もしも《草凪朱音―平成ガメラ転生体》が鬼殺隊士だったら   作:フォレス・ノースウッド

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『穴持たず編』の後編。
こちらでも前回出したものから加筆修正しております。

『安定の冨岡エンド』は変わりませんが(コラ



伍:穴持たず 後編~言伝~

 埼玉県北西の秩父の贄川宿の往来の真ん中、朱音と義勇の前で〝穴持たず〟の被害者の遺族であるマタギの少女――八重が熱で倒れてから、およそ半日ほど過ぎた夜。

 

「よし、できた」

 

 彼女の介抱をさせてもらった薬屋の台所をお借りしている朱音は、土鍋で卵と鮭と野菜らを具に炊き上げたお粥が出来上がったのを確認し、予めお盆の上に用意しておいた丼に移して蓋をし、お湯の入った急須と、薬屋の主人が煎じた薬の粉が入った湯呑を乗せて、八重の眠る居間へと向かうと。

 

「おっ父……どうして……私も」

「………」

 

 眠る八重の口から零れる寝言、その〝意味〟をこの半日の間に行った調査で大体把握している朱音は、目元を切なくさせながらもそっと座卓に置くと。

 

「っ……あんた、誰? って……ここは」

 

 丁度八重が、悲痛な寝言を上げていた〝悪夢(ねむり)から目覚めた。

 

「私は草凪朱音、お節介な通りすがりの旅人ですよ、貴方が熱で倒れたところを通りがかり、ここの薬屋さんにお連れしたんです」

 

 急須のお湯を薬の粉が入った湯呑みに注ぎつつ。

 

「そっか……とんだ迷惑を掛けたわね」

「気にしないで、世話焼きは得意な方ですから、これは薬屋の主人が煎じてくれたお薬で」

「おうっ……」

 

 まず湯呑みを手渡し、それを八重が口に付けると、薬の苦味で顔をしかめた彼女のお腹が突然鳴った。

 

「悪い……こんなはしたない音出して」

「そろそろ腹の虫も鳴ると思って、お粥も作っておきました」

 

 朱音は丼の蓋を開けてと、内部で充満していたお粥の湯気が立ち昇る。

 

「何から何まで、すまないな……」

「言ったでしょう? 世話焼きは得意だって」

「じゃあ………いただきます」

 

 八重はレンゲでお粥を掬い、何度か息を吹きかけ熱を下げて口に入れると。

 

「美味しい、これなら薬湯も飲み切れそう」

「お口に合った様で何より」

 

 二人の口元が自然と綻んだ直後――。

 

「ぐるぅぅ~~」

「え?タロ?」

 

 隣の部屋より、聞いているだけで犬歯を剥き出しにしていると分かる犬の唸り声が響いてきて。

 

「おいタロ!やめなって!」

 

 そこでは義勇が、性懲りもなく自身を警戒して唸るのを止めない八重の愛犬(りょうけん)のタロを触ろうとして手を噛みつかれ、薬屋の主人がおどおどしている光景が起きていた。

 

「ごめんね、いつもは人懐っこいのに――って、お前さっきの……」

 

 急いで猟犬(あいけん)の機嫌を宥める八重は、義勇が熱で倒れる前に他のマタギと口論していた自身の前に現れた、見た目も言動も怪しさばかりの〝不審者〟当人であることに気がつく。

 

「こいつアンタの知り合い?」

「こんな無愛想で話の通じぬ怪しさ全開な唐変木の不審者は私の知人の中に存在しておりません!存じませんッ――と言うか知らんッ!」

「ええっ!?」

「っ!?」

 

 と、八重からの質問にそう声を張って豪語した朱音だったが、さすがに妹弟子に知らない人扱いされたことで、傍からは余り生気を感じさせない光沢を発さぬ濁った瞳を大きく開いて少し落ち込み気味な兄弟子の様子から。

 

