ウマ娘恋愛短編集   作:あーふぁ

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12.グラスワンダー『毎日が栗毛色』

 10月も下旬になり、もうすぐ冬になりそうという季節な晴れの日。

 そんな時期に、俺は練習場の使用権をかけて放課後にトレーナー18人による3000m勝負という、実にウマ娘のトレーナーらしい勝負をした。

 俺自身の結果は1着で、30を過ぎたばかりにしてはすごく頑張ったほうだと思う。普段から鍛えている成果があったというものだ。

 トレーニングウェア姿で汗をだらだらと流して走り終わった俺を褒めてくれるのは担当して2年目のダイワスカーレットと、親友の女トレーナーが担当しているグラスワンダーの2人だ。

 親友は先頭の俺からたっぷり1分も遅れた18着で、そこらの芝の上に息も絶え絶えで倒れている。

 

 動かなくなった親友を肩に担ぎあげて邪魔にならないところで寝かせてから、スカーレットとグラスの2人の練習をまとめて見ることになった。

 そして練習が終わったあとは、普段と違って急いで帰る2人を不思議に思いながらトレーナー室でスーツに着替えてから事務処理をする。

 仕事が終わった頃には陽が沈んでいて、自宅へと帰ろうとする頃には夜の7時を過ぎていた。

 寒風が吹く夜道を腹を減らながら歩き、コートを着ても寒さで体を震わせながら築20年のアパートにたどりつくと、なぜか部屋は明かりがついていた。

 つけたまま出て来てしまったか、もしくは泥棒に入られた。

 そのどちらかを確かめるためにドアノブへ手を出すと、部屋の中から小走りで向かってくる足音が聞こえてくる。

 

 敵か!? と身構えてドアが開くのを10秒ほど待つも、全然開く様子がない。

 部屋から物音が聞こえてこないことから、そっと静かに扉を開けると制服姿で正座をしていたグラスワンダーが耳をピンとこちらに向けて立ててはウキウキとした笑みを浮かべて待っていた。

 

 知り合って3年目となるグラスの右耳には青いリボンの髪飾りをつけていて、耳は横に倒れていることから自然と待っていてくれたのがわかる。

 グラスが走るたびに俺が目を奪われるほどの美しい髪は腰まである長さで淡い栗色をしている。

 透き通る青空と同じ青色の瞳はまっすぐにこちらを見つめてきて、今では高等部になったものの、まだ幼さがある顔は低めな150前半な身長もあってかわいらしく感じる。

 スカーレットと比べてとても控えめな胸を持つグラスは、将来はいい美人さんになるだろうと思う。

 だが今の状況が理解できていない俺は、ドアを開けたまま硬直してしまっている。

 でもグラスは動かなくなった俺を気にせず口を開いた

 

「おかえりなさい、カズキさん。お仕事お疲れ様です」

 

 俺の名前を呼んで仕事をねぎらう言葉に、止まっていた脳が動きはじめる。

 とりあえずは開けたままだったドアを閉め、家へと入る。

 

「お風呂にします?」

 

 家へと入った俺に対してグラスはそんなことを聞いてきた。

 なんでここにいるのかと聞こうとすると、そんなドラマか何かで聞いたことがあるセリフを言ってくる。

 この寒い外を歩いてきたから、あったかいお風呂にすぐ入れるのなら贅沢かもしれない。

 

「それともご飯にしますか?」

 

 答えずにいると、次にご飯はどうかと聞いてくる。

 そんな言葉を言うグラスの向こう側からは焼いた肉とタレの香ばしい匂いがして、腹が減っているという事実を加速させてくる。

 グラスがここにいる理由は後回しにして、飯を食うと言おうとして口を開くもそれより早くグラスが次の言葉を続けた。

 

「どちらでもなければ、その、……私をいただきますか?」

 

 俺から視線をそらし、けれど恥ずかしそうに見つめてくるグラス。

 まだ子供ながらも、そう言う姿はちょっとだけ女性らしさが出ているなぁと感心する。

 と、いうかなんだこれは。

 このやりとりは新婚夫婦でやるお決まりの奴じゃないか、おい。

 

「おい、グラス。誰にそんな変なことを吹き込まれた」

「えっと、私のトレーナーさんが日本の伝統文化である会話をすれば男は落とせると言っていたので……」

「明日、あいつにラリアットをぶちかましてダートの下に沈めてやろう」

 

 今日、走ったあとに倒れていたのを助けてやったんだから感謝ではなく、この仕返しとは。

 いや、あいつ的にはこれが感謝のやり方か?

