レッドゾーン・アクセル   作:イヌタデ

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史実のレースとか流れとか割とガン無視気味


その10

 さて、と。現在地は新・トレーナー室。新人のペーペーでもチームを結成しているということで大人数でも大丈夫な部屋を用意してくれるのは流石トレセン学園といったところだろう。とはいっても、所詮俺とスカーレットとウオッカの三人なので最初に割り当てられていた部屋でもまだ十分だったのだが。そう考えると、チームメイトを後々増やすことも考えなければならないのかもしれない。

 とはいえ、だ。現状の俺にはそんなことよりも目の前の二人をきちんと立派に活躍できるウマ娘に育てることが第一だ。まずはそれが出来なければ話にならない。スカーレットを一番にするなど夢のまた夢になってしまう。

 そんなわけで。

 

「デビューは終えたし、これからの目標とかあるか?」

 

 トレーニング後のミーティングにて。次に向かうための指針となるものをまずは考えようということになったのだ。いきなりね、とスカーレットは苦笑するが、しかしその口ぶりからするとその辺りは既に決まっているらしい。らしい、と言ってはみたものの、そこら辺は俺にも分かる。

 

「アタシは――」

「トリプルティアラ」

「を、目指すわ」

「打ち合わせでもしてるのかよお前ら」

 

 まあいつものことだけど、とぼやくウオッカにごめんごめんと謝罪をする。つい昔のくせで、と弁明すると、んなことは分かってんだよと睨まれた。いつものことだって言っちゃうくらいですからね、そうですよね。

 こほんと咳払い。まあそんなわけでスカーレットの目標は把握してるので、肝心なのはウオッカの目標だ。チーム入りの時に走る理由は聞いたが、その辺りを踏まえた返事を改めて貰いたかった。

 

「といっても、俺の目標は変わってないぜ。カッコよくなる! これだ」

「具体的に何か言いなさいよ」

「具体的じゃねぇかよ。俺はカッコいい走りを目指す」

「……めい兄、どうするの?」

 

 どうするの、と言われても。ウオッカの走りのルーツ、理由と今の目標とを照らし合わせればなんとなく彼女の言いたいことも分かる。カッコよくなる、というのが、そのイメージがどんなものなのか。それが全く姿が見えていないわけではないことも分かる。

 だから俺が言えることは一つだ。カッコいいウマ娘を目指すのならば、やることは勿論。

 

「よし、じゃあ勝つか」

「おう!」

「あの頃と変わってないわねぇ、めい兄」

「しみじみ言うな。オカンかお前は」

「誰が母親よ!」

 

 ズビシィ、と割と容赦ないチョップが叩き込まれる。いい角度で入ったそれは、俺がしばらく蹲るほどの威力があった。そうやって俺に遠慮なく攻撃してくるところ、お前だって変わってないじゃないか。視線だけでそう反論すると、スカーレットは少しだけバツの悪そうに視線を逸らした。

 

「いつつ……。で、だ」

「トレーナーって無駄に頑丈だよな」

「こいつの幼馴染やってりゃそりゃな」

「何よ」

「小学生の頃、お前がソファーの上から飛び蹴りかましてきたことまだ覚えてるからな俺は」

「あれはめい兄がアタシに酷いことしたからじゃない! 恥ずかしかったんだからぁ!」

「言い方……」

 

 ウオッカが何とも言えない表情で小さくツッコミを入れている。言いたいことは分かるが、まあ実際その通りなのでそこら辺はしょうがない。酷いことをした自覚あるなら何故蒸し返したと言われると、だってあれメチャクチャ痛かったからとしか言いようがないわけで。

 

「あ、ちなみに写真まだ残ってる」

「ぶっ殺すわよ!」

 

 腰を捻って回し蹴りの体勢に入ったので、流石に勘弁と両手を上げた。仕方ないのでツインテほっかむりは端末の底に埋めておこう。

 それはともかく、話を戻すと。

 

「ウオッカとしては、やっぱり重賞狙いか」

「ん? そりゃ、でかいレースで勝った方がカッコいいからな」

「脳ミソが単純でいいわね」

「余計なこと考えてる割には大した行動してない奴に言われたかないね」

「何よ」

「何だよ」

 

 あぁん? と顔を突き合わせてメンチ切り始めたので、どうどうと間に割って入って仲裁する。チームとして過ごしてきたことで分かったのだが、この二人、実はそんなに仲が悪くない、むしろ良い。が、ちょっとしたことで即座に喧嘩をおっぱじめるので、そこら辺が周囲の評価に繋がっているんだろう。喧嘩するほどなんとやら、を地で行く奴らなのだ。

 

「じゃあ、とりあえず目標は日本ダービーにしとくぞ」

「おう。あ、でもその前にも何かレースやっときたいな」

「アタシも、トリプルティアラ狙うからにはそれまでに何度か走っておきたいわ」

 

