レッドゾーン・アクセル   作:イヌタデ

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書きたくなったので、つい

※少しだけ年齢差を修正


その1

 幼馴染、と断言していいのか少しだけ迷う程度には年が離れていたが、ともかく、俺が彼女と出会ったのは、まだ向こうが赤ん坊の頃だった。当時クソガキだった俺は、妹分が出来たと無邪気に喜んでいたものだ。

 一年経ち、二年経ち、三年経って。向こうも俺に懐いてきてくれた頃。確か向こうが五つで、俺が十一くらいの頃だ。幼稚園でのかけっこで、あいつは他の子達よりぶっちぎりで一番になった。走る能力が高いのは当然と言っても良かったが、それでも。

 ウマ娘である彼女は、そのかけっこに参加した他のウマ娘の子供達の誰よりも速かった。ちんちくりんのくせに、目付きだけはいっちょ前で。彼女のお袋さんと俺が、笑顔でこちらに駆け寄ってきたあいつを褒めると、嬉しそうにはしゃいでいた。それがよっぽど印象深かったのか、それからあいつは積極的に一番を目指すようになった。向上心があるのは讃えさえこそすれども、咎めることはない。無茶をすれば当然叱られたが、そういう時は決まって俺も一緒だった。巻き込まれた、というより俺が煽ったのだ。当時は気にしていなかったが、思い返すとそうとしかいえない。

 そうして、小学生になったあいつは、やっぱり一番を目指していた。ウマ娘として、母親の背を見て育ったからだろう、自然とレースに比重を傾けていった。

 年の差もあり、俺とあいつは同じ学校には通えなかったけれど。別に関係なく、変わらず向こうの家との付き合いもあり、成長してもあいつと顔を合わせる機会は減らなかった。だから、どんどんと実力をつけていくあいつを見ていると。

 何だか無性に――置いていかれるような気がした。

 

 

 

 

「え?」

「え? じゃない。俺は中学卒業したら家を出る」

「……何で?」

「だから」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら俺は隣のちんちくりんに告げる。中学卒業を機に、自分はウマ娘のトレーナーを目指すのだ。だから、地元を離れる。もう一度そう説明し、だからお別れだと頭を撫でた。

 べし、と思い切りそれを手で弾かれ、俺は思わず苦笑する。あ、これ駄目だ。完全にへそ曲げてやがる。

 

「めい兄の嘘つき」

「はいはい」

 

 めい兄、というのはこいつ独特な呼び方だ。俺の名前が代花明次(よばなあきつぐ)、だからというのがこいつの弁だが、だったらあき兄でいいだろうと何度言っても改めない。

 まあそれはともかく。こうなったこいつは当分機嫌を直さないのでお手上げだ。向こうが落ち着くまで待つしかない。

 それでも。

 

「こればっかりは、変えられんからな」

「……」

「……はぁ。別に永遠のお別れってわけじゃないんだぞ」

「じゃあ、どれだけ? どれだけお別れなの?」

 

 キッ、とこちらを睨みながらそう問い掛けてくる。十歳にもなってないガキンチョのくせに、何だか纏うオーラがヤバい。そこら辺はレースで活躍していたお袋さんの影響なんだろうな。そんなことを思いながら、俺は隣のこいつに答えを述べる。少なくとも、三年。だが、トレーナーとして経験を積んでからと考えると実際はもっとかかるだろう。

 

「トレーナーになったらすぐに帰ってくればいいじゃない」

「駄目だ」

「何でよ!」

「お前を一番に出来ない」

「……はぇ?」

 

 俺がトレーナーを目指す理由なんかそれしかないというのに。予想外の答えが返ってきたと言わんばかりの表情を浮かべている横のちんちくりんを見ながら、やれやれと溜息を吐いた。そうしながら、俺はお前を一番のウマ娘にするためにトレーナーになるんだ。そう言い直してやった。

 

「……めい兄に手伝ってもらわなくても、アタシは一番になるもん」

「だろうな。お前はきっと、自分の力だけでも一番になれる」

「だったら何で!?」

「俺が、嫌だ。お前に置いていかれるのが嫌なんだ」

 

