幻想郷に来て最初に学んだことは、ここでは外の世界の常識に囚われてはいけないということだ。
こちらの世界には人間だけじゃなく、妖怪や妖精、果てには神様が実在しているとのこと。その中には何百年も生き永らえている者もいるようで、外見で年齢を判断することはまずできない。
加えて、幻想郷には未成年者飲酒禁止法が存在しない。妖怪だろうと人間だろうと、明らかにキミ20歳未満でしょって方々がやって来ては、水を飲むが如くグイグイお酒を飲む。良いとわかっていても、そういう方々にお酒を勧めるのは未だに抵抗を感じる。
郷に入っては郷に従えって言葉もあるし、こればっかりは慣れるしかないよなぁ……まぁここは気楽に考えよう。
俺は老若男女誰彼構わず種族も問わず、美味しいと言っていただけるようなお酒と料理を提供すればいいってことだ。
「きゅー」
ちなみにすくすくもお酒を飲める。その小さい身体のどこに入っていくのかってぐらいグイグイ飲む。
特に飲むのは、最近現れた二本の角が生えた薄茶色のすくすく。
「きゅーっ」
すくすく萃香。幻想入りして一番最初にやってきたお客さんのすくすくだ。見た目は合法幼女だったが、彼女は『鬼』という幻想郷でも最強クラスの妖怪らしい。
手に持っている紫色の瓢箪からは無限にお酒が湧き出るようで、すくすく萃香は常に酔っぱらっている。すくすくたちに年齢の概念があるかはわからないが、飲み過ぎはダメだぞ。
「きゅー…」
瓢箪を取り上げると「かえしてー…」と言わんばかりに短い手をフリフリ伸ばして催促してくる。
その仕草に胸を突かれて返してしまう自分がいる。
ちくしょう、かわいい。限度は守って飲むんだぞ。
*————————*
「咲夜。この酷く狭い古びた居酒屋が、本当に例の場所なの?」
「間違いありません。この十六夜、今まで一度たりともお嬢様に嘘を報告したことはありませんわ」
「さっそくダウトじゃん! パチェ、どう思う?」
「……この店に入る瞬間、スキマ妖怪の力を感じたわ。ここが外の世界の居酒屋である証明としては充分な理由だと思うわよ」
「流石我が親友。説得力が違うわ」
カウンターに座るのは、まるで西洋の国からやってきましたと言わんばかりの服装のお三方。初来店のお客さんだが、中央に座る蝙蝠のような翼が生えた少女だけは見たことがあった。
以前、阿求さんに見せてもらった幻想郷縁起って本に載っていた。人里から離れた場所に建っている紅魔館と呼ばれるお屋敷に住む吸血鬼……名前はレミリアさんだったか。名前も外見も外国人、いや外国妖怪のそれだが、幻想郷の住人はみんな日本語で話してくれるからとても助かる。
本日は遠くから来てくださりありがとうございます。
ほら、すくすくもご挨拶。
「きゅー!」
「へぇ。人間もペットも、礼儀を弁えている所には好感を持てるわ。じゃあまずお酒をもらうかしらね。えーっと……咲夜、なんて言ったかしら」
「トリア・エズナマでございますお嬢様」
「そうそれ、トリア・エズナマってお酒を頂くわ。パチェもそれでいい?」
「私はお酒の気分じゃないから、お冷でいいわ」
あいよ。なんか必殺技の名前みたいなイントネーションだったけど、とりあえず生で間違いないだろう。
はいこちら。生中2つとお冷です。
料理の方はお決まりでしょうか?
