レッドゾーン・アクセル   作:イヌタデ

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主人公? 早くも不在。


その5

 選抜レース当日。元々内外から観戦者が集まるイベントではあるものの、ここのところのスターがぽこじゃか生まれている流れから、今回も大勢の人々が学園のレース場へと集まっていた。当然その中には未来のスターを自身の手で送り出したいとその目を光らせているトレーナー達もいる。

 そしてそんなトレーナー達の注目は、この後のレースに出走する二人に向けられていた。

 

「ウオッカが一体どんな走りを見せてくれるのか」

「やはり一番の注目株ですからね」

 

 そんなやり取りをしつつ、しかしとその中の一人が顎に手を当て考え込んでいた。もうひとりの注目株。彼女は一体どういうつもりなのだろうか、と。

 

「担当が合わなかったのでは?」

「ここで力を見せ、トレーナーの変更を考えている。そんなところですか」

 

 どれほど将来有望であろうとも、後々名伯楽へと変貌する者だとしても。そんな可能性で判断は出来ない。所詮は新人、それも急ぎ足で実戦に出てきた、こちらからすれば素人に毛の生えたレベル。口にはしないが、ある程度の場数を踏んだトレーナー達はそんな感想を抱いていた。

 そうでないのは一握り。直接彼の指導をしていた者や、彼のことをある程度知っている者。そして。

 

「さて、それはどうでしょうか」

 

 ん、とトレーナー達の視線は一人の人物に向けられる。年若い女性、場合によっては少女と言われてもおかしくないその人物は、どこか楽しそうにクスクス笑いながらレース場へと視線を向けていた。その傍らには、一人のウマ娘が立っている。どことなくぼんやりした表情の少女は、彼女の言葉を聞いていたトレーナー達と同じように首を傾げていた。

 

「おや、君は確か桐生院家の」

「はい、桐生院葵です。彼と同じく、今年からここでお世話になっております」

 

 そう言って頭を下げた葵は、笑みを絶やさず言葉を続けた。同期ということもあり、彼のことはそこそこ知っている。そんなことを言いつつ、ですから、とトレーナー達に視線を向けた。

 

「皆さんの考えているものとは違う理由かも、しれません」

「違う理由……?」

 

 よく分からん、と首を捻るトレーナー達に再度挨拶をすると、葵は傍らのウマ娘と共に少し離れた場所に移動する。つい余計な口出しをしてしまった、と苦笑しながら頬を掻いていた。

 

「トレーナー」

「はい、どうしましたミーク」

 

 ミーク、と呼ばれたウマ娘は、そんな葵に問い掛けた。ぶっちゃけ自分も分かっていないので教えて欲しい。大体そんなようなことを述べた。

 

「分からないというのは、さっきの話でしょうか」

「……そう、です」

「んー、そうですね……まあ、彼と私の関係はここに来る前からの同級生なんですが」

「ふむ、ふむ」

「少なくとも、彼女が担当を変えようと思ってはいないというのは確信出来ます」

「……?」

「あはは。この辺りはちょっと言葉にするのが難しいところなので」

 

 そう言いながら葵は視線をミークからレース場に戻した。ウオッカと、そしてダイワスカーレットを見ながら、楽しそうに口角を上げた。

 

「きっと。レースを見れば、分かります」

 

 

 

 

 

 

 軽くストレッチをしながら、ウオッカは視線を横へと向けた。同じく体をほぐしながら出走の準備を整えている少女を見やる。同室で、同級生で、結構な頻度で喧嘩をしている相手を見る。

 

「……」

「何よ」

「別に。珍しく落ち着いてんなーって思っただけだ」

「いつも落ち着いていないみたいな言い方止めてちょうだい。アタシはいつも冷静よ」

「ああそうかい」

 

 やっぱり違う。やり取りこそそう変わらないが、纏っている雰囲気が違う。集中力が違う。

 彼女は今、何かに集中している。普段のそれとは違う、何かに。

 

