レッドゾーン・アクセル   作:イヌタデ

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その8

 どうしてこうなった、というよりも。なるべくしてこうなったと言う方が正しい、多分。

 俺の目の前には非常に苦い顔を浮かべたトレーナーの方がいる。あまり騒ぎを起こされては困るということだが、まあおっしゃる通りなので素直に謝るしか無い。

 

「お言葉ですが。何か騒ぎになるようなことでしたか?」

 

 とか思ってたらスカーレットが噛み付いた。気持ちは分かるけど、現状の俺の立場的にちょっとしたことで騒ぎになるのはしょうがないのですよ。そこんとこは俺も分かってる。

 分かっているのと納得しているのは別ではあるが、だからといって無駄に逆らうのもなんか違う。

 

「先程の行動でしたら、アタシはちゃんと納得済みです。トレーナーとして担当ウマ娘の状態の確認は至極当然の行為ですので」

 

 そんな俺とは裏腹に、スカーレットがめっちゃ目付き悪くなっておられるのですが。こう言っちゃなんだけど、納得済みかどうかは今知ったよ。ガキの頃のノリでやっちゃっただけなんで、向こうの言い分が多分正しいよ。ウオッカのあの言葉の真意をそれでようやく分かったくらいのアホだよ俺?

 ちなみに、ついてきたウマ娘がまあ実際そういう状況ってたまに見るし、とフォローなのかなんなのか分からない発言をしてくれたので、トレーナーの人もそこは誤解だったと訂正してくれた。申し訳ないです。

 

「だが、しかし。君達は良し悪しは関係なく注目を集めている。あまり付け入る隙を与えるような行動は慎んだ方がいいと思うよ」

「おっしゃる通りです。ご忠告痛み入ります」

「め、トレーナー」

 

 スカーレットがこっちを見ているが、こればかりは仕方ない。というかこの人普通に心配してくれてるからむしろ感謝しかないぞ。

 問題は、目の前の人じゃない。その後ろ、というかこの人より後からやって来た人の方だ。

 

「――そちらの方にも、ご迷惑おかけしたようで」

「ん? ああ、うん」

 

 視線をそちらに向けたが、生返事をされた。どうやらこっちはただ物見に来た人みたいだ。そのことを確認した俺は、視線を外すと再度先程のトレーナーの人へと向き直る。

 が、物見人はどうやらこちらに突っかかるつもりらしい。わざとらしく咳払いをすると、認めたということはもうやめるのか、と尋ねてきた。ちょっと何を言ってるか分からない。

 

「いえ、今日のトレーニングはもう少し続ける予定ですが」

「いや、何言ってんの君。担当をに決まってるだろ」

「おっしゃることの意味が分かりませんが」

「だから。迷惑なの分かったんだろ? だったら素直に有望株の担当降りとくのが筋じゃない?」

「……流石にそれは極論だろう?」

 

 ずずい、と割り込んできた物見だった人。その発言に目の前のトレーナーの人も眉を顰めている辺り、まあ意見としては主流ではないのだろう。理事長やたづなさんの言ったようにチーム結成をした効果なのか、はたまた元々そこまで気にしていなかったのかは分からないが。

 ともあれ、とりあえず元物見人をどうにかしない限り、トレーニングは再開できないと見ていいだろう。そしてどうにかする方法としては、はいはいと言うことを聞くのが手っ取り早い、なんてことは勿論無いわけで。

 

「お断りします」

「はぁ?」

「彼女は、ダイワスカーレットは俺の誇りで、信頼する相手で、パートナーです。ここを違えるつもりは、ありません」

 

 自分は結構後ろ向きで、すぐヘタれて、メンタルも貧弱だ。自分に自信もないし、自慢できるような突出したものも多分無い。でも、そんな俺でも絶対に譲れないものはある。

 スカーレットの隣に立つのは、こいつを一番にするのだけは、何が何でも譲らない。俺のちっぽけな存在でも、これだけは絶対に折らない。

 何かトレーナーの人が物凄い生暖かい目でこっち見てるんですけど。ついてきたウマ娘の子が黄色い悲鳴あげてキャイキャイしてるんですけど。

 

