レッドゾーン・アクセル   作:イヌタデ

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目標レースが地味。


その4

 最初こそひと悶着あったが、何だかんだスカーレットはきちんと俺のトレーニングについてきてくれた。ふーん、とかへぇ、とか意味深なことを呟いていたりもするが、そこら辺はまあご愛嬌ということで、だ。

 

「めい兄」

「ん?」

「何か勘違いしてるみたいだから言っておくけれど、アタシは最初からめい兄のことを信頼してるわよ」

「ここで知ってるって返すとなんか自意識過剰みたいだなぁ」

「いいじゃない。しっかり自惚れておきなさいよ」

 

 ベシベシと俺の背中を叩きながらスカーレットが笑う。そんな彼女にはいはいと返した俺は、そうは言っても、と視線を横に向けた。

 それに胡座をかいていたら駄目だろう。俺はお前の横に立ちたいんだ。ただ幼馴染というだけの、昔からの繋がりという信頼を使い潰すわけにはいかない。

 

「ほんっと、そういうとこ真面目ねぇ」

「才能の塊みたいなお前と違って、こっちはへっぽこもいいとこだからな」

「アタシを褒めるのはいいけど、めい兄は自分を下げ過ぎ。もっと自信持ちなさいよ」

「つってもなぁ……」

 

 よし休憩終わり、とトレーニングに戻るスカーレットを見ながら、俺はガリガリと頭を掻く。あいつにそうやって言ってもらえるのはそりゃあ嬉しい。あの時の約束を守るためにも、全力を尽くそうと更にもがきたくなる。

 だが、しかし。自信は持てない。結果がないのだ。俺がスカーレットのトレーナーだと胸を張れる『何か』がないのだ。

 現状も言ってしまえば幼馴染だからと、子供の頃に約束していたからと、そういう理由で一緒にいるだけだ。他のウマ娘とトレーナーのように、お互いに認め合い、スターを目指すということが――。

 

「っだぁ!」

 

 パァン、と頬を張った。ジンジンと痛むが、気にしない。駄目だ、俺は一体何を考えた。何を弱気になった。そうじゃないだろう、代花明次。

 俺は、こいつと一番にするために今生きているんだ。後ろを向いてどうする。

 

「よし、っと。めい兄、タイムはどう?」

「お、おう。いい感じだ」

「……昔っからそうなんだけど。めい兄ってやたら自分下げる時あるわよね」

「そうか?」

「そうそう。その割には、覚悟決めちゃったらそこ曲げないし」

「何だその面倒くさくて何考えてるか分からんやつは」

「アンタよアンタ!」

 

 グリグリと頬を指で突かれる。地味に痛い。呆れたようなスカーレットの顔を見て、俺は大きく息を吐いた。ごめん、と彼女に頭を下げた。

 

「分かればいいのよ。それで、トレーナー」

「ん?」

 

 姿勢と表情を正したスカーレットを見て、俺も思考を切り替える。年下の可愛い幼馴染スカーレットの兄貴分から、ウマ娘ダイワスカーレットのトレーナーへ。

 そもそもトレーニング中に前者になる時点で割とアウトだが。反省せねば。

 

「仕上がりはどう?」

「そうだな……」

 

 トレーニング結果から算出された数値を見る。パワーを重視したトレーニングによって、彼女がこの間やっていた勝ちパターンの精度を高めることには成功した。格下を捻じ伏せるような戦い方ではなく、格上を押しのけるような走りも不可能ではないはずだ。

 

「いい感じだ。これで本当に戦い方に幅が出来た」

「今までのが未熟って言われてる気がしてちょっと癪ね」

「あの走りを自力で編み出す時点でお前は一番のウマ娘だよ」

「むぅ……」

 

 ぷくー、と少し照れながらスカーレットがそっぽを向く。そう、俺のあんなフワッとしたアドバイスから脚質の適正を上げてくる時点でこいつは紛れもない天才だ。幼馴染贔屓というなかれ。このまま行けばあの黄金世代とだって、あのテイオーとマックイーンにだって渡り合えるはずだ。

 否、それ以上に。もっと上の世代にだって手が。

 

「っと、駄目だ。俺が自惚れてどうする」

「それだけアタシを買ってくれてるんでしょ。いいじゃない、ちゃんと実現させてよね」

「……ああ。でだ、それはとりあえず置いておいて」

「置いておくんだ」

 

 お約束のポーズをしながら、俺はスカーレットに向き直った。それで何なんだ、とこちらを見ている彼女に向かって、俺はゆっくりと口を開く。

 

「これからレースまでの間、トレーニングのメニューはこれで行く」

「最後の追い込みってわけね。……って、へ?」

 

