モフモフ海鮮幻想郷   作:アシスト

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こんなご時世ですので
グルメ小説に挑戦してみました。



鰤と幻想入り

 

 

「きゅー」

 

その日のお客さん第一号は、角の生えた緑色のモフモフだった。

 

 

都内からは遠く外れ、帰宅ラッシュの時間帯でさえあまり人が通らないような寂れた田舎町。そこにひっそりと佇む、古びた居酒屋の一国一城の主こそが俺である。

 

師匠の下から卒業し、自分の店を構えること早一ヶ月。ようやく自分の店が持てたと舞い上がっていたのはもう昔の話。今はどうやったらお客さんが来てくれるかを考えることに頭を悩ませる毎日だ。

 

別に全く来ないわけじゃない。『こんな廃れた商店街の隅っこに居酒屋なんてあったっけ?』と物珍しさに乗じて立ち寄ってくれるありがたいお客さんもいる。けど、場所が場所なだけあって常連と呼べるほど来てくれるお客さんはまだいない。

 

味には自信があるけれど、やっぱり立地の問題かねぇ。

いやでも仕方ない、都内は物価がえぐかった。

 

「きゅー」

 

過去を振り返ることで目前の現実から目を背けていたが、そろそろ直視しないといけないようだ。

 

緑色の体毛、立派な角、フワフワなしっぽにかわいいおてて。出入り口の戸をスルリと開けて入ってきたのは、そんな小動物。

 

いやなんぞこれ。

 

「きゅー?」

 

こちらから近寄っても逃げる様子もなかったので、試しに抱きかかえてみる。

 

「きゅー!」

 

なんだこのモフモフ。

すごくモフモフしてるぞ。

 

モフモフ以外の言葉が出てこないほどモフモフしている。俺に抱きかかえられてもモフモフは嫌な顔一つせず、撫でてほしそうに「きゅー!」と鳴く。なんだこのかわいい生き物。ナデナデ。

 

知能もありそうだし、居酒屋(うち)に入ってきたってことはお腹がすいているのだろうか。何を食べるかわからないが、試しにお通し用の枝豆でも与えてみよう。

 

短い手(足?)を器用に使って枝豆をモグモグと食べるモフモフ。教えた通りに中の豆だけを食べているところを見ると、やっぱり知能はかなりのもののようだ。こっちの言葉にも理解したうえで反応してくれるし、人慣れもしてる。このモフモフはどこかで飼われていた子なのだろう。

 

となると飼い主を探さないといけないね。

モフモフよ。お前は一体どこから来たんだ?

 

「きゅー」

 

なるほど。わからん。

 

 

とりあえずカウンターテーブルに小さめクッションを置き、その上にモフモフを座らせておく。外はもう暗いし、明日の朝一に交番に連れて行ってあげるから、今日は招き猫ならぬ招きモフモフをしてもらおう。お客さんが来たら元気よくきゅー!だぞ。

 

「きゅー!」

 

うんうん。そんな感じ。

さて、今日はどのくらいお客さんが来てくれるかねぇ。

 

そう考えた矢先、出入り口の戸が再びガラリと開かれる。

 

「うぃ~っく………この店、あいてる~?」

 

その日のお客さん第二号は、角の生えた幼女だった。

 

 

……ごめんねお嬢ちゃん。ここ居酒屋なんだけど。

あと角って今流行ってるの?

 

「おじょうちゃん~? なかなかほめ上手な人間だねぇ……よし決めた! 今日はー、ここで飲もう!」

 

俺の言葉に何故か上機嫌になった幼女は、千鳥足ながらも俺の向かい側、カウンター席へと座る。

 

今の反応からすると、この娘は幼女は幼女でも合法な幼女なのだろう。見た目は小学生低学年も良い所だが、実は社会人5年目ぐらいなのかもしれない。あの角みたいなのはきっとカチューシャか何かだろう、うんうん。

 

幼女は右手に持っていた紫色の瓢箪に口をつけ、グイっと一杯飲み込んだ後、満面の笑みで注文を唱える。

 

「ぷはーっ! よし、おやじぃー! この店でぇ、一番おいしいおさけとさかなをぉ~、よろしくぅ~!」

 

しかしこの幼女、既に出来上がっておる。

あと俺はまだ25です。おやじではありません。断じて。

 

 

 

 

 

*————————*

 

 

 

「がぁー……ぐごー……zzz」

 

「きゅー!」

 

幼女の相手をすること一時間。最初から酔っぱらっていたこともあってか、幼女はすやすやとカウンターにうつ伏せるように眠ってしまった。幼女の肩に毛布を掛けたところで、今度はモフモフが元気よく鳴く。

 