「ま、いいや。どうせ勝つのは俺だ」

「そうだといいわね」

「……へっ」

 

 短い一言。だが、ウオッカはそこに確かな闘争心を感じ取った。間違いなく、今日の彼女は普段とは違う。が、その内に秘めたものは変わっていない。それが分かっただけでも、彼女としては万々歳だ。

 それならば遠慮なく、自分が一着になれるのだから。

 

「……ったく」

 

 その一方。何かに集中していると判断されたスカーレットは、ウオッカの視線が外れたタイミングで小さく溜息を吐いた。昨日までのトレーニングと今日のための対策を思い浮かべながら、脳内で何度も実行する。そこに自分の勝手な行動は挟み込まない。極力廃し、明次の指示だけを走らせる。今回のレースは、そういうものだ。

 自分が提案したのだから、そこに文句は何もない。そして何より。

 

「まったく」

 

 思わず呟く。昨日、トレーナー室で行った作戦会議を思い出す。渡された紙とは別の場所に置かれていた、没になったらしい作戦が書かれた紙を覗き込んだことを思い出す。何だかんだスカーレットの好きに走らせようと考えたらしいそれを思い出す。作戦内容に大きくバツ印を付け、その理由をなぐり書きしてあったのを思い出す。

 

「めい兄。しっかり、見てなさいよ」

 

 ゲートへと進む。ウオッカとは少し離れているが、現状そこは問題にならない。相手がどの位置であろうとも、自分のやることは変わらない。

 出走するウマ娘達が全員ゲートに入ったことで、観客もそこに視線を集中させた。スタートの瞬間を、皆が固唾を飲んで見守る。

 合図とともに、ゲートが開いた。ウマ娘達が一斉にスタートを切る。

 

「はっ!?」

「え?」

 

 そして、見ていたトレーナー達は目を見開いた。眼前の光景に目を丸くした。事情を知らない観客達とは違い、彼女がこれまでどういう走りをしていたのかを知っている者達は、どういうことだと困惑したのだ。

 

「スカーレット……!?」

 

 ウオッカも思わず口に出す。目の前の、長いツインテールをなびかせながら走る少女の名前を呼ぶ。

 スタートと同時に、一気に飛び出しトップを走っているウマ娘の名前を、呼んだ。

 

「彼女の走りは先行脚質だったはず」

「間違いない。入学してからの練習、模擬レースも全て先行策ですね」

 

 記憶と資料を見ながらトレーナー達がそんなことを話している。ダイワスカーレットの脚質は先行。ペースを保ちつつ、前へと進み相手の隙をこじ開ける。そういう走り方だったはずだ。

 だが、目の前のレースの彼女の走りは間違いなく逃げ脚質だ。今まで一度も行ったことがない走り方を、わざわざこんな場所で。

 

「ウマ娘との信頼より、自身の指導を見せ付けることを優先したんでしょうかね」

「だとしたら、彼女はここで彼に見切りをつける算段だと?」

 

 横合いからそんな声が聞こえて、葵は思わず吹き出した。やはり少し離れたのは正解だった。気付かれて余計な顰蹙を買われなくて済む。

 

「トレーナー? ……どうしたの、ですか?」

「ああ、ごめんなさい。いえ、向こうの方々が代花さんを大分軽んじているようでしたから、つい」

「代花さん?」

「さっき話した、彼女のトレーナーですよ。後ろ向きなのか前向きなのかよく分からない変な人でしたけど」

 

 視線をレースから動かさずにミークの問いに答える。少なくとも言えることは一つ、と笑みを浮かべたまま彼女は続けた。

 

「彼がダイワスカーレットを信頼しないはずがない」

「……おおぅ」

「ふふっ。私も、ミークとそのくらいの信頼関係を築きたいですね」

「基準が、分からないので……なんとも」

「あはは。つい語ってしまいましたが。まあさっきも言ったように、このままレースを見れば分かります」

「……うーむ」

 

 ほんの少しだけ疑いの眼差しを浮かべたが、ミークは素直にレースに集中することにした。ダイワスカーレットは変わらず先頭を走り続けている。他のウマ娘は彼女に追いつけておらず、このまま順当に行けば彼女が一着だ。

 もちろんそんなはずもない。暫し彼女の背中を眺めていたウオッカが、面白いとばかりにバ群から飛び出した。

 

(付け焼き刃でどこまでやれるか、試してやろうじゃねぇか!)

