「うっ……うう……」
校庭の隅で一人すすり泣いている少女がいる。
名前は「鴨園ユリカ」。因落中学校の3年生である。
「もういや……どうして私ばかりがいつもこんな目に……」
彼女が泣いている理由。
それはいじめだ。
ユリカは3年生になってからずっといじめを受け続けていた。
なぜ自分がいじめられているのか。それは分からなかった。
今日もトイレの個室に入ったら頭から水を浴びせられ、さらには服を脱がされそうになったため慌てて逃げてきたのだ。
自分は非力で、また臆病なためいじめに対抗できる手段など持ち合わせてはいなかった。
無視、机に落書きをされることなど日常茶飯事、時にはカツアゲ、暴力を振るわれることもあった。
「私、もう、死んでしまいたい……」
一人静かに呟いたとき、ユリカの頭の上にチラシが降ってきた。
【お恨み相談室 ☆あなたの恨み、解決します☆
こちらにお電話ください
↓↓
0120-***-****】
「……!」
ユリカはチラシをスカートのポケットに突っ込むと校内に戻った。
その瞬間に、チャイムの音が鳴り響いた。
◆◆◆◆◆◆
「所長!いつまで寝てるんですか大型犬ですかアンタは!」
事務所に怒号と扉を開けた音が響き渡る。
声の主は【お恨み相談室】新米職員、皇敏夫だ。
「んがが……朝からうるさいぞ藤田くん……」
「俺は皇です‼」
怒鳴られているのは所長の西郷源太郎。
彼はつい先程まで事務所の机に突っ伏して爆睡していたのだ。
「もう昼ですよ、所長」
事務所の入り口から顔を出したのはいかにもクールそうな顔つきの男。
副所長の山口清一だ。
「む……そうだったか、わざわざすまない」
「もう!そんなだから依頼が少なくなるんですよ。あんたや山口さん、渡辺さんはともかくとして、学生である俺たちにとって給料が入らないのはマジで死活問題ですからね!」
「皇~、気持ちは分かるけど一旦落ち着けよ、お前の怒鳴り声外まで響いてたぞ」
先程から皇の後ろにいたピンク髪の女性、伊座波ぎゃて子が爪を研ぎながら口を開いた。
とたんに真っ赤になる皇。「す、すみませんでした」と弱々しく呟き、うつむく。
どうやら皇はぎゃて子に気があるらしかった。
その真っ赤な皇を山口がギロリと睨み付ける。
その直後、再び事務所の扉が「バーーン」と大きな音をたてて開かれた。
「たっっっだいまぁぁぁ!!!戻りやしたぁぁぁっ!!」
大柄な男が扉を思いきり開け、叫び声をあげる。
その隣にいる細身の女性がうるさそうに耳をふさいだ。
「本日のお仕事終わりましたぁ~☆」
「渡辺!今までどこにいたんだ?!」
西郷が思わず叫び声をあげる。
「ナニって、布教活動してきたんですわ☆」
渡辺と呼ばれたその男は親指を上にあげた。まるで一世一代の大仕事をしてきたと言わんばかりに。
「……チラシを置いていっただけですけどね」
渡辺の隣に控えた女、華叶江がぼそりと呟く。
「ちょ!それ言うたらあかんやろ~叶江ちゃん!」
「本当のことです」
「オイオイオイ!何でそんなことを!!!」
西郷がやっぱり叫ぶ。
「や、せやかて何か「いかにも!」って感じの訳ありそうな女の子見かけたからつい…」
やれやれという表情を浮かべる西郷。そんなことをしたところで客が増えるはずはないのに。
「あのな渡辺……」
渡辺を叱ろうと西郷が口を開いたそのとき。
RRR……
電話が鳴った。
◆◆◆◆◆◆
はい、お電話ありがとうございます。
お恨み相談室の「山口清一」です。
本日はどういったご相談で?
……はい、はい、なるほど……。
それではその学校とクラスの情報をお伝えいただけますか?
