レッドゾーン・アクセル 作:イヌタデ
どうしたものか、と俺はひとりごちる。件のレースはいよいよ明日。基礎ステータスのアップと彼女らなりの戦術のバリーションを一つほど増やし、後はもう二人揃って全力で走ってくれるのを待つだけだ。だから今日はトレーニングも特になしで、休養に当てている。
そんなわけで。必然的に俺も今日はトレーナー業が休み、というわけなのだが。
「どうしたのよ、めい兄」
「ちょっとな」
ズズズ、と味噌汁をすすりながら、俺はスカーレットにそう返した。ちなみにここは俺の部屋、学園の敷地内にあるトレーナー寮である。休みなので久々にダラダラするかと思っていたので、服装も整えちゃいない。まあ、目の前にいるのはスカーレットだけなんで別に問題はないのだが。
「あー、何か久々だな、この味」
「腕は上達したと思うんですけどぉ?」
「そりゃそうだろ。お前あの時小学生のちんちくりんじゃねぇか。そういう意味じゃなくて、なんていうか、こう、根っこは変わってないっていうか」
「そんなもんかしらねぇ」
言いながらスカーレットも味噌汁を飲み、卵焼きをぱくつく。普段適当に朝飯を済ませる俺だが、今日はこうして目の前の妹分が用意したご飯が鎮座していた。ありがたく頂いております。
ちなみにこいつが俺の部屋に入ってくること自体には特に思うことはない。昔からそうだったので慣れたからだ。まだ実家にいた頃、料理覚えたてのスカーレットに毒見役をさせられたことだってある。だからその辺は慣れている。
が、しかし。
「んで? なんか用なのか?」
「へ?」
「こっち来てからお前、俺んとこ押しかけることなかっただろ? だから何かあったのかって」
「んー……。なんとなく?」
「さよか」
誤魔化している様子もないので、割と真面目にふと思い立ったのだろう。ウオッカはどうしたんだと聞くと、休みだからと外出許可取ってどこか行ったらしい。ああ、成程、暇なのね。
「ここのところ、デビュー前で結構張り詰めてたし、丁度いいかなって。あ、勿論レースは全力だし、気合も入れてるわ」
「分かってるって。ま、本番前にリラックスできてるならそれでいいさ」
俺も、メイクデビュー戦の時に比べると幾分か落ち着いている。実際のレースでスカーレットもウオッカも走ったという事実が、俺の中である程度の土台になったんだろう。そしてそれはきっと、目の前のスカーレットも、ここにいないウオッカも同じなはずで。
「まあ、後はあれね。今日ウオッカと昼間顔合わせると多分抑えきれなさそう」
「とことんバトル気質だなお前ら」
「いいじゃない、別に。……まあ、きっと相手はウオッカだけじゃないんだろうけど」
「まぁな。経験豊富なウマ娘達が新人を歓迎してくれるぞ」
「望むところよ」
ふふん、と笑うスカーレットを見て、俺もつられるように笑う。きっと本当ならばオープン戦とかを選んで、きちんとした経験を積ませるのが正しいのだろう。いきなり重賞目指して突っ走るとか、いきなりURAレースにぶっ込むとか、普通のトレーナーならやらないだろう。新人の、考えなしだからやれるような暴挙と言っても過言ではない。
それでもきっと、大丈夫。そう思わせるだけの輝きがこの二人には、スカーレットにはあった。だから俺は心配しない。
「ねえ、めい兄」
「んー?」
「ここで聞くのはずるいと思うけど、でも、聞かせて」
「何だ?」
何だ、とは言ったが、目の前のこいつの言いたいことは分かった。何を聞きたいかすぐ分かった。そして、それについての答えは、俺にはとっくに決まっている。
「今度のレース――」
「スカーレット」
「どっちを、って、え?」
「今更過ぎる。ウオッカもとっくに承知だ。勝ってお前らまとめて煽り倒してやるって昨日言われたぞ」
「え、っと。いいの?」
「別に練習に差は付けないし、手は抜かない。でも、直接対決になったら、やっぱり応援の比率はスカーレットに偏るんだよなぁ」
だって、それが俺の芯だから。スカーレットを一番のウマ娘にする。それが俺のトレーナーである意味だから。
そういう意味では、ウオッカは何というか凄いと思う。それを踏まえた上で俺のチームに入っているのだから。そもそも『差は付けない』っていう言葉だって、本当に信じていいのか定かではないレベルだ。普通キレるぞ。
「……そういう意味では、多分ウオッカもめい兄を、トレーナーを信じてるんだと思う」
「俺を?」
「そ。アタシを勝たせるためにトレーニングに差を付けるなんてダサいことしない、って」
