もしも《草凪朱音―平成ガメラ転生体》が鬼殺隊士だったら 作:フォレス・ノースウッド
舞台の町は元の冨岡義勇外伝本家では『北の宿場町』と抽象的でしたが、竈門一家が住んでた雲取山の北に秩父の『贄川宿』と言う宿場町が丁度あったので、そこを使わせてもらいました。
炭治郎が鱗滝左近次に弟子入りし、鬼殺隊の剣士となる為、なにより鬼となってしまった愛する妹の禰豆子を、人間に戻すその日まで守り抜く〝強さ〟を手にする為、修行に明け暮れる日々になって約半年。
「お味はどう?」
「美味しいです! このまろやかでとろみと、香辛料の匂いが利いたスープがこんなにお米と合うなんて!」
その日の左近次宅での夕食の光景。
「いつか禰豆子を人間に戻せたら是非食べさせてやりたいくらい! おかわりしても良いですか朱音さん?」
「勿論だよ」
「今日も大層修練に励んだからな、その分気前よく食べるのだぞ」
「はい!」
今日も狭霧山に立ち寄り炭治郎の鍛錬に付き添った朱音が今夜用意した夕食は、近くの村で取れた野菜と、山で取れた鹿肉、東京日本橋にある商店から買ってきた〝即席カレー〟の粉末を使ったライスカレーとみそ汁であり、初めて洋食を口にした炭治郎からの評判も上々、作った朱音本人も冥利尽き、そんな二人を本当の孫の様に微笑ましく見つめながら、カレーの美味を味わっていた。
「いずれ義勇にも食べさせてやりたいものだな……」
「あの兄弟子の無愛想面を変えられる料理は鮭大根だけですよ師匠(せんせい)」
「だが朱音の腕前ならば、鮭大根ライスカレーも作るくらい造作も無さそうだが?」
「なるほど、材料の配分次第ではいけるかもしれない」
炭治郎は二杯目のライスカレーをしっかり噛んで味わう傍ら、姉弟子と師の間の会話で出てきた……今は自分の兄弟子に当たり。
〝狭霧山の麓に住んでいる鱗滝左近次と言う老人を訪ねろ、冨岡義勇に言われて来たと言え―――妹を日光が射す白昼の時に連れ出すなよ……決してな〟
一度は鬼を化した愛する妹へ容赦なく日輪刀の刃を向けながらも剣を納め、炭治郎が左近次に師事し、禰豆子とともに〝運命〟に立ち向かう道を選ぶきっかけをくれた……あの寡黙な鬼殺隊士。
「あの、その冨岡さんって……どんな人なんですか? 〝あの日〟以来……一度も会っていないので……匂いで決して冷たい人じゃないとは、俺でもなんとか分かるんですが」
〝生殺与奪の権を他人に握らせるなッ!〟
禰豆子を庇う炭治郎に対し言い放った、あの突き放す様な言葉も……彼なりの理由あってのことがあるくらいは、今の彼でも漠然と汲み取れた。
それでもあの日以来、再び対面する機会が無く、炭治郎も修行に明け暮れる毎日だったので、この時まで義勇について尋ねる余裕もなかったのだ。
「そうだね……私なりに言うと義勇は、『学校の国語の成績は壊滅的』確実な口下手だね」
「うむ、朱音の喩えもあながち間違ってはいないな……儂の今までの継子の中で、最も口が不器用で会話を好まないのは確かだ、おまけに普段はこの天狗面並みの鉄面皮ゆえ、何かと誤解され易い性質でもある」
「そ、そうですか……アハハ……」
表現に差異はあれども、姉弟子と師から共通して義勇のことをはっきりかつばっさりと〝口下手〟と表したことに、炭治郎は苦笑いを浮かべつつも、付き合いがあるからこそここまで遠慮なく冨岡義勇の人柄を言えるのだと、彼は持前の常人離れした嗅覚で窺うことはでき。
「けど炭治郎の嗅覚の通り、根は優しい兄弟子ではあるよ、それを上手く相手に伝えられない言葉足らずなだけで………」
この朱音の言葉からも、先の言葉こそきつめな言い方だったが、姉弟子なりに彼を案じ、敬意を抱いているのだと読み取れた。
「君が継子になって間もない頃……偶々君達の村から一山分、北にある宿場町で起きた鬼の事件の時もそうだったな」
と、朱音は今からおよそ半年前にあった出来事を話し始めた。
約半年前。
