拝啓 遠き日のあなたへ
突然の手紙で、きっとおどかれていることでしょう。
それともあやしく思われているでしょうか。
もしよろこんでくれていたら、とてもうれしいです。
はじめまして、親愛なる見知らぬあなた。ごきげんよう。
お元気ですか。
お仕事は順調ですか。
ご飯はちゃんと食べていますか。
お友だちはいますか。
恋人はどうでしょう。
ごめんなさい。はしゃいでしまって。
お手紙を書くのなんてはじめてのことで、緊張して空回りしてしまっているのかもしれません。
もしも変な手紙を書くやつだな、と思わせてしまったらごめんなさい。でもそれだけあなたに手紙が届くことを楽しみにしているんだなって、そう思ってもらえたらうれしいです。
ちゃんと届いてますよね?
もし届いてなかったら壮大な空回りです。
届くと信じています。届くということにします。うん。
さて。
このお手紙を開いてくれたあなたはどこのどなたなのでしょう、親愛なる見知らぬお友だち。
男の子でしょうか。女の子でしょうか。それともそれ以外?
考えてみればわたし、女所帯で男の子って見たことがないかもしれません。
かといって女の子だから何でも分かるってこともないというか、いつも何考えているんだろうと思っているというか。
それ以外の方の方が一番気楽でいいかもしれません。だってわからないんだってことが最初からわかっているんだもの。それならきっとすてきなおしゃべりが出来そうです。
年はいくつくらいでしょうか。年の近い人だったら、話も合うかもしれません。でもこの手紙が開かれるのがずっとずっと後だったら、ぜんぜん話が合わないかもしれません。ああ、でも、ずっとずっと後だったら、年に関係なく話が合わないかもしれません。うーん。
どんなところの人なんでしょう。私は大体あたたかな海ですごすことが多いですけれど、あなたはどこに住んでいて、どんなものを見ているのでしょう。私の知らない景色が、そこにあるのでしょうか。
いま私は、窓から見える海をながめながら、この手紙を書いています。いつも見なれた海も、こうしてあらためて見つめてみると、いつもはまるで思いもしないことにいくつも気づかされます。
ちゃぷちゃぷと風にゆられて潮にながされて、海の水面にさわめく白波がまるでうさぎがはねているように見えることだとか、日の光がきらりきらきらと反射しては遊ぶさまのまぶしくきれいなことだとか、ちょっと生臭いような潮風が頬に気持ち良いことだとか、それに、それから、私って意外と海が好きなんだなってことだとか。
あなたはいまどこでなにを見ているのでしょう。気の休まる自分の部屋で、お気に入りの椅子にくつろぎながらこの手紙を読んでいるのでしょうか。ベッドの上に寝そべって、なんだろうこれはと手紙を広げているのでしょうか。
もしもいまの私と同じように、潮騒に耳を傾けながら、海の青に目を細めながら、そっとこの手紙に目を通してくれているのだとしたら、それはなんだかうれしいように思います。
ああ、本当に、あなたはどんな人なんでしょう。
どんな ああ いや
うん
そもそも人なんでしょうか、といま思いついてしまってあせっています。
考えてみればこの手紙を読んでくれているあなたが人であるとは限らないのかもしれませんね。もしかしたら散歩中のワンちゃんがたまたま見つけてもしゃもしゃしちゃっている最中なのかもしれませんね。
うーん。それは困った。
でも人じゃないかもしれないと考えるとそれはそれで面白いような気もしてきました。
いまこの手紙を読んでいるあなたは実は進化したヒトデたちの子孫で、発掘された沈没船や、遺跡化した建物から研究を進めて、その一環としてこの手紙が頑張って翻訳され、奇妙な古代生物の痕跡としてオカルト雑誌に載ったりしちゃったりというのはどうでしょう。
まあどうでしょうと言われてもお困りでしょうけれど。
でも本当に、もしかするともしかして、あなたは私たちとは遠く離れたひとなのかもしれませんね。
そうしてみると、あなたからしても私は変な生き物なのかもしれません。二本足で歩いてお手紙を読むヒトデくらい、二本足で歩いてお手紙を書くわたしは全く変な生き物です。
実際のところ、まじめに計算してみて、と思いましたけれど、算数が苦手な私には計算するどころか計算の仕方もわからないので、まあざっくり想像してみて、このお手紙が誰かの手元に届く確率というのはあんまり高くなさそうです。
少なくとも生きた人の手元にわたるのはきっととてもむずかしくて、何万人もの人が行き交う中で立った一冊の本に巡り合うことくらいむずかしそうです。
そう考えれば、ヒトデ、いえいえヒトデさんに手に取って貰って読んでもらえる可能性や、それ以外にもイルカさんやハナアルキさんに読んでもらえる可能性も入れてしまえば確率はぐっと大きくなることでしょう。
でも、うーん。私にヒトデさんやイルカさんやハナアルキさんに楽しんでもらえるようなお手紙が書けるのでしょうか。不安です。
そもそも手に取ってもらえるかどうかさえわからないというのにばかばかしいなやみかも知れません。
けれどおわりを前にして、いま私に残されたささやかな楽しみは、ただただあなたを思うことだけなのです。だからあなたのことをヒトデさんやイルカさんやハナアルキさんなんじゃないかと想像するくらいは許して下さい。
おわり。
そう、おわりが来てしまうんです。
このお手紙もそれにそなえてこうして書いているのでした。
怖くはありません。悲しくもありません。
ただほんの少しさびしくて、そしてただただ恋しくてたまりません。
ふしぎなことに、いままでなんとも思わなかったようなことがなんだかみょうにさびしく感じられ、寒いくらいに恋しく思われます。無性に叫びだしたくなって、廊下を訳もなく走りまわりたいようなきもちにもになります。
でも、この手紙を書いているときはなんだかこころが落ち着きます。まだ見たこともないあなたは、いまどんなきもちでこの手紙を手に取っているのでしょう。想像してみるだけで、ふしぎとこころが弾みます。
あなたの顔も知らない。あなたの声も知らない。あなたがどんな字を書いて、あなたがどんな風にしてこの手紙を読んでいるのかも私は知りません。けれどなぜでしょう。ふしぎなことにわたしはいまとても胸がはずんで仕方がないのです。
もうすぐ私はおわりを迎えてしまって、きっとこの手紙が誰かの手に届くのは私の知らないずっとずっと先のことなのでしょうけれど、でも、ただそれだけのことで、お手紙を一通のこしていくというだけのことで、私の中にもう未練がましい気持ちは全くなくなっているのでした。
親愛なる見知らぬあなた。私のお友だち。
そこがどこかもわかりません。
そこがいつかもわかりません。
深い海の底なのか、高い雲の上なのか。
ただひとつ私にわかるのは、こうしてあなたのもとにお手紙が届いたならば、きっと私はそれでよかったのだと、そう思います。
こんなにも分厚くなってしまったけれど、どうか最後まで。
追伸
どうかついでがあったら近くの海に行って、お返事がわりと思って花束を流してやってください。