もしも《草凪朱音―平成ガメラ転生体》が鬼殺隊士だったら 作:フォレス・ノースウッド
弐:師匠と弟子
狭霧山、東京都西多摩郡にそびえる山脈の中で〝ほとんど〟文明の手が加えられておらず、かの地のありのままの自然環境が色濃く大正の世でも残り、夜は満月でも常人の視界を封じる程の霧が森中に立ち込めて人を寄せ付けぬ、メートル法にして二〇〇〇級の大山である。
その山の麓付近にて、少し異様な風体をしたご老体が下山していた。
蒼穹を切り取ったかの様な空色に雲模様があしらわれた着物を纏い、顔は真紅の天狗のお面を被っているその男は、明らかに登山用の装備を一切していない軽装でありながらこの男は、短時間でここまで息を微塵も乱さず降りてきたのである。
実はこの先に彼の生家があり、もうじき着くので腰に手を当て、とうに加齢で白く染まり切った髪の主とは思えぬ整然とした姿勢で歩行に変えて進み出した最中。
《大地の呼吸――円月烈閃》
突如、男に横合いの軌道による〝居合の斬撃〟が襲い掛かる―――も、彼は背中に手を結んだままその場から軽やかに飛び上がって回避する。
虚空には、溶岩流の色をした斬撃の軌跡が、残像も生じさせて描かれ、消えた。
「また独学の技の精度を上げたか―――だが何度も言った筈だぞ、儂の目の黒い内はお前が編み出した剣技を毛頭受ける気は無い、と――」
男はその佇まいに違わぬ厳然とした声の持ち主である男は、されど不意を突こうとした相手へ、明らかに親しみの籠った声音で語りかけた。
「――とは言え……久しいな朱音、お前の武勇はこの狭霧の地にまで轟いておるぞ、その紅緋の拵の如く鮮明にな」
「左近次師匠(せんせい)こそ、仮面込みのお変わりないご健在振りで安心しました、お久しぶりです」
草凪朱音は、夜の闇より濃く深い黒味な刀身をした得物(かたな)を紅緋色の鞘に納め、深々と会釈した。
男の名は――鱗滝左近次。
鬼より人を守る剣士――鬼殺隊士の一人である朱音の師であるお方だった。
「夕食(ゆうげ)の支度ができております、我が弟継子(おとうとでし)を修行場まで連れていくのに食事する暇は無かったでしょう?」
「性急だぞ朱音、まだ儂は彼を次の継子にするか決めておらん、丁度試験の真っ最中だ」
「おっと、そうでしたね」
朱音の――《常時・全集中の呼吸》で強化された聴覚は、狭霧山から響く〝罠が起動した音〟の数々を聞き取った。
「なんて、我武者羅……それも師匠(せんせい)の家で眠るあの子の為、と?」
「まあ、そうなるな」
場所は移って、左近次の生家内。
「うむ、朱音の作る猪鍋は今夜も格別だな」
「今宵も舌鼓を打って頂いて、冥利に尽きます」
朱音が獲ってきたばかりの猪肉と野菜で調理された猪鍋の具を、玄米混じりの白飯と交えて、師と弟子は、まるで実の祖父と孫だと錯覚しかねない様子で、久方振りの夕食を堪能している。
「今くらいの貫録なら、もう食事以外でもその仮面を外しても問題ないと思いますが?」
「そうか? どうも儂にはまだまだ優男の顔に見えてならん……それに長年この面との付き合いが長過ぎた為に、付けていないとどうも落ち着かない性分になってしもうてな」
とまあ、現役時代に鬼に顔をバカにされて以来、朱音の調理した料理を食すと言った例外を除きいつ何時も天狗の仮面を外さぬ左近次の癖も込みで、幾つかの食事の味を引き立てる雑談を経て。
「ところで、朱音はどこまで今回の事情を存じている」
話題は屋内の片隅で眠る少女と、今も夜明けの刻限までに、左近次特製の、多重多種に仕掛けられた罠がひしめき、霧が漂う狭霧山を下山中の少年に関する件に移る。
「無口無愛想不器用な我が兄弟子の丁寧なお手紙と、隠たちと共に実際の現場を見聞して、大体の事情は察しております」
「ふっ、義勇に対する辛辣さも変わらずか」
「〝俺は嫌われてない〟なんて口癖を卒業しない内は、あの武骨の化身な唐変木の態度を変えるつもりはありませんよ」
今頃任務の傍ら、ひっそりとくしゃみを零しているであろう、己が兄弟子に対する皮肉を、笑みも込みでたっぷり口にした朱音は――。
「とても食事時に話す代物ではありませんが……」
「構わん、義勇の口より遥かに丁寧な手紙だけでは事態を推し量るにも限界がある、竈門兄妹がこうなってしまった経緯をより深く知る為にも、説明してはもらえないか?」
「承知しました」
丁度自分の分を食べ終えた朱音は、左近次の催促で彼のお皿におかわりの分を補充して渡し直し、自身が知り得た限りの竈門炭治郎及び妹の禰豆子が被った残酷な運命の仔細を師に報告し始めた。