 

 まだ並ばない。ほんの僅か後ろについて、ウオッカはタイミングを伺った。急な方針転換をこんな短期間で仕上げられるはずがない。どこかで必ず綻びが出る。その時が、仕掛け時だ。

 

(そんな風に思っているだけなら、楽なんだけど)

 

 後ろのプレッシャーを感じつつ、スカーレットもそんなことを心中でひとりごちる。今自分が行っている走りが、トレーナーの思い付きで急遽作られたものだと、そう油断してくれるのならば非常に楽である。

 ふう、と少し息を整えた。後ろのウオッカも気付いたであろう。それを化けの皮が剥がれたと攻めに来るか、あるいは。

 

「っ!?」

 

 ウオッカが並んだ。スカーレットと並走しながら、隙あらば追い抜いていくと、その獰猛な牙をギラつかせている。

 勝負はこの二人に絞られた。お互い譲ること無く、レースは中盤を越え終盤に差し掛かる。

 スパートを掛け、追い抜くならばこのタイミングだ。

 

「……なっ!?」

 

 ウオッカが仕掛け、前に出る。が、それに合わせるようにスカーレットも前に出た。結果再び並ぶ形になり、お互いの差は縮まらないまま。

 どういうことだ、とウオッカは一瞬困惑する。自分の動きにおかしな点はなかったし、スカーレットも変わらずスピードを。

 

「……て、めぇ!」

 

 ギリ、と奥歯を噛んだ。まんまとしてやられた。スタートと同時に飛び出したことで、逃げの走りを行ったことで、騙された。出走ウマ娘も、ウオッカも。そして恐らく、見ていた観客達も。

 何のことはない。スカーレットはいつもの走りをしたのだ。自分のペースを保ち、相手の隙を突いて抜き去る。それを、やっていたのだ。

 逃げ脚質の走り方で、そう誤認させることで、皆がそのペースに誘われた。普段よりもスピードをほんの僅かでも上げさせられた。

 スタミナを、消費させられた。

 

「な、めんなぁぁぁ!」

 

 普段通りのスパートでは遅いのだ。その時点のスタミナは過ぎ去っている。が、それでもウオッカは加速した。そんな小細工で負けるような性格はしていないと吠えた。そして同時に、やっぱりやりやがったと口角を上げた。

 

「負ける、もんかぁぁぁ!」

 

 そしてスカーレットも吠える。このまま沈んでいかないのは想定していた。こちらも完璧とは言い難い走りだ、一歩間違えば喉笛を噛み千切られるのは必至。だから、後は残しておいた気力を振り絞るのみ。絶対に負けるものかと、一番になるのだという気持ちを走る力に変えるのみだ。

 なぐり書きを思い出す。トレーナー室にあったそれを思い出す。この作戦で行こうと、そう決めた理由が、別の没になった作戦の紙に書いてあったことを思い出す。

 

 ――スカーレットの信頼に、応える。

 

「うぉぉぉぉ!」

「はぁぁぁぁ!」

 

 走る。走る。駆ける。駆ける。

 お互い譲らず、どちらも自分が勝つのだと前に出続け、そして。

 

 

 

 

 

 

「ど、どっちが勝ったんだ?」

「さ、さあ……。ここで見てる限りでは、なんとも」

 