 以前からグラスが俺に対して好意を持っていたのを知っているとはいえ。

 

「料理をしているようだが、手を離して大丈夫か?」

「はい。きちんと火を止めましたので」

「そうか。それで、なんで俺の家にいるんだ。鍵はどうした?」

 

 革靴を脱ぎ、ストーブの暖房で暖かくなっている部屋にあがると家に帰ってきたという安心のため息をつく。

 

「スカーレットちゃんに鍵を開けてもらったんです。一緒にカズキさんを待ちませんか、と言ったんですけど今日は私に貸してあげると言ってくれました」

「俺は物扱いかよ」

 

 嬉しそうに言って立ち上がったグラスが、脱ごうとしていた俺のスーツを脱がしてくれるとそれをハンガーにかけてくれる。

 自然としてくれる動きは以前にこうしてもらったことはあったっけかと考えてしまったほどだ そもそもグラスがアパートに来たのは初めてだというのに。

 合鍵を渡しているスカーレットは週に2回ほど来て、料理ができない俺のために料理や掃除をしては寮へと帰っているが。

 

「あとで材料費のレシートを渡してくれ」

「それならご心配なく。私のトレーナーさんからお金をいただいてきましたので」

「あいつが? 何か面倒なお願いこととかないだろうな」

「いえ、何も。いつもお世話になっているから、これくらい払うと言っていました。それとお金は私が自分で払ってでもがカズキさんのご飯を作って、お世話をしていましたよ?」

 

 まっすぐな目でみつめられ、ここまで好意を持たれるのも変な感じだ。

 自分の担当ウマ娘なら、こういう好意の向けられ方もわかるが。

 グラスはそんな誰にでも世話をする性格ではないし、俺に好意を持つきっかけとなったのは医者の見立てよりも怪我を早く治したということだと思う。

 親友の担当ウマ娘ということもあって、アイシングといった体のケアに気をつけていた。

 あとは自信をなくした時やいらだっていた時に励ましたぐらいだ。

 

 その時の内容はマルゼンスキーの再来と呼ばれ、比べられて自分自身を見てもらえないことに不満を隠せない彼女を、お前はすごくないと冷たい目で言っていたような。

 それとマルゼンスキーや世間の声を気にして自分の走る目的やきっかけを忘れた、もしくは他のことに気を取られるウマ娘なんて見ていて悲しいと言った記憶がある。

 スカーレットと一緒に練習した時は頑張ったグラスを少し褒めることがあったぐらいだ。他には親友の担当ウマ娘だから、助言を求められれば答えることはあったが。

 15歳ほどの年齢差があると、きっと兄のように思ってくれているんだろうな。

 

 そういった過去のことを思い出しながら上着やコートを脱ぎ、ワイシャツとズボンだけの軽装になった。

 そして外したネクタイはグラスの手によって洗濯籠へと持っていかれた。

 一息落ち着いたところで、2Kの狭い部屋の中にはグラスの物と思われるボストンバッグが置いてあった。

 その大き目なバッグのしっかりと荷物が入って膨らんでいる様子から、これから面倒なことが起きそうだという不安がくる。

 

「グラス、あのバッグの中身は?」

「ここで一晩を過ごすためのものですけど」

「今すぐ帰れ」

「でもお料理がもうすぐできあがりますよ?」

「……食事が終わったら帰れよ」

 

 部屋いっぱいにいい匂いがしている状況で、そんなことを言われると追い返すに追い返せない。

 完成に近い料理でも、俺には仕上げなんてできないし、せっかくだからうまい料理を食いたい。

 スカーレットも料理を作ってくれるが、まぁおいしいとまではいかない。本人の前では言えないが。

 

「外泊届けは申請しましたし、トレーナーさんからも許可をもらっていますよ。スカーレットちゃんからも頑張ってきて、とも言われていますし」

 

 いったい何を頑張らせるんだ。なんだ、料理か、風呂か、掃除か?

 あいつらはいい歳になったおっさんと若い子が一緒に泊まるというのに問題は覚えないのか。

 あとグラス自身もだ。男という存在をどう考えているんだ。

 まぁグラスほど若い子なら、性的な目で見るのはそうはないが。あと7年ほど歳を取っていれば好みになっているだろうが。

 

「それでさっきの挨拶のことはやってくれるんだろうな」

「ええと、料理やお風呂のことですか?」

「いいや。私をいただきますか、っていう言葉だ」

 

 グラスがそういうエッチなことをするわけがないとわかっているからこその冗談と、からかうような口調と笑みで言う。

 そうするとグラスは小さく目を見開き、顔をうつむけたあとに尻尾を足の間に巻き込んでいる。

 その様子で冗談ではなく、部分的には本気だったのかと恐怖する。

 もし、最後の選択肢を選んでいたら、グラスとイケナイことをしてしまったかもしれない。

 グラスが成年だったらいいが、未成年とはそんなことをしたくない。

 

「あの、そういうのは結婚してからがいいと思うんです。でも、どうしてもと言うなら……」

「やらなくていい。それよりも飯だ。今はとにかく腹が減っているんだ」

「あ、はい! もうすぐ完成しますので、シャワーを浴びて来てください!」

 

 耳と尻尾を元気よくぴょこんと上向きに立てたグラスは嬉しそうに台所へと向かって料理の続きをし始めた。

 そんな後ろ姿を見ると、変な感じだ。

 普段、自分が食べるご飯と言えばスーパーやコンビニで買ったものばかり。だから台所に立っている姿を見ると、現実でない気持ちがする。

 それも制服を着た女子学生が、となると。

 スカーレットもここに来て料理はしてくれるが、それは妹が兄のような俺の世話をしてくれるように思っている。

 だから1人の女性として少しだけ見ることができるグラスがいるのは嬉しくなる。スカーレットのように口うるさく言ってこないこともあって。

 