 何か言いかけていたらしい言葉を飲み込むのが見えた。次いで、目をパチクリとさせて、そしてあたふたと挙動不審に視線を動かし始めた。そんなに意外だったのか、と俺は苦笑する。嘗めんな、何だかんだお前と一緒にいたんだ。そんなことを思うくらいには、付き合いが深い。

 

「だから、お前の助けに少しでもなれるように。お前の横に立てるように」

「……六つも年下に言うセリフじゃない」

「ははは、違いねぇや」

 

 笑いながら頭を撫でる。今度は不貞腐れながらも撫でられてくれた。どうやら多少は機嫌を直してくれたらしい。そんなことを思いつつ、そういうわけだから待っていてくれと俺は横のこいつに告げる。

 

「やだ」

「は?」

 

 が、返ってきた言葉はこれであった。お前人の話聞いてたのかのかよとそちらを見ると、こちらを思い切り睨みつけているちんちくりんの顔が見える。

 

「やだ。待たない」

「そんなこと言っても」

「だから、アタシも行く」

「……は?」

 

 勢いよく椅子から立ち上がったこいつは、そのままビシリと俺に指を突き付けた。そんな暇なんかないと言い切った。

 

「めい兄がトレーナーになるために家を出るなら、アタシも、一番のウマ娘になるために家を出るから」

「流石にお前の年じゃ無理だろ」

「分かってるわよ! だから、小学校を卒業したら。アタシは、中央のトレセン学園に行く!」

「……は、ははは」

 

 そうきたか。堂々と宣言したこいつの言葉に、俺は思わず笑ってしまった。俺のこれからの目標を考えれば、新人トレーナーとして向かう先は間違いなくトレセン学園だ。そこでウマ娘のトレーナーとして経験を積み、それを活かしてこいつを一番に、と考えていたのだが。

 

「お前が入学した頃の俺はまだ新人だぞ」

「別にいいわよ。めい兄だったら、それでもアタシを一番にしてくれるでしょ?」

「……言ってくれるな」

 

 ふふん、と少し煽るようにそう述べるこいつを見て、出来ないと言うことなど出来はしない。言ってしまったら、俺はもう絶対にこいつの横に並べないからだ。

 だから俺が言えるのは一つ。目の前のこいつに言うべきことは一つだ。

 

「分かった。じゃあ、三年後。トレーナーになって、待ってるぞ」

「ふふん。当然よ!」

 

 腰に手を当てて胸を張るその姿は、子供のくせに。

 何というか、非常にこいつにしっくり来ていた。

 

 

 

 

 

 

 そんなやり取りをしたのがもう数年前の話だ。月日が経つのは早いもので、俺も何だかんだで一端のトレーナーになった。とはいっても、一応そう名乗れるようなっただけで、素人よりはまあマシだろう程度のド新人ではあるのだが。

 それでも、この中央のトレセン学園の一員になれたからには、やれるだけのことをやってやる。そんな決意だけは一人前の俺は、今日も今日とて先輩に連れられ新たな原石の発掘作業だ。

 まだデビュー前の、チーム未所属でトレーナーにスカウトされていない彼女達は、学園の指導員のもとで共通のメニューをこなしている。ただそれだけだが、これが案外侮れない。へっぽこなトレーナーのダメダメなトレーニングの何倍も効果がある。

 そして俺は、どちらかといえばまだそちら側。そうではないと思いたいが、いかんせん一人もウマ娘を育てていない新米にそこまでの自信はない。

 

「いや、違うな」

 

 ふう、と息を吐く。こんな弱音を吐いていては駄目だ。俺はあいつを一番のウマ娘にするためにトレーナーになったんだ。こんなことでへこたれていては、隣に立つことなど夢のまた夢だ。

 どうした、と先輩が笑う。無駄に気合を入れていたのが見られたらしい、あははと誤魔化すように笑った俺は、それでどうですかと問い掛けた。

 

「去年、一昨年が凄かったからなぁ。今年は、んー」

 

 新入生の名簿を見ながら先輩が呟く。一昨年は黄金世代とも呼ばれたウマ娘達が一斉にデビューし話題となった。スペシャルウィーク、セイウンスカイ、エルコンドルパサー、グラスワンダー、そしてキングヘイロー。彼女達の名前が出ない日がないほどの盛り上がり振りは、当時まだ学生だった俺も覚えている。テイエムオペラオーというキャラの濃さとアホみたいな強さを持った胃もたれしそうなウマ娘もこの世代だ。