その夜の朱音は、木造家屋が立ち並ぶ住宅地街、この区域にて夜に女性を襲っている鬼の討伐に当っていた。
事前の聞き込み含めた調査から、鬼は特定の香水を使っている女性を喰う習性があると見抜き、敢えてその香水を自身に掛けて囮となって深夜を徘徊していれば、案の定、標的の鬼が釣られて現れ。
〝大地の呼吸――波紋突〟
水の呼吸――〝どんな事態にも心に水面を浮かべ、水鏡の如く対応すべし〟――の精神でいつでも戦闘に移れる様、待ち構えていた朱音は、即座に日輪刀を抜き、先手の刺突を鬼の首へ貫き、そのまま横一回転からの遠心力を相乗したニノ太刀で首を横合いに斬り。
〝大地の呼吸――旋斬光・槌ノ舞〟
さらに切っ先を赤熱化させ、光輪状の孤を描く唐竹の一閃を斬り込んだ。
斬られた悲鳴すら上げられずに四分割に両断され、熱せられた切断面より灰化して散り行く相手を前に、朱音は鬼の聴覚でも聞き取るのが困難なほどに静音とした残心の呼吸を吐き、納刀したところへ。
「伝令だ朱音」
家屋の一角の屋根に鎹鴉(あいぼう)の宗徳が降りたつ。
「次はどこ?」
「秩父の〝贄川宿〟、最近その町を拠点とする猟師たちが鬼の被害を受けたそうだ、町人らからは〝穴持たず〟の仕業と思われている」
余談だが、この隊士の伝令係鎹鴉も人ならぬ鴉によって性別だけでなく性格も多種多様で個性豊かなのだが、人間並みに流暢に人語を取り扱える個体はそれ程多くない。
宗徳はそんな数少ない鎹鴉の一羽であり、朱音にとって彼の表現力の高さは次の任務内容を正確に把握するのに重宝しており、自身の翡翠色の瞳が由来の〝翠柱〟の称号を得たとは言え、まだまだ隊士の最高位たる〝柱〟としては新参者な自分に彼を宛がってくれた鬼殺隊の最高管理者である〝お館様〟には、この点に於いても感謝の念を抱いている。
「〝人喰い熊ってやつ〟か……了解」
伝令を受けた朱音は〝全集中の呼吸・常中〟で強化された脚力と跳躍力を以て、常人の視力では消えたと錯覚させる速さでその場を後にした。
翌日、埼玉県の北西部に位置する秩父の地において、江戸の世より伊弉諾尊(いざなみのみこと)が祀られている三峯神社への詣を目的とした参拝者たちや甲州と往還する商人たちによって栄えた宿場町にしてかかしの里でもある――贄川宿に昼頃には到着した朱音は、この地の名物が食べられる飲食店に早速入った。
「いらっしゃい、ご注文は何にします?」
「猪みそ丼、温そばと、冬野菜の天ぷら」
「あいよ!」
板前の席に腰かけた朱音は、壁に掛かったお品書きの中から注文を取ると、料理ができるまでの間の暇つぶしに、英国式の旅行鞄から文庫本一冊を取り出す、名のある歌人が生み出した短歌の数々が記された歌集である。
しばし一句一句をじっくり読みながら、五七五七七の文字数に描かれた情景を思い浮かべていると。
「はい猪みそ丼に温そばと冬野菜の天ぷら盛り合わせだよ!」
「ありがとうございます――いただきま~す♪」
机上に置かれた料理を食し始める。
味噌漬けされて炭火焼された肉汁たっぷりな猪肉とたれが沁み込んだ白飯との相性は抜群であり、噛み応えが丁度良いつゆが絡んだ蕎麦は程よく口の中に溜まった脂と味噌を流しすっきりさせてくれて、天ぷらの方もさくさくと揚がって噛み応えたっぷりの美味しさ。
その気になれば広大な敷地面積を誇る屋敷も希望すれば与えてもらえる特権を持っていながら、任務以外は風の向くまま気の向くままの旅暮らしを朱音がしているのは、行く先々での絶品を味わいたいと言う美食家としての一面もあった。
「お客さん、ここらじゃ見かけん顔だが、旅行かい?」
「そんなところです、三峯神社を参拝してみようと思いまして」
「そうか、けど不味い時に来ちまったな……」
「何かあったのですが?」
例の〝人喰い熊〟のことだろうと見抜いた朱音は、初耳の振りをして。
「今この町の近くの山には、人の肉を喰って味をしめた熊がうろついてるのさ」
地元住民でもある店の主から、改めて事情を聞き出した。
