レッドゾーン・アクセル   作:イヌタデ

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理事長ってこんな感じだっけか?


その6

 心当たりが無いこともないが、そうはいってもじゃあ大丈夫かというとそんなはずはない。

 視界に映るのは二人の人物。緑色の職員の制服を来ている女性と、青と白を基調とした服装の女性、というか少女。ちなみに少女の方はこの学園理事長秋川やよいさんで女性は秘書のたづなさん。入ったばかりのペーペートレーナーにとってはぶっちゃけ雲の上のお人である。

 の、はずなんだが。割とこの二人学園をうろついて生徒達とも交流しているので案外遭遇することも多く、地位や威厳や実績とは裏腹に親しみやすいと評判だ。

 現状は通用しない。何故ならば、ここは理事長室だからだ。

 

「とりあえず、落ち着いて欲しい」

「は、はひ?」

「……反省。確かにここに呼び出すのは失策だった」

「とはいえ、流石に学園の廊下やカフェテリアでお話することではありませんし」

 

 ううむ、と悩んでいるお二人を見ているだけでだいぶヤバいのが見て取れる。俺は一体何をしたのか。いやさっきも思ったが、一応心当たりが無いこともないのだ。

 でも流石にここまでのレベルかと言いたくなったりするのは許して欲しい。

 

「コホン。では、気を取り直して。代花トレーナー」

「はい」

「まずは――称賛ッ! 先日の選抜レースの話はこちらにも届いている」

「というより、こっそり見ていました」

「……きょ、恐縮です」

 

 俺のトレーニングで仕立て上げたスカーレットを見せ付ける、というやつのことだ。まあ提案者走った本人だけど。それでもあいつに信頼されたからには全力で応えようと手を尽くしたし、実際結果も出た。こうして理事長とたづなさんに評価もされたのならば、とりあえずレースは成功と言っていいだろう。

 が、まさかそんなことを言うためだけにここに呼び出したなどということは。ないよな、これだけならば廊下やカフェテリアで十分だし。

 評価は評価で喜んで受け止めるとして。ではその続きは何なんだ。姿勢を正したまま、俺は理事長の次の言葉を待った。

 

「感動ッ! ウマ娘とトレーナーの絆が強固に結びついているようで、私は嬉しい」

「ありがとうございます」

「……ふむ。どうやら分かっているようなので、個人的な感想はここまでにしよう。では――本題ッ!」

 

 ばさり、と理事長が手に持っていた扇子を広げる。そこにはデカデカと忠告という文字が書かれていた。え? 忠告?

 俺の視線に気付いたのだろう。たづなさんは少し眉尻を下げながら、コクリとこちらを見て頷いた。

 

「代花トレーナー。君はチームに所属しているだろうか?」

「チーム……? いえ、今のところは」

「で、あるならば。早急にチームに所属したまえ」

「……急ぎの要件なんでしょうか?」

 

 一人、あるいは複数のトレーナーと数人のウマ娘が纏まりあったチームは、デビューした後レースに出場する際必要になる。小さめのものならばともかく、重賞に挑戦するならば必須と言っても過言ではない。

 が、現在の俺はチーム未所属。トレーナーとウマ娘のパートナーというペアは最低限満たしているのでデビューとオープン戦は参加可能なはずだから、追々でいいかと思っていた。まずはデビューを優先、と考えていた。

 

「本来はそこまで急ぐことでもないのですが……代花トレーナーさんの場合は、少し事情がありまして」

 

 困ったようにたづなさんがそう述べる。俺には事情がある、という彼女の言葉からすると、その場合理由は。

 

「スカーレットですか」

「うむ、半分ではあるが、正解ッ! 選抜レースで彼女の走りを見ていた者達の期待が随分と高まっている」

「それは、いいことでは?」

「それ自体は歓迎すべきことだ。だが、そうなると代花トレーナー、君の立ち位置が問題となる」

「……あー……」

 

 実績もない、チームに所属してもいない新人トレーナーが期待の新星を抱え込んでいる。それを問題視する声が出てきかねない、というわけだろう。

 それを解決するには、少なくとも俺達がチームであるということを証明しなければならない。そういうわけか。

 