「お嬢様、何を注文しましょうか」
「ふっ、そんなの決まってるじゃない。カリスマの化身たる気高き吸血鬼である私の舌を唸らせる、最高の酒肴を所望するわ!」
「わかりました。では大将さん、辛すぎず苦すぎず酸っぱすぎない、子供向けの一品をお願いします」
「さくや!?」
天然なのか、わざとなのか。特に悪びれる様子もなくそう注文する咲夜さんに、喫驚するレミリアさん。この二人、かなり特殊な主従関係を築いておられる。
ともあれ、少なくともレミリアさんの味覚が見た目相応のものであることは確かなようだ。子供向けと言うと、頭に思い浮かぶのはレストランで定番のお子様ランチ。今日は
ではお客様。料理ができるまでの間、こちらのお通しをどうぞ。
すくすくよ、配膳をよろしく頼む。
「きゅー」
「あら。このモフモフさん私にそっくりですね。お料理ありがとう、モフモフの私」
「パチェはこのモフモフが目的で私たちについて来たのよね」
「ええ。すくすくについての文献は大図書館にも少なくてね。謎の多い生物だし、実際にこの目で見てみたかったのよ。すくすくの咲夜には悪いけど、ちょっと調べさせてもらうわ」
パチェと呼ばれた方はすくすく咲夜を抱き上げると、その全身を隈なく触り出す。
ふわふわな体毛に短くも柔らかい手足、モフモフな尻尾とおさげ、メイドをメイドたらしめるカチューシャとエプロン。それらを隅々まで触り、モフり尽くすパチェさん。くすぐったいのか気持ちいいのか、すくすく咲夜は嬉々として「きゅー!」と鳴く。
「きゅー…!」パルパル
そんな光景を妙なオーラを放ちながら羨ましそうに眺めるすくすく。あれ、こんなすくすくいたっけか。新入りかな、ほら遊んでもらっておいて。
「で、何かわかったの?」「ええ。とてもモフモフだということがわかったわ」「それ触らなきゃわからなかった?」「お通しのきんぴらごぼう美味しいですねぇ」「きゅー!」と、お三方とすくすくのマイペースなやりとりを横目で見ながら準備を続けること数分。ようやく一品目がこんがり狐色に揚がった。
こちら、エビフライです。
ソースかタルタル、お好みの方を付けてお召し上がりください。
「えびふらい……見た目は普通の揚げ物ね。じゃあさっそく一口」
「お待ちくださいお嬢様、先ずはこの十六夜が毒見を」
「いいわよ毒見なんて。そもそも何が毒で毒じゃないかなんて人間と吸血鬼で違うんだから、するだけ無駄よ」
「しかしお嬢様の語彙力では食レポが…」
「何その意味分からない心配! というか咲夜は私を子ども扱いし過ぎよ! 従者として主人を心配する気持ちは汲むけれど、私は貴女の何十倍も大人のレディ! 種種雑多な経験を通じて培った我が語彙に喝采しなさい!」
レミリアさんはそう言うと、エビフライをフォークで突き刺し、ソースをつけて勢いよくかぶりつく。
そして例の如くカッを目を見開き、ガタッとカウンター席から立ちあがる。
おっ。くるか?
「うまーい!!」
「きゅー!」mgmg
シ、シンプルぅー!
「大将さん! 今のお嬢様の一言には『口に入れた瞬間の衣のサクサク感と、その後から感じる海老のプリプリとした食感の組み合わせが絶妙ね! 甘辛いソースも海老の甘みとベストマッチ! 吸血鬼の舌をここまで唸らせるエビフライという料理、侮りがたしッ!』という意味が込められているのですよ!」mgmg
「そ、そう!そのとおりよ咲夜! 流石は我が右腕と言ったところね! よくわかってるじゃない!」
「お褒めに預かり光栄です!」mgmg
レミリアさんの目がバタフライしながら泳いでいる。
今の絶対咲夜さんの感想でしょ。
思わずそうツッコミそうになるが、レミリアさんの名誉のために口には出さないでおこう。せっかく美味しいと言ってくれたのだ。気分を害することは言わないでおくのが優しさだよね。
「ふっ、なかなか良い料理じゃない。この味はトリア・エズナマとも合うわ。このお酒、見た目は普通の麦酒だけど、私にはわかる。麦酒とは異なる大人の苦みとも呼べる旨み……咲夜にはわからないかしらね」
「おっしゃる通りでございます! 私にはいつも飲む麦酒との違いがわかりません!」
「でしょうね! 大人の舌だからこそ理解できるのよこの違いは!」
ごめんなさい。それただの麦酒です。
スーパーなドライなんです。
思わずそう謝りそうになるが、レミリアさんの威厳のために口には出さないでおこう。外の世界のビールと幻想郷産のビール、本当に違いがあるかもしれない。俺にもわからなかったけど。
「……美味しいけれど、私には少し油っこいわ。もう少しサッパリしたものはないかしら」
「きゅー?」
お酒が入っているからかテンションの高い2人とは逆に、ひとりお酒が入っていないパチュリーさんがそうオーダーする。エビフライを一本つまみ食いしたすくすく咲夜もご所望のようだ。
ふむ。そういうことならいいものがある。エビフライで使った海老とは別種類の海老を使った一品が。
というわけでコチラ、甘エビのカルパッチョです。
オリーブオイルと数種類のスパイス、そしてレモンで軽く味を整えた一品となっています。
「もぐ…。っ! さっきの揚げた海老とはまた違う甘味ね。酸味の効いたさわやかな味付けも悪くないわ。暑くて食欲がない日なんかにもちょうどいいかも」
「きゅーっ!」
箸で一つ一つ、チマチマと摘まんでは甘エビを口に運ぶパチェさん。
居酒屋でお酒を飲まないといけないなんてルールはない。幻想郷では女性客も珍しくないし、パチェさんのように飲まない女性向けの料理のレパートリーを増やすのも悪くかも。
パッと思いつくあたり、海老とアボカドのサラダとかどうだろう。
すくすくよ、どう思う?
