ここは塩田組の宴会場。
横長の机で構成された食卓にはところ狭しと料理が並べられている。
「なーもう帰してくれよ……」
その宴会の中央の席に着いている男、「皇敏夫」はやや赤ら顔でぼやく。
「まあまあ、そう言わずに~」
皇の隣で目の前の料理にがっつきつつ、にっこりと笑う女は、塩田組幹部の一人、「
「そうだぜそうだぜ、せっかくうちの若が連れてきた
瑠々子の正面に座り、お高めのウィスキーをあおる、顔に鉄の仮面をつけた老人は「
「若はうちの組を継ぐ気満々だ!あとは皇くんの意思だが…いつになることやら、!ガハハ!!」
中本はジョッキに入ったビールをイッキすると、塩田組若頭の「塩田虎」の顔を舐めるように見る。
「うるせージジイ!俺が明日にでも「組を継ぐ」と言わせてみせんだかんな!!!」
「二当家的、請馬虎。 多少次了 請現在就做。 您將成為下一位領導者。 我太不知道了」
チャイナ服に身を包んだ女性「
彼女が放った言葉の意味は皇には分からなかったが、その苛立ちを隠しきれていない声色から、どうやら怒っているのだと確信する。
「ミーメイの言う通りです。若は今まで何度もそいつを勧誘して、何度も断られている。もう無理ですよ。成功する確率は5%です」
さっきから全く料理に手をつけず、パソコンをいじくるのは塩田組の参謀「
「ソウダゾ、大体僕ハナゼ若ガソイツヲ勧誘シタガッテイルノカ皆目検討モツカナイ」
琉の隣でゲームをしている「礫」も___頭に箱を被っているため表情はわからないが、恐らく眉を潜めている。
「皇の良さはお前らにはわかんねーよ!!!」
避難に耐えきれなくなったのか、虎が声を荒げる。
「はいはいはいそーこーまーでー!!!」
中河が手を叩きながら場をいさめる。
「それにしても皇くん、この間は良い素材をありがとうな。まさか若い女が手に入るとは」
「あっ、あぁ、あれかぁ……アハハ」
皇は思い出したかのように愛想笑いをする(本当は本人もなんのことだかさっぱりわかっていなかった)。
塩田組とお恨み相談室は協力関係にあるのだ。
新人である皇は説明してもらえなかったが、とにかくいつも世話になっているそうだ。
それは皇も身をもって痛感していたし、なんなら今も世話になっている。
大学一年の夏、授業が終わり住んでいるアパートに帰る途中、どういうわけかいきなりヤーさん(そいつが虎だということは後々になって分かった)に絡まれ、「ちょっと俺ん家来ねぇ?」と言われたのだ。
いきなり絡まれて恐怖した皇は、二つ返事でホイホイついて行ってしまったのだ。
そこで手厚いお持て成しを受けまくり、組の伝で「相談室の職員」という仕事も紹介してもらえたのだ。
おまけに大学の学費の半分まで負担してくれるというんだから。親切すぎだろう。本当にやくざなのか。
正直ヤーさんは怖いが文句は言えない。何をされるか分からないし。
「なあ、虎、お前はどうしてこんなに俺に良くしてくれるんだ?」
皇は兼ねてからの疑問を虎に訪ねた。
その問いに虎は実にのほほんとした態度で、「なんでもいーだろ、お前のこと、俺気に入ってるんだからさ」と返した。
「「「ヒューーーーー!」」」
二屠、中河、そして虎の護衛である「
「いやヒューじゃねぇ~……」
皇はあきれた表情で再びぼそりと呟いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ここはお恨み相談室。
「おい、室長起きろ、朝だぞ」
皇に変わってぎゃて子が室長の西郷を叩き起こす。
「んが…ぎゃて子くんか…君が起こしに来たということは皇くんは大学か」
どうやら西郷は皇がいつ大学に通っているかをこうやって判断しているらしい。
「室長はほんまよく眠るよなぁ~…コアラか」
普段は能天気な渡辺もうんざりだと言わんばかりに苦言を漏らす。
「渡辺、室長もお前にだけは言われたくないだろうし言う権利もないはずだ。お前だっていつも遅刻するだろ」
山口が西郷と渡辺を見比べながら返す。