「とはいっても」

「そうですよね……」

「予測ッ! 現状、他のトレーナーのチームに入り込んだ場合、高確率で君はサブトレーナーの立ち位置になるだろう」

「そうなると、スカーレットのトレーナーとしていることは難しくなる。ですよね?」

「肯定ッ! ……なので私としては、一つ提案をさせてもらいたい」

 

 クルリと理事長が扇子をひっくり返す。そこに書かれていたのは、新設の二文字。まあ予想は出来ていたが、それが一番妥当な選択肢なのだろう。

 

「チームの設立自体は最低二名のウマ娘がいれば可能ですので、まずはそれを目指してもらいたいのですが」

「二名……ですか」

「ここは流石にまからない。もうひとり、君の琴線に触れたウマ娘を見付けて欲しい」

 

 パチン、と扇子を閉じた理事長は、期待していると話を締めた。その横ではたづなさんが、応援していますと笑顔を見せている。

 そうしながら、ああそうだと彼女は手を叩いた。これは参考になるかは分かりませんが、と言葉を続けた。

 

「貴方と同期の桐生院トレーナーは、半分間借りではありますが、同じようにチームを設立していましたよ」

 

 挑発と受け取っていいのだろうか。それとも、助言か何かなのだろうか。よく分からないたづなさんのその言葉を聞いた俺は、そうですかと曖昧な返事をすることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園の食堂にて、一人のウマ娘が難しい顔をしながら昼食を食べていた。その対面に座っている少女――こちらもウマ娘――は、そんな彼女を呆れたような顔で眺めている。

 

「ばっかみたい」

「うるせー」

 

 へん、と対面のツインテールの少女の言葉を弾いた彼女は、持っていたフライを口に放り込むと息を吐いた。口の中を空にして、大体だな、と目の前の少女に指を突きつける。

 

「俺に合うトレーナーがいないのが問題なんだよ」

「はいはい。それで? ウオッカ、アンタに合うトレーナーってどんなのよ」

「俺の好きにやらせてくれるやつ」

「普通のトレーナーじゃ無理そうね」

「だから悩んでんだろうが」

 

 はぁ、とウオッカが再度溜息を吐くのを見て、少女は――スカーレットはやれやれと肩を竦めた。このままだとデビューが遅れるだろうに、と思いはするが、だからといって手を差し伸べるのも何かが違うのでこうして愚痴を聞くだけに留まっている。

 そもそも毎回と言っていいレベルで喧嘩をしている間柄のくせに、向かい合って愚痴を聞いている時点で相当なのだが彼女は気付いていない。

 

「だいたいよぉ、一々口出しし過ぎなんだよなぁ。やれそのトレーニングはお前に合わないだの、君の適性はそこでは発揮されないだの、選ぶレースは慎重にしろだの」

「普通にまっとうな意見ね」

「それが気に入らねぇの。俺は俺だ。そりゃぁ、言っていることは分かる。けどよ、正しいこととやりたいことは別だろ?」

「……まあ、それはね」

 

 せっかくの才能をあんな新人に任せるなど間違っている。こないだの選別レースで小さくはなったものの、未だに消え去っていないそれを思い出し、スカーレットも小さく溜息を吐いた。確かにベテラン達から見れば無謀もいいところで、その主張は正しい。だが、それはスカーレットにとってはまったくもって正解ではないのだ。その正しさに従っても、何も楽しくないのだ。

 

「あー……どっかに俺のやりたいことやらせてくれるトレーナー落ちてねぇかなー」

「無茶言うわね」

「好きに動けるトレーナー持ってるお前に言われるとムカつく」

「ふふん♪ うらやましいでしょ?」

「ちくしょー……」

 

 はぁぁぁ、と床に付きそうな溜息を吐いたウオッカは、残っていた昼飯を崩しにかかった。そうしながら、ふと、思いついたことを口にする。

 

「なあ、スカーレット」

「何?」

「お前のトレーナー、担当まだお前一人だよな?」

「そうだけど。え? 何? アンタまさかこっち来るわけ?」

「いざとなったらそれでもいいかって」

 

 毎回顔を突き合わせては喧嘩をしている相手と一緒のトレーナーというのは中々面倒なことになる。それは間違いないのだが、それでも現状自分をスカウトに来る他のトレーナー達のことを考えると、この選択肢が一番妥当な気がしてくるのだ。