「と、言いたいところですが……一応知り合いです」

 

 そう付け加え、朱音自身も言った様に〝一応〟……訂正。

 

「彼とは同じ剣術の流派の門下生、まあ兄弟子ってやつですよ」

「その兄弟子とやらなアイツに、相当苦労してそう……」

「察しが良いですね、全く以てその通りです、さっきも仕事の手間を、二度どころか何度も増やされましたし」

「アタシからも、心中お察しするわ」

 

 ―――するも、八重が共感を示してくるくらい、今日だけでも隊士として問題行動を起こしまくった義勇(あにでし)であることは、言い逃れできぬ事実だった。

 

「色々私達のことで気になるでしょうが、まずはお粥が冷めない内に」

「そうだね……折角こんな美味しいのを作ってもらったから、ちゃんと食べ切らないとバチ当たりだ」

 

 朱音の持前の調理技術による、噛み易いが柔らかすぎない炊き具合と出汁と具材が絶妙に絡まった粥の美味の後押しもあるとは言え、風邪の熱で寝込んでいたとは思えぬ食欲で一口一口をしっかり味わう八重は――。

 

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」

 

 お粥を食べ終えると共に、薬湯も飲み切った。

 

「お互い質問したいことが幾つかありますが、お先に八重さんからどうぞ」

「分かった……それじゃあ、昼の時の義勇(あいつ)が言ってたことなんだけどさ……〝鬼に襲われた〟だとか……〝きさつたい〟がどうのとか……あれはどういう?」

 

 朱音の言葉に甘えて八重は、一般人からすれば良くて意味が分からない、悪く言えば〝気でも狂ったか?〟と思われかねない義勇の発言の内容を、彼女に投げかける。

 

「掻い摘んで言うと、私もこの冨岡義勇も、ある種の〝狩人〟なんですよ」

「まさか……それが〝鬼〟とやらだって言うのかい?」

「ええ、かれこれ約千年前の平安の世から、日本(このくに)の人々の生命を脅かし、人生を狂わせてきた災厄――〝人喰い鬼〟」

 

 八重は〝千年〟と言う人間一人の儚き一生からすれば果てしない時の流れ含めた……朱音の発言に驚愕を隠しきれなかった。

 

「信じられないのは無理ありません、特に文明が飛躍的に進んだ今の時世では尚のこと……ですが実在するのですよ………不条理を齎す人の常識を超えた怪物たちがね」

 

 朱音は鬼の――

 人肉を好物とし。

 手足が両断されようが、胴体に風穴が開こうが、脳天を貫かれようが、瞬時に再生してしまう生命力。

 どの鬼も人智を超えた身体能力を有し、中には妖術とも呼べる特殊な能力を発現する強力な個体も現れることがあり。

 一方で太陽の光に弱く、一度浴びれば瞬く間に肉片の一欠けらも残らず灰化して、死してしまう。

 ――等々の大まかな生態を説明し。

 

「そんな鬼たちを戦う術と武器を身に着け、本来は世を忍び、人知れず鬼を狩る者たち―――それが鬼殺隊、こちらも千年近い歴史がありますが、先程義勇が貴方がたマタギに申した通り……立場ではヤクザも同然の、政府非公認の組織です」

 

 少々皮肉を込みに、自分たちはその鬼たち専門の〝狩人〟であることを明かす。

 この大正の世に於いて、鬼殺隊が未だ政府非公認の体であることを良しとしていない見解を朱音は有していた。

 

「そして――」

 

 竹刀袋から、鮮やかな紅緋色に染められた鍔の付いていない合口拵の刀を朱音は八重に見せる。

 

「陽の光以外の方法で鬼を狩れる武器にして、マタギで言う猟銃に当るのが、特殊な工程で作られたこの刀――日輪刀」

 

 火花散らして燃え上がる炎、もしくは煌びやかに咲き誇る八重桜の如き重花丁子の刃文が彩る漆黒の刀身の刃元部分を露わにした。

 