つまり、新しいお客さんが来店したということだ。

 

「ごめんくださいまし。2人分の席は空いているかしら?」

 

紫色のドレスを着た金髪の女性と、水色の着物を着たピンク髪の女性の二名様がご来店。

 

二人とも外人さんかな? すごく美人だが……何かのコスプレだろうか。とても派手な格好をしておられる。

 

ともかく、いらっしゃいませ。カウンター席にどうぞ。

 

「珍しいわね紫。いつもなら白玉楼(うち)で飲むのに」

 

「たまにはいいでしょう、2人だけで外で飲むのも。それにこのお店は特別でね、グルメな幽々子も気に入るわよ」

 

「まぁ、紫がそう言い切るなんてもっと珍しい。それなら妖夢に勝るも劣らない、美味しい料理に期待しちゃおうかしら」

 

「ええ。そういうわけで大将さん、美味しい肴をおまかせでお願い。あ、お酒は生中で」

 

かしこまりましたー。

まずはお通りの枝豆と生二丁の用意をっと。

 

「なまちゅう?」「麦酒のことよ。ビールとも呼ぶの」「紫はものしりねぇ」と2人の会話を小耳にしながら準備を進める。

 

会話から察するに、紫と呼ばれた女性はうちの店のことを知っていたみたいだ。それはとても喜ばしいのだが、特別とはどういう意味だろう。確かに変わった場所にあるけれど、特別かと言われるとそうでもないと思うのだが…まぁいいか。とりあえず今は準備に専念しよう。

 

「きゅー!」

 

ん? どうしたモフモフ。

えっ、もしかして手伝いたいの?

 

……その短い手でお盆は持てる? おっ、意外にいけそうだね。そこにジョッキ二丁と枝豆の小皿をっと……そうそう、落とさないようにお客さんの下へ……よしよしその調子。

 

「きゅー」

 

「あらあら、かわいくてモフモフな店員さんね。特別ってこういうこと紫?」

 

「これはこれで特別だけれど、驚くのはまだこれからよ幽々子。ありがとう、すくすく」

 

「きゅー!」

 

紫さんは優しくモフモフを撫で、お盆の上の料理を受け取る。

 

ほほぅ、すくすくと言うのかこの生き物。日本には馴染みがないだけで、海外では有名な動物なのかね。これだけ可愛いなら日本でも人気が出そうなものだけど……あとでググってみよ。

 

頭の片隅でそんなことを考えながらも料理の準備を進めること数分、まずは一品目の用意が完了。

 

 

一品目の料理は(ブリ)のお刺身です。

この時期の寒ブリは脂がのってて美味しいですよー、醤油とわさびをお好みでどうぞ。

 

「これは、お魚? 生で食べるなんて初めてだけれど……おなかが痛くなったりしないかしら?」

 

幽々子と呼ばれた女性が出された料理を見て首を傾げる。

 

外人さんは生モノに苦手意識を持つ人が多いと聞くし、初手にお刺身はハードルが高かったかもしれない。

 

だがしかし。ブリはまず生で味わってほしい。今日の鰤は特別新鮮なものが手に入ったし、もちろんお腹も痛くなりません。お口に合わなかったらお安くしますので、だまされたと思って一口どうぞ。

 

「大丈夫よ幽々子。たとえお腹を壊しても貴女は幽霊。死にはしないわ」

 

「ひどいわ紫、幽霊だって痛いのは嫌なのよ。でも不思議と美味しそうに見えるし…」

 

恐る恐るも、幽々子さんは丁寧な箸使いで一枚、ブリのお刺身を口に運ぶ。

 

「……ッ!」ガタッ!

 

瞬間、勢いよく眼をカッと見開き、カウンター席から立ちあがる幽々子さん。

うえっ、なんぞ。

 

 

「なっ、なんて新鮮で濃厚な味…ッ! 噛むたびにあふれる、お肉にも引けを取らない脂の甘みと旨み……こんな美味しさがまだ幻想郷にあったなんてッ! もしかして河の底には、私の知らない未知の味が眠っている……ッ!? 妖夢ーッ! 釣り竿の用意よーッ!」

 

「きゅー!!」mgmg

 

 

高らかに叫ぶ幽々子さんとすくすく。

 

……ええっと、うん、アルコールのせいかな。テンションがおかしいけれど、美味しさに感動してるには違いない。お口に合ったようで何よりです。

 

すくすくもお客さんに合わせて鳴かなくても……ってああッ!? お客さんに出した料理を食べるんじゃない! お前も美味しさのあまり叫んでたのか!