 勿論、この学園内にはウオッカの望みを叶えてくれるトレーナーもいるだろう。だが、自分でそれを探すには時間も人脈も圧倒的に足りない。

 

「妥協で選ぶのならお断りよ」

「……さっきの俺の言い方はともかく。少なくともお前の言っているような半端な気持ちじゃ、ないはずだ」

「……むぅ」

 

 思った以上に真っ直ぐにこちらを見てくるので、スカーレットも口を噤んだ。駄目だ、と突っぱねるのを控えた。子供のようなわがままになりかねないそれを、飲み込んだ。

 どうしたものか。そんなことを考えていた彼女の視界に一人の人物が飛び込んでくる。自分と同じように何やら考え事をしているらしいその人物へ、スカーレットは迷わずに声を掛けた。

 

「めいに――こほん、トレーナーさん!」

「ん? ああ、スカーレット。お、ウオッカもいるのか」

「ちーっす」

 

 スカーレットの痴態すれすれのそれは流した。食堂でその呼び方は色々とアウトになりかねない。そう判断した二人と、同じようにここでその呼び方は今はマズいと判断した明次の思惑は一致した。

 余談であるが、少し離れた場所ではトレーナーをお兄さまと呼んでいる少女とトレーナーをマスターと呼んでいる少女が会話をしているのだが、学園の事情をまだそこまで深くは知らない三人には預かり知らぬところである。

 

「どうしたのよ、浮かない顔して」

「あー……分かるか」

「当たり前でしょ。付き合い長いんだから」

「だよなぁ……」

 

 はぁ、と溜息を吐く明次をスカーレットは優しげな目で見る。そしてそんな二人を見て、ウオッカは何とも言えない苦い顔を浮かべていた。これってひょっとしてそういうやつ、とちょっと思った。

 

「スカーレット」

「何?」

「お前達って、その……そういう関係なの?」

「へ? …………っ!? はぁ!? そんなわけないでしょうが!」

 

 ばばん、と勢いよく机を叩いて立ち上がったスカーレットに周りがどうしたどうしたと注目をし始めた。それに気付いた彼女は極力何もなかったかのように席に戻り、そして目だけで殺すぞ貴様と言わんばかりにウオッカを睨む。

 

「幼馴染なんだよ、俺とこいつ」

「……へー」

 

 助け舟とばかりに明次がスカーレットを指差しながらそう述べる。年もそれなりに離れてるし、兄妹みたいな感じだな、と彼は続けた。そういうことよ、と何故か胸を張ってそれに同意した彼女を見て、ウオッカはそれならいいけど、と少しだけ鼻を揉む。

 

「……まあ、その辺が今ちょっと問題になってるんだけどな」

「どうしたの?」

「いや、実はな」

 

 ポリポリと頬を掻いていた明次の呟きに反応したスカーレットに、先程のやよい達との話を述べる。先程場所を選んでされたことを考えるとどうなのかと思わないでもないが、あれは話す人物が問題なのであって、現状は所詮喧騒に紛れるだろうと判断した。

 そんなわけで。チーム設立の話を聞いたスカーレットは成程と頷き難しい顔を浮かべた。

 

「色々と面倒ね」

「だよなぁ……。理事長達にも言われたが、どこかのチームに所属しに行くのはダメだし」

「そういうの融通利く相手とかは?」

「ここの研修指導をしてくれた先輩とかかなぁ」

「ああ、あの時の」

 

 学園で再開した時に、彼の横にいた男性を思い出す。そこそこ明次のことを買っていたような気もしたので、いけないこともなさそうだったが。

 そんな彼女の考えとは裏腹に、あの人は駄目だと苦笑した。わざわざ自分から選んだのだからと突っぱねられると笑った。

 

「まあ、いい先輩ではあるけど。ちなみに、俺が思い浮かべたのはそれとは別の人で、多分スカーレットは会ってない」

「ふぅん」

「あの先輩とは違って、どっちかというと物静かなタイプだったかな。一応チームのメイントレーナーもやってたはずだ」

 

 直接の担当ウマ娘は確か、ナイスネイチャ。成績はスター面子と比べるとそこそこと評されそうだが、それでも安定して好成績を取る優秀なウマ娘だ。そんなことを思い出しつつ、適当に説明しつつ、その人ならばひょっとしたらと彼女に告げた。