先日にはこの町のマタギ――集団で狩猟を行う猟師たちが住まう集落にまで〝人喰い熊〟が降りて来て、狩人たちを惨殺して食い散らかしただけでなく、火事も引き起こしたらしい。
「(マタギの集落が襲われたとなると………鬼にされたのは猟師の一人か)」
食後の緑茶の苦味をじっくり味わいつつ、朱音は店主から聞いた情報を下に推理を取りまとめる。
もし朱音の推理通りなら、鬼はマタギの狩り場に潜伏している可能性が高く、生き残った猟師たちは〝人喰い熊〟を仕留めようとそこへ乗り出す筈……となると雪上でも足音を消せる水の呼吸の歩法で上手く気配を消し、彼らの後を追って範囲を絞った後、隠の技術班が開発した抗凝固剤と、鬼の嗅覚にのみ敏感に反応する匂いを強める特殊な液体を混ぜた人間の血液が入った瓶を使って誘い出すのが手か。
「ごちそうさまでした」
「まいど、気をつけるんだぞ」
「はい」
料金を払い、店を後にした朱音は、まず猟師たちを探すことにした。
幸いにも、この町のマタギたちはすぐに見つけられた。
往来のど真ん中で、何やら揉めているところを鉢合わせたのだ。
〝興味ないね〟と言わんばかりに無関心を装って口論中の猟師たちを横切ると、朱音はすぐ近くの角へ自然な足取りで曲がって隠れ、自らの気配を消し全集中の呼吸・常中の応用で聴覚を強化しつつ、懐からメモ帳と万年筆を取り出して彼らの会話に聞き耳を立て始めた。
「八重!またお前一人で山に入りやがったな!?」
「一人じゃねえ!アタシにはタロがおる!」
「言うてもタロは犬じゃろうが!」
メモ帳に今回の任務に関する情報を記載しながら、朱音はさっき昼食を取った飲食店の店主から聞いた話と照らし合わせる。
怒れる犬の様に切羽詰まって同業者からの忠告に耳を貸さぬ少女――八重は、犠牲になった猟師の一人の遺族で、肉親の仇を見つけ出そうと一人(と相棒の猟犬一匹)で、まだ雪が分厚く残る狩り場の山中へ仇討ちに行っているマタギで間違いないだろう。
本来女性はマタギになることはできないのだが、その辺の事情はさて置き……このままだと、八重はまた鬼が隠れ潜む雪山へ無謀に足を踏み入れてしまう。
鬼本体を探す前に、まずは彼女をどうにか引き留めるのが先決だが、どうするか?
何か手はないかと思案しようとして、聴覚は八重の声から違和感を覚えた……角を出て、彼女とマタギたちの様子を目にすると、見れば八重の額は不自然に汗が流れ、見るからに顔色も悪く、ふらつく脚を同業者たちに悟られまいと必死に踏ん張り、猟銃を肩に担いでいるだけでも無理をしているのは明らか、その内熱が悪化して倒れるのは時間の問題。
「(毎日雪山に入って、家族の仇を探していたツケが回ったか)」
けどこれ以上マタギでは狩りようがない鬼が潜む雪山(かりば)に行かせたくない朱音からすれば好都合、さらなる幸運としてマタギたちが口論している往来の近くには薬屋もあった。
これで上手いこと彼らの会話に入り込んで八重を説得できればと、踏み出そうとしたその時――。
「人の銃(シロビシ)に触るんじゃねえッ!!」
隊士にとっての日輪刀に当る、彼女の大事な猟銃を無断で、相手の逆鱗ごと触れた輩がいた。
「あっ……」
そんな無礼者を見た朱音は、溜息を零して頭を抱える。
朱音からすればどこの土地に行っても目立つ鬼殺隊の隊服な詰襟の上に半々羽織を着こみ、大正の世の宿場町のど真ん中で堂々と日輪刀(かたな)を腰に帯刀している……世を忍んで〝災い〟を斬る剣士とは思えぬ風体をした、面持ちは端整だが愛想の欠片も感じられなさそうな雰囲気を纏う青年。
「お前が八重か……〝鬼殺隊〟冨岡義勇だ」
朱音の兄弟子でもある隊士――義勇は、もうじき春でもまだ寒さの残る冷たい大気より冷然としたすまし顔のまま、もはやバカ正直が過ぎる域で堂々と……鬼、そして鬼殺隊の名を口にし。
「あの唐変木が……バカたれ」
二度目の溜息を吐いた朱音は、兄弟子の蛮行に対し、今日も皮肉と辛辣たっぷりにぼやきを呟く。
