もしも《草凪朱音―平成ガメラ転生体》が鬼殺隊士だったら 作:フォレス・ノースウッド
追加パートに朱音と禰豆子とのやり取りがあります。
「《大地の呼吸――水鏡刃(すいきょうじん)》ッ!」
何十年にも渡り、多くの鬼殺隊志望の若き剣士たちを殺して醜く肥大化した巨体を覆う無数の〝手〟の猛攻を掻い潜り、朱音は宙を天地逆さに舞い踊っ体勢から刀を横薙ぎに円を描き――〝手鬼〟の首を一刀両断した。
鬼の首は地に堕ち、主を喪った巨体は力なく崩れ落ち、黒い瘴気(けむり)を立ち昇らせ灰化し焼失……本体の首の消滅も、時間の問題の中。
〝兄ちゃん! 手――握ってくれよ~!〟
「それがお前の、鬼へと至る呪いとなった未練か……」
地に流れる地球(ほし)の血流を通じて、手鬼の〝生前〟を垣間見た朱音は――。
「私では、愛していた兄の代わりにはなれない、だが……その願い、応じよう」
――剣を納め、残っていたたった一つの手を、自らの両手で包み込む。
死の間際で、鬼から〝人〟に戻ることのできた彼の死を見届けた朱音の翡翠の瞳は――確かに捉えた。
師が丹精込めて作り上げた狐の仮面を被る……朱音の〝兄弟子〟たちの姿を。
「はっ……」
森の中、一本の木の枝の上で紅緋色の鍔無し合口拵の日輪刀(あいとう)を肩に乗せ仮眠を取っていた朱音は、鬼殺隊士〝最終選別の七日間〟にて経験した記憶(ゆめ)から目覚めた。
もう一本の枝には、猛禽類の如き鋭く厳かな貫録を醸し出している鴉が立っており。
「起きたか?」
大半の人が思い浮かぶ鳴き声と真逆に渋みの利いた野太くも慎み深い声で流暢な人語(にほんご)を発し、朱音に尋ねてきた。
隊士たちには、特殊な訓練を受けた伝令役となる鴉――鎹鴉(かすがいがらす)が一人に付き一羽宛がわれており。
「宗徳(むねのり)………」
この朱音の、鬼殺隊士としての鬼退治業における相棒と言ってもいい鎹鴉には、宗徳と言う固有名があった。
「すまない、こっちから頼んでおきながら、先に起きてしまったね……」
「気にするな、実を言えば私も起きている間はそう見られぬお主のあどけなさを眺めていて、つい頼みを忘れかけた」
「もう……また子ども扱いして」
笑みを浮かべて冗談を投げる相棒に、朱音は歳相応以上に大人びて整った容貌を歳相応の少女らしく少し頬を膨らませる。
「これでも私、前世含めれば一億年以上歳が上だよ」
「いやまあ、お館様譲りの癖と言うやつだ」
「そうでした」
彼女と彼は、こうして茶目っ気ある軽口を投げ合えるくらい、種族の壁を越えて気心の知れた仲だ。
「けど、暫くその楽しみはお預け」
「分かっている……いつも通り、肩の力は抜いても気までは抜くな」
「勿論さ、じゃあ行ってくる」
翡翠色の瞳が、歳相応の少女から戦士のものへと〝変身〟し、朱音は枝から軽やかに跳び、月光でも鮮やかに彩られている紅緋の羽織をはためかせて地に降り立ち、獲物の刃に勝るとも劣らぬ眼光を、討伐対象に突きつける。
「鬼になってからも盗賊三昧とは……――」
今夜朱音が相手をする鬼たちは、鬼にされる前より悪行に手を染めていた悪党たちが盗賊紛いに徒党を組んでいた。
この森の近くにはそれなりの規模がある集落があり、連中にとってはさぞ襲い甲斐があるに違いない。
「――笑えない冗談だ!」
一味の中で最も巨漢で、腕が二対四本の鬼が突進し、両腕全てを振り上げようと――。
《大地の呼吸――雷火描(らいかびょう)》
――その前に懐に飛び込んだ朱音は抜刀、稲妻状に三連撃でまず両脚を、次に胴体と片腕を、最後にもう片腕と肩部と首諸共、並みの鬼の視力では刀身が消えた様に見える素早き剣閃で屠り。
《――火塵(かじん)》
間髪入れず地を切り上げる――今の斬撃で熱を帯びた土の粒子は一種の炸薬弾となって鬼たちの血走る眼を襲い、視力を一時的に奪う。
勿論すぐに再生されるのは時間の問題だが、その暇を許さぬ朱音は跳躍して、群れる鬼たちの渦中に飛び込み。
《――螺旋焼撃(らせんしょうげき)》
左足を軸とした回転演舞の連撃で残る鬼を全て駆逐。
「任務完了――っと」