 

「きゅー…」

 

だって美味しそうだったんだもん…って。それはそうかもしれないけど、 お客さんに提供する料理は食べちゃめっ、だぞ。次から気を付けるように。

 

申し訳ありませんお客様。すぐにお刺身の追加をご用意します。

 

「いえ、いいのよ。こんなにおいしいお魚、独り占めしたら悪いもの。たくさん食べていいのよモフモフちゃん。大丈夫、今日は全部紫持ちだから」

 

「え゛っ」

 

「きゅー!」

 

正気に戻ったのか酔いが一時的に醒めたのか、幽々子さんはゆっくりとカウンター席に腰を下ろし、すくすくを優しくなでる。紫さんの顔が一瞬引きつったように見えたが、まぁ俺には関係ないよね。

 

「それにしても驚いたわ。生のお魚ってこんなにも美味しいねぇ。お腹を痛めてでも食べたいと思う人間の気持ちもわかるわ、ねぇ紫。……紫? どうかした?」

 

「……なんでもないわ、ええ、なんでも。気に入ってくれたようで何より。でも幽々子、妖夢に釣りに行かせるのはやめてあげなさい。半ベソで帰ってくるだけだから」

 

「あらそうなの? それはそれで一興だけれど」

 

「何故ならブリは、幻想郷には在りえない海を泳ぐ魚ですもの……あらホント、脂が美味しいわね。これはビール案件だわ」

 

「海のお魚……あっ。なるほど、そういうことだったのね。ということはもしかしてこのお店、紫が繋いだの?」

 

「偶然よ。素質を持っていたのが偶々このお店の大将だっただけの話。私は彼とすくすく白沢(この子)の出会いをお手伝いしただけよ……ぷはーっ! この喉越しがたまんないのよねーっ!」

 

「紫、取り繕えてないわ」

 

「もーいいじゃない、お酒の場ぐらい素でいたって。もう疲れたの私。大将おかわり。次は生大でお願い」

 

かしこまりましたー。

生大入りまーす。

 

えっ? 二人の会話に突っ込まないのかって? しないしない。

 

ゲンソウキョーとか外の世界とか、確かに突っ込みどころの多い会話だったけど、きっとあれでしょ。コスプレしたキャラを演じてる的な奴に違いない。

 

俺の知り合いにも一人、そういうのが好きな奴がいる。周りがどう思うかは別として、演じてる本人は楽しいみたいだし、ここはお酒の場。好きにやってもらうのが一番だよ。

 

すくすくもそう思うだろ?

 

「きゅー!」

 

だよねー。節度さえ守るなら、お酒は楽しく飲むのが一番さ。

 

さてと。紫さんはビールが好きそうだし、生大と一緒にこちらの料理をお出ししようか。

 

 

二品目はブリの照り焼き。濃厚なタレと柔らかいブリの身がベストマッチな一品。

少し濃い目の味付けにしてあるので、ビールとの相性は抜群ですよ。

 

「まぁ、良い色に良い香り。お酒にもだけど、これは白米とも合いそうねー……ちらちらっ」

 

幽々子さんが唇に指を咥えてこっちを見てくる。

ふふふ。もちろんご用意できますとも。はいどうぞ。

 

甘辛いタレがしみ込んだブリの身を、白米と一緒に頬張る幽々子さん。和食が似合うなぁこの人、食べる姿に不思議な色気を感じる。

 

「もぐ……んーっ! 美味しい! やっぱり相性抜群ね! 甘辛いタレにも負けないブリの旨み、とってもいいわ。紫もそう思わない?」

 

「たいしょーッ!! 生大もう一杯ーッ!」

 

「あらー……紫ったら全く聞いてない。それにしても今日はペースが早いわねぇ」

 

「だってこれ、最高にビールと合うんだもの。それにここ最近、藍に飲みすぎだって怒られて禁酒させられていたから、今日はじゃんじゃん飲むわ!」

 

「きゅーっ」

 

「あら、ありがとうすくすく。 はぁー…お酒美味しー…」

 

ふむ。幽々子さんは料理を楽しむタイプ、紫さんはお酒を楽しむタイプっぽいね。しかしすくすくよ、いつの間にビールを注いだんだ。いやいいけれど。

 

幸せそうな顔で料理を食べる幽々子さんと、幸せそうな顔で生大をイッキする紫さん。お客さんの幸せそうな顔を見ると、やっぱり店を持った甲斐があったなぁと思える。いつかはもっと大きなお店を持って、もっと多くの人に料理を食べてもらいたいものだ。

 

そのためにはまず、目の前のお客様により満足してもらわないとね。よし、最後の鰤料理、お出ししますかね。

 

最後の料理はブリ大根。

先ほどの照り焼きと違って優しい味付けとなってます。ビールもいいですが、こちらは日本酒と一緒に食べるのがお勧めですよ。

 