「えっと、どうかしましたか?」

「料理を作り慣れているなと思っただけだだ。シャワーを浴びてくるよ」

「はい、ゆっくりしてくださいね」

「それだとグラスの料理が冷めてしまう。いつも通りにするさ」

 

 振り返ってそう返事をし、下着とパジャマを手に取ってから風呂場へと行く。

 服を脱ぎ、熱いシャワーを浴びていると疲れた頭が段々とクリアになってくる。

 以前からグラスに好き好きアピールをされてはいたが、ついに家へと来てしまった。

 しっかりと恋愛対象ではない、と断れない俺も悪いんだが。

 俺の担当ではないものの、グラスの担当である女トレーナーとは親友であり、俺が担当しているスカーレットと合わせて2人一緒にトレーニングをしていた。

 だから、俺にとってもう1人の担当と言えなくもない。

 スカーレットと一緒に組み始めた頃はグラスの好感度は今ほどではなかったが、怪我をしたときに俺が熱心にアイシングや疲れを取るためのマッサージをしているうちに仲良くなっていた。

 グラスのトレーナーはトレーナーとしての経験がとても浅い新人で、まだ経験や知識が浅いから自然と俺がやるように。

 

 今でもそれが続き、怪我対策やマッサージは俺がやることとなっている。

 まぁ、好かれているのは俺がしている指導はいいということの証明にはなっているが、ああも若くて綺麗な子から好意を寄せられるのは戸惑う。

 これが大人の女性なら対応しやすくはあるんだが。年齢の壁や法律を気にしなくてもいいために。

 ……現状は今の関係を維持しておこう。こういうのは一時の年上男性にあこがれがあるだけ、と恋愛小説でもあったし。

 急いで問題を解決しなくていいという結論に達し、ひとまずは心の安定を得ることができた。

 そうなったあとは、今日の3000mを走った疲れを熱いお湯で癒しながら体を洗い終えた。

 

 シャワーを終え、パジャマへと着替え終えると部屋にある四角いテーブルには料理を乗せた皿が並んでいて、2人分の食器が用意されていた。

 グラスはというと、台所で洗い物をしている途中だった。

 

「シャワーを浴びていいぞ。着替えは持ってきているんだろ? あぁ、シャンプーやボディーソープを持ってきてなかったら俺のを使っていいぞ」

 

 グラスの横に行って言うと、洗い物を途中で終えたグラスは俺の姿を見て硬直していた。

 耳は落ち着きなくピコピコと動いているが、他に動きはない。

 何か変な恰好をしていたかと思って自分の体を見回すが、何もおかしなところは見当たらない。

 

「どうしたんだ?」

「え、いえ、その、湯上りの姿は初めて見たのでドキドキしてしまって……」

 

 落ち着きない尻尾と耳の動きを見つつ、上目遣いでじっと見られると俺のほうがなんだか心がそわそわして落ち着かない。

 だから、グラスにこの気持ちを悟られるのは恥ずかしいから早足で冷素早く席に戻って食事をすることにした。

 そうしたらグラスも落ち着きを取り戻し、慌てて炊飯器からご飯を茶碗へとよそってくれる。

 それを目の前に置いて食事の時にやる挨拶をする。

 

「いただきます」

「どうぞ召し上がってください」

 

 並べられている食事は和食でぶりの照り焼き、インスタントだけど生野菜が入っている味噌汁、野菜炒めといったバランスの良さそうな食事だ。

 健康的な食事は滅多に食べることはないため、ひさしぶりに食事というものに感動した。

 スカーレットも作ってはくれるが、あいつが作るのは肉重視なために食べることが疲れることもある。いくら俺がよく食うとしてもだ。

 

「あの、どうですか?」

「うまいぞ。ほら、グラスも食べるといい」

 

 俺にそう言われて安心したグラスは俺の向かいに座ると、箸を手に取ってご飯を食べていく。

 今日のなにげないことの雑談をして話題がひと段落すると、ふと緊張した顔つきになったグラスが声をかけてきた

 

「カズキさんはこういうご飯なら、毎日食べたくなります?」

「ん? あぁ、そうだな。毎日食べたくなるな」

「そう言っていただけると、とても嬉しいですね」

 

 グラスの耳は横向きに倒れ、それは気分がいい証拠だ。

 なんでもない言葉なのに、喜んでくれるのが嬉しい。

 

「これだけうまいと、少しはスカーレットの奴にも見習わせたいとこだ。あいつは肉ばっかりで――……どうした?」

「知りません……!」

 

 苦笑しながらも楽しそうに言っていると、さっきまでは気分良さそうだったのにグラスは唐突に不満そうな声を出しては耳を後ろへとしぼった。

 そして、俺の足をペシンペシンと軽くとはいえ何度も蹴ってくるのはなんでだ。

 褒めるという意味ではさっきと一緒なのに。グラスがスカーレットに料理を教えてくれれば、肉ばっかりな生活が改善されて俺の生活はさらによくなると言うのに。

 グラスが不機嫌になった理由がわからないまま会話もなく食事が終わる。

 