今夜も朱音は、師の左近次から継承された《水の呼吸》を下地に、独自の改良と発展を加えて生み出した《大地の呼吸》による、水の如く流麗にして、躍動する大地の如く、示現流を凌駕する豪然さと艶やかさを併せ持った剣捌きで以て、一仕事を終える。
「これでまた、今月の鬼討伐数の頂点が確たるものとなったな」
「別に競争したくて〝鬼退治〟をやってるわけじゃないんだからね」
「〝災い〟から一人でも多く救う――であろう?」
「覚えているならよし――っと」
納刀した日輪刀を、書生服の風体な懐から出した竹刀袋に入れ直す朱音は、鬼殺剣士となる遥か以前から己が胸に抱く〝信念〟を口にした相棒に肯定の返答をする。
「まあ、今日の仕事の報告お願いね」
「応とも、それで朱音は、また弟弟子の指導か?」
「そう言うとこ、じゃあね」
「ではまた」
宗徳は鬼殺隊本部へ報告の為飛び去り、朱音も草木に隠していた旅道具一式が入った英国式の旅行鞄を手に取り、挟霧山への方角へと電光石火の脚力で向かい始めていった。
時を遡らせて。
結論から言うと、竈門炭十郎は朝陽が昇る寸前の際どいところで、どうにか罠が幾重も張り巡らされた挟霧山を下山して左近次の生家に戻ることができた。
「竈門炭治郎、お前を――儂の次なる継子としよう」
疲労で外と屋内の狭間で眠りに落ちた彼に、左近次は彼を自らの新たな〝弟子〟と認める。
その瞬間に立ち会った朱音は、炭治郎を横向きに抱き上げ、予め用意していた布団に寝かせると、これも事前に旅行鞄から用意していた包帯ら手当道具で額の痣の上に血がしたたり落ちているのも含めた傷の施療を始めた。
職業柄、負傷した同業者に応急処置する機会も多かったので、慣れた手つきで汚れた傷口を血ごと丁寧に拭き取る中。
「彼の手当ては任せるぞ、儂は訓練の準備に行ってくる」
「はい」
挟霧山へ修行の前準備に出かけた左近次をよそに、一通り処置を終え、土と泥に汚れ塗れた衣服から寝間着に着替えさせつつ、鬼殺隊技術班特製の血臭を消す香水を屋内に吹きかけ換気して炭治郎の傷から漏れ出た血の匂いを処理した朱音は、竹刀袋から日輪刀を、鞄から刃が刀と同じ材質でできた脇差を取り出し、いつでも鞘から抜ける様に自身の手元の床に置き、抜刀術の形でもある半安座の体勢で炭治郎の傍らに腰かける。
いつでも刀を抜ける様に朱音が臨戦態勢でいるのは、炭治郎の傍らで眠る彼女の妹であり、鬼となってしまった少女――禰豆子の存在が理由だった。
兄弟子の義勇(あにでし)から左近次に送られた手紙の内容が本当なら、彼女は鬼の身体に変異させられたばかりでありながら、人肉を欲する飢餓衝動を必死に抑えながら兄を庇い、師の生家まで共に来たと言うことになる。
つまり、人間としての自我と、鬼の本能に抗えるだけの意志も有していると言うこと、事実兄弟子が保険として竈門禰豆子の口に付けられた竹の口枷が外された形跡がない。
だが……見方を変えれば禰豆子は鬼となってからは一切の〝食事〟をしていないと言うこともまた事実だった。
今は穏やかな面持ちで枕に頭を預けているが……もし鬼の衝動が彼女の自我を上回って、実の兄を食らおうとしまったら……朱音も起きてほしくないと願わずにはいられないが、万が一その〝最悪の事態〟が起きてしまった場合に備え、〝鬼殺の剣士〟として刀を振るい、炭治郎から憎まれる覚悟もできていた。
「んっ?」
ふと、視線を感じる。発せられているのは……禰豆子の方であり、いつの間にか彼女は仰向けに横になったまま目を覚まして、炭治郎をじっーと見ている。
「まるで幼子だ」
歳は朱音とそれ程差はない筈なのに、表情と眼差しは物心が付く前の幼児の如く虚ろで瞳は濁り、炭治郎と自分を見ていながら焦点が合ってない様に見え……口枷を付けられているにしても、とても言語を発せそうないのが窺えた………どうやら鬼の血に負けまいと戦った代償に、精神が乳幼児くらいにまで退行してしまったらしい。
しかし朱音の懸念に反して、目の前に鬼にとっては絶好のご馳走たる人間二人を前にして、食人衝動(ほんのう)に苛まれる様子は見受けられない。
虚ろな眼も、よく見れば……彼女なりに兄を案じているのだと、感じられた。