「はぁ? 何言ってんのお前?」

 

 一方のこっちは鼻で笑ってます。別にふざけているつもりはなかったので、その態度はちょっとカチンと来る。そういう言い訳とかいいからなんて言いながらついにトレーナーの人より前に来た。

 

「そういう我儘の被害受けるのは他の人なわけ。自己満足も程々にしといた方がいいよ?」

「……まあ、確かに自己満足の極みなのは重々承知です」

 

 トレーナーになった動機が動機だから、そこら辺は言い訳のしようもない。が、逆に言ってしまえばこれを貫かなければ俺はトレーナーをやる意味もないのだ。

 

「それでも、これだけは。たとえ何と言われても、譲れません」

「そ――」

「よーしよく言った! それでこそこの宇宙船地球号乗組員補欠の水先案内人の付き人だ!」

 

 突如そんな声が聞こえた。トレーナーの人やウマ娘も、突っかかって来た人も。当然俺とスカーレットもその声の方向へと視線を動かす。

 えらい美人のウマ娘が、何か豪快に笑いながらこちらへとやって来ていた。意外と遠いが、俺達の会話聞こえていたんだろうか。

 

「誰だ?」

「アタシが誰かってのを説明して欲しければ、ここにある試練のうち一つを達成することじゃ。オススメはつば九郎の子安貝かな。生でもいいがフライをポン酢でいただくのも結構美味なんだぜ」

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

 突っかかってきた人に同意します。

 

 

 

 

 

 

 突如現れた謎のウマ娘。なかなかの高身長に抜群のプロポーションを持つ彼女は、美しく長い銀髪をなびかせながら腰に手を当てて高笑いをしていた。

 

「それで? 一体何を揉めてたんだ?」

「お前何しに乱入してきたんだよ!」

「あぁ? そりゃオマエ、家事と献花は江戸のハナだろ?」

「お前そのイントネーション、家の仕事と花を供えるやつじゃねぇか! 花被ってんだよ!」

「そこに気付くとは、お主もなかなかのワルよのぉ」

「何なんだよこいつ!」

 

 明次に突っ掛かったトレーナーのそれに答えるものは誰もいない。何故ならば、この場にいる全員が共通して思っているからだ。

 誰? と。

 

「それで? 一体何を揉めてたんだ?」

「一字一句変わらぬセリフ……」

「ハイを選ばなきゃ進まない。でもそれって理不尽だよな。たまには王様の用事なんかぶっちぎって一人冒険に駆け出したくなることもあるもんな」

「え、ええ、そうね……?」

「スカーレット、無理に同意しなくていいと思うぞ」

「お、良いこと言うじゃん。そうそう、人の意見なんかに流されたら、つまらない大人になっちまうぞー」

 

 バシバシと明次の肩を叩いた謎のウマ娘は、では気を取り直してと向き直った。話は全て聞かせてもらったと笑みを浮かべた。

 ここで全員が何を揉めてたか今聞いたじゃねぇかと心中でツッコミを入れた。

 

「まあつまり、そこの男が横恋慕したのが全ての始まりってわけだ。アタシは割と好きだぜ、そういうの。トレーナー同士の恋愛模様って話題には事欠かないからな」

「何もかもが違う!」

「おろ? これは向畑三丁目のミツルさんとこの事情だったっけか。じゃあオマエは何丁目のミツルさんだ?」

「五丁目だしミツルじゃなくてタケヤだ!」

「おーそうだったそうだった。実家の庭に放し飼いにされてるコモドドラゴンは元気か?」

「そんな物騒なもん飼えるかぁ!」

 

 ゼーハーと肩で息をするタケヤ。そんな彼を見て、明次もスカーレットも、そして最初に彼らに話しかけたトレーナーも段々と気の毒になってきていた。この人助けたほうが良いな、とそう思うようになっていた。

 

「ちょっといいかな?」

「あん? 生放送の出演依頼ならちゃんとマネージャー通してくれよ」

「それはまたの機会にさせてもらうとして、今聞きたいのは別のことだ」

 

 謎のウマ娘に明次が声を掛ける。視線を彼へと移動させた彼女は、そこで口元を三日月に歪めた。ほれ言ってみろ、と彼に続きを促した。

 