「そんなもんかね……」
「そうよ。最近はめい兄の提案したトレーニングもするようになったし」
自分の好きなようにやる、とか最初言ってたのに。そう言ってスカーレットは笑う。そんなこいつの笑顔を見て、俺はほんの少しだけ気が楽になった。いや、ああ言ったものの、やっぱり多少は負い目があったからだ。ウオッカも良い奴だし、凄いし、俺なんかにはもったいないウマ娘だし。
びし、とデコピンをかまされた。また変な方向に弱気になってる。そう言ってしょうがないなぁと苦笑したスカーレットは、食べ終わった食器を片付けながら俺に告げた。じゃあ行きましょうかとのたまった。
「行くって?」
「デート♪」
「こうしてめい兄と出かけるのも久しぶりね」
「まあな」
「何よ、上の空で」
「あの頃の、小学生とか中学生が行ける場所なんか限られてたからな。一応曲がりなりにも大人になった状態だと勝手が違うというか」
そう言って頬を掻く。そんな俺を見て、スカーレットはニンマリと笑った。やっぱりそうよね、と言葉を続けた。
「お互い大人だものね。子供のお出かけとはわけが違うわ」
「いや、お前は子供だろ」
「何でよ!」
「夕方ゲーセン一人でも注意されなくなってから言え」
「随分限定するのね」
いやだって、ここゲーセンだもん。ぶすぅ、と不満げに頬を膨らませているところ悪いけど、ノリとしては完全に妹のお守りに来た兄だからな俺。ノリっていうか、事実か。
だから俺の言う勝手が違うというのは、年長者としての責任から保護者としての責任に変化してることについてだ。大人に泣きつけなくなった世知辛さについてだ。
「まあいいや。んで、何やる?」
「え? 奢ってくれるの?」
「曲がりなりにも働いてるからな」
こういう時に財布になるのも保護者の努めだ。とか偉そうなことを言ってみるが、まあゲーセンのお金くらいは奢ってやれるくらいの甲斐性はあるってだけだったりもする。
というわけで適当にゲームを選んではコインを投入し、ガチャガチャとやりながら時間が過ぎる。中学卒業してからやる時間も減っていたので、正直今のゲームとかさっぱりだ。
それは隣のスカーレットも同じなようで。まあそもそもゲームとか俺が誘わないとやってなかったしな。
「……むー」
「いや流石にいきなりじゃ勝てねぇよ」
ゲームオーバーの画面を見ながらスカーレットが目を細める。こいつの負けず嫌いは本気で筋金入りだ。ちんちくりんの頃、俺がゲームで勝つのが気に入らなくてひたすら練習した結果寝不足でお袋さんに叱られたこともあったくらいだ。ちなみに俺もセットで自分の母親に怒られた。
「ほれ、そういうのよりもうちょい直感で出来るやつにしようぜ」
「はーい。……じゃあ、クレーンゲームとか?」
「あれ直感でいけるか?」
まあいいや、とプライズコーナーへ向かう。色々なぬいぐるみが並んでいるが、その一角に鎮座しているものを見て俺達は動きを止めた。
ウマ娘デフォルメぬいぐるみ。何弾か出ているらしいそれは、割と見覚えのある姿のウマ娘がででんと筐体の中に入っていて。
「……これ、トウカイテイオー?」
「横のはメジロマックイーンだな」
他にもスペシャルウィークとかグラスワンダーとか、ちょっと外れてサイレンススズカとか、学園の有名どころが可愛くディフォルメされている。普通の人ならいざしらず、こうしてトレセン学園所属だとこういうのは何とも言えない気持ちになる。身近、ってほどではないが、そういう人物がぬいぐるみになってる感というか。
「めい兄」
「おう」
「……そのうち、アタシもぬいぐるみになるのかな」
「ぶふっ」
「どういう反応よ」
「いや、まさかそんな事考えてたのかよっていう」
「よーしめい兄歯ぁ食いしばれー」
笑顔で拳を握り込んだので、ごめんごめんと謝りながら頭を撫でた。当然のように弾かれたが、握った拳が顔面に来ることは避けられたので一安心。
それはともかく。
「何だよスカーレット。ぬいぐるみ化希望か」
「いいじゃない別に。一番になるんなら、当然こういうのも避けて通れないでしょ?」
「ま、確かに。あ、その時は俺も監修に参加できるんかな」
「どうかしらね。めい兄なら問題なさそうだけど」
そんな軽口を叩いてはいるが、それもこの先のレース次第だ。勿論スカーレットは一番になるし、俺はこいつを一番にするつもりだが、今は何を言っても妄想としか思われない。