「綺麗……」

 

 思わず八重がそう呟く程の、芸術的な刃文だった。

 

「しかしこれを以てしても、鬼の頸(くび)を直接斬り落とさなければ……確実に殲滅することはできません」

 

 と、言い切った朱音は、愛刀の刃を鞘に納め直した。

 

「じゃあ、その刀を使って……鬼は……〝皆殺し〟?」

「そこまで鬼と同じ穴の狢に落ちぶれてはいませんよ」

 

 とは言ったものの、朱音は鬼殺隊の一員にして幹部級の身でありながら、先の皮肉の通り日本政府非公認である自らが属する組織を〝ミイラ取りがミイラ〟になりかねない危うさも抱えている――と認識している。

 事実鬼殺隊に入隊する人間の多くは、一部の例外を除き鬼に人生を狂わされた者ばかりであり、朱音も義勇も決して例外ではない。

 

「言うなればマタギ含めた猟師が、人間社会へ不用意に近づき過ぎた獣をやむを得ず駆除する要領で、私たちは鬼退治に日頃勤しんでいる身です………」

 

 ただし……二人とも〝鬼〟への怨恨は少なからずあれど、その暗い激情を原動力にして鬼を狩っているわけではない……むしろ鬼が齎す〝悲劇〟を少しでも食い止める為に、日輪刀を振るう剣士であれと、師の鱗滝左近次から剣術剣技とともに伝授された水の呼吸の精神をも以て、己を律している方だ。

 

「ここまでの説明で他に質問は?」

「っ………その鬼の狩人なアンタたちが、この町に来たわけは?」

「例のマタギ殺しの人喰い熊の正体が、鬼の仕業かもしれない情報があったので、まずは調査に、その一環で………八重さんには聞きづらい質問をするですが……」

「構わないよ、アタシの家族らがどんな殺され方をしたか……」

 

 今度は朱音からの質問に応じる形で、八重は燃え盛る自身の生家で〝見た〟……自身の家族とその仲間のマタギたちが〝穴持たず〟によって無惨に食い殺された様子を、朱音と、朱音の忠言で聞き手に徹している義勇に話す。

 

「確かに〝鬼〟みたいに凶暴な面だったけど……あれはどう見ても冬ごもりの空腹に耐えきれなくなった熊だった」

「八重さんの言う通り……本当に人喰い熊の仕業なら、それを狩るのはマタギの仕事ですね」

 

 朱音は八重の証言には〝嘘〟が混じっていることを、この半日の間、鎹鴉(あいぼう)の宗徳と行っていた調査で看破していた………特に宗徳が野生の同族たちから聞いた証言が決定打となり、マタギたちを惨殺したのは紛れもなく鬼の仕業であると言うことも。

 だが朱音は……いやむしろだからこそ、敢えて八重がついている〝嘘〟について言及せずにいた。

 

「朱音さん、アンタが話の分かる人で助かるよ」

「ですがタロくんも連れていく以上、念の為首輪の縄は離さない様に」

「そうしとく、熊でも人肉に味をしめた危険な相手なのは確かだしな、それでも……これはマタギのアタシがやる仕事……仇は自分と、この猟銃(シロビレ)で取るさ」

 

 朱音からのささやかな忠告を受け取って八重はそう言い切ると、マタギ服を纏い、背に自身の得物(りょうじょう)を担ぎ。

 

「色々と迷惑をかけたね、ありがとう――行くよタロ」

 

 朱音にお礼を述べながらも………再び〝穴持たず〟が徘徊する雪山へと、向かおうとした。

 

「待て」

 

 ところへ、義勇が扉の前に立ち塞がる形で八重を呼び止め。

 

「夜は出歩かない方がいい……」

 

 無愛想で不器用な義勇なりに、八重に忠告を送る。

 