(あの唐変木(ぎゆう)にも、人を見る目はあったみたいだな)
内心、口下手が過ぎる自身の兄弟子を皮肉交じりに讃えた朱音はその場を立つと、禰豆子の傍らへと正座で座り込み。
「大丈夫、君のお兄さん君の為に頑張り過ぎて疲れているだけ、もう少し眠れば起きるよ……禰豆子ちゃん」
炭治郎本人に代わり、兄は怪我こそしているが大事ないと朱音は禰豆子に伝える。
精神が幼児退行している彼女に、どこまで自分の言葉が伝わるか気がかりもあったが、禰豆子の幼い眼は、確かに兄の身を案じていると……朱音自身の直感が告げていたので、せめてもと伝えられずにはいられなかったのだ。
すると――禰豆子はこれが初対面である朱音(にんげん)の太腿へ、自らの頭を置き、頬ずりをし始めた。
(私を〝家族〟だと認識しているのか?でも私は……君の肉親(かぞく)ではない、それどころか……)
もし彼女が、いつ終わるかも分からぬ果ての見えない、内なる〝鬼の血〟を〝人間〟として戦い続ける宿命に、耐えきれなくなってしまったその時は――。
(君を切らなければならない……鬼狩(ひとごろし)の身だ――それでも……)
実の母に甘えるかの様な懐き具合から、〝隊士〟、そして前世から潜り抜けてきた修羅場の数々で研ぎ澄まされた〝戦士〟としての朱音の思考はそう推察する一方で。
「それでも、私の膝枕で良いのなら……ゆっくりお休み、禰豆子ちゃん――」
禰豆子の頭にそっと手を置いて、優しく撫でながら。
「~~~♪」
朱音は子守歌を奏で、彼女を眠り――時の揺り籠の中へと誘わせていった。
とにもかくにも、こうして炭治郎は左近次の弟子――継子となったのだが、ここからが鬼を狩る剣士となる為の過酷な修行の始まりなのは言うに及ばず。
基本的に主な指導は育手――師たる左近次直々によるものだが、姉弟子の立場である朱音も隊士稼業の傍ら、炭治郎の修行を手伝い、付き合う日々を送るようになっていた。
これは朱音が自ら志願したものであり、竈門兄妹の境遇に思うところがあったのも理由だが、やはり禰豆子との交流が、自ら炭治郎を鍛え上げると決める直接的なきっかけであった。
「(絶対俺の殺す気満々だ……この物騒に凝った罠……)」
殺意と難易度がどんどん高まる、空気の薄い狭霧山山中に張り巡らされた数々の罠を突破しての山下りを繰り返す日々。
次第に炭治郎は、体力と、以前より人並み以上だった嗅覚の向上で何とか対応していった。
けれど、刀を手に持った状態で山下りが行われる様になると。
「うわぁぁぁぁ~~~!」
とまあ、手ぶらでは回避できるようになった〝足くくり〟に引っかかって森の中で叫びあげる炭治郎からお察しが付くように、一転して罠に嵌り易くなってしまった。
「(刀持ってるだけでこんなに違うなんて……)」
それでも自分がなろうとしている〝鬼殺隊士〟は、刀が必須だと言うことを重々認識しているので、感覚では邪魔だと思っても、根を上げずに狭霧山での修練をひたむきに、我武者羅に打ち込む続ける炭治郎。
まあ山下りのところは、この辺で――中略。
今日は朱音が主に指導する日。
「九五一!九五二!」
「炭治郎くん、指に力が入ってる、生卵を持っている感覚で柄を持てと言った筈だ」
「はい~~!九五三!」
当然ながら修行の内容には刀の使い方を覚えることも組み込まれており、毎日山下りを経ての、真剣(かたな)を用いた素振りは必ず行われる。
それはもう、腕がもげる寸前にまで真剣を振りかぶっては宙を切って振り下ろすの々、それは朱音の指導下の場合でも変わらない。
「九九七!九九八!九九九!―――千ッ!」
「はい、もう千回♪」
「ひゃあぁぁぁぁ~~!」
朱音の軽快な声音で素振りの回数を増やされ、身体に疲労が蓄積させられている炭治郎は、己が全身が真っ白に染まって固まった姿を脳裏に浮かべると同時に奇声(ひめい)を上げ。
「朱音さん……も、もしかして……根に持ってますか?」
おそるおそる、先日の〝ある件〟について尋ねた。
「何が? あれは炭治郎くんの寝言でしょ? それでどうして根に持つと……ウフフ」
(持ってる……あれは絶対まだ根に持ってる匂いだぁぁぁ~~~!)
