もしも《草凪朱音―平成ガメラ転生体》が鬼殺隊士だったら 作:フォレス・ノースウッド
一:鬼狩りの玄武
世は大正、冬の夜。
首都東京の西側にそびえる山々に敷かれ、夜道を照らす唯一の灯りたる月は三日月の形をした真夜中の山道を、一人歩く〝人〟がいた。
偉丈夫でも長時間歩き続けるには困難な山道を、五尺六寸ほどの背丈で、仮に男とすると華奢な体躯の上に焔の紋様が刻まれた紅緋色の羽織を纏い、同じ模様が入った漆黒の竹刀袋を担ぐ、見るからに地元の人間でもなければ修験者でもないその者は足音も微塵も立てず、淡々と、悠々と進み続ける。
夜な上に編み笠を深々と被っている為、顔は窺えず、真冬の只中と言うのに口から白く可視化された吐息も呼吸音も聞き取れない……遠くから梟の鳴き声が明瞭に響くと言うのに。
ふと――仮にこの者を剣士と呼称して――剣士は一定のリズムを維持したまま続けていた歩みを止め、少し顔を上げた。
編み笠越しの視線の先には、木製の階段を隔てたお堂がそびえている………無人となってからそれなりの年月が過ぎたことを窺わせる老い具合な堂の内からは、なんと灯りが漏れていた。
「遅かったか……」
吐息の音色も鳴らさない剣士から、ようやく声が囁かれる。冷静に呟かれたその声からは、されど着衣している羽織の色に似た〝熱〟が、確かに籠っていた。
次の瞬間、階段の一段目の手前にいた筈の剣士は、お堂の扉の前にいた。
隙間から灯りとともに……血の匂いと、肉を咀嚼する雑音が流れ出ている扉を、剣士は開ける。
堂の中には、二種類の〝人だった者たち〟がいた。
惨たらしく食べられている………この山々近辺の集落の住人の、血に塗れた死骸(にくへん)と。
「おいてめえ? ここは俺の餌場(なわばり)だぞ」
首から下は大人の男だが……逆に首から上――目は理性を失った様に血走り、眉間は禍々しく歪み、死骸を今〝食べている〟最中な口内の歯は全て剣山状に鋭い犬歯と化した――人ならざる化け物。
「食う時は喋るな、喋る時は食うな……それぐらいの知識は忘れていないだろう? ―――〝鬼〟」
剣士は〝熱〟を隠した声音のまま、化け物を〝鬼〟と呼ぶ。
「なんだぁ……妙な臭いがすると思ったが……てめえ〝女〟か? こいつらより美味そうだ」
鬼は〝食事〟で血だらけの口元から舌なめずりをして、次の獲物を……〝縄張り〟に侵入してきた剣士に見定め、歪んだ笑みを浮かべた直後、相手が視界から消えた――
「があっ!」
――と同時に、鬼の背中に衝撃が走り、堂の外へ飛ばされ、境内を転がされる。
いつの間にか鬼の背後に〝移動していた〟剣士が、華奢な体躯からは想像できない重い正面蹴りで、自らの中足を鬼の背部に叩き込み、蹴り飛ばしたのだ。
「てめえ……人間か?」
どうやら今の一撃で背骨が砕けたらしい鬼は、激痛による呻き混じりに問う。
対する剣士はお堂と地を繋ぐ段差を下りながら竹刀袋の紐を解き、拵えていた〝得物〟を取り出す。
柄も鞘も、羽織と同じ、溶岩流の如き鮮やかな紅緋に染められた白木拵えの刀だった。
「ご名答だ……〝元人間〟」
剣士は編み笠も外し、容貌を露わにした。
月光に映える端整で凛然としながら……十代のあどけなさが微かに残る顔立ちに、一本結びで纏められた葡萄色がかり艶に恵まれた黒髪、流麗な刀身の如き切れ長な眼、そして……本物の翡翠と見紛う輝きを発する瞳が、鬼を見据える。
「どうした? 私は〝ご馳走〟ではなかったのか? 人食い鬼さん」
その麗しい美顔に違わず凛と澄んだ声で、口元からは笑みとともに皮肉を、瞳からは鋭利な眼光を投げつける剣士。
鬼は答えない……正確には、答える余裕を無くしていた。
奴は忘れていた感情を思い出していたのだ……〝恐怖〟を。
そして確かに……酷く血走った鬼の眼は、捉えていた。
〝ガアァァァァァーーーオオォォォォーーーンッ!〟
口の両端に、一際長い牙を携え、甲羅を背負い、仁王立つ〝異形〟の影(すがた)を。
「何なんだ……お前何なんだ!?」
「これから天に召される奴に、名乗っても意味がない」
辛うじて恐怖に震えた声で〝何者だ?〟と発した鬼の問いを剣士は一蹴し、右手で刀の柄を逆手で握った刹那――一瞬の月光の煌きから、刀を〝鞘に納める〟音を鳴らす。
「大地の呼吸――焔重奏(えんじゅうそう)」
この微かな刻(とき)の間に、鬼は悲鳴を上げることすら許されずに首をはねられ、宙を舞う顔は小間切れに両断され尽くされ、断面からは火が吹き出し……地に堕ちる頃には灰と化して散った。
首を失くした胴体も、同様の現象で燃え尽されていく。
「すぅ……」
一瞬で鬼を〝退治〟してしまった剣士の口元から粛々と零れる息は、暁色をしていた。
彼女は左手に刀を携えたままお堂の中に入ると、鬼の〝食事〟にされてしまった仏たちの前でしゃがんで合掌し。
「私の名は―――草凪朱音、これでも鬼から人を守る……鬼殺隊(きさつたい)の剣士をやっております」
鬼には名乗ることを拒否した己が名を呟き。
「ですが……ごめんなさい……貴方たちを助けたかったのに、間に合わなくて」
そう犠牲者に詫び入れた剣士――朱音の翡翠の瞳は、鬼を対峙していた際と一転し、憂いで潤んでいた。
翌朝、静かに朝焼けが山々を照らしていく中、かのお堂の片隅には墓が三つ作られていた。
「これ……何があったんだろう?」
その墓を、通りがかった背中に籠を背負う少年――竈門炭治郎が、血の匂いを感じ取り、眺めていたのであった。