「それに比べて華くんとぎゃて子くんは真面目だ。もちろん俺もだが」
しれっと自画自賛をした山口にぎゃて子は顔をしかめる。山口は良いやつだが自分が元エリート銀行員であると言うことを鼻に掛けているのが玉に傷なのだ。
そんなぎゃて子の視線を感じた山口は即座に話題を今日届いたメールの話題に変更した。
「先程依頼者からメールが届いたぞ。どうやら皇くんの大学の教師のようだ。
面会して欲しいとさ」
◆◆◆◆◆◆◆
ここは東京駅近くのレストラン・サイゼリーニャ。
「本日は来ていただきありがとうございます」
口周りに髭を蓄えた中年教師・関康明は静かに口を開いた。
関の目の前には山口、ぎゃて子、渡辺が座っている。
【本日はどのようなご用件で?】
山口が机に置いたルーズリーフに文字を書く。
関はハッとした表情を浮かべた後、自信も手帳を取り出すと、【消して欲しい人間がいるんです】と書き連ね、山口たちの目の前に一枚の写真を置いた。
花萌葱色のセーターと、薄茶色のロングスカートに身を包んだ、ボブヘアーの女性が穏やかな笑みを称え写っていた。
【彼女はうちの大学の生徒で「
「……」
【それは何故ですか?】
山口に動機を問われた関はぐっと押し黙る。
しかしゆっくりとペンを進めた。
【この女は私を弄び尽くしたあげく、私を捨てたのです‼どうか奴にしかるべき報いを与えてください!】
◆◆◆◆◆◆◆
「っかぁ~!依頼者のオヤジめっちゃケチやな!結局飲食代わてらに払わせよってからに!お陰で因落中学校ん時にもらった報酬全部パアや!!!」
事務所に到着するや否や、渡辺は依頼者に対する不満を露にする。
「自分で食ったもんは自分で払う。当たり前のことだろう。あんなに頼むお前に原因があるぞ」
諭す山口。しかし渡辺も負けじと言い返す。
「山口さんもや!ぎゃて子くんに奢ったやんけ!ずるいわ!このケチ‼」
「ぎゃて子くんはいいんだ!!!」
「何キレとんねんウザいわ~!」
「何ぃ~?!」
「はいそこまで!お前ら仲悪すぎ!」
見るに見かねたぎゃて子が二人の間に割って入った。
「すまないぎゃて子くん」
「む~……」
すぐさま謝る山口と、むすっとする渡辺。
ぎゃて子はため息をつく。
「さてと、サクッとはよ恨み晴らしましょうや」
先程までむすっとしていたのが嘘のように笑顔になり、指の間接をボキボキ鳴らす渡辺。
「待て待て、その前に依頼者の話が事実かを確かめる必要があるだろう」
今にも飛び出していかんとする渡辺を山口は制止する。
依頼者の話の内容が100%信頼できるかどうかを判断する。それが相談室のやり方なのだ。
「よーし、まずは大沢真琴の身元から調べるぞ!!」
ぎゃて子が事務所を飛び出し、山口と渡辺もそれに続いた。
◆◆◆◆◆◆◆
「あーあ……結局泊まっちまった…」
早朝。皇は組の屋敷を出たその足で大学に向かっていた。
いつもの服装ではなく、少しだぼついたスーツを着ている。
これはミーメイが「它对未清洗的衣服不会有任何宽容。
我帮你洗,你可以整天穿着它们」と、貸してくれたものである。誰の服なのかは分からないが、サイズ的に井合のだろう。
「おはようございます。皇さん」
ふと後ろから声がかかる。振り返ると、クラスメイトの大沢が立っていた。
「何ですか、そのヨレヨレのスーツは」
「あっ、こ、これは知り合いから借りたスーツで…」
「スーツを貸してくれる知人がいるんですね。羨ましい限りです」
大沢の話し方はどこか嫌みったらしい。だがそれが彼女の長所だ。
「おーい大沢~皇~!!!」
少し離れた場所から大きな声が聞こえる。この声量はきっと友人の
皇は「何だよ嵐山~!」と返し、嬉しそうに走り出す大沢の後を追った。
その光景を電信柱の影から見守る者たちがいた
「なるほど。あれが大沢真琴か」
サングラスに分厚いコートと、いかにも不審者でしかない風貌の男__山口だ。
その後ろには髪を下ろしたぎゃて子、パーカーのフードをいつもより深く被った渡辺、特に変装するそぶりもない華が張り付くようにしてついてきている。