 そして去年はなんといってもトウカイテイオーとメジロマックイーンのコンビだ。この二人の走りが一年を決めていたと言っても過言ではない。

 二年続けてそんなことがあったものだから、今年も、と期待してしまう気持ちは分かる。だが、そうそうスターがぽこじゃかでてくるような世界ではないのもこの界隈だ。あれらはたまたま、そう割り切ってしまう方が恐らく気が楽だろう。

 そんなことを思っていた俺の背中を、先輩が勢いよく叩く。ニヤリと笑いながら、さっきまで俺の考えていたことを口にした。そう思っていただろうと笑った。

 

「いるんだなぁ、これが。今年も、スターが」

 

 そう言って先輩は一人のウマ娘を指差す。黒髪にメッシュの入った少々ボーイッシュな感じのするその少女は、どこか面倒くさそうに頭を掻いていた。

 あれが? ただの不良ウマ娘にしか見えないんですけど。そう言おうとした俺は、次の瞬間目を見張った。模擬レースを行うということでゲートに入った彼女は、そのレースで他のウマ娘を圧倒したのだ。相手が弱かったというわけではない。彼女が、強いのだ。

 

「ウオッカ。あいつは間違いなく、今年のスターだ」

「ウオッカ……」

 

 走り終えたそのウマ娘、ウオッカは、勝利を喜んではいたものの、どこか満ち足りていない表情を浮かべていた。あの顔には、覚えがある。昔、あのちんちくりんが不貞腐れた時にしていたやつだ。つまんない、と文句を言い出す時のやつだ。

 

「……ライバルがいないと、前の奴らみたいにはなれなさそうですね」

「んー? ライバルねぇ……」

 

 ううむと顎に手を当てながら、先輩は考えている。俺の言った言葉の意味をなんとなく感じ取ったのか、ウオッカから視線を外し別のウマ娘を探し始めた。

 そう、一昨年も、去年も。あれだけスターが生まれたのは、ライバルの存在があったことにほかならない。ただただ強い、それだけでは、あそこまで沸かなかった。黄金世代の面々、トウカイテイオーとメジロマックイーン。お互いを高め合うライバルがいたからこそ、彼女達は駆け抜けたのだ。一人だけで駆け上がれるのは、一握りだ。

 あいつは、そんな一握りだろうか。ふとそんな事を考えた。どちらかというと、負けず嫌いな性格上張り合う相手がいた方が伸びるタイプだ。

 

「ウオッカとあいつが今年のスターになったり、なんて」

「どうした?」

「ああいや、こっちの話です」

 

 トレセン学園は広い。当然所属するウマ娘もたくさんいるわけで。無事に入学したという話は聞いたものの、俺は未だあいつに会えていない。こうして新人を視察していても、それらしきちんちくりんは見当たらないのだ。小学生の頃のイメージを引きずりすぎているのだろうか。いやしかし。

 

「まーた何か考えてやがるなこいつ」

 

 先輩の呆れたような声で我に返った。すいませんと謝り、再び未来のスターの原石達に視線を移す。が、さっきのウオッカのインパクトが強すぎたのか、今日はどうにもピンとこない。それは先輩も重々承知らしく、どのみち今日は最有力候補を見せたかっただけだからなと笑った。

 そうこうしているうちに休憩時間だ。そのタイミングでウオッカはトレーニング場を後にした。指導員が呼び止めるが、もう模擬レースも終わったし、一緒にトレーニングする理由はないと返している。一見すると、やる気の感じられないただの不良に見えるが、しかし。

 

「あー。それは多分、大丈夫だと思います」

 

 そんなことでは強くなれないと嘆く指導員に、一人の少女が苦笑しながらそんなことを返していた。それは俺も思った。ウオッカは、彼女はきっと、ここで皆と一緒のトレーニングをするより、一人で特訓をすることを選んだのだ。根拠はないが、そんな気がした。

 

「同じことを考えている人がほら、そこにも」

 

 少女が指導員に言葉を続けている。と、そこで気付いた。彼女は俺を指差している。指導員は俺の方へと向き直ると、怪訝そうな顔を浮かべた。先輩も俺の隣で、まあこいつがそう思っているなら、と謎のフォローをしている。分かりましたと渋々了承する指導員に、俺は何だか申し訳ないと頭を下げた。