 居心地が悪いなか、食器を台所へと片付け終わるとお互いに向かい合う状況になった俺とグラス。

 グラスはいまだ機嫌が悪そうにしていて、俺の会話スキルではすぐに改善できそうにはない。

 

「洗い物は俺に任せて、シャワー入って来たらどうだ?着替えを持ってきているんだろう?」

「それは私がここに泊まってもいいということですか?」

 

 グラスにそう言われて気づく。スカーレットでさえ泊まらせたことないのに、グラスに許可を出してしまったことに。

 でも1度言った言葉を撤回するのは大人して恥ずかしいし、さっきとは一転してウキウキとした様子で俺の顔を見上げているグラスにダメとは言いづらい。

 別に一泊しても手を出さないんだから大丈夫だろう。

 世間にばれたらうるさいだろうが、親友のトレーナーとスカーレットの奴らはグラスを後押しして家へとよこしたんだから、口裏合わせや何かで協力してくれるだろうから大丈夫なはずだ。

 

「布団も客人用があるから使っていい」

「ありがとうございます。……スカーレットちゃんはここのシャワーを使ったことがあるんですか?」

「ない。泊まったこともな。あいつが泊まったら母親のようにうるさくなって俺は寝不足になってしまう」

「泊まるのは私が初めて、ですか」

 

 スカーレットの名前を出した瞬間、また不機嫌になるかと思いきや、今度は晴れやかな笑顔を浮かべる。

 ……女心ってのはまったく持ってわからん。世間が女心は秋の空と自然現象になぞらえているのも納得するというものだ。

 

「泊まらせてくれるお礼に、私がシャワーを浴びる音を聞いてもいいですからね?」

「誰がそんな変態なことをするか」

 

 俺に変態性を植え付けようとして機嫌よさげにからかう笑みを浮かべるグラスに対し、おでこを軽くデコピンすると嬉しいという顔になる。

 そのグラスに俺は早く行けというようにシャワーがある方を指差す。

 グラスはそれを見て、自分のバッグから下着とパジャマを持ち出すとうきうきとした様子で歩いていった。

 ちなみに持っていった下着の色は黒のシンプルなレースで、パジャマは勝負服と同じ青色だった。

 

 だからと言って、それがなんだというわけだが。

 着られていない下着はただの下着であり、人に着られてこそ魅力ある衣服になる。

 でもグラスが幼いから下着姿を見たとしても、俺は興奮しないんだろうなぁと思いながら台所に洗い物を持っていく。

 スポンジで皿を洗っていると距離の都合上、シャワーの音は聞こえない。ただ自身の洗う音だけだが、そこでふと思うことがあった。

 グラスが俺と同じ匂いをさせていたら、学園で変な噂になるんじゃないかと考えて背筋がひんやりとする。

 だが、今から止めるわけにもいかないし1度言った言葉には責任を持っていたい。だから、同じ匂いがするぐらいならなんとかなるだろう。

 別に毎日ではなく、今回だけだから。

 

 思考に決着がつく頃には洗い物が終わり、その後はお酒を飲む時間だ。

 今日は何かと肉体的に疲れたから、心の栄養となるお酒を飲まなければいけない。

 そうしてウキウキと喜びながら戸棚にある麦焼酎の陶器の瓶とおちょこを手に取りテーブルへと戻る。

 瓶からおちょこに注ぎ、度数25度のアルコールを飲んでいく。

 飲んだあとの余韻が長く続き、クセが少ない味がいい。そこそこの値段がするお酒をちびちびと飲むのはいいものだ。

 

 普段はおつまみを用意しているが、今日は何もなしで飲みたい気分だった。

 それは3000mも走って体が疲れたから早く飲みたかったことと、酔っていないとこの後のグラスと過ごす時間の会話に困りそうだったからだ。

 休日にスカーレットが来たときは何も言わなくても向こうから話題をたくさん振ってくれた。だが、グラスはスカーレットと同じようにしてくれるとは思えない。

 そういうことに悩みつつ、グラスがシャワーを浴びる音を聞きつつ飲むお酒は心がやすらぐ。

 別にエッチな雰囲気を味わうとかではなく、信頼できる人がいて、1人寂しくないということに。

 1人暮らしが長くなると人恋しくなり、もうすぐ冬という時期だとなおさらだ。

 寒くなるほどに人が恋しくなる。恋人が欲しいという気持ちも少しはあるが、ウマ娘のトレーナーをやっていると仕事に熱中しすぎて恋愛相手には不向きだと思われる。

 

 それに教えている子が美少女ともなれば浮気を疑われ、お互いに不幸なことになりやすい。

 そのため、URAやトレセン学園の職員と結婚することが多いと聞く。

 中にはウマ娘が結婚できる年齢になってから自分の担当ウマ娘とする奴もいるらしいが。

 その場合だと妻になったウマ娘の独占欲が強く、日常生活に不都合が出ると噂では聞く。

 詳細はわからないが、噂話では自分の物だと証明するために噛み痕や匂いをつけられるとかそういうことだ。

 まぁ、いざとなったら婚活か独身でもいいか、とアルコールでぼんやりとしてきた頭で考えていく。

 そうして飲み続けているとグラスがシャワーから上がる音が聞こえ、ドライヤーを使う音がなって少ししてから青色のパジャマを着たグラスがやってきた。

 シャワーを上がったばかりのグラスは顔が火照っていて、普段よりもどことなく色気がある。

 