 が、当の本人は微妙な表情だ。どうやら正解だが合格の答えにはならないだろうと思っているらしい。

 

「めい兄は、やっぱりチームの設立を目指す方向なの?」

「おいスカーレット、呼び方」

「え? あ。ごほん。トレーナーさんはチームの設立がやっぱりいいの?」

「あ、悪いウオッカ。んー、理事長の話を聞く限り、今の俺の立ち位置中々酷いからなぁ」

 

 快く迎えてくれた場合でも、向こうに迷惑がかかる可能性がある。学園に来たばかりで世話になった人に進んで迷惑を掛けたいはずもないので、明次としては却下の方向だ。

 

「まあ、後々相談したりはともかくって感じか」

「そうね。じゃあ、チームの設立だけど」

「ちょっといいか?」

 

 ほぼ聞き役に回っていたウオッカが、そこで口を挟んだ。どうした、とそちらに視線を向けた明次に向かい、彼女は一つ質問があると述べる。ひょっとしたら一つじゃなくなるかもしれないがと口角を上げる。

 

「なあ、アンタは例えば、担当のウマ娘が全然自分の考えと見当違いのレースに出たいって言ったら、どうする?」

「へ? まあ、とりあえず理由を聞くかな」

「その理由が、そこを走りたいとか、かっこいいからとか、そういう傍から見たら下らないのだったら?」

「本気なら、行けるよう調整する。どうせなら、自分のやりたいことをして気持ちよく走ってもらいたいしな」

「そうか……」

 

 一体何の質問だったんだろうと首を傾げる明次の横で、スカーレットは何とも言えない顔をしていた。彼女はウオッカの質問の意図が分かってしまったのだ。そして、それを止めるのも違うと理解した。

 なあ、とウオッカは明次に述べる。今度は質問ではなく、提案。頼みがあるんだと彼女は述べる。

 

「俺も、アンタの担当にしてくれないか?」

「へ?」

「チームの設立には最低二人の担当ウマ娘が必要なんだろ? 俺と、スカーレット。これで条件は満たせるはずだ」

「まあ、そうだけど」

 

 これはいいのだろうか。そんなことを思ったらしい明次はスカーレットの方を見たが、やれやれと肩を竦めていたのを確認して、予想外の事態ではなかったのだと結論付けた。そうしながら、まあスカーレットが反対しないならば、と頷いた。

 

「よっしゃ。んじゃ、これからよろしくな、トレーナー」

「ああ。よろしく、ウオッカ」

「じゃあめい――トレーナー。そうと決まればさっさとチーム設立の申請をしに行きましょうよ」

 

 言うが早いか、スカーレットは立ち上がる。それもそうかと同じく明次も立ち上がり、じゃあ行くかとウオッカもそれに続いた。

 そうしながら、三人は揃って食堂を出ていく。先程のやり取りが食堂に浸透する前に、騒ぎになる前に、手早く。そこまで意図していたわけではなかったかもしれないが、結果としてこれはいい方向へと向かった。今この場で騒ぎになるのは止められた。

 

 

 

 

 

 

「理事長。その、代花トレーナーさんのチーム設立の件なのですが」

「おお、早いな。では、拝見ッ! ……って、なんとぉ!?」

 

 理事長室でたづなにそれを見せられたやよいは、所属ウマ娘の欄を見て笑顔を一変させた。目を見開き、ぱちくりとさせ、そして横のたづなを見た。

 

「……はい。現在の所属ウマ娘は、ダイワスカーレット、ウオッカ、の二名です」

「驚愕ッ……。まさか騒ぎの防波堤となるはずのチーム設立でもう一つ規模をでかくするとは……」

「狙ってやったわけではないでしょうから……ある意味、才能ですかね」

 

 話によると向こうからの提案だったらしいので、性格的にも断るという選択肢はなかったのだろう。それは仕方ないし、あの人らしい。苦笑しつつ、たづなはどうしますかとやよいを見た。表情を再度笑顔に戻している彼女を見た。

 

「無論ッ! 代花トレーナーのこれからを楽しみしようではないか」

「ふふっ。……さて、ちゃんと、彼女達を輝かせてくださいね」

 

 苦笑を笑顔に変えたたづなと共に、やよいは書類に許可という判子をデカデカと捺した。

 

 

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