と、にこやかに笑顔を浮かべる朱音周辺から発する黒ずんだ覇気を前に、炭治郎は戦慄した。
こうなった原因は、炭治郎本人には申し訳ないが彼本人が招いたものだった。
左近次から課せられた入門試験の山下りをどうにか達成あの日、禰豆子を寝かしつけた朱音は、自らの膝枕を今度は彼の頭に乗せて介抱していたのだが……。
「お母さん……」
「えっ……?」
その時眠りの中にいた炭治郎は、寝言で朱音にそう呟いてしまったのだ。
これだけなら朱音も大目に見れたが――目が覚めた後に取った食事中に、彼はやらかした。
「え?朱音さんって十五歳なんですか!?てっきり十九歳とッ!」
「お、おおおおいよさんかッ!」
左近次が狼狽する程の、大きな大きな大失言をかましてしまったのだ。
「へぇ~~~……ふふ~ん………炭治郎くん、今の言葉って何の意図があるのかな? ねえ……聞かせてよ………〝てっきり〟ってどう言う意味なのかな~?」
朱音は五尺六寸――百七十センチと、女性としてはかなりの高身長な上に、年齢相応以上に大人びた端整な容貌の主で、当人なそんな自身の容姿に対し〝可愛げがない〟と大いに引け目に感じていたところを、悪意は皆無だったにせよ炭治郎が真正面から、年頃の少女の逆鱗(なきどころ)に触れてしまったのだから、無理ない。
(あの時の笑ってるのに怒った朱音さんの顔と匂い、忘れたいけど思い出してしまうぅぅぅ~~)
「はい、さらにもう千回追加♪」
「はいぃぃぃぃ~~~!」
「こら『はい』の語尾伸ばさない!」
「はい!」
素振りの回数が上乗せされていく中。
「あと、前にも言ったけど―――刀を不用意に折ったら、その腕の骨も折るから♪」
「ひぃぃえぇぇぇ~~ッ!」
「もうそう喚かない、人には二百十五本も骨があるんだよ、一本ぐらいどうってことナイナイ無いから~~オホホ~~」
「(どうってことありますってぇぇぇ~~~!)」
時に大資産家の令嬢風な満面の笑顔をも用いて、さらりとえげつない脅しもちょくちょく弟弟子に仕掛けてくる朱音であった。
その日も朱音も加わった修行の内容は――要約すると〝水と一つになる〟だった。
まず狭霧山内にある滝の傍に佇む崖の上に立たされた炭治郎は、左近次と朱音からまず川に飛び込めと言われた。
「早く行け」
「と言われましても結構高いですよこの崖!」
「大丈夫、川の深さもかなりあるから水底にぶつかる心配はないよ」
「ですからそう言われましても」
炭治郎の額と茶色混じりの髪から、冷や汗がどくどくと流れていく中。
「もうじれったい!」
朱音は掌を炭治郎の背中に密着させ。
「ほい!」
「あっ?」
中国拳法の〝寸勁〟と同じ原理を用いた手押しで強引に彼を突き飛ばし。
「ねぇぇぇぇずぅぅぅぅこぉぉぉぉ~~~っ!」
炭治郎は愛する妹の名を滝中に轟き叫び、足場無き虚空の中で足を振り回し続けたまま、川へと盛大にドボンと落ちていった。
「どぜえもんなんて初めて見た」
「奇遇だな、儂もだ」
この時炭治郎がどんな状態だったかは、崖下を眺めるこの師弟のやりとりで十分に分かるだろう。
とは言えこのまま炭治郎を放置していたら本当に〝どぜえもん〟になってしまうかもしれないので、うつ伏せで漂流する彼を救助するべく、朱音は流麗な体勢で川へと飛び込んだ。
「相も変わらず、見事な飛び込みだ」
炭治郎を抱えたまま、激しい川の流れを巧みに乗りこなして川岸へと向かう彼女の水泳の技量は左近次も、天狗面の下で笑みを零して唸らせるくらいの腕前であり、まさに〝水と一体となる〟を体現したものだった。
水を用いた修行と言えば、勿論滝行もある。
文字通り涼しい顔かつ、無駄な力を抜いて合掌する朱音と正反対に炭治郎はと言うと。
「うぉぉぉぉ~~~ねずこぉぉぉぉ~~~―――ッ!」
逆に力み過ぎて垂直落下してくる水の奔流に耐えきれず数秒で気を失い。
「俺は水だ! 水なんだぁぁぁぁーーー!!」
起きて気合いを入れ直しまた雄叫びを上げて打たれては気絶、また起きて打たれては気絶の反復となってしまうドツボに嵌り込んでしまう。
彼が隊士になるどころか、〝水と一体になる〟までの道のりも、まだまだ険しいものなのであった。