「色気があるな」

 

 そう小さくつぶやいたら、グラスは自分の尻尾を前に持ってきて両手で掴み、落ち着きがない様子ながらも俺のすぐ隣へとやってくる。

 近くに来たグラスの香りはいつも俺が使っているシャンプーと同じはずなのに、普段よりも良く感じ取れる。

 しっとりとしているグラスの髪をそっと鼻に近づけて匂いをかぐ。

 

「あ、あのカズキさん? えっとですね、私の匂いを気に入っていただけるのは嬉しいのですけど、そういうのはムードがあれば私は、いえ、今でも―――」

 

 と、なんだか興奮しながらも焦っているグラスに声をかけようとしたくても、まぶたは閉じていき、お酒によって気持ちよくなった意識は落ちていく。

 目が完全に閉じる寸前、落ちないようテーブルへと顔を乗せてグラスの恥ずかしそうな困り顔を見ながら俺は寝た。

 

 

 ◇

 

 

 ―――沈んでいた意識が俺に馴染んだシトラスの香りが鼻へ届く。

 それが何か気になって目を開けると、今度はさっきのとは別に爽やかな香りがする。その香りは視界いっぱいに近づいてきていた俺の担当ウマ娘である制服を着たスカーレットだった。

 ルビー色をした勝気な瞳に膝まで届く美しい緋色の髪。

 前髪には銀色に輝くティアラのアクセサリーがあり、腰まで届く長いツインテールには青くてフサフサしたファーシュシュがある。

 中等部なだけあって幼さが残る顔はあきれたふうだった

 

「ほら、アタシが来たんだから起きなさいよ」

「あぁ……スカーレットか。おはよう……」

「おはよ、トレーナー。今は6時5分よ。今日は遅いんじゃない?」

 

 俺から距離を取って正座をしているスカーレットはスマホをポケットから出して時間を確認し、手間のかかる大人だなぁとでもいうようにため息をつく。

 今日は早朝トレーニングの予定はなかったはずだが、時々こうやってスカーレットは気が向いたときにやってくる。

 今回もそうだが、起こしてくれたのはありがたい。いつもは5時半に起きるものだが、いつの間にか寝ていたためにアラームのセットをし忘れていた。

 まだ動き出せていない頭で昨夜のことを考えると、お酒を飲んで寝たらしい。布団にいるのはどうやらグラスが運んでくれたらしい。

 そして今は暖かい1つの布団の中で、けれど何かによって圧迫感があり少し呼吸がしづらい状況だ。

 

 それから逃げるために体を動かそうとするも、右腕と右足が動かない。

 体が動かない恐怖感と共にその方向へ振り向くと、目の前にはキスしそうなほど近さで穏やかに寝ているグラスの顔があった。

 いつ一緒に寝ていたんだ。なんで腕や足を巻き付けるようにしているんだと思うことはあるが、スカーレットの大きい胸より控えめだがブラなしでパジャマ越しのマシュマロのように柔らかくて気持ちのいいグラスの胸の感触を腕に感じている!

 パジャマ越しとはいえ、この感触を味わうと嬉しいと思ってしまったことに対し、グラスを単なる子供とは思えないなと自分の認識を少しだけ変える必要ができた。

 子供と思っていても、生きていれば心も体も成長していく。そんな当たり前のことを、15歳ほども離れているから子供という固定概念があった。

 ……だが、それが胸によって気づいたというのは男として悲しむべきか、喜ぶべきかはわからない。

 

 そんな自分にひどく大きなため息をつき、このままだとスカーレットに心底失望されるのでグラスの抱き着きから逃げようとする。

 が、逃げられない。布団から出ようとしてもグラスの抱き着きからは抜け出せず、手や足を掴んで離そうとしても抱きしめる力が強すぎる。

 グラスの耳元で名前を呼んでも反応がなく、自由になっている片手で体を揺らしてもさらに力が強くなるばかり。

 こんなところでウマ娘としての能力を出さないで欲しい。

 自分1人じゃどうにもできないため、スカーレットに助けてもらおうと思ったらいなかった。

 聞こえてくる音から察するに冷蔵庫や棚を見て朝ごはんをどうしようか探しているらしい。

 

「スカーレット、スカーレット! 俺を助けてくれ!!」

 

 グラスが今すぐ起きるほどに声を出すが、急いでやってきたスカーレットはまだ状況が改善してないことを確認してから何事もなかったかのように話を始めた。

 

