゆる書院造のような部屋になっている。
ただそんな和風建築に似合わないくらい、現代技術の塊が机に置いてある。家から持ってきたパソコンや外付けメモリ、各種コードなど仕事に必要な周辺機器がそれだ。
「一先ず着替えるか」
因みに昨日のことは菊岡に報告済みだ。こういうのは早く連絡するに限る、報連相だ。その報告というのは…
──────────
「電話で報告するか」
環境が一気に変わったため、仕事に影響が出るかもしれない。とりあえず菊岡に報告して、助言を仰ぐことにした。
プルルッと電話のコール音が一回なった後、菊岡に繋がった。
『もしもし』
「菊岡、俺だ」
『珍しいね。諒君の方から電話を掛けてくるなんて。どうしたんだい?』
「ちょっと厄介なことになってな」
事の顛末を菊岡に話した。これを話すことは安晴さんや玄十郎さんから了承をもらっている。まあ菊岡は勝手に他人にバラしたりしないと思うから平気だとは思うが。
「…ということなんだ」
『なるほどね。はは』
「何笑ってるんだよ」
『いや、君も和人君に負けず劣らず巻き込まれ体質だと思ってね』
失礼な奴だな。
「俺だって巻き込まれたくて巻き込まれてる訳じゃねえよ」
出来ることなら平凡に過ごしたい。
「で、どうすればいい?」
『そうだね…仕事の方には影響出そうかい?』
「若干スピードが落ちるくらいで多分大丈夫だと思う」
『分かった。じゃあそのまま続けてくれ』
「了解」
『宿には私から連絡しておく。学校にもそのまま通ってくれ』
「分かった。頼む」
それじゃと言い電話を切る。とりあえずこのまま続行と。
「ふうー…なんか疲れたな。今日は早く寝よう」
明日から早速仕事があるし、それに備えて早めに寝ることにした。
──────────
「納期は延びるかもなぁ…」
そんなことを考えながら着替えを終える。ああ、そう。将臣とは別々の部屋だ。将臣は朝武さんの許嫁みたいな立ち位置になり、将臣自身もかなり渋ってはいた。その時に彼女もいなければ好きな人もいないという悲しき事実が出てきたが。…まあ、かくいう俺もいないけど、な、泣いてなんかないわいっ。…まあともかく、その後は玄十郎さんが将臣に頭を下げ、流石に将臣もこれを無下にできなかったのか、了承したという訳だ。なかなか大変なことになったなぁ…
「まあ、リビングに行くか」
軽く身支度を整え、リビングに移動した。
「おはようございます」
「あ、おはよう」
「おはよう」
そこに居たのは、将臣とムラサメの2人だけ。時間は7時を回っており、もう少し誰かいるかと思ったけど、何かやってるのかな。
「2人だけ?」
「ああ、朝武さんはまだ起きてきてなくて、安晴さんは朝の仕事をしてるみたい」
「こんな朝早くから?」
「神主だからな。いろんな準備があるのだ」
なるほど。忙しそうだ。
「手伝いに行っても邪魔になりそうだな」
何も知識を持たないやつが行ったところで出来るのは掃除くらいだろう。逆に邪魔になりそうだ。
「そう思って俺も行かなかったんだけど、なかなか手持無沙汰なんだよね」
「だったらムラサメと話してればよかったじゃないか」
「いや~、なんかね?」
「なんかってなんだよ」
そんな感じで将臣と話していると、部屋の襖が開き
「ふぁ~…おはよ~…」
まだ眠そうな朝武さんが入ってきた。
「ども、おはようございます」
「朝武さん、おはよう」
「…」
「どうしたの?」
こっちを見るなり、その場で固まってしまった。
「ッ!」
そして動いたと思ったら、痕がつくくらい、思いっきり自分の頬を叩いた。
「…い、痛い…」
自分で思ったよりも痛かったのか、少し涙目になっている。
「大丈…夫?」
「これくらい…大丈夫です…」
とてもそうは見えないけど。
「涙目になっておるではないか」
「そんな思いっきり叩かなくても…」
「これは…さっきの欠伸のせいです。別に痛くて泣いてる訳じゃないですよ」
「それは無理がある気が…」
「何か言いましたか神谷さん?」
怖ッ!そんなに睨まなくても。
「ともかく、コホンッ!…おはようございます」
「うん。おはようございます」
「おはよう」
やっと落ち着いて挨拶が出来た。涙目ではあるが。
「今更取り繕っても手遅れだと思うのだがの」
「取り繕ってないです。これが普通です。ムラサメ様も変なこと言わないでください」
「吾輩は事実を言っただけなのだがな。大体、芳乃とご主人は結婚するのであろう?朝が苦手なのも知っておくべきなのではないのか?」
「結婚はしません」
ズバッっと言い切った。哀れ将臣。
「なら許嫁?」
「そういう問題じゃありません!神谷さんわざと言ってませんか?」
「まさか。そんなことないよ」
まあ若干煽りも入ってなくはないけど。そこ言ったら普通に怒られそうだから言わないでおく。
「わはは、芳乃は律儀に反応してくれるのう」
「とにかく!結婚はしませんから。お父さんが勝手に言ってるだけです」
随分と結婚を嫌ってるようだ。まあ無理もないか、突然押し付けられたに近いからな。
「有地さん」
「は、はい」
今度は将臣の方を割と真剣な顔で見る。
「さっきは気を抜いていただけで、違いますから。本当に違いますからね!へ、変な期待とかしないでくださいね!」
結構気にしてるんだな…
「私はお父さんに、有地さんは玄十郎さんに言われて、押し付けられただけなんですから、お互い上手くやり過ごしましょう」
