レッドゾーン・アクセル 作:イヌタデ
女主人公的な意味で
そうしてド新人トレーナーにスカウトされた期待の新星の噂は、あっという間に広まった。ダイワスカーレットの評判は既にそこそこ広がっていたので、せっかくの才能を潰してしまうだけではないかと危惧されもした。
優等生で通っている彼女のことだ。そうはいっても当たり障りのない返事をするだろう。周りはそう思っていた。選抜レースもまだ行われていないのだ。その後で、彼女ならば好成績を叩き出すに違いないし、きっと増えるであろうもっと力のあるトレーナー達のスカウトから所属先を選ぶだろうと信じて疑わなかった。
「……え?」
だから、クラスメイトは、スカーレットのその言葉を聞いて耳を疑った。ド新人のスカウトがどうなったのか、その結果を聞いて唖然とした。
「ええ、受けたわ」
何の迷いもなくそう述べるスカーレットを、クラスメイトのウマ娘は目を見開いたまま動きを止め、見やる。ひょっとして脅されていたりするのではないか、そんなことまで考えた。
何せ彼女は誰にでも優しく面倒見のいい、模範的な優等生だからだ。
「だ、大丈夫なの?」
「確かに、選抜レース前に所属を決めるのは少し問題かもしれないけれど」
「そうじゃなくて! そ、そのトレーナー、ちゃんとした人なの?」
「……トレセン学園に所属するトレーナーなんだし、そこは問題ないわ」
クラスメイトのその言葉を聞いて、スカーレットの表情が僅かに曇った。が、すぐさま取り繕ったために目の前の少女は気付かない。まあ心配するのもしょうがない、と彼女自身もある程度納得しているためだ。
「でも、資格を取ったばかりの凄く若い人なんだよね? スカーレットさんの指導、ちゃんと出来るのかな……?」
「そうね――」
そこで言葉を止める。やっぱり何か問題が、それを見て不安が増したクラスメイトの目の前で、スカーレットはふわりと微笑んだ。普段でも決して見せないような、とても優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫よ」
「そ、そうなの……?」
「ええ」
そしてその口から発せられるのは紛れもない、信頼の言葉。迷うことないそれを聞いて、クラスメイトは流石に察する。
ああ、これは本当に、自分で選んだのだ。そのトレーナーと共に進むことを。
「……いいなぁ」
「え?」
「私も、スカーレットさんみたいな素敵なトレーナーに出会えるかな?」
「アタシのトレーナーが素敵かどうかはともかく。それはきっと大丈夫よ」
ね、と笑顔を見せるスカーレットを見て、クラスメイトの少女は頷いた。変なこと聞いてごめんなさい、それとありがとう。そう言って、変な噂を発端とした会話を終えた。終えようとした。
ガラリと扉が開く。視線を向けると、そこには若い青年が一人。適当に手入れしたらしいボサボサの髪と眼鏡の冴えない男だ。ただ目付きだけは鋭く、そのおかげというべきか、なぜだか妙な迫力がある。
そんな青年は、教室内を見渡すと一人の人物で視線を止めた。げぇ、と普段から考えると絶対にしないような顔をしているダイワスカーレットを見詰めていた。
「ああ、いた。スカーレット、ちょっとトレーニングについて話が――」
「トレーナーさん」
いつの間にか教室の喧騒がやんでいた。何だ何だ、とざわめきに変わっており、スカーレットと突如やってきたトレーナーの青年に注目している。
「ここは教室ですから、打ち合わせなら別の場所でしましょうか」
「……あ、はい」
お騒がせしましたと頭を下げた青年はすぐさま教室を出る。それを追いかけるように、溜息混じりのスカーレットもカバンを持つと教室を後にせんと足を動かした。じゃあ、呼ばれたので失礼します。そう言って笑顔で教室を出ていく彼女の姿は、普段通りの優等生だ。
だが、近くにいたクラスメイトは、見てしまった。一瞬、スカーレットは物凄く子供っぽい顔をしていたことを。何で来てんだお前、と言わんばかりの表情をしていたことを。
そして。
「……凄く、嬉しそうだったな」
本当の本当に、信頼関係が出来ているのだ。それが分かったから、少女は本気で、彼女のことを羨ましいと思った。自分もあんなふうになりたい、と思った。
「……で? 何で教室来たのよ」
「いやだから、トレーニングについて話が」
「スマホで連絡なりなんなりあるでしょ!? 何で直接来るわけ!?」
結局スカーレットに連れられトレーナー室までやってきた俺は、何故か現在説教中である。される方だ。解せぬ。
「あのね、アタシこれでも優等生で通ってるの」
「……へー」
「ぶん殴るわよ」
「いやだってしょうがないだろ。あのスカーレットが」