「アンタたちの鬼(えもの)はここにはいない、マタギが狩りに出るのがそんなに悪いか?」

「仇討ちにしても、なぜそこまで一人に固執して山に入り浸る? 複数人で行うのがマタギの〝狩り方〟ではないのか? 猟犬を連れているとなれば尚更だ」

「………」

 

 八重は口を固く結んでいたが、義勇の質問の通り、マタギの狩猟は基本的に複数の人数で集まり、猟犬、各人がそれぞれ役割分担をして行う〝巻き狩〟が定石。

 中には少人数もしくは単独(ひとり)によって行われる〝シノビ猟〟もあるにはあるが、この狩りの際は猟犬すらも連れず、自分の感覚と経験だけを頼りに、山中を忍んで進み、獲物を探して狩る難度の高いやり方。

 どちらにしても、八重はマタギとしての〝狩猟〟のやり方を逸脱している。

 

「何か隠していることがあるのではないのか?」

「しつこいな! いいからそこをどけよ!」

 

 質問を跳ね除けられた義勇は、渋々と扉の前から身を引くも。

 

「少なくとも………〝元に戻れた人間〟を、俺も朱音も見たことは……ない」

 

 彼なりの忠言(じょげん)をもう少々添えて……伝えられた八重は、黙してそのまま猟犬(あいけん)を連れて、夜天が雪を降らせる雲で覆われた闇夜の中、再び雪山へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 八重が出てってから少し間を置き、朱音は書生服の上に仕事着の紅緋色の羽織を着こみ、腰に同色の鍔無し合口拵な日輪刀(しごとどうぐ)を差して外に出、往来に降り積もる雪上にできた八重と猟犬(タロ)の足跡を辿って進み出す。

 

「なぜ彼女を止めなかった?」

 

 彼女を追って並び歩く形で義勇は、八重を引き留める素振りを一切見せなかった妹弟子に問う。

 

「お前の腕なら、とうに〝真相〟を掴んでいた筈だ」

「図星を刺されると余計人って意固地になるものだし……そう言う人間ほど〝進むな〟と咎められた道を進まずにはいられなくなる………義勇も〝心当たり〟は幾つもあるでしょ?」

 

 朱音は横目に義勇の〝着負う〟半々羽織と、日輪刀の鍔に視線を送って応える。

 

「むっ………」

 

 事実、義勇の忠告で八重は一層〝意固地〟になった為、朱音の返しに元より話下手で、彼女の言う通り〝心当たり〟を少なからず抱えている義勇の口から返す言葉が出てこなくなった。

 

「今の八重さんもまた〝穴持たず〟………酷なことだと分かってるけど、彼女に真実を見せる前に狩ったら………生涯雪山を彷徨う獣のままだ」

 

〝穴持たず〟――冬を通り越す巣を見つけられず、冬ごもりし損ねた熊。

 帰る居場所も、共に生きる家族も喪い、冷酷な寒さで支配された白銀の雪山を彷徨い続ける哀れな獣――八重と言う少女はそんな、雪で巧妙に隠された底なしの谷に落ちかけているのを、朱音とてとうに感づいている。

 無論、このまま彼女を〝穴持たず〟呪いを抱えたままにさせる気は毛頭ない朱音は、八重たちの足跡と、昼の時に猟犬(タロ)に吹きかけておいた――鬼の嗅覚から人間の匂いがかぎ取り難くなる特殊な効能を有する隠の技術班特製の香水(犬や猫などの人とよく触れ合う動物に付着した人間の匂いを消しつつ長時間付かなくさせる逸品)――の香りを辿って義勇とともに《全集中・常中》による縮地の域に入った脚力で闇夜を疾駆し、八重の家族が狩り場としていた雪山の地帯へと足を踏み入れると。

 

「朱音、義勇」

 

 朱音の鎹鴉の宗徳が、森を構成する木々の枝の一つに降り立った。

 