「それは聞き捨てならないわね。じゃあ日本酒をジョッキでむぐぐ」

 

「盃2つでお願いねー」

 

「ちょ、幽々子。なんで遮るのよ」

 

「だって私たち、まだ乾杯してないもの。乾杯は盃でするのが私たちの鉄板でしょ」

 

「むっ……そういえばしてなかったわね」

 

日本酒をジョッキで出さずに済んだことに内心ホッとしながら、お酒の入った徳利(とっくり)と盃をお盆に乗せて2人に差し出す。

 

「それじゃあ紫、今日は何に乾杯しましょうか」

 

「そうねぇ、じゃあ私の10日振りの飲酒に」

 

「もっとちゃんとしたのがいいわ」

 

「冗談よ。目が怖いわ幽々子。では……幻想郷と海鮮居酒屋『アキ』との出会いに」

 

 

『乾杯』

 

 

 

 

*————————*

 

 

 

 

「ふぅ…ごちそうさまでした。甘く煮込まれたブリに、ブリの出汁が染みた大根……天にも昇る美味しさだったわ」

 

「貴女はもう天に召された身でしょうに」

 

 

カウンターに並べた料理も、作り置きしていた鍋の中身も綺麗さっぱり完食された。

 

いやぁ、見てて惚れ惚れするほどの食いっぷり飲みっぷりだった。まさか今日仕込んでいた食材を全て食べ尽くされるとは。

 

特に幽々子さんの食べっぷりはフードファイターかと思えるほどすごかった。逆に紫さんは飲みっぷりがヤバかった。結局日本酒をジョッキで飲んだし。人外の如き飲みっぷり、すごい肝臓をお持ちですね。

 

「当前じゃない。妖怪だもの」

 

「私は幽霊よー。ひゅ~どろどろ~」

 

あはは。さいですか。

 

 

「すぴー……くかー……」

 

「きゅーっ」

 

飲みっぷりと言えば、幼女の飲みっぷりもなかなかだったが、まだ眠っている。すくすくが起こそうと耳元で鳴いても起きる素振りすら見せない。

 

「……れいうぅ……まだまだのみたんらいよぅ……ぐがー……」

 

しかも夢の中でまだ飲んでらっしゃる。この幼女、相当なアル中だね。まだ幼女なのに……。

 

しかし、そろそろ閉店の時間だ。気持ちよさそうな寝顔で眠っているところ申し訳ないが、起きてもらわないと困る。お会計もまだだし。

 

「大将。心配しなくても萃香は私が送っていくから大丈夫よ。会計も私が出しておくわ」

 

おや、お客さんのお知り合いでしたか。

ではお言葉に甘えて、よろしくお願いします。

 

「今日の紫は優しいのね。いつもなら見かけても放っておくのに」

 

「他の店ならね。けれどこの店は、幻想郷と外の世界の両方に属した、最も曖昧な場所にある。萃香が目覚めた後、寝惚けて裏口から出られると面倒だから、霊夢のところにポイしておきましょ。はい、ポイっとね」

 

そういって紫さんは幼女に向かって扇子を開くと、幼女は椅子の中に吸い込まれるかのように消えていった。ん?

 

幼女の座っていた椅子をよく見ると、ナニかが開いており、その中には無数の目玉がこちらを覗いていた。え?

 

扇子が閉じられると同時に、そのナニかも閉じる。

そして紫さんは何事もなかったかのように、こう言った。

 

「こうして出会えたことも何かの縁。言いたいことはあるだろうけれど、先ずは表口から見える景色をご覧になって」

 

紫さんに言われるがまま、俺は出入り口の戸を開き、外へ出る。

 

そこに広がっていたのは、ようやく見慣れてきた寂れた田舎町……ではなく、どことなく懐かしさを感じさせる、古き日本を里を再現したかのような光景だった。

 

念のため後ろを振り向くと、そこにあったのは間違いなく俺の店。掲げられた『海鮮居酒屋アキ』の看板がそれを証明している。

 

 

「ようこそ、大将アキ。幻想郷は、貴方の全てを受け入れたわ」

 

「ようこそー♪」

 

「きゅーっ!」

 

 

妖しげな笑みを浮かべながらそう口にする紫さんと、その後ろでフワフワと浮く幽々子さん。そして、俺の足元で歓迎するようにきゅーと鳴くすくすく。

 

 

ものの数分で言いたいこと、聞きたいことが山ほどできた。

とりあえず悟れたことは、ここは所謂『異世界』だということ。

 

ならば、俺が一番言いたいことはこれかな。

 

 

「……お支払いは円でお願いします」

 

 

 

 

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