「鬼だ? 俺たちの仲間を襲ったのは熊だぞ」
「何言ってんだこいつ?」
当然、人喰い熊――〝穴持たず〟の仕業だと思っているマタギたちから疑問符が上がる上。
「………っ?」
同業者たちからの忠告に一切耳を貸さず、犬歯を剥き出しに吠える狼染みて激情を露わにしていた八重も、戸惑いで一転頭が強制的に冷やされて絶句している中。
「あの……警察の方ですか?」
「違います、先程も申しましたが鬼殺隊のものです」
「き、きさつ? 政府のお役人さんですか?」
「いえ、鬼殺隊は〝政府非公認の組織〟です」
兄弟子の問題行動を前に、朱音の頭は悩ましさで頭痛が起き掛けていた。
「(だからもう………おい~おいおいおいおいおいおいおいぃぃぃ~~~……非公認であることまで言うとかバカなの? 骨の髄まで大バカなの!?)」
顔は無論、身体全体を《全集中の呼吸・常中》状態含めどうにか平静を維持させていた朱音だが、内心は思いっきり叫び出したい衝動(きぶん)に苛まれており。
「師匠(せんせい)からもちゃんと組織のことを不用意に民間人の前で口にするな、日輪刀(かたな)を見せびらかすなと口酸っぱく言われてた筈だよね!? なのに自分の首を自覚無しに絞めまくっているとか本気!?正気!? と言うか死ぬ気ッ!? 本当その体たらくで何年も世を忍んでの鬼退治に〝柱〟を務められているのが不思議でならないんですけどッ!?)」
とまあこんな具合に胸中で歯切れよく機関銃の連射ばりの曲調(テンポ)で突っ込まずにはいられないでいる朱音は、時に気にいった年下の相手には揶揄ったりする一面こそあっても、基本的に他者に毒を吐いたり貶したり内心零したりしないのだが………例外の一人として、この口下手な上に剣術以外の要領も不器用が過ぎる義勇(あにでし)には毒舌になってしまう。
その兄弟子当人の、組織の規律にも抵触しまくっている問題行動の数々を踏まえれば、罵倒の言葉がすらすらと思い浮かんでくるのも、無理からぬ話だった。
特に鬼殺隊は〝政府非公認〟だと明かすと言うのは、喩えるなら自分たちは〝ヤクザ〟の一員か………下手すると幕末以前の時代では〝私達は朝敵(みかどのてき)〟ですと公言するくらいの暴挙に等しい。
おまけに――。
「じゃあ、その腰に差している刀(もの)は……」
鬼を討伐する時と、手入れする時を除き、公衆の面前では常に仕事道具(にちりんとう)は竹刀袋に入れている朱音と違い、義勇は己が日輪刀(えもの)を廃刀令下の公の場で隠しもせず帯刀しており、鞘に納まっている程度では気休めにもならない。
当然今警官にこの状況を見られてしまったら職務質問、最悪の場合はその場で逮捕不可避だ。
「………」
「いやいやちょっと!」
自らそんな不味い事態を引き起こす義勇本人は、差していた刀を地面に置くもそれで言い訳が立つわけもなく。
「鬼殺隊、冨岡義勇です」
「ダメだこいつ……話、通じねえ」
「警官呼んだ方がいいかもな……」
まともに受け答えできない有様で、己が口下手をこれでもかと吹き散らしまくっており、八重含めたマタギたちと妹弟子の朱音を大いに困らせていた。
「はっ!思い出したぞ! 前に雲取山で炭焼き一家が殺された事件があっただろ?」
「あったあった……そんで近くにあんな半々羽織着て刀差してた不審者が目撃されてたって」
「ああっ!どうりで見るからに怪しい顔と格好してると思ったっ!」
「っ……!」
義勇は無愛想なおすまし顔を貫いていたが……一応左近次の弟子同士にして隊士同士、それなりに付き合いの長い朱音の目からは、あの兄弟子が内心では不審者扱いされて〝傷心中〟であると見抜いており。
「(悪いけど兄弟子様、それで〝自分は不審者と思われてない〟とかどうかしてるよ……やれやれ)」
