ウマ娘恋愛短編集   作:あーふぁ

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ツイッターのクリスマスリクエスト募集で書いた話。


13.ダイワスカーレット『スカーレットの親愛感情:基礎編Ⅰ』

 トレーナーにはそれぞれトレーナー室という、学校の教室を一回り小さくした専用の部屋を学園から与えられる。

 その部屋はある程度改造してもいいが、お金もなく担当しているウマ娘が1人しかいない新人トレーナーの僕にはそんなことはしたくてもできない。

 ただ、エアコンがついているだけでとても幸せだ。

 なぜなら、僕が住んでいるアパートにはエアコンがないから。だから夏や冬には温度の苦しさから逃げるために長時間この部屋にいることが多い。

 20代中盤の若さとはいえ、暑いのや寒いのには耐えられないから。

 

 だから今日みたいな7月の暑い昼間には冷房でよく冷えた部屋にあるソファーのまんなかに深く座り、ひとり静かに読書をする。

 お昼ご飯を食べ終え、やってくる心地いい眠気を感じながらウマ娘たちの元気な声を窓やドア越しにBGMとして聞くのはいいものだ。

 だけど、静かな時間は12時を半分ほど過ぎた頃に破られることになる。

 走ってくる足音が聞こえ、誰かが来た気配に気づいてドアについている小さな窓の向こう側を見ると、制服姿のスカーレットがいた。

 荒い息をつきながら廊下の暑い空気と共に入ってきたスカーレットは、扉を閉めると腰まである鮮やかな赤い色の大きなツインテールの髪を揺らしながら俺の方へとゆっくり歩いてくる。

 

 このお昼休みの時間に会う予定はなかったけど、こんなにも急いでやってくるのは何かあったんだろうと僕は本を閉じて膝の上に乗せるとスカーレットがやってくるのを待つ。

 今日の中等部は特にイベントや何かの発表がないはずだから、何が言いたいのか想像もつかない。

 僕自身悪いことはしてないよね、と自分自身に問題がなかったか考えているうちにスカーレットは人が座る1人分の距離を開けて僕の隣へと座ってきて目を合わせて見つめてくる。

 その途端、走ってきて汗をかいているスカーレットから、なんだか匂いがした。別に匂いフェチというわけではないのだけど、女の子はいい匂いがするなぁと感心してしまう。

 

「どうかした、スカーレット?」

「別にどうもしないわ! なんとなく来たかっただけよ!」

 

 そう大きな声で言うとスカーレットは僕から目をそらし、次の言葉を待つも何も言ってこない。だから僕は読書を再開する。

 読んでいるのは栄養学の本で、ウマ娘にとって良い身体状態を維持するかを求めている僕にはとてもいい本だ。

 そうして本を読んでいると、スカーレットがちらちらと僕を見てくる視線を感じる。でも僕はそれに気づきつつも、気難しいスカーレットが何かを言ってくるまで本を読み続けることに。

 顔を合わせると恥ずかしがり屋な部分がある彼女にとって、こういうままのほうが話しやすいだろうから。

 

「あのね、アタシが急いで来たのは理由があるの。タキオンさんがトレーナニウムという栄養素を発見したから、お願いされて本当にあるかの実証実験に協力しているの」

「僕とスカーレットはあの人にお世話になっているからね。協力するのはいいことだと思うよ」

 

 時々トレーニングの練習相手をしてもらっているアグネスタキオンは薬物の研究をよくやっていて、実験で爆発や異臭騒動を起こすことがある。

 そのために学園では問題視されている子だ。でも、うちのスカーレットとは気が合うらしくて仲がいい。

 どれくらい仲がいいかと言えば、一緒に勉強やスイーツ巡りに紅茶の飲み比べもやるほどに。

 そんな人からお願いされたんだから、タキオンにとって大事な研究の仕事をスカーレットが頼まれたということは今のように嬉しくなって当然だ。

 普段は他の人に任せない仕事を、信頼しているスカーレットにお願いしたんだから。

 それにしてもトレーナニウムとはいったいなんだろう?