「材料がなくて3人分は作れないから、朝ごはんは学園の食堂で食べようと思うんだけど」

「この時間なら開いているし、それでいいと思うが、助けてくれ!」

「じゃあ、それにしましょ。アタシ、お腹がすいたから早く準備をしてよね」

「その前に俺がグラスに手を出したのかと疑問を覚えつつ怒れよ!」

「だって……出してないでしょ? 匂いは普段通りだし。あ、でもグラス先輩があんたと同じシャンプーの匂いがしたわね。一緒にお風呂入ったの?」

「手を出していないし、一緒に入っていない。未成年のグラスに手なんて出すものか」

「それならいいじゃない。……いえ、やっぱり、よくはないかしら。グラス先輩の気持ちを思えば出されたほうが……」

 

 グラスに対して紳士的行動をした俺に対して妙に深いため息をつき、俺に対して残念な人を見る目を向けてくるが、俺は何もしていないというのに。

 それよりもグラスの気持ちを思うなら助けて欲しい。

 ウマ娘に強く抱き着かれるのは結構苦しいもんなんだ。このままだとグラスが起きたとき、俺なんかを抱き枕にしていた事実を恥ずかしがり、迷惑をかけたことを強く後悔するはずだ。

 だから、そんな嫌な気分にさせないためにも早く!

 頑張ってもがくも脱出できることはかなわず、助けを求めてスカーレットの方に目をやるもあいつは部屋のカーテンを開けてから俺を無視して部屋の片づけを始めていた。

 スカーレットが一通り終わるまで待つかしかないか?

 

「おはようございます、カズキさん。あなたが隣にいるだけで世界はとても素敵に見えますね」

 

 そんなことを考えていると、すぐ耳元でハチミツをたっぷり溶かしたかのような甘い声でささやかれる。

 背筋がビクリと震えるほどに快感があり、事態がわからないまま固まっていると今度は耳にしっとりとした感触が。

 耳を舐められた!? と理解した途端、慌てて離れようとすると、俺を抱きしめていたグラスの拘束がゆるんで布団の外へ無事に出ることができた。

 

「おはよう、グラス。だが、大人をからかうとひどいことを俺にされるぞ」

「あら。いったいどんなことをしてくれるんですか?」

 

 楽しそうに挑発してくるグラスに対し、俺はにっこりとちょっとだけ笑みを浮かべると俺は布団をグラスにかぶせると布団ごと体を両手で持ち上げると、そのままぐるりと3回転してから床へと雑に降ろす。

 グラスの将来が心配だ。恋人でもない俺に対し、こんな魔性の女的行動をしてくるなんて。

 将来はいったいどんな大人になるか今から心配だ。トレセン学園のたづなさんみたいに度胸が強い女になってしまう気がする。今と同じように、将来も大和撫子を目指して欲しいものだ。

 ちょっとだけ気が重くなりながらも、グラスがぐったりしている間に俺は洗面台に行って髭剃りや髪を整えていく。

 洗面台に行く時にすれちがったスカーレットは気になるのがあったのか、俺のカップ麺や冷凍食品を眺めてはうなり声をあげていた。栄養バランスが悪いと後で怒られそうだ。

 顔をさっぱりと洗ってから部屋に戻ると、ようやくグラスが布団からもぞもぞと出てくるところだった。

 

「出かける準備をしてくれ。今日の飯は学園の食堂で食うからな」

「スカーレットちゃんもですか?」

「そうだ。だから早くしろ。食いに行く時間が遅くなるほど、あいつは暴れるぞ? 前に炊飯器の電源を入れ忘れたことがあって、機嫌を直す代わりに豪華なプリンを買ってきてとコンビニを走りまわされたほどだ。食べ物に関しては特にうるさい」

 

 そう言った途端、俺の後ろに何かを勢いよくぶつけられる。

 何をぶつけられたかを見ると、スーツやワイシャツといった着替えだ。後ろへ振り向くと、投げた本人は笑みを浮かべながら怒っている様子だ。

 

「グラス先輩に嘘を言っちゃダメじゃない!」

「俺は事実を――」

 

 嘘偽りないことを伝え、他にもスカーレットの食べ物系エピソードを伝えようとする前にタックルのように体へと抱き着かれ、布団の上へスカーレットと一緒に倒れ込んでしまう。

 いくら布団の上でスカーレットが軽いとはいえ、1人分が体に乗っかって倒れたのは結構痛い。

 それに俺の口をスカーレットの細長くてすべすべした手でふさいでくるから喋れないし、呼吸も苦しい。

 年頃の娘が大人の男にのしかかるのはどうかと思う。グラスよりもとても大きな胸が、服越しといえどもボリュームと感触がわかってしまって反応に困る。

 このことについて注意すれば、セクハラだとか言って結構怒ると思うから、あきらめてスカーレットが離れるのを待つしかない。

 

「ほら、グラス先輩は顔を洗ってきてください!」

「それじゃあ、先に使わせてもらいますね」

 

 と、スカーレットは顔をグラスへと向け、グラスは寝起きなためかぼんやりとした様子ながらも自分のバッグから洗顔用品を手に持つと言われたとおりに歩いていった。

 それを見たスカーレットは、すぐに顔を俺へと戻して手を口から離すと、俺の隣へ来ると小さな声で喋り始めた。

 