心中でさらに兄弟子の蛮行を咎めており、その様相は兄への反抗期真っ只中なお歳頃の妹そのもの同然な朱音は、剣の腕以外は口下手にして要領下手の不器用な兄弟子で、拗れてややこしくなったこの状況をどうするか悩んでいたところで……彼女の聴覚は、八重の息が一層荒れてきている――体調が悪化しているのを聞き捉え、咄嗟に駆け出す。
「八重!」
「大丈夫か!?」
朱音の推理と直感通り、毎日雪山へ足を運んでいた八重は風邪を患っており、ここに来てついに立つこともままならない程の熱で仰向けに倒れかけたところを受け止めた。
「き、君は?」
「通りすがりの旅行客ですよ、酷い熱ですね……あ、あそこの薬屋で休ませます、ほらそこの剣士さんもぼーっとしてないで手伝って!」
「おいちょっと!」
「もしもの場合は私がこの人を警察に突き出しますから、マタギの皆さんは遠慮せずに〝穴持たず〟の退治へどうぞ行って下さい!」
朱音は八重を肩に担ぎつつ、義勇の羽織の後ろ襟を隊士服ごと鷲掴んで引っ張り出し、大きく〝薬〟と記された看板が掲げられたお店の方へ、これ以上事態がややこしくなる前にさっさと歩き出しつつ。
「でもくれぐれも夜中には出歩かないで下さいね!」
マタギたちへの忠告も忘れずに送っておいた。
鬼が陽光に弱い以上、昼間にいくら探しても見つかることはないが、同時にマタギたちがその間に狙われ、餌にされて残虐に喰い尽されることはない。
それに今夜中には……〝穴持たず〟扱いされている鬼を確実に退治し、これ以上の犠牲者は出させないと朱音は心に決めていた。
「朱音、離してくれ……」
「義勇は黙ってて、さっきみたいな体たらくだから、私が肩代わり役で今回の〝合同任務〟に呼ばれたんだ!」
朱音専属の鎹鴉(あいぼう)の宗徳からの伝令では、仕事内容しか聞かされなかったが……わざわざ柱二人に十二鬼月でもない鬼の討伐指令が送られたのは、義勇の〝舌足らず〟と言う懸念材料を踏まえた〝お館様〟の措置であると、彼女は確信を持っていた。
何せ――。
「木偶の棒な我が兄弟子様は知らないかもしれないけど……〝半々羽織を着て帯刀してる不審者〟の噂、あちこちで耳にしてるんだから」
「なっ!?」
隊士としての任務以外は旅人の身の朱音は、あちこちの地で正体は義勇と思われる不審人物の噂話を耳にしてきたからであり、一応宗徳を通じて鬼殺隊本部に何度も報告していたからだ。
「すみません! このマタギさん熱にうなされてまして、容態を見てもらえますか!?」
世話が焼ける兄弟子な義勇に有無を言わせぬまま、朱音は薬屋へと入店していった。
「彼女の具合はどうですか?」
「風邪が完治するまで暫く安静が必要ですが、大事には至っておりませんよ、滋養に効くお薬も調合しておきますね」
「ありがとうございます」
幸い、薬屋の女主人は八重と知人の仲だったので、朱音の頼みを気前よく受け、彼女を店の奥の座敷にて敷いた布団に眠らせ。
「むしろ感謝したいのは私の方です、ここ数日八重ちゃんは昼夜問わず、買い出しに里に下りてくる以外はずっと山に入り浸って仇を探していたものですから、心配していたのですよ」
「マタギは獲物を狩る為に、何日も山に籠るそうですからね………」
朱音は先程と比べれば少し顔色が良くなって床に就いている八重を眺めながら、雪と寒風が吹き荒れる山中を〝彷徨う〟彼女の姿を思い浮かべていた。
「押しつけがましいのは承知しているのですが……後で台所を使わせてもらっても宜しいでしょうか? 碌に飲み食いもしていなかった様なので、料理の一つや二つ振る舞ってあげようと思いまして」
「おやまあ……私は構いませんが、そこまで……」
「〝困った時はお互いさま〟と言うやつですよ、食材の買い出しのついでに、三峯神社へ回復の祈願もしてまいります」
姿勢正しく正座していた朱音は立ち上がり、表玄関まで足を進めると。
「すっかり警戒されてるね……」
「違う……こ、これは……そう、遊んでいるだけだ」
八重の猟犬――タロが唸り声を上げ、警戒心と一緒に犬歯を剥き出しに義勇へくってかかっていた。義勇本人はあくまで〝じゃれ合っている〟だけと弁解しているが、てんで説得力がない。