 

「それでね、これに関するデータを取るために私が協力しているの。だからアンタも私に協力しなさい! いいわね!?」

「読書の邪魔にならなければいいけど」

 

 スカーレットのほうに顔を向けずに返事をする。しかし、こういうふうに僕へとお願いするのは珍しい。

 トレーニングメニューの方向性では大声で文句を言ってくることはあるけど。

 

「それで、それはどういう物質?」

「なんでも日常的に摂取していないと健康によくないとか。だから、今から私がそれを正しく摂取できるか試すのよ」

「痛くなければいいよ」

「アンタに痛いことなんてしないわよ!」

 

 近い距離で大声を聞くのは耳が痛くなるが、それを指摘すると長々と苦情を言われるので何も言わずにスカーレットがタキオンに頼まれたという実験をするのを待つ。

 でも動く気配がない。

 

「スカーレット?」

「これは私がやりたいんじゃなくて、実験のためなんだからね!!」

 

 静かなスカーレットが気になって顔を向けると、スカーレットは言い訳めいた言葉を言いながら僕と体がくっついてきた。

 彼女の担当になって1年と少し経つけど、これほどの近さにやってくるのは片手で数えるほどだ。

 まだ中等部で幼さがあるものの、女性らしさが感じられるから自然と緊張と少しの興奮をしてしまう。

 僕のような男の固さではなく、女性特有のすべすべした肌だ。そんな手で僕が本を読んでいる手をそっと掴まれると、読書は中断するしかない。

 スカーレットに手首を掴まれたまま本を閉じ、ソファーの上に置く。

 吐息の音がわかるほどの近さから上目遣いでじっと見つめられると、もうやばい。すごくやばい。将来は相当な美人さんになるに違いないスカーレットから見つめられると、恋に落ちてしまいそうだ。

 心臓がバクバクと花火のように大きい音をたてているかのようなのを感じつつも、1人の大人として感情を顔を出さないように気をつける。

 

 そんな平静な心を維持しようとしていると、スカーレットは顔を赤くして恥ずかしそうにしながらも僕の胸元へと顔を勢いよく突っ込ませてくる。

 理由も言わずにそんなことをされると、驚きのあまりに言葉が何も言えず、あまりの勢いに一瞬呼吸できないほどに痛みを感じた。

 いつもは怒りはしないものの、今ばかりは文句を言おうとするもスカーレットは僕の胸に顔をうずめて深呼吸をしていた。

 頭で理解できない謎の行動に対してどう行動すればいいかわからず、そのまま硬直していると「トレーナーの匂い、すごくいい……」とつぶやくものだから困る。

 

「あー……スカーレット?」

 

 困惑しながら小さく声をかけると、スカーレットは磁石が反発するように勢いよく僕の胸元から顔を離して見上げてくる。

 

「違うのよ!? これはタキオンさんが言っていたトレーナニウムっていうものがあるかどうかの調査で!

 別にアンタの匂いが好きとか、暖かくていいとか、ずっとこうしていたいなんて思ってないんだからね!?」

「トレーナニウムというのは僕から出ているのかい?」

「そうよ! これは誰でいいっていうわけじゃなくて、アタシのトレーナーだからこそ出てくる物と聞いたの。だからこうしてアタシが試しているというわけ。わかった!?」

「タキオンからお願いされた調査なら仕方ないな」

 

 また謎の言葉であるトレーナニウムなる単語が出た。

 それはいったい何を意味しているかがなんとなくわかってきた。タキオンがどういった意味でスカーレットにそのことを言ったかわからないが、僕のほうとしては被害はないし実験を続けてもいいと思っている。

 言い訳を続けるスカーレットの頭と肩を強引に掴むと、自身の胸元へ抑えつける。

 すると、それまで言葉を発していたスカーレットは急激に静かになり、時間が経つと今度は気持ちよさそうに僕の膝の上へと頭が落ちていく。

 

 その位置を調整し、膝枕のようにすると寝息が聞こえた。その音を聞いて顔を覗き込むと、穏やかな表情で目をつむっていた顔が見える。

 気持ちよさそうに寝ているのを見ると、スカーレットが起き上がるまで立ち上がれなくなる。

 結局スカーレットは何をしに来たかがよくわからず、あとでアグネスタキオンに話を聞きに行くかとそう思ったところで視線を感じた。

 その方向を見るとドアの窓越しに、にんまりとした笑みを浮かべたタキオンがいた。

 いつからいたのかわからないが、観察のために最初からいたに違いない。

 けれど、スカーレットのことをとても気に入っているタキオンだから僕とスカーレットが今のようにくっついていても変な噂を流すことはないはずだ。

 今だってタキオンは僕に軽く手を振ると機嫌良さそうに歩いていなくなったんだから。

 まぁ、去り際に「スカーレット君を泣かせたら、君の予想する3倍はひどいことをするからな」とテンション高く、スカーレットが起きないような大きさの声をドア越しに聞いてしまったけど。

 

 怖かったタキオンがいなくなって僕は落ち着き、スカーレットの静かな呼吸がよく聞こえる部屋で読書を再開する。

 今すぐ立ち上がって起こすのも悪い気がするし、昼休みが終わるまで時間はまだあるから。

 そう考えた僕はソファーに置いていた本を手に持って読んでいく。

 読んでいくうちに自然とスカーレットの頭を片手で撫で、さらさらとした髪や柔らかい耳の感触を楽しんでいく。

 そんなことをしながら本を読んでいくと、ふと今回のタキオンは何を見たかったかに思い当たった。

 それはエンドルフィンとオキシトシンを発生させ、その効果を直接見たかったんじゃないかと。

 どちらも脳から分泌されるものであり、そのふたつは幸せを感じさせてくれる物だ。

 