 俺が渡した紙を見てスカーレットが固まった。ふふん、と浮かべていた笑みが即座にへの字口へと変わっていく。これはどういうこと、とそのままこちらに踏み込んできた。

 

「どういうことも何も。元々選抜レースまでの時間は無かったんだから、多少の無茶は仕方ないだろ」

「それは分かってるわよ。だからこそ聞いてるんじゃない」

 

 ほれこれ、と紙を俺の顔にグイグイ押し付けながらスカーレットが述べる。どうでもいいが紙以外もグイグイ押し付けられてます。

 

「明日からレースまでやるのは軽く走るだけ、ってどういうことよ!」

「だから、多少の無茶は」

「これのどこが無茶だっての!?」

「落ち着け」

 

 ぽんぽん、と丁度目の前にあった頭を撫でると、スカーレットは遠慮なくそれをはたき落とした。知ってた。これで機嫌直ったら当時の俺苦労してないものな。

 が、しかし。どうやら多少は効果があったらしく、ふんと鼻を鳴らすと彼女は至近距離から少し離れてくれた。力は抜いていない。返答によってはインファイトだと目が述べている。

 

「スカーレット。お前、あの走り方っていつ身に着けた?」

「え? そりゃ、もちろん。めい兄がいなくなってからよ」

「だよな。ってことは大体三年以上はあれで走ってたってことになるわけだ」

「まあ、そうね。自分に馴染ませなきゃいけなかったし」

「なら、質問だ。……お前、昔の走り覚えてる?」

「はぁ? そんなの覚えてるに決まって――」

 

 スカーレットの動きが止まる。暫し思考するように顎に手を当てて考えていた彼女は、ちょっと待ってとさっきの紙を傍らに置いた。

 

「トレーナー」

「おう、やってみろ」

 

 コクリと頷いたスカーレットは、深呼吸をするとコースを走り出した。今いるのは自分だけだが、それでもある程度想定した動きは出来る。

 だからこそ、戻ってきたスカーレットが何とも言えない表情をしているのを見て、やっぱりそうかと頷いた。

 

「……いつから気付いてたの?」

「このメニュー考えている時」

「最初からじゃない! 何で教えてくれなかったの!?」

「教えたら意味がなかった。そうしたら、お前は今日までに仕上げてしまうからな」

「何よそれ。……って、あー、そういうことね」

 

 はぁ、とスカーレットが溜息を吐く。失敬な、俺はお前が言い出したことを忠実に守ろうとしただけだ。そこを文句言われる筋合いはない。

 

「そりゃ、そうかもしれないけど……。でも、ねぇ」

「時間なかったんだよ!」

「それもそうか。よし、じゃあ、めい兄」

「ん?」

 

 ふふん、といつものような笑顔を浮かべた。それに合わせて、俺も同じように笑みを浮かべる。そうしながら、毎度お馴染みとも言える、腰に手を当てて胸を張るようなポーズを取っているスカーレットを見た。ちんちくりん時代と比べて、かなり似合っているそれを見た。

 

「きっちりと、頼むわよ」

「任せろ」

 

 

 

 

 

 

 選抜レースの出走表はとうに出ている。が、短時間でトレーニングの成果を見せなければいけない明次はそこの確認を怠っていた。彼がそれを確認したのはスカーレットと仕上げについての話し合いを終えてからだ。残りの時間でどこまで近付けるか、と考えていた時だ。

 

「……は?」

 

 ダイワスカーレットの名前が乗っている項を見る。彼女以外のウマ娘を、対戦相手を眺める。

 そこには、見覚えのある名前があった。しっかりと覚えている名前があった。

 

「ウオッカ……が、いる?」

 

 見間違いかと何度も目を一番から最後まで動かすか、やはりその途中でウオッカの名前とダイワスカーレットの名前を見付けてしまう。今回の選抜レース、スカーレットとウオッカが同じレースだ。

 とっくの昔に知っていなければならないそれを今更に発見した明次は、暫し固まった後急いでスカーレットの教室へと走った。また怒られるだろうというのも承知の上で、彼は彼女のもとへと向かった。

 

「ごめん、スカーレットは……?」

 

 教室をちらりと見てもお目当ての人物がいない。近くのクラスメイトに尋ねてみると、今日は早めに教室を出ていったという返答が来た。ありがとうとお礼を述べ、明次はトレーナー室へと急ぐ。ここにいないのならば、彼女の向かう先は。

 

「あ、どこ行ってたのよ」

「……お前の、教室」

「はぁ!? 前に言ったじゃない? めい兄、学習能力ないわけ!?」

「いやだってしょうがないじゃないか! こんなん見たら!」

 

 案の定というか、変わらない様子でトレーナー室にいたスカーレットに明次は出走表を見せる。何よこれ、と受け取った彼女は、暫しそれを眺めた後視線を彼へと動かした。

 