それが、その現実が俺はなんとなく悔しくて、八つ当たり気味に無言でクレーンゲームにコインを入れた。ほえ、と目をパチクリさせているスカーレットの横で、トウカイテイオーのぬいぐるみの顔面にクレーンのアームをめり込ませて、その衝撃で横に転がせる。
「ほわぁぁぁ!」
「あん?」
背後から叫び声が聞こえた。振り返ると、一人のウマ娘がアームの勢いで蹂躙されるトウカイテイオーぬいぐるみを見ながら目を見開いているのが見える。本人に見られたか、と一瞬心配したが、どうやら違うらしい。目の前の少女は、トウカイテイオーと比べて明らかにでかい。身長の話である。いや、スタイルも多分こっちが上だけど。
「あ、ご、ごめんなさい。邪魔しちゃいました」
と、そこで俺達に見られていることで我に返ったらしい少女が頭を下げる。察するにこの子、トウカイテイオーのファンなんだろう。だからぬいぐるみが取られそうになって思わず声を上げた、といったところか。
「もしくは、アームを顔面に刺したのを見て、じゃないかしらね」
「……ああ、そういう系」
どちらにせよ、そこで感情のまま何かを言ってくるような性格じゃないのは幸いだ。気にしてない、と述べ、ついでなので一応断りを入れておく。このまま取っちゃうけど、大丈夫か、と。
「え? あ、はい……大丈夫です」
「大丈夫じゃなさそうね」
「どっちだ、これ」
迷っていても無駄にコインが消費されるだけなので、とりあえずクレーンゲームに向き直ると再びアームを動かした。いい感じに転がったので、次はもう一回ひっくり返す。
「あぁ! テイオーさんのお尻にアームが刺さって!」
「人聞きの悪い事言うのやめてくれる!?」
コロコロと転がるトウカイテイオーぬいぐるみ。いい感じに勢いがついたのか、元々取れやすい位置にあったぬいぐるみはそのまま取り出し口へと落下していった。
ガコン、と落ちてくるトウカイテイオー。とりあえず後ろの子はこれで一旦黙るだろうから、残ったクレジットで他のぬいぐるみもチャレンジしよう。トウカイテイオーを動かしたことで、メジロマックイーンぬいぐるみも少し動いている。他のよりは、多分こいつの方が取れやすい。
というわけで、さっきと同じように取り出し口へと転がすためにアームを操作して。
「あぁ! マックイーンさんのスカートの中にアームが入り込んで!」
「何でだよ!?」
増えた。
「す、すいません!」
「あー、いや。もういいから」
ペコペコと頭を下げるウマ娘の子。薄茶色の長い髪は綺麗で、顔立ちやプロポーションも相まって何というかお嬢様感が半端ない。そんな子に平謝りされると、俺が何だかすごく悪い人のように思えてくる。
「大丈夫よサトノダイヤモンドさん。め、トレーナーさんはこのくらいで怒る人じゃないから」
「そうそう。まあ、だから気にしなさんな」
「うぅぅ。申し訳ありません」
もう一度深々と頭を下げたウマ娘の子は、そこでちらりと視線を横に向けた。
さっきから頭を下げたまま動かないもうひとりに、だ。
「……そういうわけなんで、そっちの子も頭上げてくんない?」
「ごめんなさい!」
俺の言葉にもう一度盛大に謝った黒髪のウマ娘の子は、申し訳無さを隠そうともしない顔をゆっくりと上げた。いやだから別に気にしてないっつの。
だって君達スカーレットの同級生でしょ? 子供のしたことだし、この程度なんてこと。
「あだぁ!」
「……」
「ちょっとスカーレットさんや! いきなり脇腹突くのやめてもらえません!?」
「子供扱いした」
「……そういうところが子供だっつーの」
二発目を叩き込もうとした手が止まる。ギリギリと錆びついたロボットのような動きでそれを引っ込めると、おほほとものすげーわざとらしい笑い声を上げた。そういうところが子供なんだぞ。
「……スカーレットさんって」
「はっ! あ」
「意外と、お茶目な人だったんですね」
「そうだね。ダイヤちゃんから聞いたのと結構違って驚いちゃった」
「うぅ……」
これ俺が悪いんだろうか。スカーレット的には半々みたいだから、そこは素直に受け入れるとして。
「じゃあ、改めて。俺はスカーレットのトレーナーをしてる代花明次」
「はい。スカーレットさんのクラスメイトで、サトノダイヤモンドです」
「あたしはキタサンブラックです。隣のクラスなんで、ダイワスカーレットさんとの直接の面識はなかったと思います」
意外と、というわけでもなく、礼儀正しい。中学生ってもっとこうクソガキ感溢れてたりするもんじゃないっけ、と思わないでもないが、トレセン学園ともあればその辺もきちんとしているのだろう。