「現れたか?」

「ああ、今本物の〝人喰い熊〟と殺し合っている最中だ、奴の腹の中に残っている人肉目当てにな」

「何?」

 

 宗徳からの新たな情報に、義勇の鉄面皮な顔が僅かながら驚きの表情を作らせる。

 

「人を喰う〝穴持たず〟は、二体いたと言うことか……」

 

 八重が猟犬の嗅覚を頼りに、お互いに染みついた〝人の血〟に釣られ合い喰い合う穴持たずたちと鉢合わせるのも……時間の問題。

 

「急ごう!」

 

 朱音と義勇は、再び縮地の脚力で駆け出し、人肉への飢餓衝動に苛まれたケダモノたちが彷徨する現場へと急行する。

 全集中で鋭敏になった五感の内――嗅覚は向かい風に吹かれてきた獣の濃厚な血の匂いと猟銃の火薬の匂いに特殊香水の香りを、聴覚の方は八重とタロの震えた息遣いと鬼の荒れた吐息に咀嚼音を捉え。

 そして視覚で八重の姿を発見した朱音は跳躍で一気に距離を詰めて、彼女らの傍らに降り立ち。

 

「待て」

「っ!」

 

 猟銃を構え撃とうとしていた八重を、すんでのところで制止する。

 

「向かい風と食事に夢中で奴はまだ君たちに感づいていないが、今銃弾を放てばタロごと食い殺されるぞ」

「っ………」

 

 宗徳からの情報の通り――〝穴持たず〟は二体いた。

 一体は、人喰い熊。

 

「おっ父……」

 

 もう一体は八重の悲痛な声音から、角と牙を生やして〝鬼〟へと変わり果て……人間の血肉をたっぷり体内に取り込んでいた熊を殺して貪り食う……彼女の〝父親だった〟異形(おに)だと明らかになった。

 先程朱音たちには火事が起きた自身の生家でマタギたちを喰ったのは熊だと嘘の証言をした八重だったが、宗徳がその日の模様を偶然目撃していた同族の野生の烏たちからの証言は――。

 

〝燃える人間の住処から、鬼が逃げ出した〟

 

 ―――であり、あの日マタギたちを惨殺した犯人は他ならぬ鬼にされた八重の父に他ならなかった。

 

「実態が鬼の仕業なら……これは〝鬼殺隊(わたしたち)の狩り〟だ」

 

 右腕で八重たちを庇い立てながら、朱音は左手で腰の日輪刀に手を掛け、義勇も自身の刀を鞘から抜き、無形の位で鬼へと歩を進めるも。

 

「ま、待って!」

 

 刃元に〝悪鬼滅殺〟と刻まれ、水色の刀身が月光で反射する日輪刀(やいば)を目の当たりにして戦慄した八重は、咄嗟に待ったを掛けてしまう。

 

「何をだ? 分かっているだろう?」

 

 義勇は八重に背を向けたまま。

 

「あれは最早お前の父ではない――〝鬼〟だ」

 

 対峙する相手は〝鬼〟だとはっきり断じ、それを証明するかのように……まだ人だった頃の姿を残す異形が、さらなる変化をし始める。

 鬼の血がマタギの〝習性〟を読み取ったのか……衣を破り切って体躯(ぜんしん)が増加し、細胞が枝分かれするかの如く、頭部から胴体、脚の順で二体に分裂した。

 

「うっ………」

 

 柱の隊士である朱音と義勇からすればこの程度の肉体変化は見慣れたもので眉一つ動かさないでいるが、八重は眼前に現象を前に言葉を失い、寒風で可視化された息が虚しく立ち昇り、全身の震えは止まらず、人からかけ離れていく〝父〟から押し寄せる衝撃で目を離せずにいる中――。

 

「主の傍から離れないでね」

 

 朱音は八重の猟犬(タロ)にそう伝えると、タロは彼女の言葉の意味を汲み取った様に頷いた素振りを見せた。

 