「……ねえ、もしかして一晩の間に恋仲になったの?」

「なっていない。俺とグラスは健全な関係だ」

「あぁ、プラトニックラブってことね。うん、それなら学園から文句は言われないだろうし」

「違う。俺はグラスに恋愛感情なんてのない」

「別に隠さなくても大丈夫よ。アタシは変な噂を流さないし、2人はお似合いだと思っているから」

「年頃の女は恋愛になると途端にテンションが上がる……。とりあえずお前は外で待っていろ。着替えるから」

「いや、ここはあんたが着替えて外で待つべきでしょ。トレーナーの着替えなんて見飽きているし。グラス先輩の着替えを見る気?」

「……わかった。グラスが戻ってこないように見張っていろ」

 

 スカーレットが来ると普段でさえ賑やかなのに、さらに賑やかになってしまった朝は非常に精神が疲れる。

 だが、こうやって賑やかな朝は悪くない。朝から誰かと楽しく喋れるというのはとてもいいことだ。

 スカーレットが俺から離れて背を向けたところで、立ち上がった俺はパジャマの上下を脱いで投げつけられた服を着ていく。

 その間、スカーレットは「おにいちゃんみたいに思っている人に恋人ができたことが嬉しくも寂しい……。これが兄離れというヤツなのね!?」となんか1人の世界に入っていた。

 恋人じゃないと否定しても、恋人というのを押し付けてくるのでもう訂正するのはあきらめた。スカーレットがそう思っているだけでまわりはそう思ってはいないだろうし。

 今までスカーレットと仲良くしても兄と妹みたいと言われたから、グラスとも同じようになっているだろう。

 

「着替えたぞ」

 

 最後にネクタイをゆるく締め、着替え終えるとスカーレットに声をかける。

 するとすぐに独り言をやめてこっちへと振り返り、立ち上がっては足から頭までじっと見てくる。

 

「動かないで」

 

 スカーレットは俺のすぐ前まで近づいてくると手を伸ばして、髪を手櫛でなおしてきて、ネクタイをきっちりと結びなおしてくる。

 こいつの嫌いなところのひとつはこれだ。俺の服や髪が乱れていると、こうやって強引に直してくる。

 はじめのうちは俺も抵抗していたが、雑に服を着ているとスカーレットの機嫌が悪くなるので、抵抗もせずにされるがままとなっている。

 ネクタイを締め終えたあとはハンガーにかけてあるコートを俺へと着せてきた。

 

「うん、これで完璧ね!」

 

 完成した俺のスーツ姿から離れ、青空のように晴れやかな笑顔を浮かべて自分の仕事っぷりに満足しているスカーレット。

 ネクタイを手に持ってみると、たしかにきっちりできている。

 

「ハンカチや荷物は後で持っていくから、ほら、早く出て行きなさい!」

「俺の家なのに追い出されるのは悲しいもんだが?」

「なによ。グラス先輩の着替えを見たいの? 見たら私があんたの悪い噂をすごく流すんだから!」

「わかった。わかったよ」

 

 スカーレットに背を押されて出ていくが、ふと視線を感じて一瞬だけ足を止めて振り返る。スカーレットの向こう側に見えるグラスがいて、その表情はうらやましそうで泣きそうな。

 どうしたとグラスに聞く余裕もなく、俺は外へと追い出される。

 時計もなく外に出た俺は、そのまま外で待つしかない。

 少しの間、ぼぅっとドアにもたれかかりながら2人が出てくるのを待つ。

 家の中から楽しく会話をする声が近づいてくると、ドアから離れて出てくるのを待つ。

 俺の荷物を持ったスカーレットと、綺麗に身だしなみをして制服を着たグラスが家から出てくる。

 スカーレットは俺の荷物を渡してくると、ポケットから合鍵を出して鍵を閉めた。

 

「スカーレットちゃんは合鍵をよく使っているですか?」

「これですか? これは週に2回ぐらいなのでそんなに使っているわけでもないです。トレーナーの私生活がだらしないんで、時々私が見てあげなきゃいけなくて」

「俺はそこまでダメ人間じゃないが」

「ご飯も作らず、部屋は着終えた服が出っぱなしで私やレースに関する資料が床いっぱいに散らばって目的の物が探せなかったことを私は忘れたことがないわよ?」

 

 ジト目で見てくるスカーレットと、それでも俺は1人でやっていけると話をしながらアパートから出ると、学園への道を俺を真ん中にして横に3人並んで歩いていく。

 学園からちょっと離れているからウマ娘はいなく、仕事へと向かう学生やサラリーマンたちとすれちがっていく。

 

「そういう関係はあこがれますね」

 

 スカーレットとお互いに普段の生活がどれだけダメか欠点を言い合っていると、ふとそんなことをグラスがほほ笑みながら言った。

 そんな言葉に俺とスカーレットはお互いに一瞬だけ見つめあってしまう。

 言われると、このお互い遠慮なく言える関係は気楽だ。トレーニングメニューや何のレースに出るかも言い合えるし、日常の小さなことを言い合っているから何が原因で調子が悪いとかもわかりやすい。

 

「学園ではアタシが1番仲がいいとは思いますけど、兄と妹みたいな関係なので毎日手を焼いていますよ。放っておくとバカ兄はすぐ栄養失調になるし」

「冷凍食品は手早く準備できておいしいんだぞ? それに栄養不足はサプリを飲んで解決している」

 

