レッドゾーン・アクセル 作:イヌタデ
許可が降りた。これで正式にチーム結成となった俺達は、改めてデビューに向けてトレーニングを開始することとなる。
「んで、トレーナー。俺はどうすればいい?」
「あー、そうだな……。今までやってたメニューを見せてくれ」
「はいよ」
そう言ってカバンからメモ帳を取り出す。これだ、と渡されたものを見て、俺は何とも言えない表情を浮かべた。対面のウオッカが、そんな俺の顔を見て眉を顰めている。
「何だよ、トレーナー。別に文句があるなら言ってくれても――」
「違うわウオッカ。あれは、『これ自分の出番ないじゃん』って顔よ」
正確に心情読み取るの止めてくれませんかスカーレットさん。まあ、確かにその通り。以前少しだけ見せてもらった時もそうだったが、ウオッカは自身のことをよく分かっている。己の武器を鍛えるために最適なメニューを組んでいるのだ。ある程度経験を持ったトレーナーならばそこに追加、あるいは改良を加えられるだろうが、生憎と俺みたいなド新人では改悪しか出来ない。
「……えー、怪我に気を付けてください」
「嘗めてんのか」
「いやしょうがないだろ! さっきスカーレットに言われちゃったけど、これ俺の出番ないじゃん! 天才かお前!」
「え? いや、それは流石に褒めすぎじゃないか?」
「これに文句つけてたトレーナー達の経験値高過ぎだろ……。俺にはどう改良すればいいのかさっぱり分かんねぇ……」
「めい兄、もどってこーい」
べしべし、とスカーレットに引っ叩かれたことで我に返った。いかんいかん、初っ端から何とも情けない姿を見せてしまった。せっかく新設のチームメンバーになってくれたというのに、肝心のトレーナーがこんなのでは愛想が尽きるだろう。
頬を張る。ジンジンと痛むそれを気にすることなく、よしと俺は二人を見た。
「なあ、スカーレット。大丈夫なのかこれ?」
「いつものことよ。それに」
ちらりとスカーレットがこちらを見る。持ち直したならさっさとやれ、と言わんばかりのその視線に、俺は少しだけ口角を上げながら了解と頷いた。
「じゃあウオッカ、基本はそのトレーニングを続ける形で構わない。ただ、これからは出来るだけ一人ではやらないようにして欲しい」
「あん? どういうことだ?」
「トレーニング時の様子を確認したいからだ。何らかの不調があった場合、本人には気付かなくても見ている俺が気付けるかもしれないからな」
後は単純に、用意しているトレーニングの割合くらいならば助言できる。常にそのバランスが正しいかというとそうでもないからだ。
そんなことを言った俺の顔を、ウオッカが目をパチクリとさせながら見ている。どうしたんだ、と尋ねると、いや別にと首を横に振られた。
「いや、何か急に普通のトレーナーみたいなこと言い出したから、つい」
「こういう人だから、アンタもここでやってくんなら早く慣れた方がいいわ」
「何かすげぇバカにされている気がする」
特にスカーレット。まったくしょうがないわね、みたいな目で見るのやめてくれません? 俺お前の兄貴分よ? 年上よ? なんだったら昔お風呂に入れたこともあるよ? 最後あんまり関係ないな。後入れたって何様だ俺、一緒に風呂入っただけだろ。
「まーた変なこと考えてるわね」
「気のせいです」
「あそ。それで、トレーナー。アタシはどうするの?」
「ん? スカーレットは……えーっと」
「ちょっと」
ジロリ、と途端に目付きが鋭くなる。何も考えていないとか抜かしやがったら覚悟しろ、と言わんばかりの表情だ。昔はちんちくりんだったんで大して気にしていなかったが、これだけ成長されると中々に圧がある。
まあ落ち着け、と俺はスカーレットの頭に手を置いた。即座に手で払いのけられ、るのかと思ったが、不満げではあるものの一応素直に撫でられてくれる。どうやら言うほどへそを曲げてはいないらしい。
「その前に一応確認するぞ。お前達はチームメイトになったわけだが、やっぱり同じレースで勝負したりとかするんだよな?」
「当然よ」
「当たり前だろ」
即答である。チームメイトとして、仲間として。そういう意識よりはやっぱりライバル、悪友、そんな方向のがしっくりくる感じだ。
それならば、と俺は二人を見る。一つ提案をさせてくれとこちらを見るスカーレットとウオッカに述べた。