「君も、俺がスカーレットの担当をしているのが気に入らないのか?」

「あーん? 別にアタシは誰が誰を担当しようが勝手だと思うけどな。そんなんで一々目くじら立ててたら今頃トレセン学園は大海原に早変わりだ」

「じゃあ、何でここに?」

「まあ、けど。大海原に変わる瞬間に立ち会いたいってのもあるんだよな。その時ウマ娘は何娘になるのか、タツノオトシゴ娘とかいいよな」

 

 ククク、とひとしきり笑った謎のウマ娘は、まあそんなわけなんでと視線を明次から移動させた。ビクリと反応した彼女に向かって、楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「オマエはタツノオトシゴ娘になれるのか、それともクラゲ娘か。気になるだろ?」

「え、いや、全然……」

「遠慮するなって。このアタシが見極めてやっから。……そうすりゃ、周りの連中だって納得するんじゃねぇの?」

「……っ!?」

 

 何を言っているのか分からない、という表情をしていたスカーレットが目を見開く。これまでの会話の流れからすると絶対違う意味なのだろう。が、それでも。彼女には目の前の謎のウマ娘のそれが、別の意味に聞こえたのだ。

 自分が鍛えられていると、明次の下でもきちんと成長しているという姿を見せて納得させろと。そう言っているように聞こえたのだ。

 

「分かったわ」

「スカーレット?」

 

 多分幻聴だ。そう判断するのが正しいだろうし、実際した。それでも、この流れを使って証明させることは出来る。あの時の、選抜レースの時のように。

 

「よーしそうこなくちゃな。じゃあ早速始めようぜ。並走相手は……アタシでいいか」

「ええ」

 

 何がどうなってこうなったのか。多分はっきりと説明できる者はこの場にいないだろう。あれよあれという間に何故か謎のウマ娘とスカーレットが勝負をすることになり、気付いたら近くにいた連中が観客になっていた。

 明次にとっては何が何だか分からない状況だ。だが、スカーレットがそう決めたのならば、彼はそれを信じるのみだ。彼女は真剣にそれを選択したのだから。

 距離は一六〇〇。練習の延長線上のような勝負なのでゲートもなし。スタート地点に二人が並び、合図と共に走り出すだけの単純なものだ。頼むぜ、と巻き込まれたトレーナーは、しかし苦笑しつつもしょうがないと承諾した。

 スタート、の合図と同時に二人が飛び出す。スカーレットは前回選抜レースで見せた逃げ足から今までの先行策に戻しているが、トップスピードへの乗り方と安定感が比ではない。戻ってきたウオッカがヒョコリと明次の隣でそれを見て、思わず目を瞬かせたほどだ。

 

「本気で鍛えられてるなぁ……」

「スカーレットの素質が凄いんだよ」

「ま、俺も負けねーけどな」

「ウオッカの素質も相当だからな」

 

 だからこそ騒ぎになるのであり。だからこそ、それを払拭するためにスカーレットは今走っている。自分は何も問題ないと、その身を持って証明するために。

 そんなグングンと走るスカーレットに対し、謎のウマ娘は大分遅れていた。大差、というほどではないが、ここから彼女が巻き返すのは前を行くスカーレットのあのスピードを見る限り不可能に近い。

 だが、謎のウマ娘は笑っていた。独特なスライドの、歩幅の大きな一歩で走りながら、スカーレットの背中を見て笑みを浮かべた。噂よりも五百マンガンぐらい早いな。そんなことを呟いた。

 

「で、も。アタシだってそうそう負けねーぞ」

 

 す、と目付きが変わる。ほんの僅か、彼女が前傾姿勢になった。負けっぱなしは性に合わん、と口笛を吹いた。

 

「っ!?」

 

 その瞬間。前を走っていたスカーレットは猛烈な寒気に襲われた。全身が総毛立ち、それらがまるでホラー映画を見ていたかのように、否、出演者にでもなったかのように錯覚させる。

 後ろだ。間違いなく後ろにいる。この悪寒の原因が、いる。

 

「っぁぁああああ!」

 