そんな風に思っていると、何故か二人からじっと見詰められた。顔に何かついている、ということもないだろうし、一体全体どういうわけかさっぱり分からない。
あ、と二人は慌てて手をぶんぶんとさせる。そんなつもりはなかったんです、とキタサンブラックが弁明をした。
「申し訳ありませんでした。その、前々からお話を伺っていたので、つい」
「……はあ。へ?」
「えっと? サトノダイヤモンドさん、誰からそんな」
「私達のトレーナーさんから、です」
トレーナーから俺の話を聞いている? 彼女のその言葉に何だか猛烈に嫌な予感がしたが、しかしその先を聞かないわけにもいかない。そのトレーナーとは一体誰なのか。そう続けて問い掛けると、キタサンブラックがあははと苦笑しながら答えてくれた。
「桐生院葵トレーナーです」
「やっぱりあいつかよ……」
何となく予想ついてた。この学園でそんなしっかりと俺のことを話すトレーナーとか研修時に面倒見てくれた二人の先輩以外には一人しか思い付かないからだ。彼女達の様子からすると悪い意味で興味を持っているわけではなさそうだが、だが、それでも。
あんちくしょう自分の担当に何吹き込んでんだ、と心の中で文句言っても許されると思う。
「桐生院トレーナーっていうと、この間のデビュー戦で会った人よね?」
「おう。ん? てことは、この間桐生院とこでメイクデビューしたのは」
「はい、私達です」
「その時にミークさんが会ったって言ってたから、あたし達も会ってみたいって思ってたんです」
ミーク。その名前を聞いてスカーレットがピクリと反応した。まあ確かにお前にとっちゃ桐生院が担当ウマ娘に俺のことをどう話してたとかそこまで興味ないかもしれんが。
そんなことを思ってたらグリンと勢いよくこっち見られた。反応した箇所そこだけじゃない、と目で文句言われた。
「まいいや。んで、実際にあった感想はどうかな?」
「……えっと」
「その……」
あからさまに目を逸らされた。何と言っていいのか分からない、というのがよく分かる。
おいこらスカーレット、笑うな。
「変な人でしょ?」
「え、あ、はい」
「あー、うん」
「頷くんかい」
こう言ってはなんだが、海千山千のトレセン学園のトレーナー達の中では俺は平凡な部類に入る。突出して何かあるわけでもなし、名門の血筋というわけでもなし。
だからよ、とスカーレットが微笑んだ。
「そんな人が、アタシとウオッカの担当をして、チームまで作ったから。だから、変な人っていう評価になるの」
「……あー」
「納得しちゃうんですね……」
「やっぱり変な人だ……」
うっさいやい。
もういいから、と諦めというか拗ねるというか。そんな状態になった明次は、いい加減こんな場所で話してるのもなんだし、と移動を提案した。サトノダイヤモンドとキタサンブラックは二人の邪魔をするのも悪い、とそれを断り、ではこの辺でと別れを告げる。
そんな二人に、彼はああそうだと取り出し口に入りっぱなしだったそれを拾い上げ手渡した。俺が持っていてもなんだし、と述べた。
そうして彼女達の手の中には、トウカイテイオーぬいぐるみとメジロマックイーンぬいぐるみが。
「……ねえ、キタちゃん」
「何、ダイヤちゃん」
ぎゅ、とメジロマックイーンぬいぐるみを抱きしめながら、サトノダイヤモンドはキタサンブラックへと言葉を紡ぐ。これまで散々あの人の話を聞いていたけれど、と続ける。
「何となく、トレーナーさんの言っていた意味が分かったような気がする」
「あー、うん。あたしも、何かそんな気がする」
代花明次。彼の話をしている時の葵はどうにも信用できない。そう思っていたが、実際に会ってみると、彼女の言っていたことは間違っていなかったように感じられる。
そこまでを考えて。もし、そうだとすると、と考えて。
「……スカーレットさん、やっぱり強いのかな。ううん、元々強いのは知っていたけれど、それ以上に」
「うん。当然ウオッカさんも。トレーナーが散々言ってたし、多分そうなんだろうね」
ぎゅ、とトウカイテイオーぬいぐるみを抱きしめながら呟く。あのトレーナーの育てたウマ娘は、自分達の強力なライバルになる。彼女の言葉をもう一度噛み締め、二人はこくりと頷いた。
URAスペシャルカップ、通称デイリーレース、オープンリーグ。開催は明日。
そして当然、サトノダイヤモンドとキタサンブラックも、エントリー済みだ。
『――面白くなってきた!』
例年以上の、嵐が始まる。未だそれを知る人は、少ない。