「俺の提案する二人の練習メニューは、お互い隠さない」
「どういうこと?」
「ぶっちゃけて言えば、手の内を晒してる状態で勝負しろってことかな。秘密の特訓みたいなのは無し」
「おいおい、それじゃあ――」
「まあ聞け。その代わり、自分達で考えたアイデアは秘密のままだ。こっちに相談してきても俺の中だけで止めておく」
うん? と暫し俺の言葉を飲み込むのに頭を捻る。まあつまり、俺がウオッカ対策をスカーレットにしても、ウオッカにスカーレット対策をしても、ダダ漏れで筒抜けですよってことだ。一応トレーナーとして、どちらかを贔屓することは駄目だと思うから。だからまあその辺は諦めろってことで。
「めい兄」
「ん?」
「つまりアタシが自分で出したアイデアなら、二人の秘密にしてくれるってことよね?」
「そうなるな」
「自分で考えた秘密特訓はちゃんと秘密ってことか。悪くねーな」
スカーレットの言葉に同意すると、ウオッカも納得したのか口角を上げる。ちなみに、二人の性格上ここの線引しないと完全に無断でひっそりと黙ってヤバい特訓しかねない。それは二人の体にも良くないし、間違いなく輝ける宝石を壊すことにも繋がるので、絶対に駄目だ。
そんなわけで。じゃあそれで、と同意してくれた二人を見て安堵の溜息を零しながら、俺は改めてスカーレットのトレーニングメニューを口にした。
「スピード鍛えるぞ」
「選抜レースの時には控えていたけれど、これからはそっち主体ってことね」
「ああ。スカーレットの強みはトップスピードを維持し続けられることだ。スタミナや根性も同時に鍛えていくが、基本はそのトップスピードの上限を上げていく方向にしたい」
「分かったわ」
そんな俺達のやり取りをウオッカが少し感心したように眺めていた。どうした、と尋ねると、いや何というか、とバツの悪そうに頬を掻く。
「外面取り繕ってない状態でここまで素直なスカーレットって気持ち悪いなって」
「余計なお世話よ!」
……大丈夫かな? このチーム。
トレーニングを行っていると、どうにも視線が気になる。明次は居心地の悪そうに頭を掻いていたが、それを担当ウマ娘の二人に覚られると面倒くさいということを理解していた。
が、そもそもその視線に二人が気付いていないのかという単純な疑問もあるわけで。
「なあ、トレーナー」
「ん?」
「メチャクチャ見られてねーか?」
「選抜レースの時からこんなものでしょ」
ウオッカの言葉にスカーレットはさらりと返す。聞いていた明次はそうだっけかと間抜け面を晒していた。どうやらその辺りのことを一番理解していたのは彼ではなかったらしい。
ともあれ、視線は間違いない。そして、その理由が分からないなどということも当然ないわけで。
「……まあ、そうだよなぁ」
はぁ、と肩を落とす。チームを設立するにあたって、担当ウマ娘は二名が必須。とはいえ、最低限でチーム結成をしたうえに他のチームとの交流もないとなれば、必然的に注目を集める。
などという生易しい理由ではないのは、トレーナーである明次が一番分かっている。そもそもがダイワスカーレットという今期のスター候補をド新人が担当したことによる騒動が始まりなのだ。だからこそ干渉を減らすためのチーム結成だったのだ。
よりによってもうひとりが今期のスター候補のウオッカである。ワンツーフィニッシュをド新人が掠め取っていったのだ。自分ならばもっと、という考えを持つものが減るはずもない。あるいは、将来要望なウマ娘が沈んでいくのを我慢できないと考えているかもしれない。
「結果を出せばいいのよ」
「だな。トレーナー、トレーニング再開しようぜ」
「ああ。っと、待った」
「ん?」
「どうしたの?」
「ウオッカはちょっと休憩。スカーレットはそのまま続けてくれ」
「はぁ?」
「分かったわ」
抗議をしようとしたウオッカに対し、スカーレットは気にすることなくトレーニングを再開した。走っていく彼女を見ていたウオッカは、どういうことだと明次を睨む。
対する彼は、どういうことも何も、と肩を竦めた。
「勢いをつけ過ぎたみたいだな。ちょっと足を休ませろ」
「は? いや何言ってんだ? 俺は全然平気――」
「言っただろ? 本人が気付かない不調に気付けるかもって」
