甘く、いい雰囲気だったと思うのだが。
夏月さんはスッとスマホを取り出し、誰かに電話したかと思えば車かタクシーですぐに来るよう口にして即切り。
相手が親しい友達だろうとそれはダメだと伝えれば、『だって……』といじけた子供の様な返しが。
それを見て仕方が無いなと甘やかす俺は将来、子供が出来た時に厳しく叱ることが出来るのだろうか。
いや、出来ないだろう。
電話をかけてから二十分程だろうか。
インターホンが鳴ったので夏月さんにエントランスを開けてもらい、登ってくる時間を予想して玄関へと向かえばそこには秋凛さんの姿が。
「それじゃ、優君。三日ほどシュリの家に泊まってきてね」
「へ?」
「えっと……?」
唐突なことですぐには理解できず、秋凛さんへと目を向けるが彼女も混乱しているようで。
何も聞かされず、先ほど急に呼び出されただけなのだと分かった。
「取り敢えず、詳しい説明を求めてもいいかな?」
「私が始まっちゃったから、シュリに優君の相手してもらおうかなと思っただけだよ?」
「あ、そういう事なの。なら優ちゃん、よろしくお願いね?」
「あー……でもほら、着替えとかの準備が」
「それは私がさっきしてあるから」
ほら、と夏月さんが指差す先には着替えなどが入って膨らんでいるカバンが置かれており。
誰が来たのかばかり気にして気が付かなかった。
「私は大丈夫だから、ね?」
そう口にする夏月さんは笑みを浮かべているが、悲しい感じが伝わってくる。
けど俺を思っての行動を無下にするわけにもいかず。
それにこれ以上断るのなら秋凛さんにも失礼だ。
スマホ、念のためサイフを用意してくれたカバンに仕舞い、後ろ髪を引かれながらも靴を履いて家を後にする。
「ごめんね、優ちゃん」
「へ? 何がですか?」
秋凛さんの運転する車で彼女の家へ向かう途中、急な謝罪に首を傾げる。
そんな俺の様子を見た秋凛さんは困った様な笑みを浮かべていた。
「私なんかにパートナーなんて出来ると思っていなかったから……もし、万が一、何かの歯車が噛み合って、奇跡が起こって。パートナーが出来たら、なんて夢見たりしてて。漫画みたいな運命的なことが起きないかなって妄想して。でも現実はそんな甘くなんてないし、思い通りにいかないことばかりだし」
秋凛さんにとって何か大事なことを語っているのだろうけれど、今思ったままの感情を語っているのかイマイチ纏まっておらず。
うまく伝わってこないのだが、取り敢えず相槌を打ちながら最後まで黙って聞いておくことにした。
「だからたとえ何番であろうと、私なんかにこうして優ちゃんっていうステキなパートナーができて嬉しくて。どんな扱いでもいいからずっとそばにいる事が出来たらなって。あまり迷惑かけない様にって思っていたのに…………それでも、やっぱりこうしてチャンスがあると幸せだなって」
えへへ、と照れた様な笑みに少し見惚れてしまう。
ただ、一つ言っておかねばならないことが。
「自分のこと『私なんか』って言うのは悲しくなります。秋凛さんは凄く素敵な女性なんですから」
「そ、そんなことないよ」
「そんなことあります」
ジッと秋凛さんの横顔を見つめながら強く口にする。
運転中であるため秋凛さんはこちらを向くことは出来ないが、ずっと見られていることは分かるのか、恥ずかしさから口をモニョモニョと動かしていた。
その後は互いに口を開く事はなかったが、初々しいカップルの様な空気が車内を流れていたため特に苦ではなく。
この世界ではあり得ないと少し思っていた、まともな恋愛を今しているのかな。などとズレた事を考えていればあっという間に目的地へ。
荷物は寝室にとのことなので案内されるがまま部屋に入り、邪魔にならないような場所に置いたかと思えば。
無理やりというほど強引でなく、かといって抵抗するには強すぎる絶妙な力で引っ張られ。
元より抵抗するつもりの無い俺はベッドへと仰向けに寝かされ、秋凛さんに馬乗りされていた。
「ごめんね、優ちゃん」
「あ、いえ。全然大丈夫です」
元よりそういった意味で夏月さんから送りだされたのだ。
それに秋凛さんとも恋人……でいいのかな。
彼女の中でどうなっているのか分からないが、俺の勘違いからとはいえ仲は発展しているのだから謝る必要はない。
「私には過ぎた願いなのは分かってるんだけど……」
「言ってみて」
「今は、今だけは私を見て」
そう口にし、キスをしてきた秋凛さんだが。
今のどこが過ぎた願いなのか、一瞬分からなかった。
でもよくよく考えてみたら一夫多妻が当たり前の中、自分だけってのはこの世界からしてみれば大それた事なのかもしれない。
秋凛さんの口にした願いを叶えたくはある。
だけど送りだした夏月さんは今、どうしているのか。
忘れる事ができないまま、秋凛さんを抱きしめた。