なるほど、「因落中学校」、3年B組……。
承りました。それではメールで契約書を発送しますので、それにサインをお願いします。
……契約書にはしっかりと隅々まで目を通しておいてくださいね。
それでは。
◆◆◆◆◆◆
「ふー……」
山口はメールの送信ボタンを押し、静かに電話を切った。
その数分後にメールの返信が届く。
契約書に書かれた名前を見てふと山口は怪訝そうな顔をした。
「どうした?山口」
同じく怪訝そうな顔の西郷が横から覗きこむ。
「いや、この『鴨園ユリカ』って名、どこかで聞いたことがあるなぁと思って…」
ふと思い立った山口はネットの検索欄に名前を打ち込む。
そのままページを一つ一つ確認していくと、『音楽界の天才少女あらわる』というページにたどり着いた。
「ふむ……」
その天才少女の名前は『鴨園百合香』。ピアニストだった。
「その子がどうかしたんですか?」
いつのまにか横に立っていた藤田が不思議そうに問う。この天才ピアニストの少女と今回の依頼者との間になんの関係があるのか、彼にはわかっていなかったのだ。
さらに山口はページを開いていく。
するととあるサイトで山口のマウスを動かす手が止まった。
そこはとある掲示板だった。
「ふむ…………」
その掲示板の書き込み欄には「天才ピアニスト美少女」というハンドルネームがあった。
山口はなにも言わずそのページを印刷し、その紙をぎゃて子に渡した。
「ぎゃて子くん、ひとつ頼みがある。この書き込みに書かれている「天才ピアニスト美少女」、それと「霧島彩子」という人物を探してほしい。人脈の広い君なら可能だろう?」
「あ、ああ、分かった、皇、行くぞ!」
「えっまさかまた塩田組に行くつもりなのか?!」
「当たり前だろ!」
ぎゃて子は紙を引ったくると事務所を飛び出した。
「えぇ~?!俺もうアソコの若頭と顔合わせるのやだ~……」
皇も文句をいいながらもその後に続く。
出ていく二人を見送った山口は西郷に何が耳打ちをした。
西郷は大きなため息をつくと、取り残された渡辺と華に指示をした。
「依頼者の要望通り、恨みを晴らせ。その後はぎゃて子くんたちの報告を聞き次第決める」
◆◆◆◆◆◆
『因落中学校の生徒29人が行方不明に 誘拐の可能性も』
『お恨み相談室』に依頼の電話を掛けてから三日後。
早朝の新聞の見出しを見た百合香は密かにほくそ笑んでいた。
自身のクラスの人間が昨日の夜一斉に姿を消したのだ。よってたかって自分をいじめていたあの糞共が。
これで私がいじめられることはもうない。いや、それどころか……。
「あははっ」
彼女の口からはいつのまにか笑いがこぼれていた。
(ざまあみろ底辺ども!天才でエリートの私を今までいじめていた報いだ!みんな揃って地獄に落ちてしまえ!!)