「めい兄。言っとくけど、アタシ小学校の頃からちゃんと優等生してましたからね?」
「あ、そうなの? 俺といる時はあれだったからてっきり」
ポリポリと頬を掻く。そうしながら、まあよくよく考えれば当然かと頷いた。こいつは一番を目指したがる。だから当然、ウマ娘としてとかレースとかそういうのと関係なく一番になるための努力をしてしまうやつだ。優等生になるのも必然か。何だかんだ面倒見もいいし、優しいとこあるしな。何だ、疑う理由ないわこれ。
そんな結論を出してうんうんと頷いた俺を怪訝な表情で見るスカーレットだったが、まあいいやと溜息を吐いていた。気を取り直すように腕組みをすると、それで何の話なのかと問い掛けてくる。
「……」
「めい兄?」
「あ、ああ悪い。ちょっと聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
「選抜レース、出るのか?」
ピクリとスカーレットの眉が上がる。そうしながら、何当たり前のことを聞いてるんだと言わんばかりに目を細めた。実力を多数に示す丁度いい機会なのだ、学園所属のウマ娘で出たくないと答えるものはまずいない。
それは分かっているが、しかし。
「選抜レースって、言ってしまえばトレーナーにスカウトされるためのアピールの場だろ? 既にスカウトされてるんだから」
「だからよ」
「は?」
「アタシはもう既に、トレーナーがいる。でも、そのトレーナーは新人で指導力に期待が持てない。なんて言われてる」
「……お前、まさか」
その言い方で気付いた。スカーレットが選抜に出ようとしている理由は、間違いなくアピールのためだ。
ただし、それは自分自身の、ではなく。
「ええ。めい兄の指導で強くなって、アタシはめい兄のトレーナーとしての実力をアピールするのよ」
「……そこは、普段通りに一番を目指せよ」
「目指してるでしょ? 一番のウマ娘に相応しい、一番のトレーナーを見せつけるのよ」
笑顔で言い切りやがりましたこの幼馴染は。そこまで言われて無理だなんて言えるはずもない。何より、そこで無理だと言った時点で俺の目標は露と消える。一番のウマ娘の隣に立つトレーナーが、こんなところで弱音を吐いたら即おしまいだ。
ふう、と息を吐いた。そうだ、こんなところで立ち止まっている暇なんか、俺にはないんだ。俺がいなくてもどんどん先に行ってしまうこいつに追い付くには、それくらい当然のようにこなさなくてはいけない。
「スカーレット」
「ん?」
「やってやろうじゃないか。お前を、選抜レースでも一番にする」
「よろしい。じゃあ、トレーナーさん。どういう指導をしてくれるのかしら?」
「……えーっと」
スカーレットの表情が即座に厳しいものになる。ひょっとして何も考えてなかったのかこいつ、という顔だ。流石は幼馴染と言うべきか、的確にお互いのことを察することが出来る辺りこれからの指導は色々便利かもしれない。
あ、スカーレットの目付きが怖い。
「まずはゆっくりと、なんて考えてた俺がバカだったってわけだ」
「ばーか」
笑顔で言うのやめてもらっていいです?
ん? とトレーニング室へとやってきたウオッカは眉を顰めた。この時間ならば人もいないだろうと当たりをつけていたのだが、どうやら先客がいたらしい。とはいえ、彼女は別段それで何かあるような性格をしているわけではない。
ないのだが。
「……あん? スカーレット?」
怪訝な表情が更に強くなった。今の時刻なら、指導員のもとで通常トレーニングをしている時間のはずだ。それをブッチして独自トレーニングをしている自分のようなものはともかく、名目上は優等生である彼女がそんなことをするはずが。
「って、あー。そうか、そういやあいつ、トレーナーついたんだっけか」
話題になっていたそれを思い出す。何の因果か二人は寮で同室であるため、聞こうと思えばいくらでも聞けたのだが、ウオッカはそこまで興味がないので流していた。だから、そこにたどり着くのに少し時間がかかった。
そんなわけで納得したので、まあいいかと興味を外す。向こうがトレーナーの指導で強くなるのならば勝手になればいい。自分は自分で、一人で強くなるだけだ。
「あーもう! アンタ本気で言ってんの!?」
「落ち着けスカーレット。あとアンタ呼びは地味に来る」
「……そう思うんなら、もう少ししっかりして欲しいんですけどトレーナーさん?」
「面目ない」
なんだぁ、と視線を再び向こうへ動かした。普段では決してしないような表情を、表面上の優等生をしている時は絶対にやらない顔を。何故だか自分と喧嘩をしている時くらいしかしない態度を彼女は担当トレーナーに取っていた。