 トレーナー達も、スタートしてすぐの頃の会話など忘れて、二人の勝負に見入っていた。もつれ合うようにゴールした二人は、一体どちらが先なのか分からない。観客も、トレーナー達も。葵とミークも。

 そして何より、スカーレットとウオッカもだ。

 

「ど、っちだ……?」

「そんなの……アタシに決まってる……って、言いたいけど」

 

 お互い肩で息をしながら、結果が出るのを待っている。他の面々の順位はとうに出ているのに、肝心の一着と二着、スカーレット達の順位は未だ発表されなかった。

 そうしてしばらく経った頃。二人の息も整い始めたタイミングで、審判をしていた教官が神妙な顔でやってきた。ええと、と何とも言いにくいとばかりに言葉を濁しながら、意を決したらしく、二人へと視線を向け、名前を呼ぶ。

 

「先程のレースの順位なのですが、ええっと、その」

「何だよ」

「何かあったんですか?」

「選抜レースは、トレーナーにスカウトされるよう、己の実力をアピールするのが主目的です」

 

 今更そんな分かりきったことを言われても。教官の前置きを聞いて、二人の表情が怪訝なものに変わった。

 教官は続ける。そういうことなので、順位を重視しているわけでないのです。そこまで述べると、大きく息を吸い、吐いた。

 

「何が言いたいかというと。……そこまで精度のいい判定機を用意していませんでした」

「……はい?」

「はぁ?」

 

 スカーレットもウオッカも素っ頓狂な声を上げる。ちょっと待てそれってつまり。そんな疑問が顔に出ていたのか、教官は申し訳無さそうな顔で、ゆっくりと首を縦に振った。

 

「……一位同着ということで」

『納得いかない!』

 

 ハモった。うんそう言われると思ってた、と諦めの表情を浮かべていた教官は、そう言われても無理なものは無理ですとその諦めをそちらにも共有するよう促してくる。いくら納得できなくとも、どれだけ文句を言おうとも。こればっかりはどうにもならない。

 

「ったく、不完全燃焼だぜ」

 

 ガリガリとウオッカが頭を掻く。しょうがないと溜息を吐いた彼女は、どっちにしろまだ自分は負けてないからなと口角を上げた。

 そしてそんなあからさまな挑発を受けたスカーレットはといえば。

 

「はぁ!? 見てなさいよウオッカ。こんな学園のレースなんかじゃなくて、きちんとした舞台でアンタをぶっちぎってやるんだから」

「はっ、口だけはいっちょまえだ」

「出来るわよ。だってアタシはこれまでとは違う。アタシには、最高のトレーナーがついてるんだもの!」

 

 その堂々とした宣言は、目の前のウオッカだけでなく、二人のやり取りに注目していたレース場の観客やトレーナー達の耳にも届いた。お、おう、と反応してしまう者がそこそこいるくらいには多数が聞いていた。

 もちろん、ここの二人もそれを聞いていたわけで。

 

「ふ、ふふふふっ。ほらやっぱり」

「……なんというか」

「いい信頼関係ですよね。少し、羨ましい」

「トレーナー……」

「なんて、冗談ですよ。私はミークを信頼していますから、あなたとなら頂に立てる、って」

「……おおぅ、プレッシャー」

 

 本当にプレッシャーを感じているのかよく分からないぼんやりとした表情のまま、ミークは拳を握り頑張ると続けた。よろしくおねがいしますと葵を見た。

 それを受け、彼女は勿論ですと微笑む。ではそろそろ練習に戻りましょうかと踵を返す。

 

「ミーク」

「はい?」

「よく覚えておいてくださいね。今世代、頂に向かう際の最大の壁は、間違いなくあの二人です」

 

 再起動したウオッカと喧嘩を始めているスカーレットを見ながら、葵は楽しそうに笑った。勝つのは私達ですと、ここにいない誰かに向かって宣言をした。

 スカーレットと合流するタイミングを完全に失っている一人の青年が、盛大にくしゃみをしていたとかなんとか。

 

 

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