「ほらタロくん、見るからに怪しいお兄さんなのは分かるけど落ち着いて」
「く~ん♪」
しかし朱音に対しては飼い主を助けてくれたことへの恩義もあってか一転大人しくなり、人懐っこい鳴き声を上げて気前よく彼女から下顎や背中を撫でられ、気持ちよさそうに尻尾を振り上機嫌となっていた。
「………」
「〝なぜだ?〟って顔してるけど、日頃の行いの差だよ、愛想のないぶきっちょうな兄弟子様」
相変わらず傍からは無表情な義勇だったが、タロの自分と妹弟子(あやね)に対する態度の違いに解せない気持ちを胸中に抱いているのを、皮肉を零す彼女の翡翠の瞳はばっちり見えており。
「そうだ、私が戻ってくるまでこのお兄さんを見張っててくれないかな? 怪我さえさせなければ遠慮せず噛みついても良いから」
にこやかに朱音はタロにこう少々物騒なお願いをすると、タロは気前よく頷いて応じた。
「おい待て朱音、これは俺の任務でも――」
「もう……柱で初の逮捕者なんてシャレにならない大ポカやらかしかけて、どの口で言ってるんだか」
義勇の反論をジト目を突きつけて一蹴。
「お、俺は――」
「いくら〝柱じゃない〟と自虐しても、義勇は水柱で愛刀の刃にはちゃんと〝悪鬼滅殺〟と刻まれているんだからね」
呆れている朱音が助け船を出してくれなければ、聞き込みも満足にできない不器用具合の……剣腕だけは卓越しているこのポンコツな義勇(あにでし)は間違いなくあのまま不審者扱いされて地元の警察にお縄を頂戴されていたのが、彼女には容易に想像できていた。
ちなみにまた余談だが――《柱》に選ばれた隊士の日輪刀の刃元には《悪鬼滅殺》と書き込まれているが、翠柱(すいばしら)の称号を持つ朱音の紅緋拵の愛刀は、本人の希望により柄で覆われた茎に銘を切る形で前述の四文字を刻み込んでもらっていた。
「義勇は標的と対峙するまでじっとしてて……手間が二度どころか何度何重も掛かるから」
実際に討伐対象の鬼を見つけて日輪刀を振るうその時までは〝何もするな〟と義勇に釘を刺しておいた朱音は――。
「ちょっとごめんねタロくん」
懐から香水瓶に入った特殊な液体を〝対策〟としてタロに吹きかけ、一度薬屋を後にした。
朱音は八重に振る舞う料理の材料の買い出しの前に、薬屋の主人に言った通りこの宿場町の名所でもある三峯神社に向かい、閑静とした境内のお社の前で、残された孤独なマタギの少女の今後に少しでも幸があるようにと、お参りをしていると。
「待たせたな」
情報収集に飛び回っていた鎹鴉の宗徳が境内にそびえる木々の一つの枝に降り立った。
「〝現場〟の方はどうだった?」
「全焼以外の何ものでもなかったな……雪に被られた骨組みが幾つか残っているだけで、手がかりになりそうなものは見つけられなかった」
「そう……」
宗徳が見に行った〝穴持たず〟の犯行現場の家屋は火災で見る影も無かった一方、何の収穫も無かったわけでもなく。
「ただ、当日に偶然現場に居合わせた烏(どうほう)たちがいてな、彼らから色々と聞いてきたぞ」
「でかした――だね」
宗徳は野生の同族たちへの聞き込みで、ちゃっかり〝穴持たず〟に関する重要な情報を入手しており、朱音は宗徳のお手柄を大いに讃える。
朱音の鬼退治の仕事の手際の良さは、こうした頼りになる鎹鴉(あいぼう)との連携も相まってのものだった。
「それで、証言の内容は?」
「大体、朱音のご推察の通りと言うべきか……」
周囲に人がいないか確認し直し、宗徳から今回の鬼の事件に関する重要な〝情報〟を聞いた朱音は――。
「八重(かのじょ)もある意味で……〝穴持たず〟と言うわけか」
と、囁くのだった。
後編に続く。
ここで大正ヒソヒソ話。
後のカレールウである『即席カレー粉』が発売されたのは1913年、つまり丁度鬼滅本編とぴったり重なるんですよね。
これは使わぬ手は無いと言うことで(*'▽')