「これがどうかしたの?」

「いやだって、ウオッカが」

「いるわね」

「……うん」

「それで?」

「え、それで、って……」

 

 ビシリと突き付けていた指がへにょりと垂れる。スカーレットはそれを見ても平然としている。別段驚いた様子もないことから、その出走表に新発見はないとみていいだろう。

 ということは、つまり。そこで明次も自分の間違い、というか愚かさに気付いた。

 

「知ってらしたのですね」

「何よその口調。というか、当たり前じゃない。選抜レースは極一部を覗いて、まだトレーナーのいないウマ娘が走るのよ。直接本人が確認するに決まってるでしょ」

「そっすね……」

「ついでに言うなら、アタシとウオッカ、寮で同じ部屋なの。そのやり取りはとっくにしてるわけ」

「あ、そうなんだ……」

 

 はぁ、とスカーレットが溜息を吐く。慌てているから何かと思えば。そんなことを言いながら、彼女は彼にデコピンをかました。バチン、と思ったよりいい音がして、額から煙でも吹く勢いのダメージを食らった明次は蹲る。

 

「あのねめい兄。もしアタシがそれを今初めて見たとしても、別に変わらないわ」

「……ああ、そうだな。そうだよな」

「ええ。アタシは一番のウマ娘。ウオッカなんかぶっちぎってやるんだから」

「……」

「何よその反応」

 

 自信満々にそう述べる彼女を見て、明次は力が抜けたように椅子へと座り込んだ。ギシリと音が鳴り、そのまま背もたれに体重を掛ける。

 

「トレーニングミスったかなぁ」

「え、ちょっといきなり何言い出すのよ」

「正直、今のスカーレットは俺の好きなように調整されている」

「それは、そうでしょ。めい兄のトレーナーの実力を見せるためなんだから」

「でも俺は、その相手にウオッカを想定していなかった」

 

 スカーレットの先行脚質を格下以外にも通用するように調整はした。彼もそこは自信を持って言える。が、それにしたって限度があり、ぶっつけ本番で同年代最高峰とやりあうのは予想外。だからこそ明次は慌てていたのだ。

 それに対して、スカーレットは平然としていた。そんなことで慌てる必要などないとばかりに彼を見ていた。だからこそデコピンをかまして笑っていた。

 

「これ、あんまり言いたくなかったけど。アタシ実はウオッカに負けてるのよ」

「え? お前が?」

「模擬レースでね。最後に差されてあいつが一位、アタシは二着だった。認めたくないけど、強かったわ」

「……リベンジか」

 

 ふう、と明次が息を吐き気持ちを整える。既にウオッカと走っている。彼女のそれを聞いて、そしてその後のことを聞いて。ああつまりそういうことなのだと彼は合点がいったのだ。

 

「そんなんじゃないわ。次はちゃんとアタシが勝って、一番だって見せ付けるのよ」

「はいはい。……それはそれは、責任重大だな俺」

「そうね。さ、トレーナーさん? どうなの?」

「どうもこうもない」

 

 ぐしゃり、と出走表を握り潰した。そんなことは決まっているとばかりに立ち上がった。

 

「トレーニングするぞ」

「了解。メニューに変更は?」

「……ない。きちんと調整を済ませて、きっちりとウオッカに勝つ」

「うんうん。それでこそめい兄よ」

 

 同じように立ち上がったスカーレットは、じゃあ早速行きましょうと踵を返した。そんな彼女の背中に、明次は先に行っていてくれとだけ返す。

 変更ないんじゃなかったのか。そんなことを首だけ振り返って問い掛けたが、それはそれでこれはこれだと躱された。

 気にはなる。が、変なことにはならないだろうから、気にしてもしょうがない。じぶんのやることは過不足無くトレーニングを進め、彼の指示を十全に実行することだ。

 

「……あ。まさか」

 

 そこで気付いた。今すぐ戻ってトレーナー室にいるであろう明次を引っ叩いてもいいのだが、スカーレットはぐっと我慢する。もし自分の想像通りのことをしようとしているのならば、とりあえずバカと返すのは確定だが。

 

「それはそれで、トレーナーの指示、って感じかしらね」

 

 しょうがないから見逃してやろう。やれやれと肩を竦めた彼女は、止めた足を再度動かしグラウンドへと向かっていった。

 疑うことなど何もない。彼は自分のトレーナーであると同時に。

 大事な、兄貴分なのだから。とりあえずは、今は。

 

「あーもう、ウオッカ、覚悟しときなさいよ」

 

 余計な感情も混じったが。スカーレットは、二度も敗北を喫するわけにはいかない、と一番大きな感情を込めて思い切り拳を天に突き上げた。

 選抜レースは、もうすぐ。

 

 

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