 エンドルフィンのほうはウマ娘にとって普段からよくよく感じ取れるものだろう。

 いわゆるランナーズハイと呼ばれるもので、それは走り続けていると気分が高揚し、不安感が減って心が安らぐと言う。

 ウマ娘たちは走るのが好きで、その中には雨が降ろうとも雪が降ろうとも道がない道でも走るウマ娘がいるほどだ。

 エンドルフィンという脳内から発生する物質はわからなくとも、感覚的には理解しているからこそ走り続けていたいのかもしれない。

 走っていなくても、褒められる、笑う、恋愛で心がときめいている時に発生する。

 

 もうひとつの物質であるオキシトシンは人や動物とのスキンシップで発生する、効果としてはエンドルフィンに似ているものだ。

 恋人同士がいちゃいちゃすると幸せ感を感じるのはこのためであり、特にボディタッチをすると効果がよく出る。

 キス、抱きしめるなどと言った行為で。他には映画や音楽で感動することでも。

 

 だから、この2つをまとめて新しく造語を作ったタキオンはスカーレットにその実験だと言って普段は僕に対してツンツンしているスカーレットがどう甘えるかが興味を持ったんだろう。

 いや、だがマッドサイエンティストとも呼ばれるタキオンのことだ。他に何か意味があるかもしれない。

 でもそんなことよりもすごく重大な発見をした。

 

「眠っているスカーレットがこんなにもかわいいだなんて」

 

 本人が眠っているからこそ言えるセリフ。

 実験が終わってからも、時々でいいからこういうかわいい姿を見たいなと思ってしまう。

 と、ここまで考えていたところで気づいたことがある。

 いくらスカーレットが仲のいいタキオンに頼まれたとはいえ、僕に対してここまでするのは不思議だ。

 普段はツンツンしていて、僕に文句や軽く蹴ってくるスカーレット。

 時々は一緒に出掛けたりはするものの、それは友達のような関係でこんなふうにくっついたことは今が初めてだ。

 ……それゆえに、きっと、だからこそ、もしかすると。

 

 スカーレットは僕のことを恋愛的意味で好意を持っているんじゃないかと思う。本人は気づかなくても無意識で。

 だって、そうでなければ好きでもない男とくっつき、匂いをかぎ、膝枕で寝るなんてことはないだろう。

 そんなことに気づくと、自分の心臓がさっきとは違う意味でバクバクと大きな音をたてていく。

 今までは教え子とか妹のように思っていた。

 

 けど今では1人の女性として認識してしまい、膝の上にスカーレットを乗せている状況が嬉し恥ずかしい!

 あぁ、自分で自分の顔が赤くなっていくのに気づいてしまう。今まで女性経験というのはなかったから、それはさらに。 

 もはや読書どころではなく、さっきまではできていたスカーレットの頭を撫でることさえ恥ずかしい。

 本を雑に置くと、スカーレットの眠った顔を昼休み終了のチャイムが鳴るまでずっと見続けてしまっていた。

 そのあとはもちろんスカーレットに怒られたが、今までの怒鳴るだけとは違った。

 怒ったあとは僕の前に腕を組んで威圧感たっぷりな姿、とは違って何かに恥ずかしがっている表情がかわいく見える。

 

「スカーレット?」

 

 不思議そうに見ていると、スカーレットはスカートのポケットから小袋に入った飴を取り出し、その中身を手に持って僕の口の中へと押し込んでくる。

 唇に触れる細くて白い指先。そして甘いイチゴ味が口の中へと広がっていく。

 

「タキオンさんがお礼には甘いものをあげるといいって言ってたから。それじゃあアタシは帰るけど、昼休みのことは誰にも言わないでよね!

 アタシが恥ずか――じゃなくて、トレーナニウムがあったことを他の子に知られると困るから。それじゃあね!」

 

 飴が口に入っているから、うまく返事をできないでいるとスカーレットは赤いツインテールをなびかせながら急いで帰っていった。

 いつもはドアを閉めていくのに、今は開けたままで行ったぐらいに。

 ソファに座ったまま思うのは、スカーレットがすごいかわいいと思うことだけ。

 唇に触れた指先の感触を思い出していると、慌てた様子でドアを閉めに戻ってきては走り去っていく。

 プライドが高く負けず嫌いで素直になれない彼女だけど、今のような心遣いは素敵だなと思って、本気で惚れてしまいそうだ。

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