心の中で叫びながら百合香は机の上の破れた賞状を撫でた。
「百合香~、ちょっとお使い行ってきてちょうだい」
一階から母親の呼ぶ声がする。
(せっかく気持ちよく浸っていたのに…うざったいなぁ…)
言われるがままに百合香は外に出た。
「やあ。また会ったね」
◆◆◆◆◆◆
【お恨み相談室 契約書】
①契約者は依頼を途中で取り消すことはできない。
②契約者は相談室のやり方に一切の文句をつけることはできない。
③相談室のご利用は一回のみ。それ以降の利用は禁止。
④軽重を問わず、依頼の理由が逆恨みと判断された場合、依頼者はペナルティを負う。
◆◆◆◆◆◆
「こんにちは」
百合香の目の前には細身の男が立っていた。
その声に百合香は聞き覚えがあった。
「あなた……あの電話の……」
「改めて自己紹介をしよう。俺は山口清だ。
君は確か……『鴨園百合香』だね」
「わ、私に何の用ですか?」
「今日は君を迎えに来たのさ」
男の口から告げられた衝撃の内容に百合香は目を見開く。
「審議の結果、君の依頼は逆恨みと見なされてね……なぜそんなに怯えているんだ?契約書を読んだのなら分かっていただろう?」
「ち、違う、逆恨みなんてそんなこと……」
男はズボンのポケットから一枚の紙を取り出すと、百合香に見せた。
「これはとある掲示板の書き込みのコピーなんだがね、君が中学に入りたてのころに君が書いたものだろう?」
「この書き込みによると君は『霧島彩子』という女の子をいじめていたそうだね。あ、その書き込みは私じゃないという言い訳は通用しないよ。ipアドレスは間違いなく君の家のものだったし、霧島彩子の家には君が送ったらしい嫌がらせの手紙が大量に出てきたそうだからね」
百合香の頭の上に何枚もの紙がばらまかれる。
罵詈雑言で埋め尽くされたそれは、確かに自分が彩子の机の中に入れた手紙だった。
「あーあ、バレちゃったか」
「ん?」
「そうよ、いじめたわよ!でもそれと何が関係あるの?あんな不細工な無能はいじめられて当然なの!私が偉いの!私が一番なの!他の人間は無能の愚図!天才の前にひれ伏すのが当然なのよ!それなのに……」
何で私がこんな目に。
そう叫ぼうとするが、声がでなくなった。
「霧島彩子はな、自殺を図ったんだよ」
「……!」
その原因は男が百合香が一番思い出したくない事実を告げたからだった。
「かわいそうに、失敗してしまった彼女は今も意識不明だそうだ」
「そ、それは……」
男はひとつため息をつくと、続ける。
「霧島彩子自殺未遂の知らせを聞くが否や、君のクラスメイトたちは君を責め始めた。そうして立場は逆転してしまったんだ。今までクラスの最上位にいた君は最下位にまで落ちてしまったんだ」
「本来ならこんな逆恨みの依頼、聞き届けたくなかったが、いかなる理由があろうといじめることは許されない。だから君にペナルティを受けさせることを条件に、依頼を引き受ける事にしたのさ。満足だろう?」
「そ、そんなこと、聞いてない‼あなたたちは何がしたいの?!私を苦しめてそんなに面白い?!」
百合香は男の胸ぐらをつかみ揺さぶる。
しかし男はもう何も答えなかった。
どすり、と百合香の首筋に針が突き刺さる。
百合香はその場に倒れ伏した。
倒れた百合香の後ろにはピンク髪の女が立っている。
ぎゃて子だった。
「あたしのオトコに汚い手で触れてんじゃねぇよ、ガキ」
「すまないな、ぎゃて子」
ぎゃて子は目を覚まさない少女を担ぎ上げると、外に止めていたワゴン車に乗り込んだ。
男___いや、山口もそれに続く。
元依頼者__鴨園百合香を乗せたワゴン車はスピードをあげて走り出した。
◆◆◆◆◆◆
「はぁ~終わった終わった!!!」
事務所に戻ったぎゃて子は椅子にどかりと腰を掛ける。
「ご苦労だったな、ぎゃて子くん」
いかにもお疲れといったぎゃて子を西郷が労う。
「おう…」
その言葉を聞くやいなや、に彼女はぐーすかと寝落ちてしまった。
そんな彼女の寝顔をいとおしそうに山口は眺める。
「複雑そうだな、山口」
「ああ。複雑さ、所長さん。これが正しいことだとは思えない」
「だが、依頼は必ず引き受けなければならない。それに契約書のルールも絶対だ」
山口は何も答えない。その代わり大きなあくびをするとぎゃて子によりそうように眠りに落ちた。
西郷はそんな二人を見てふっと笑い、事務所をあとにした。
西郷「ところで皇は?」
山口「……………………まだ塩田組にいる」
西郷「……御愁傷様……」