「八重、残酷だけど今の君の父は……〝鬼の血〟に抗えぬまま人喰いを強いられ、人としての尊厳を犯され続ける〝動く死者〟みたいなもの、けど閻魔様が〝自分の意志ではない〟程度で寛大さを見せてくれると思うな」

 

 朱音の言葉が意味するものを察した八重は、寒風以上の冷気を持ったその事実に寒気立つ………このままでは父は〝自分の意志〟とは関係なく、人食いの罪で地獄に落ちると……。

 

「だから――ここで終わらせるッ!」

 

 彼女のこの毅然とした言葉が端を発し、二人の鬼殺剣士は二体の鬼へめがけ疾走。

 まだ二体に枝分かれした鬼たちは独自の自我を得るに至っておらず、各々が本能のまま勝手に朱音と義勇へ、唸り声を上げて突進し出した。

 

 

 

 

 

 義勇が対峙する方は、前腕の血肉から斧状の刃を作り出し投擲。

 対する義勇は日輪刀で防御して弾き、一気に距離を詰め、刃を生やす腕を両断し。

 

「ヒュゥゥゥゥ~~!」

 

《水の呼吸・肆ノ型―――打ち潮》

 

 流派に恥じぬ水流の軌跡を描く連撃で、首ごと鬼の四肢、胴体を切り刻んだ。

 

「………」

 

 刹那、義勇は鬼の口から零れた〝一言〟を耳にした。

 

 

 

 

 一方朱音と対峙する個体は、両腕を大型の熊並みに肥大化し、指先の爪が伸長、その巨腕を彼女に振るおうとするも……居合腰のまま左腕を突き出し、左腕で鞘を引く形で逆手抜刀された神速の斬撃で鬼の片腕を切り上げ――。

 

《大地の呼吸――旋斬光・渦潮》

 

 ――鬼が腕を焼き斬られた痛みを感じる間すら与えない手早さで順手に持ち替え、渦潮状にもう片腕と両脚を焼き切り、そのまま首へ止めの斬撃を繰り出す直前。

 

〝や……え……〟

 

 鬼の貌から、闘気と狂気の気配が〝消えた〟……のを見た朱音は――。

 

《水の呼吸・伍ノ型――》

 

 咄嗟の機転で、鬼に痛みを与えずに斬る……水の呼吸の剣技で以て。

 

「――《干天の慈雨》」

 

 鬼――否、八重の父……又造に介錯の慈悲を贈った瞬間、朱音の翡翠の瞳に安らかな表情を浮かべる彼の顔が映り。

 

〝手は合わせたな、今回は一人で解体してみろ〟

〝うん、分かってる〟

 

 同時に、地球の血脈(マナ)を通じて彼女の脳裏に流れ込んできたのは――。

 

〝――殺したからには生きなきゃ――でしょ? おっ父〟

〝ああ〟

 

 又造の……八重(むすめ)との大事な思い出の一片だった。

 

 

 

 

 

 雪上に崩れ落ちた鬼の肉片たちは、たちまち灰化して……寒風と雪が舞う宙へと飛び散り、消えていくのを見た朱音は納刀し、八重の下へと歩み寄ってしゃがみ込み。

 

「八重さん……」

「なんでおっ父……アタシまで……喰ってくれなかったのかな?」

 

 尻餅を付く八重の独白を黙して聞き、タロも主を気遣う様に彼女の脚へ自分の手(あし)をそっと置く。

 彼女が燃え盛る自身の生家の屋内に入った際、その時は鬼にされたばかりだった又造は、仲間のマタギたちを喰った影響で一時的に僅かながら人間としての自我が蘇ったと同時に、娘から変わり果てた自身の姿を見られたことで逃げ出した――それがこのマタギの家族を襲った惨劇の真相であった。