「何でお前たちまでついてきてるんだ」
山口が不服そうに言う。
「お前だけじゃ心配なんだよ」
「せやせや!それにこれはワイらに来た依頼やで?」
「山口さんは何でも一人で抱え込みすぎです」
三人に一度に言い返されなにも言えなくなる山口。「仕方ないな」と言うとこそこそと歩みを進める。
行き先は、大沢真琴が通う浜ノ宮大学。
◆◆◆◆◆◆◆
「は?ストーカー?」
昼休み。大学のカフェテリアに集まった皇たちは、大沢の口から告げられた衝撃的な告白に目を皿のようにしていた。
嵐山などはもう目からこぼれ落ちて割れそうな位だ。
「それは、いつから?」
「うーん……もう二ヶ月になりますね」
「ぇぇ~?それマヂィ~⁉大沢ちゃんの勘違いじゃなぃのぉ?」
宮園はどうやら大沢の話を信じていないようだ。
派手でかわいい(自称)自分と正反対な大沢が、ストーカーになんて遭うわけないと考えているご様子だ。
「だってウチと違って大沢ちゃんいっつも地味子じゃん。ストーカーなんてありっこないってぇ」
「うーん、そうなんですかねぇ……」
やはり勘違いだったのか、と考え込む大沢。
見かねた彼氏の谷井が、ユカの頭をべしんと叩いた。
「こらユカ、失礼だろ。大沢、警察には相談したのか?」
「一度相談はしましたよ。でも証拠不十分だと追い返されました」
「まあ警察は事件が起きないと動いてくれないしな」
黙り混んでしまう一同。
まだ昼時で、人もいるのにカフェテリアは静かな空気に包まれた。
そんな空気を破ったのは皇である。
「じゃあさ!俺の知り合いに頼んでみるよ」
「「「「えっ?」」」」
しまった。つい言ってしまったことを皇は強く後悔した。
知り合いといってもどちらも裏社会の人間なのだ。
紹介なんかできるわけない。
だがしかし今さら引けるわけなんてない。
目の前の大沢がなんか嬉しそうな顔をしているのだから。
そしてカフェテリアの少し離れた席で彼らを見守る集団がいた。
山口たちだ。
「どうやら大沢は皇くんたちと仲が良いようだな。まさしく青春、俺にはこんなことをする友人は一人もいなかったなぁ」
「おい、感傷に浸ってるとこ悪いけど皇のやつ、とんでもないこと言ってないか?」
「なんか大沢ちゃんに塩田組のこと紹介しようとしとらへんか?知らんけど」
「不味いですよね」
「……あ、ああ……非常に不味い」
そう。このとき彼らは確信してしまった。
もしも皇が塩田組を紹介し、あまつさえ組が、相談室のターゲットである大沢を護衛なんかしてしまえば。
「「「「大沢に近づけなくなる!!!!!」」」」
そして大沢に近づけなくなるということは。
「今後大沢によって苦しむ人間が増えるかも「「「報酬がもらえなくなる!!!」」」え?!」
……どうやら叶江と山口渡辺ぎゃて子の意見は食い違っているようだ。
「え、ちょっと皆さん……」
「こうしちゃおれん、はやく室長に大沢真琴の始末を許可してもらわねば!」
「お、おう、せやな!!」
「よっしゃ!はやく事務所に戻ろうぜ!」
三人はダッシュで事務所のある方向に向かう。
「私はもう少し様子を見てようかな…」
華叶江(19)。彼女は三人を反面教師にしていこうと強く思うのだった。
「まあ紹介する話は皇に任せるとして、大沢、ストーカーが誰なのか心当たりはあるか?」
嵐山が大沢に訪ねる。
「…………」
大沢はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「……関康明教授です」
体験版はここまでです。続きはpixivの「こちらお恨み相談室です」でお楽しみください。
華「渡辺さん、結局サイゼリーニャで何注文したんですか?」
渡辺「そんなに頼んどらへんで。チョリソーとパエリア、海老クリームグラタンとピザ三種類、海老とレタスのサラダ、ペペロンチーノとBIGESTハンバーグ、あとはチョコパフェ(特盛)とクリームソーダやな」
華「……」