「きゅー?」
えっ、アボカドを知らない?
幻想郷には栽培されていないのか。今度買ってきてあげよう。
「パチェの食べてる料理も美味しそうね。外の料理が食べられるって噂は聞いてたけど、これは来て正解だったわ。吸血鬼の舌にも合うなんて、外の世界の食材もなかなかじゃない」
「よかったわねレミィ。これならフランを連れてきても問題なさそうで」
「……えっ? パチェ、気づいてたの?」
「何年貴女と親友してると思ってるのよ。フランと一緒に楽しめるお店を探しては、自らが毒味に赴く。少しでも吸血鬼の舌に拒絶反応が起こればフランは何をしでかすかわからないから、ってところでしょ。心配性のお姉ちゃんは大変ね」
「……フランには窮屈な思いをさせてたしね。少しぐらい、姉らしいことをしたいと思っただけよ。妖怪をそのまま受け入れてくれる料理店も多くないしね」
「お嬢様……」
先刻とは打って変わってしんみりムード。会話から察するに、何やら複雑な家庭事情みたいだ。
しかし、2人の会話を聞いてふと思ったことがる。
そういえば吸血鬼って弱点の多い種族だっけと。
日の光とか十字架とか、食べ物で言えばニンニクとか鰯の頭とか。ガーリックシュリンプを提供する前に思い出せてよかった。
よそ様の家族問題に首を突っ込むつもりはないが、折角来てくれたお客さんにできる限りのことはしてやりたい。うちは居酒屋、できることと言えばお客様の要望に沿った料理を提供すること。
それならば、一つ提案できることがある。
「レミリアさん。もしよろしければ、うちの店を予約しませんか?」
「予約?」
レミリアさんが首を傾げる。
「予め日程とお出しする料理を決めておくんです。お出しする料理に関してはレミリアさんが味見をして、吸血鬼の舌でも問題ないものに絞っておけば、妹さんも問題なく食べられると思いますし」
うちで扱う海鮮は日によって異なり、同じ魚を連日して扱うことは少ない。仮にエビフライが食べたいからといって、明日来店されても提供できない可能性もある。
しかし予約なら話は変わる。作る料理のリストアップさえしておけば準備も容易だ。なんなら貸切予約にしてもらえば、万が一のことが起こっても他のお客様に迷惑をかける心配もない。
何よりうちには、優秀なモフモフもいる。
『きゅー!』
すくすくは意外にも強い生物なのだ。本気を出せば模した人物と遜色ないぐらいほど強く、またそのモフモフ感はどんな相手にも癒しを与えるほどのセラピー効果があるとか。頼りにしてるぞ。
「うちの店は妖怪でもウェルカムなので、レミリアさんさえよろしければ協力は惜しみませんよ。妹さんにも美味しい料理を食べてもらいたいですので。男に二言はありません」
俺がそう口にすると、レミリアさんは目を閉じ、指を顎に当てて考える素振りを見せる。
「……良い運命が見えたわ。大将アキと言ったわね、貴方を提案に乗るわ。さっそくで悪いんだけど、今日出せる料理を全て小皿で出してもらえるかしら。もちろんお代は全て払うわ」
「あらレミィ本気ね。そんなに食べられるの?」
「可愛い妹の為だもの、妥協はしないわ。それに、まだまだ食べ足りないのもあるしね。咲夜、私はこれから毒見のために3日に一度のペースでこの店に足を運ぶわ。フランには怪しまれないように上手く誤魔化しておいて」
「かしこまりました。しばらくの間、修行と称して美鈴に遊び相手を務めてもらいましょう」
「さぁアキ! フランに振る舞う最高のフルコース料理、しっかり選別させてもらうわ! まず一品目を出しなさい! あ、それとトリア・エズナマもおかわりで!」
「きゅー!」
「あいよ! ちょいとお待ちを!」
右手にフォーク、左手にビールジョッキを持ち、やる気に満ち溢れるレミリアさん。本当に妹思いの良いお姉さんだね。俺にも姉と兄がいるけど、兄はともかく姉は優しくない人だからちょっと羨ましい。
なお、すべての料理への感想が「うまーい!」だったのは別の話である。
リアルと他作品との兼ね合いで、週一ぐらいの更新ペースになると思いますがご了承ください……。