【完結】皇帝を育てた男が帝王を育てる話   作:兼六園

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会長になった皇帝と再会する話

「──久しぶりだな、阿僧祇(あそうぎ)トレーナー」

「おう……あーいや、お久しぶり……ですかね。シンボリルドルフ会長」

 

 トウカイテイオーとの契約から数ヵ月後。幾つかのレースで圧勝という結果を生んだ(やまと)は、あるとき理事長室から帰る途中、偶然生徒会室の前を通った際に部屋の中から呼び出されていた。

 

「ふふ、君からの敬語とは新鮮だ。良いのだぞ、私には変わらずタメ口で」

「親しき仲にもなんとやらですよ」

「む……そうか」

 

 会長専用の机を背に和と面と向かって立っているシンボリルドルフは、和からでは窓の逆光で見辛いがどことなくシュンとしている。

 

「……あの日無敗の三冠を成し遂げ、それから合わせて七冠。阿僧祇トレーナーには返そうにも返しきれない恩があったな」

「よしてください。俺はトレーナーとして会長を勝利に導く手伝いをしただけです」

「その『だけ』が無ければ、私は今頃無敗の三冠ウマ娘などとは呼ばれていないよ」

 

 はっはっはっ、と演技ぶった高笑いをするシンボリルドルフに、和は眉をひそめながらおもむろに気になったことを問い掛けた。

 

「エアグルーヴとナリタブライアンは?」

「ああ、二人には席を外してもらっている。とはいえ片方はサボっているだろうがね。

 ふふ……折角の再会なのだ、これくらいのワガママは許されるだろう」

「…………あんたまさか、俺と雑談したくてわざわざこんな時間を作ったのか?」

「……? 何か問題が?」

 

 きょとんとした顔で、シンボリルドルフは和にそう言って返した。和は小さくため息をこぼして、さあさあと言ってソファに促す彼女に背を押されて大人しく座る。

 

「覚えているかな、私が菊花賞ではなくジャパンカップに出ようと提案したとき、阿僧祇トレーナーは『出るべきだ』と言っただろう」

「……そうですね。まあ……結果的に菊花賞で勝てて無敗の三冠は取れたにしても、結局ジャパンカップでは勝たせられなかった」

 

 和の隣にすとんと座るシンボリルドルフに、彼は言う。和は今でも、あの選択で良かったのかと自問自答していた。無敗での三冠制覇という、過去のウマ娘たちの栄光を手にしたかった訳ではないと言えば嘘になる。

 ジャパンカップでは負けたけど、有馬記念では勝てたし、四冠目も達成したのだから結果的には良いのではないか? 

 

 ──そんな考えが脳裏を過ったりもした。

 

「あの時……俺が先人たちの栄光に目を眩ませたのも確かだった。ずっと聞くのが怖かったんだが……なあ、ルドルフ」

「──恨んでいないよ、トレーナー君」

 

 和がシンボリルドルフの顔を見ようと横を向いたとき、その視界には彼女の凛とした瞳が収まる。和が何年も見てきたあの目が真っ直ぐ自分を捉え、不可抗力で心拍数が高まるのを感じた。

 シンボリルドルフは和の膝に置かれている彼の手にそっと自分の手を重ねると、目尻を緩めて、それからゆっくりと口を開く。

 

「それこそ、私がジャパンカップを選んだのも、強者と戦いたかったからというワガママに過ぎない。貴方が私に菊花賞に出ろと言ったのは、確かに無敗の三冠という称号に憧れたからなのかもしれない。だけど、だけどねトレーナー君」

 

 重ねた手を掴み上げ、和の手のひらに頬を擦り寄せて、シンボリルドルフは続ける。

 

「貴方がそう言ってくれたのは、()()()()()()と確信していたからだろう? 

 ──相手の事を信じていたからこそ出た言葉に応えないウマ娘が何処に居る」

 

「ルドルフ……」

 

 シンボリルドルフの頬に触れた手に力が入る。ピクリと硬直した顔を指が撫で、頬をなぞる親指にきめ細かい柔肌の感触があった。

 

「……トレーナー君」

「呼び方が戻ってるぞ」

「っ……だ、だって……」

 

 和の目に映るシンボリルドルフの顔から凛々しさが薄れ、見慣れた幼い顔が表に出てきた。それもそうだろう、七冠を達成したのちにレースから離れ、今では中央で生徒会長をしている。

 

 和とは一回りも歳が離れているが、それでも彼女に最も距離が近く親しい相手は和だ。

 引退を経て互いに数年距離を取れば、寂しさが募るのは当然であった。

 

「……今は、二人きりだぞ」

「あ? ああ、そうだな?」

「二人きり、だな」

「…………あー、まあ」

「トレーナー君」

 

 なにかをねだるような上目遣いをするシンボリルドルフに、和は察した様子で、仕方なくといった重いため息をついてから言った。

 

「──ルナ」

「っ……トレーナー君!」

 

 シンボリルドルフは、和の言葉にパッと表情を明るくしてその胸に飛び付く。

 

「トレーナー君っ、トレーナー君! 会いたかった……ずっと貴方に会いたかった」

「俺もだよ、生徒会長なんて……ルナにしちゃあ立派になりやがって」

「──貴方の匂いを、熱を、声を……もう一度感じたかったんだ……っ」

 

 ぐりぐりと顔を胸元に押し付け、鼻声でそう言って肩を震わせる。

 和が彼女の背中をさすると、シンボリルドルフは自然な動きで膝枕の姿勢に移った。

 