「まあ、いいわ。それで、何でスピードを犠牲にしてまでパワーを上げるの?」
「正直な話、今のスカーレットはスピードは十分、素質もバッチリだ。鍛えれば鍛えるだけ伸びるだろうが、今はそこじゃない」
「どういうことよ」
「言っただろ? 選抜レースで力を示すって。そのためには分かりやすく今までのお前とは違う姿を見せる必要がある」
「そうね。その通りだわ」
聞く気がないのにウオッカの耳に二人の会話が届く。そういう作戦会議はトレーナー室でやれよ。そんなことを思いながら、彼女は出来るだけ気にしないようにしながらトレーニングの準備を始めた。ウェイトは奴らが使っているので、ランニングマシーンにしようとスイッチを入れる。
「で、あれなんだが」
「どれよ」
「……俺の、最初の指導」
「……あ、うん」
「覚えててくれただろ?」
「当たり前じゃない。……忘れるわけ、ないもの」
え何いきなり甘酸っぱい空気出したの? 動き始めたランニングマシーンに足を乗せる直前のそれで、ウオッカは思い切りタイミングを逃した。うぉあ、とずっこけ盛大に音を立てる。鼻がツンとするのはぶつけたせいか、それとも。
ともあれ、それによって、明次もスカーレットも彼女の方へと振り向いた。
「ちょっと大丈夫? って、ウオッカじゃない。何やってんのよ」
「こ、っちのセリフだぁ! 何なんだよお前ら! 作戦会議でもイチャつくんでもどっちでもいいけどな、他所でやれ他所で! ここでやるな!」
「イチャぁ!? な、何言ってんのよアンタは!」
「あーもーうっせぇ……。俺はこれからトレーニングするんだから、邪魔すんな」
「一人でか?」
ひょこ、と明次が会話に交じる。あん? とそちらに視線を向けたウオッカは、何だ文句あんのかとばかりに彼を睨んだ。
対する明次はその睨みを気にすることなく、別に文句はないさと笑う。
「ただ、トレーナーもいない状態で大丈夫なのかって」
「はっ。心配いらねぇよ。俺は俺のやり方で強くなる」
「……へぇ」
そう言い切ったウォッカを見て、彼は笑みを強くさせた。そうか、邪魔して悪かったと謝罪をした。
それに毒気を抜かれたのはウオッカである。何だお前と言わんばかりに目をパチクリとさせて彼を見た。
「ど、どうした?」
「いや……。アンタ、変わってるな」
「そうか?」
「そうよ」
横合いからスカーレットが口を挟む。まあ昔からこんなのだから慣れたけど、と口には出さずに続けていた。
「普通はもっとこう、きちんとしたトレーナーの指導もなしに強くなれるはずがないとか、そういうもっともらしいこと言うだろ」
「あー。いや、俺はそういうこと言えるほど立派なトレーナーじゃないってのが結構な割合を占めてはいるんだけど」
そう言ってポリポリと頬を掻く。まあ実際いきなり文句言われているし、とスカーレットに肘で突かれ、そうなんだよなぁと肩を落とした。
そうしながら、もう一つの、残っている割合の理由を口にする。
「そうやって自分で前に進んでいるやつって、応援したくなるじゃないか」
「はぁ……?」
「これ、ウオッカのトレーニングメニューだろ」
ひょい、と傍らにあった紙を手に取る。自分で考えているにしては、きちんと的確なメニューが記されていた。正直へっぽこである明次の出番はない。
「これだけ出来てるなら、いいんじゃないかな」
「お、おう……変な奴だな、アンタ」
「よく言われる」
そう言って笑った明次は、じゃあトレーニング頑張ってくれと手をひらひらさせた。むすぅ、とどこか不機嫌そうなスカーレットの頭に手を置きながら踵を返した。
その途中、あ、そうだと彼は振り返った。そういえばもう一つあったんだと口角を上げた。
「そういう秘密特訓って、カッコいいからな」
「っ!?」
子供ねぇ、と呆れたようなスカーレットに連れられ、二人は再度ウェイトの器具へと戻った。何だかんだ調子も戻ったらしく、そして先程の反省を活かしたのかウオッカには聞こえないように顔を寄せ合い話をしている。こころなしかスカーレットの顔が赤いように見えるのは気のせいだろう。
そんな二人を目で追っていた彼女は、小さく溜息を吐くと再度ランニングマシーンへと向かった。スイッチを入れ、動き出したそれに足を乗せる。先程のようなヘマはもうしない。スイスイと足を動かし、そして段々と速くなるそれにも対応してみせる。
そうしながら、彼女は笑った。先程までのものとも、不敵な笑みとも違う表情で笑っていた。
「そっか、そっかぁ……俺、カッコいいかぁ……」
そう言われたからには、頑張るしかない。そんな謎の気合を入れつつ、ウオッカは調子よくトレーニングを続けていた。
「ねえめい兄」
「ん?」
「向こうのウオッカが気持ち悪い」
「んなこと言われても……」