「あ、あぁ…」
将臣が朝武さんに若干気圧されている。
「寝間着のまま、頬を赤くさせた状態で言われてもしまらんなぁ」
「あ、それは言わない方が…」
結構気にしてるみたいだし、さっきから何回も言ってたから…
「ムラサメ様!話があるので来てくださいませんか!?」
やっぱり…
「そこまで怖い顔せんでも…わかった、行く」
やれやれといった様子でムラサメが答える。
「それと有地さん、神谷さん体調は大丈夫ですか?どこか違和感はありませんか?」
「いや、変わったところはないけど」
「俺も大丈夫」
慣れない生活をしてる俺ら2人を心配してくれる。優しい人だな…
「心配するな。吾輩のご主人になったからって身体に影響は出ない」
「なに!?不穏すぎるんだけど!?」
流石に生身の人間の体に影響が出たりはしないだろ。
「そういうことではなく、慣れない生活ですから体調に変化はないか気になっただけです。でも何もないのならいいんです。失礼します」
そう淡々と言うと、朝武さんはリビングから出て行ってしまった。
「将臣を心配してくれてるから、優しい子なんだろうけど…」
「なかなか棘が」
きつい言い方で拒絶しようとしているが、慣れない生活を強いられている俺と将臣のことを心配してくれてるように本心が隠しきれてない。無理をしてるように見える。
「ふぁ~…」
「まだ眠いのか諒?」
「そうだな…ちょっと軽くシャワー浴びてくる。朝武さんと安晴さんが先に戻ってきたら伝えといてくれ」
「OK。わかった」
将臣に伝え、リビングから出て、風呂場に向かった。
「ふう~…」
自分で思ったよりも疲労が溜まっていたのか、起きてもまだ眠気が残っていた。その眠気を醒ますのであれば顔を洗うだけでもいいかもしれないけど、なんとなくシャワーが浴びたくなった。
「よいしょ」
風呂場のドアを開けると、ゴトッという音がした。その音がしたところを向くと
「…丸太?」
丸太が落ちていた。
「なんでここに丸太が…」
普通の家の風呂場の脱衣所に絶対ないであろう物が落ちている。いまいち状況が掴めない。そんな時、背中に嫌な感覚を覚えた。ただ周りを索敵する前に首元に何かが突きつけられる。
「動かないでください」
鋭い声で制される。そして背中にも何かが押し付けられる。
「(これはまさか…あれか!)」
男では絶対に持ちえないものが押し付けられている。ここまで言ったら分かるだろう、まあ…あれである。男だからしょうがないだろう…こんな状況なのに若干楽しんでいる。
「え、あ、ええ…」
「動かないでください。動くと刺します」
底冷えするような冷たい声で言われる。結構やばい…かも…
「あ、あの決して怪しいものじゃ…」
「この状況で怪しくないと言い張りますか?」
逆に他の人に見られたら、変な勘違いされそうな場面なんですけどね!
「ワタシの質問にだけ答えてください」
「…はい」
何これ尋問?
「何の目的に侵入してきたんですか?」
「いや、侵入したわけじゃ…」
「じゃあ暗殺ですか?」
「暗殺ってそんな昔の話じゃ…あーもう」
このまま行っても平行線だ。素直に訳を話した方が納得してくれる気がする。
「俺は無断で侵入したわけじゃないんです。安晴さんに叢雨丸の使い手になれたかもしれないって言われて、玄十郎さんの志那津荘では預かれないってことになって昨日からここにお世話になってるんです」
「本当ですか?」
「ええ、なら安晴さんとなんならムラサメに確認してもらえれば」
どうだ?信じてくれるか?
「ムラサメ様を知ってるんですか?」
「?ええ、知ってますし、見えますし」
それを言うと、僅かだが驚きを感じさせる。
「…あのお名前は?」
「神谷諒です」
俺の名前を聞いた途端、合点が行ったようで少し慌て始めた。
「あ、神谷諒様でしたか、も、申し訳ありません!失礼なことを!」
首に突きつけられていた何かが離れる。冷静になった俺はそれを視認すると
「ッ!?」
全身の毛が総毛だつ感覚を覚えた。
「その御神刀を抜かれた方とは別にいると聞いてはいたんですがまさか住んでるとは思ってなくて」
女性が何かを言っているが、俺の頭に入ってこなかった。俺の首に突きつけられていたのは“クナイ”。忍者が使ったとされる両刃の道具で、その使用用途は多岐にわたる。後ろにある穴に縄を通し、木や壁に刺すことで登りやすくしたり、水を張り、鏡のように用いるのもあったようだが、主な用途は殺人。
「──ぁっ」
喉からしゃがれた声が出る。殺人という忌々しい二文字を考えた途端、ある光景がフラッシュバックし、体が一気に硬直する。
「あの、どうかなさいましたか?」
声を掛けてくれるが、返事も出来ない。やがて呼吸が荒くなり、その場に立っていられなくなる。落ち着けようとしてもあの光景が、
「大丈夫ですか!?」
心臓の鼓動は早くなり、それに伴いさらに呼吸が荒くなる。そして脳に十分な酸素が行き届いていないのか、段々頭がぼおっとしてくる。
「しっかりしてください!」
俺の体を支えてくれるが、力が一切入らない。そしてここまで俺の意識を保ってくれた何かが切れ、一気に視界が暗転し、俺は意識を失った。
GWに入りましたねー。まあ今年のコロナのせいでどこにも行けないので執筆が捗りそうです。
次回もよければどうぞ
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