ぐ、とウオッカが押し黙る。ここで大丈夫だと突っぱねることも出来たが、彼の眼鏡の奥にある目付きの鋭さに、そして口調と声色こそ優しかったが真剣味を帯びていたために憚られたのだ。分かったよ、とぶうたれつつも素直に足の休息に入る。
そんな彼女の眼前に、ぬっと何かが差し出された。
「……何だぁ?」
「教本」
「……どうしろと?」
「勉強に決まってんだろ」
「はぁぁぁぁ!? 何でだよ!? 嫌に決まってんだろ!」
「ただボーッとしてるのも暇だろ?」
「勉強するくらいなら暇でいいね!」
絶対にノウ、と拒絶するウオッカを見て、明次はジト目になった。通常時より更に細められたそれは、まるで殺し屋のようにも見える。見えるだけである。そういう威圧感は別にない。だからウオッカも気にすること無く突っぱねた。
「はぁ……お前、授業は大丈夫なのか?」
「何だよ急に」
「いや、何だかお前の態度見てると、学生時代テスト赤点で補習受けてた奴らを思い出して」
「余計なお世話だっての。……あー、でも、赤点か。そうだよなぁ、そういうのあるんだよなぁ……」
めんどくせぇ、と顔を顰めるウオッカを見て、明次はしょうがないなと苦笑した。これでも一応トレセン学園のトレーナーの資格を手に入れるほどだ。ある程度の勉強なら見てやれる。そんなことを思いつつ、ああでも、と視線を動かした。
「スカーレットに教えてもらえばいいんじゃないか?」
「絶対に嫌だね」
「あいつ、頭もいいし面倒見いいし、そういうのにうってつけだと思うんだけどなぁ」
「……あー、はいはい」
明次はスカーレットに対する評価が高い。が、これは学園の他のトレーナーや職員、ウマ娘達が持っているそれとはまた違うものだ。本人は無自覚だろうが、ところどころ漏れるそれは、言ってしまうなら。
「トレーナーって、シスコンだよな」
「どうした急に」
「いや急じゃねーし」
はぁ、と溜息を吐いたウオッカは、ぐにぐにと足を揉んだ後立ち上がった。まだ駄目か、と明次に問い掛け、二・三回流してから再開だという答えを聞き笑みを見せる。
そのタイミングで、スカーレットもメニューを一周終え戻ってきた。
「終わったわよ。めい兄、次はどうするの?」
「んー。ちょっとこっち」
「何?」
ててて、と何の警戒もなく明次に近寄る。ウオッカがつい追ってしまったその眼前で、彼はいきなり彼女の太ももに手を伸ばした。普通ならば通報ものである。あるいは当事者であるウマ娘に蹴り飛ばされる。
「この間のパワーのトレーニングが生きてるな」
「何か硬いって言われてる気がするんだけど」
「いや、きっちりと成長してる。この調子なら、メイクデビューまでにトップスピードを一段階は跳ね上げられるはずだ」
「ふふん、当然でしょ」
太ももを揉まれながらドヤ顔をするスカーレットの図。そして太ももを揉みながらうんうんと満足そうに頷く明次。傍から見ていると紛うことなき変態である。
事情を知っているウオッカですら流石にどうなんだと思うのである。先程からちらちらとこちらを見ていた他の面々からすればどうなのか。
「なあ、トレーナー。俺にはそれ、やめてくれよ」
「いや、女の子の太ももに無断で触るとかセクハラで訴えられてもおかしくないんだから、やるわけないだろう」
「アタシの太もも観察しながら言ってても説得力無いわよめい兄」
「スカーレットは、ほら、スカーレットだし」
「意味分かんない」
ぶー、と唇を尖らせるスカーレットであったが、しかしやはり嫌がっている様子はない。あっちがシスコンならこっちはブラコンだな。はぁぁ、と盛大に溜息を吐いたウオッカは、じゃあトレーニング再開するからなとこの場を去った。その途中、危ない危ないと鼻頭を少し押さえる。
「ん?」
そうしながら言われた通り序盤の流しをしていると、ふと彼女の視界に人影が映った。どうやらトレーナーとウマ娘。向かう先は、先程までウオッカがいた場所。
そしてちらりと見えたそのトレーナーの表情は、呆れたような、失望したような。そんな、少なくとも好意は感じられないもので。
「あっちゃー……どーっすかなー」
とりあえず一回は終えてから戻るか。そんなことを思いながら、ウオッカはこれから揉め事が起こるであろうゴール地点を見やる。
「ま、あいつらなら何とかするだろ」
何だかんだで感化されていたのか。彼女はそんなことを呟きながら、慌てることなくトレーニングを続けていた。