「お前、昔より甘ったれになってないか?」

「……いいじゃないか……本当ならもっと早くに呼ぶつもりだったのに、テイオーのトレーナーになってからああも忙しくなるとは思ってもいなかったのだからな」

「……俺が誰とも契約しなかったらどうするつもりだったんだ」

「そうだな、生徒会に所属させて仕事を手伝ってもらうのも良かったかもしれん」

 

 ……酷い職権濫用だ、と和は呟く。

 冗談めかして言っているが、シンボリルドルフが本気なのは余談である。

 

「それで、テイオーの夢は変わらないのだな」

「ああ、ルナと同じ無敗の三冠だ」

 

 だが、と続けて和は言う。

 

「お前の時は俺の夢だったが、テイオーの夢はテイオーの物だ。……ルナに憧れたテイオーに、俺も憧れてんのかもな」

「……トレーナー君とテイオーは古馴染みだったね。なにやら運命を感じるよ」

 

 くつくつと喉を鳴らして笑うシンボリルドルフは、それとなく和の手を自分の腹に向けさせる。昔の癖でつい反射的に横になる彼女の腹を撫でてしまい、彼はハッとしてオイと声をかけた。

 

「嫁入り前になぁにやってんだ。元トレーナーに気を許しすぎじゃねえか?」

「貴方が貰ってくれれば何も問題はないだろう。結構居るのだぞ、契約を終えた二人がそのまま結婚するというパターンは」

「いや、それは困る」

「ほう、何故かな?」

 

 仰向けになり自分を見上げてくるシンボリルドルフに、和はうっと喉を詰まらせる。

 しかし言い訳をしないとこのまま言いくるめられそうな雰囲気を前に、まるで罪人が懺悔をするような面持ちで苦々しく口を開いた。

 

「……テイオーと昔から結婚の約束をしてんだよ。あいつが今でも忘れてねぇってんなら、俺も真剣に返してやらないといけない」

 

「それはつまり、『テイオーが約束を忘れている』か『貴方と結婚するつもりがなかった』ら、私と結婚してくれるのだな」

 

 言われてみれば確かにと、和は口をつぐむ。それはつまり、テイオーとの約束を果たせなかったらシンボリルドルフの言葉を受け入れても良いと言っているような物だった。

 

「もしくは、だ。貴方が史上初の『担当ウマ娘二人と結婚した男』になる道もある」

「入ります、会長」

「っ────!?」

 

 ガチャリと音を立てて開けられた扉の奥から、気の強そうな──正に女帝という言葉の似合う雰囲気を纏ったウマ娘が現れた。

 彼女は和を一瞥してから、ふんと鼻を鳴らして会話を続ける。

 

「ん……貴様か。会長の元担当という立場にあぐらをかかない所は評価するが……誰がそこまで甘やかして良いと言った」

「いいかエアグルーヴ、ルナは皇帝なんて呼ばれちゃいるが昔からこんな感じだ」

 

 表舞台に立てば皇帝。しかし和と二人きりになれば、今も昔も変わらず幼名で呼ぶことをねだる甘えたがり。それがシンボリルドルフだった。

 

「ルナ……?」

「っ──と、トレーナー君! そろそろテイオーのトレーニングを見てやらねばならないのではないかね? そうだ、違いない!」

 

 シンボリルドルフの幼名を知らないエアグルーヴは首を傾げ、和は慌てた彼女に立たされ背中を押される。扉を開けられた和が振り返り、シンボリルドルフに向き合うと片眉を上げた。

 

「恥ずかしいのか?」

「……う、うるさい……」

「はっは、わかったわかった。そんじゃあ俺は戻るよ。また今度な」

「ぁっ──トレーナー君」

 

 ん? と返した和の肩に額をそっと当てて、シンボリルドルフは片手を胸元に置く。

 ぺたんと耳を垂れさせ、尻尾を力なく左右に揺らしながら彼女は続けた。

 

「…………テイオーばかり見ないで」

「ルナ……」

「たまにで、いいから、会いに来て」

 

 それは紛れもなく、自分のトレーナーが大事にしているトウカイテイオーへの嫉妬。

 

「────」

 

 和は何も言わなかったが、返事の代わりにと、シンボリルドルフの頭を抱き締めてわしゃわしゃと髪を掻き乱していった。

 

 

 

 

 

「あれが会長の想い人ですか」

「……はて、なんのことかな。私はただ、元トレーナーとのスキンシップを欠かしていないだけであって、まさかそんな感情なんて」

「机にあのトレーナーの写真を飾ってるのは私もブライアンも知っているので誤魔化さなくても結構。お気になさらず」

 

 手を右往左往させてあたふたとするシンボリルドルフに、エアグルーヴは特に何を言うでもなく仕事に戻る。シンボリルドルフは会長の席に戻ると、くだんの写真立てに目を向けた。

 

「──ふふ、懐かしい」

 

 そこには、菊花賞で勝利した時の──勢い余って和の背中に飛び付いた自分が写っていた。その写真の、満面の笑みを浮かべる自分に、シンボリルドルフは感慨深い顔を向けるのだった。




シンボリルドルフ
・無敗の三冠および七冠を成し遂げたウマ娘。それも自分の実力ではなく和の指示あってこそと考えており、未だに彼とならまた共にレースを走ることも吝かではないと思っている。
当時から二人きりの時は幼名のルナと呼ばせることをねだる程に懐いていたが、それも幼少期から不安な時もレースが苦になりそうな時も傍に居てくれたという事実あってこそ。和の献身的な態度と愛情が彼女の感情を恩人から愛する人に向ける物へ変えたと言っても過言ではない。
余談だが、不思議なことに、甘え方がトウカイテイオーと似ているらしい。
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