 朱音はそんな鬼の性質の一つ――鬼の血に支配されて日が浅い鬼は、腹を満たすと人としての自我が一時ながら取り戻す場合がある――ことを伝えるか迷ったが、言わないでおくことにした。

 この事実を伝えたところで………肉親を失ってしまった彼女には、気休めの慰めにすらならない。

 

「八重、お前の〝父〟から言伝がある」

「え?」

 

 そこへ義勇が――。

 

「最後に……〝生きろ〟と言っていた」

 

 ――引導を渡した瞬間に聞いた又造の……八重へ送りたかったかもしれない〝言葉〟を、代わって彼女に届ける。

 

「何よそれ……あんな化け物になっておいて」

「鬼の譫言の意味など、俺には興味ない、だが一応は伝えておいたぞ」

 

 と、八重へ彼女の父の〝遺言〟だったかもしれぬ言伝を送り終えた義勇はその足でこの場から去ろうと歩き出したが、途中で立ち止まり。

 

「朱音……確かに俺たちは〝柱〟だ、忘れずにいておけ」

 

 妹弟子(あやね)に背を向けたままそう言って、走り去っていった。

 

「ふっ………そんな言葉足らずで、よく言うよ、兄弟子(おにいさま)」

 

 今の言葉が兄弟子なりの〝気遣い〟だとすぐに理解できていた朱音は、口では皮肉を発しながらも、感謝の微笑みを浮かべていると、陽の温かさを感じ取る。

 いつの間にか夜は明け、山々の合間から朝陽が顔を出して、周囲を照らし始めていた。

 

「八重さん、今そんな気分じゃないのは承知の上で頼みがあるんだけど……」

「な、なに?」

「熊の解体、手伝ってくれないかな? あのままにしておくと、山の女神さまから罰が当たりそうだから」

「あっ……」

 

 朱音が指差した先には、鬼に身体の一部が食われた亡骸が横たわっており、それを目にした八重は――。

 

「〝殺したからには、生きなきゃ〟か……」

「それって……君の父が?」

 

 マナを通じてみた、又造の走馬灯にもあったその言葉を聞いた朱音は改めて八重に問いかけると。

 

「そうさ、小さい頃のアタシが無理を言って狩りの仕方を教えてくれた時に、何度も行ってたおっ父の言葉だよ」

 

 涙を流しながらも八重は力強く立ち上がり、又造の笑顔を思い浮かべながら、父が生前に残した言葉の通り――〝生きよう〟―――と、その意志を全身から発して笑みを浮かべ。

 

「手伝うよ、女のアタシじゃ一人であの大熊運ぶのはきついし、熊には山の恵みが詰まってるからさ」

「ありがとう」

「良いってことよ」

 

 陽光を浴びる朱音と八重と、猟犬のタロは笑みを交し合い、二人の狩人の少女は……山から頂いた命を、ありがたく受け取るのであった。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

「ところで、さっきの話を聞く限り、冨岡さんって鮭大根が好物みたいですけど――って、朱音さん!?」

 

 話題が義勇の好物の件について変わった瞬間、朱音は突然腹を抱えて大笑いし始め。

 

「鱗滝さんまで!?」

 

 見れば左近次も、仮面越しでも必死に口を固く結んで笑いを堪えているのが、匂いで確認しなくてもよ~~く分かった。

 

「いやね~~鮭大根を前にした時の義勇の笑った顔って、どう言っていいか分からないくらいの味があってさ~~~アハハハァァァ~~!」

 

 しばらく続いた師と姉弟子の思い出し笑いが収まったところで、左近次がその時の笑顔になった義勇の絵を描いてみせ。

 

「っ!!」

 

 それを目にした炭治郎も、抗えずに大笑いを響かせてしまい。

 

 

 

 

 同時刻。

 

「ヘッ――きゅす!」

 

 風の噂の刺激を受けた義勇の鼻から、盛大にくしゃみを轟かせたのでした――とさ

 

終わり。

 

 

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