 

「ところで」

「ん?」

 

 少女がこちらへと歩いてくる。スラリとした身長、手入れされたきれいな髪、整った顔立ちに勝ち気そうな瞳。何より、中等部の新人とは思えないボリュームの胸部が、ジャージ姿でも思わずドキドキしてしまそうな魅力を放っていた。

 

「……何ですか?」

「え? 呼んだのはそっちじゃないのか?」

「それとは別件です。……じっとこっちを見てたから」

「あ。……ごめん、いや、綺麗な子だなって」

 

 少しだけジト目になった少女に圧され、思わずポロリと言葉が出てしまう。誤魔化しようがないのでぶっちゃけようと思った結果だったが、何だかまるでナンパしているような物言いになってしまった。案の定少女もそれを聞いて怪訝な顔で。

 

「はぇ!? そんな急に言われても心の準備が――って、あー、はいはい。そうね、そういうことね」

 

 一瞬目を見開いたかと思ったら急にスンと表情が抜け落ちた。コホンと咳払いをした少女は、話を戻しましょうかとこちらに向き直った。

 

「彼女とは知り合いなんですか?」

「彼女?」

「ウオッカのことです」

「え? いや、先輩はともかく、俺はさっきのレースで初めて見たけど」

「その割には、何だか理解しているように思えたんですけど」

 

 じとー、と少女がこちらを見る。何だか知らんが疑われている。先輩に助けを求めようとしても、まあ確かにあれは怪しかったなと笑うのみだ。

 

「……まあ、いいです。おかげで指導員の先生に説明する手間はぶけましたし」

「お役に立てたのならなにより」

「余計な皮肉は反感買いますよ」

「あ、はい。すいません」

 

 隣で先輩がゲラゲラ笑っている。そうしてひとしきり笑った先輩は、ところでと少女に問い掛けた。ウオッカを随分と気にかけているようだが、友人なのかな、と。

 途端に少女は不機嫌そうな顔になる。冗談じゃない、と腰に手を当てた。

 

「あいつは、アタシが倒す相手です」

「……ほう。威勢はいいが、ウオッカの実力は本物だ。君にそれだけの力があるのか?」

「この後の模擬レースで走るので、そこで見てもらえば分かります」

 

 怯むこと無くそう言い切る少女は、何というかかっこよかった。先輩も思わず面食らい、それは楽しみだとすぐさま笑顔になる。

 それでは、と少女は踵を返す。その途中、ちらりと俺を見たが、その意図が分からず俺は首を傾げてしまう。やれやれ、と少女が溜息を吐いていた。

 

「さて、ではお手並み拝見といこうか」

「そうですね。……そういえば、彼女は一体誰なんです? ウオッカと同じように、有名な新人ウマ娘ですか?」

「ん? そうだな、彼女は、っと……あー、なるほど」

 

 名簿を調べていた先輩が、納得したように頷いた。どうやらあの少女も有名だったらしい。言うだけはあるな、と呟いたことからもそれが伺える。

 

「代花、お前が言っていたこと、案外成立するかもしれないぞ」

「俺が言ったこと?」

「ライバルだよ。ウオッカに並び立つ実力を持ったウマ娘」

「あぁ。ってことは、彼女が」

「そうだ。あの、ダイワスカーレットなら、ウオッカを――」

「は?」

 

 先輩の言葉を途中で遮る。今この人なんつった。ウオッカに対抗出来るウマ娘だと紹介した少女の名前を、何と言った?

 

「ダイワ……スカーレット?」

「おう。どうした?」

「……え? スカーレット?」

 

 先輩の言葉など聞いちゃいない。俺は先程までここにいた少女の姿を急いで探す。模擬レースの後半戦が行われるらしく、アップをしていた彼女と思わず視線がぶつかった。

 んべぇ、と舌を出して笑うその顔には覚えがある。あの時の、ちんちくりんの姿が思い起こされる。そしてその姿と目の間の少女の姿が重なり合った時。ようやく気付きやがった、と呆れたような表情を浮かべるスカーレットを見て。

 

「どうした代花? 顔色が……ん? 悪いのか? の割にはめちゃくちゃ嬉しそうだな」

 

 まずは機嫌を直してもらうところから始めるか、と俺は思わず笑っていた。

 

 

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