 いかにも俺が不健康な生活を送っているとグラスに思われないよう、歩きながらスカーレットの苦情に対して順番に答えていく。

 睡眠時間、運動量、遊びなどについて。母親みたいに感じるが、兄に厳しい妹がいるとこんなのだろうか。

 話しているうちにトレセン学園沿いの道へ来て、ランニングをするウマ娘たちとすれ違うようになった。

 そこで話はひと段落したところで今まで静かに話を聞いていたグラスが足を止めた。

 俺とスカーレットは不思議に思いながら立ち止まったところでグラスが口を開く。

 

「カズキさん」

「なんだ?」

「あなたが好きです。私の恋人になっていただけませんか?」

 

 いつも俺に向けてくれるおだやかな笑みで、なんでもないかのように俺へと言ってきた。

 告白する雰囲気や流れではなかったから心構えができなく、突然のことに5秒ほど意識が止まってしまう。

 グラスの目を見ると、冗談というのではなく本気だというのがわかる。

 

「好意を持たれているのはわかっていたが、恋愛感情までだとは。……好きになった理由を聞いても?」

「はい。私はあなたのそばにいると、私の世界は綺麗になるんです。私に甘すぎず、厳しい時は厳しくする。周囲の意見に影響されない。何があっても私を見る目を変えず、優しくしてくれるカズキさんのことが。

 それに昔、私に言ってくれた励ましの言葉が、とても印象に残っていて」

「グラスは他の誰でもなく、グラス自身のグラスだ。そういうふうだったか」

「それです。私自身を肯定してくれたのが、とても嬉しかったんですよ? 好きになって当然です」

 

 ほっぺたを少し赤くして静かに興奮しながらも伝えてくれる熱のこもった言葉を聞いていると、なんだか恥ずかしくなる。

 こうやって想いを伝えられるのはひさびさであり、恋愛経験が少ないということもあって非常に心臓がドキドキと緊張してきた。

 こういう時にスカーレットは、俺のことをそんないい奴じゃない、と言うかと思って姿を探すと、俺たちから距離を取って目を輝かせながら見ていた。 

 スカーレットがしばらくは静かにしていそうだと確認してから、またグラスの想いを受け止めるために、まっすぐな目を見つめかえす。

 

「様々な理由を並べましたが、単純にあなたのすぐ隣にいたいと思ったんです。スカーレットちゃんが1番仲がいいと言っていましたけど、それは私がなりたいんです。

 私にとって、あなたは夜空に淡く浮かぶ月のような存在であり、太陽のように強くはないけれども、優しいあなたと私は一緒の時間をこれまで以上にすぐそばで過ごしていきたいと強く思ったんです」

「俺はお前に好意を持っているが、恋愛感情じゃないぞ?」

「はい、わかっています。でも時間をかけて私に惚れてもらうので大丈夫ですよ?」

 

 グラスの笑みは優しさがありながらも力強さがあり、俺のことが欲しいという感情がわかる。

 30を過ぎた俺に対して、どこまでその想いが続くか楽しみだ。

 グラスが学園を卒業するまでに俺を好きでいたら、その頃には俺もグラスのことを好きになっていて恋人関係になっていそうだ。

 

「お手柔らかに頼む」

「はい。仕事の邪魔はしないようにします。時間が空いている時や、練習時間の合間、または夜や休日に頑張るだけですので」

 

 思っていたよりも強気な行動で、第二のスカーレット、もしくはスカーレットを上回る存在になりそうだ。

 今の時点でも恋心をぶつけられただけでグラスのことが気になってしまっている。

 今日の朝、一緒に添い寝してたいだけでは、気にしてなかったというのに。

 大きく2度深呼吸し、精神を落ち着けたところでランニング中のウマ娘たちが足を止めて、こっちをキラキラとした目で見つめていたことに気が付いた。

 俺が手を振ってあっちへ行けという仕草をすると黄色い声をあげながら、10人ものウマ娘の集団は走っていった。

 それからはさっきと同じようにグラスとスカーレットの間に挟まりながら学園へと歩いていく。

 今回の告白についてスカーレットは返事を保留にした俺を嫌っているかと思ったが、安心したふうな笑みを浮かべていた。そのことについて聞くと「なかなか進まなかった2人の関係が、やっと進んでくれたのが嬉しいのよ」ということだ。

 まわりから見れば、俺とグラスの関係は見ていてやきもきするものだったろうかと考えていると、グラスがそっと慎重に俺の手を握ってきた。

 俺はグラスのことをまだ恋愛対象として見れないが、ほんのわずかだけ手に力を入れて握り返す。

 そうすると、グラスは学園の正門に着くまで俺の手の甲を指ですりすりとしてきた。

 それは快感で背筋がゾクゾクとして気持ちよく、けれど気持ちいいのを必死に我慢している。そうでもしないと、あっという間に頭の中がグラスでいっぱいになりそうだったから。

 これからはグラスにときめかないよう気をつけないと。と、いう簡単に破れてしまいそうな誓いを心の中でして、これからもグラスと仲良くやっていきたいと思った。

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