 ウオッカはともかく、スカーレットのそれも同じ意味合いでいいんだろうか。前哨戦とも言うべきレースはあるから、普通に考えればそれだ。が、どうもウオッカに対抗してる感じがするんだよなぁ、こいつ。

 

「あ、そうだ」

 

 そんなことを考えていた時にふと思い出した。机のパソコンからスケジュール表を呼び出し、お目当てのものを探し当てる。

 トレセン学園理事長秋川やよい。彼女の提案した『どんな適正のウマ娘も平等に輝ける場所を』という理念で生まれたURAファイナルズは、開催してから早五年が過ぎすっかり定着した。そしてその年月の間に広がった波は、現在派生が進み、定期開催されるURAスペシャルカップへと変貌していた。確かトレーナーの間ではデイリーレースなんて通称も出来てたな。流石に毎日はやってねぇよというツッコミも込みだ。

 

「ウオッカ、はあれだから」

「どれだよ」

「スカーレット」

「何?」

「デイリーレースに出てみるか?」

 

 

 

 

 

 

 月に数回開催されるURAスペシャルカップ。出走条件に下限は明記されていないため、極論デビューしたてのウマ娘も勿論参加は可能だ。

 が、条件がないということは、逆に言えばどれだけ高い実力を持ったウマ娘も気兼ねなく参加できるということで。

 

「……んー」

「珍しく悩んでるな」

「いいじゃない、別に」

「悪いとは言ってねぇよ」

 

 廊下を歩きながら考え込んでいるスカーレットの横で、ウオッカが肩を竦める。トレーナー室での明次の提案に、彼女は即答しなかった。勿論いきなり最高レベルがぽこじゃか参加する場所に放り込むなどという鬼畜の所業を彼がするはずもないので、上記のグレードリーグとは別口の、上限の存在するオープンリーグへの出走という提案ではあったのだが。

 

「上限あるっつっても、当然相手の殆どは実力も経験も上の先輩達だろうしな」

「そうね。……でも、めい兄が提案したってことは、アタシならやれるって思ってるのよ」

「あのトレーナーならそうだろうな。条件とはちょっと違うからっつってたけど、俺も走りたいなら登録するって言ってたし」

 

 明次は、スカーレットもウオッカも、参加したところで惨敗するだろうなどと考えていない。むしろ、勝てると踏んでいるからこその提案だ。

 だが。だからこそ、スカーレットは悩んでいた。その信頼に応えなくては。そう思っているからこそ、悩んでいた。

 

「珍しいな。お前が負けること考えるなんて」

「別に、そんなんじゃない。アタシは一番のウマ娘になるんだから、それくらいなんてことないわよ。ただ」

「ん?」

「……めい兄の期待に、応えられるんだろうかって」

「それが負けること考えてるってことじゃねぇかよ」

 

 後ろ手に組みながら、ウオッカが呆れたように呟く。そうしながら、らしくねぇなぁと彼女は息を吐いた。口角を上げ、視線を隣に歩くスカーレットに向けた。

 

「何だ何だ、トレーナーの弱気が感染ったか?」

「言ってくれるじゃない。……でも、そうね。あれこれ考えていてもしょうがないか」

 

 挑発するようなウオッカの言葉に吹っ切れたのか、あるいは元々心の整理をする時間を終えたのか。スカーレットはよし、と拳を握り込むと、レースに出ると宣言した。即座に踵を返して言いに行ってもいいが、元々返事は明日だ。それまでに気持ちが途切れてしまうようでは意味がない。答えは揺るがない、と決めるためにも丁度いい。

 

「うっし。んじゃ俺も出るかな」

「あら、どういう風の吹き回し?」

「今んとこ俺の目標は日本ダービー、そっちの目標は桜花賞だろ? だからこのレースなら、お互い白黒つけるには丁度いいってな」

「ふぅん。わざわざ負けに来るなんて、いい度胸じゃない」

「はっ、お前の一番を真っ先にへし折っちまって悪いな」

 

 お互いに獰猛な笑みを浮かべる。たまたま通りすがったウマ娘が、そのオーラに当てられビクリと震えた。

 ちなみにこの二人、寮で同室である。つまりこの状態のまま別れるということがないわけで。学園から出て、寮に向かい、そして自室に入る。その道程で、道行く人々は何事かと振り返っていた。あるいは、謎の寒気を感じていた。

 寮長であるウマ娘、フジキセキは、そんな二人を見てしょうがない子達だねと笑っていた。大物である。

 そんなこんなで翌日。授業を済ませ、トレーニングの時間になってから。

 

『オープンリーグに出る!』

「お、おう」

 

 トレーナー室に来るなりそう宣言した二人を見て、明次は若干圧された。が、スカーレットの表情を見て察したらしく、ああそういうことかと溜息を吐く。パソコンを操作しながら、日付とレースの種類の確認を行った。