 怖い、怖い怖い。追い付かれる、追い付かれたら。ぞわりと体に恐怖が纏わりついてくる嫌な感覚。流れる汗は体を動かしたからではなく、冷や汗。

 捕まったら、どうなる。後ろからくるそれに捉えられたら、どうなるのだ。助かるのか、助からないのか。それとも、もっと。

 視界は黒く染まる。まるで暗闇を駆け抜けているかのような、出口の見えないトンネルから脱出しているかのような。そんな錯覚に陥る。自分は今ちゃんと足を動かしているのか、それとも、もう足は止まっていて、後は背後から迫るナニカに喰われるのを待つだけなのか。

 

「あぁぁぁ!」

 

 吠えた。そんなものは幻だ。そんなものに構っていて、レースが出来るものか。暗闇は波が引くように晴れていき、ゴール地点がはっきりと見える。背中から迫る恐怖の源は消えていない。だから、振り返ることは。

 違う、と思い切り歯を食いしばった。振り返る必要がないのだ。恐怖に怯えてしまえば、引いてしまえば、それで自分の道は途切れるのだ。

 だから、すぐ後ろにいようとも、今にも喉笛を食いちぎられようとも。彼女は、スカーレットは恐怖に振り返ったりなど。

 

「ゴール!」

「――え?」

 

 気付いたらゴール地点を超えていた。スピードを緩め、ゆっくりとストップを掛けながら、彼女はそこで踵を返す。恐怖は消えていた。もうあの気配は何も感じない。

 うんうん、と何故か満足そうな顔の謎のウマ娘の姿が見えた。腕組みをしながら、やたらと偉そうな態度でスカーレットへと近付いてくる。

 

「見事だ。もうアタシが教えることは何もない」

「あ、はい。どうも……?」

「これでオマエは立派に大航海時代を乗り切ることが出来るだろう」

「あ、ありがとうございます?」

 

 やっぱり何を言っているか分からない。返事をしているものの、疑問形なのがその証拠だ。そしてそんな彼女の様子を見ていると、スカーレットは先程のあれは気のせいだったのかなどと思ってしまう。

 

「うむ。では最後のアドバイスだ。いいか? 船酔いするやつは船首で本を読むべからず。ちゃんと自分の足で立って、薪を背負ってから椅子に座って読むんだぜ。そうすればオマエも偉人の仲間入りだ」

「気を付けます……?」

「よろしい。ではこれにて一件落着!」

 

 はーはっはっは、と高笑いを上げながら去っていく謎のウマ娘。結局あいつなんだったんだという疑問は全く晴れないまま、しかし彼女の乱入によって騒ぎは有耶無耶、どころかスカーレットの走りを見せて黙らせることにも成功した。少なくとも明次達にとっては万々歳だ。

 

「なあ、ウオッカ。……あれ、全部計算尽くだったりするんだろうか」

「……いや、ねぇだろ……」

 

 だよなぁ、と肩を落とす明次を見ながら、ウオッカは彼女の背中を眺めていた。実はスカーレットと同じように、ウオッカも途中に感じたのだ、あの悪寒を。

 それに気付いたのか、謎のウマ娘は集合した三人へと振り返る。ああそうだ忘れてた、と明次を見て、そしてスカーレットとウオッカを見る。

 

「アタシってばさマイルの距離そこまで得意じゃないんだよなぁ。だから、今度は中距離な」

「はぁ……」

「お、おう……?」

 

 いきなり何いってんだ、二人は首を傾げたが、しかし次の言葉に表情を変えた。彼女の口元が三日月を描き、彼女達に向かって放たれたそれに、目を細めた。

 

「今度はちゃーんと、喰らいついてやっから」

「っ!? 望むところよ!」

「はっ、吠え面かくんじゃねーぞ!」

 

 じゃあばいならびー、と手を振って去っていく謎のウマ娘。そんな彼女の背中を見ながら、スカーレットとウオッカはその心に燃え盛るものを感じていた。絶対に負けてなるものかと闘志を燃やした。

 

「それで、あれ誰なんだ……?」

「さあ……?」

 

 謎のウマ娘、その正体は分からず仕舞い。次の出会いは、いずこか。

 

 




謎のウマ娘です。
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