 当然のように、同じ日付、同じ種類、そして同じレースを所望した。

 

「だよなぁ……」

「何よめい兄、不満なの?」

「デビューした次のレースでチームメイトがぶつかり合うのは、んー」

「別に同じチームだって目標被ることあるんだから、それくらいなんてことないだろ」

 

 ウオッカはあっけらかんと述べるが、明次としては微妙な表情だ。元々そういう方針だったのは間違いないし、それ自体は彼も承知の上。だからレースでスカーレットとウオッカが対決すること、それそのものには文句はない。

 問題なのは時期である。デビューを一戦目とみなさなかった場合、最初のレースでチームメイトが対決するのだ。

 

「デビュー合わせても二戦目だろ。バカな、早すぎるって文句言われそう」

「……めい兄に迷惑が掛かるなら、アタシは」

「それで我慢してお前らが調子落としたら意味ないだろ。……まあ、このレース、ライバル同士が対決する舞台としてもよく選ばれてるらしいし、ある意味丁度いいかもな」

 

 記事を検索しながら明次が呟く。ほれこの辺、と見せられたそこには、高等部の有名どころがぶつかり合っている記事が表示されていた。誰が呼んだか、その勝負はレジェンドレースなどと言われているのだとか。

 

「栄冠とか記録とか、そういうしがらみもなく、ただ純粋にどちらが速いか。だからこそのレジェンドレース……」

「あ、俺これ知ってる、動画で見たやつだ。あれレジェンドレースだったのか、通りですげーカッコいいはずだ」

 

 表示された記事を見ながら、スカーレットもウオッカも先程よりも表情が変わっていく。お互いの対抗心が、ただの意地の張り合いから、ひとつ上に。

 ふう、と明次は息を吐いた。そうしながら、それでどうする、と二人に問う。オープンリーグで、対決するのか否か。変更するのならばそれでもよし、そして。

 迷わなかった。二人共に、当然だと頷いた。

 

「分かった。んじゃ同じレースに出走登録しとくぞ」

「うん。ありがとう、めい兄」

「おう、さんきゅ、トレーナー」

 

 そうと決まれば、後はお互いがお互いに勝つためのトレーニングだ。チーム結成時に話していたように、明次からの練習は包み隠さない。手の内が分かっている状態でぶつかり合うのだ。とはいえ、現状対策らしい対策はない。自身の能力を伸ばすことこそが最短。

 

「まあ、俺もその辺は要勉強ってやつだけど、っと」

 

 何となしにここ最近のレースの記録を見ながらそんなことを呟いていた明次がふと動きを止めた。ん? と眉を顰め、そしてページを行ったり来たりする。

 

「なんじゃこら……」

「ん?」

「どうかしたの? めい兄」

 

 ひょこ、と彼の後ろから画面を覗き込む。が、表示されているページだけでは何のことだか分からない。どういうことだと再度尋ね、それを聞いた明次は見てもらった方が早いとタブを複数開いた。

 三つ前のレース、ダートの一着。前々回の中距離芝の一着、そして前回、長距離の一着。

 

「うえ!? これ全部同じやつか? ハッピーミーク……?」

「この間の子よね。めい兄の同期のトレーナーのパートナーだっていう」

 

 デビュー戦の日に出会った、あのどことなくぼんやりとした表情のウマ娘を思い出す。とてもじゃないが、こんな記録を出すような人物には見えなかった。

 だが、明次は。それに加えてあの時の葵の笑顔が思い出され、そういうことかよあんちくしょうと表情を苦いものに変えていた。ストンと腑に落ちたような納得をしていた。

 

「スカーレット、ウオッカ」

 

 二人を呼ぶ。どうした、とこちらを見る彼女達を見ながら、彼は大きく息を吐いた。そうしながら、二人の目を真っ直ぐに見る。

 

「ライバルってのは、思った以上に沢山いるぞ」

「どうした急に」

「ったく。あのねめい兄、別にアタシ達はお互いしか見てないわけじゃないわ。ちゃんと、自分たちの周りも、先にいる相手も。どっちも見据えてるわ」

「あー、そういうことか。分かってねぇなぁトレーナー。強いライバルが沢山いる方が燃えてくるだろ? そういう勝負の方がカッコいいだろ?」

 

 やれやれ、と言わんばかりの彼女らの言葉を聞き、明次は暫しポカンとする。そうした後、おかしくてたまらないとばかりに笑い出した。そうだよな、お前達はそういう奴だよな。そんなことを言いながら、余計なことを言った、ごめんと謝りながら。

 

「よっし。じゃあ、ライバルたちに負けないように、トレーニングを始めるか」

「当然よ!」

「おう!」

 

 パタンとパソコンを閉じると、彼は拳を振り上げた。それに合わせるように、スカーレットも、ウオッカも。同じように拳を突き上げた。

 

 

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