ウマ娘恋愛短編集   作:あーふぁ

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16.グラスワンダー&エルコンドルパサー『1日を変え、人生を変える耳かきを』

 俺がひとり静かに過ごしているトレーナー室に強い雨音が聞こえてくる。

 その強さはウマ娘たちが雨天での練習をあきらめそうなほどに。

 この雨は午後2時である今だけでなく一日中降るらしく、天気予報では大雨注意報が出ている。

 こんな雨を見ているウマ娘たちは学園での授業時間中にどんなことを思うのだろうか?

 多くが残念に思いそうだが、女性ファンが多いミスターシービーは強い雨の中で傘もなく散歩していそうだし、楽しいこと探しが得意なゴールドシップは何か想像がつかないことをやっていそうだ。

 

 まぁ、自分が担当しているグラスワンダーに限っては強い雨でも練習すると言うような無茶なことはしないだろうが。

 グラスが何か言ってきても今日の練習は中止するし、トレーニング施設の使用権を獲得できなかったから部屋で筋トレかレース映像を見ることぐらいしかできない。

 新人トレーナーでグラスが初の担当である俺には、屋内で練習をするときにトレーニング施設を使える権利がないのがくやしい。

 あの先輩トレーナーたちめ。トレーナーはウマ娘の実績だけじゃなく年功序列で施設が使用できるトレーナー順番が変わるとか、脳みそ化石化しているんじゃないか。

 勤続年数でしか威圧できないから、俺みたいな25歳の若造がトレーニングしたウマ娘に負けるんだよ。新しいことに挑戦しないから変わっていく環境に対応できないのがわからないのか、じいさんたちは。

 時々、文句や苦情を言われ続けると俺が無能みたいに思うことがある。そんな時はグラスが励ましてくれたからこの2年間を今までやってこれた。

 だからこそ嫌々ながら雑用を今までやってきた。

 その恨みを晴らすときはグラスが学園を卒業して俺が自由になった時だ。

 その時には必ず仕返ししてやると恨みの感情が高ぶってくる。

 ……ダメだ。雨のせいか、気分が落ち着かなくて今まで溜まっていた怒りが頭の中でぐるぐると暴れてきてしまう。

 

 こんな時は新聞を読もう。文字を読めば、心が落ち着くに違いない。

 目元まである髪をかきあげるようにしてイライラをわずかに抑える。

 そうしたあとは即行動だ。座っていたソファーに深く腰掛け、目の前にある低いテーブルに足を放り投げてはウマ娘新聞をだらっと読み始める。

 スーツを着てこういう態勢をすると、すごくだらけた人間に見えるが人前ではできないことをするのはちょっと気分がよくなる。

 リラックスする状態になって読み始めた記事にはウマ娘のレース予想やグラビア写真、インタビューの記事が載っている。

 身長が152㎝と背が低くて胸が小さいグラスと比べると、背も胸も大きいタイキシャトルの勝負服を着た写真はとても目の保養になる。

 学園だとウマ娘たちの身体はじろじろ見ないようにしているから、こういう新聞やテレビではしっかりと胸や尻を見てしまう。

 普段の生活で、そういう部分をあまり見ないように理性で抑え込んでいる自分をすごく褒めてやりたい。

 ウマ娘とのスキンシップでグラスや妹みたいに思っているエルコンドルパサーなどの頭を撫でることはあるが、それだけだ。

 抱きしめ、手を繋いで歩くなんていう恋人に思われる、またはセクハラな行為は一切していない。

 

 ただ、グラスと仲のいいエルコンドルパサーについては何かとさわってしまうことはあるが。

 エルとの付き合いは、グラスにお願いされてエルが求めるトレーナーを探すのに付き合ったのがきっかけだ。

 それから話すことが多くなってプロレスを何度か見に行ったことがあると言ってから、エルコンドルパサーは俺にプロレスの話を振って来たり、関節技や投げ技をかけてくることがある。

 その中では軽く首を絞めてくるのがよくある。

 俺のほうが163㎝のエルよりも背が高いからか、よくジャンプして背中に乗っかってくる。

 その時にバストサイズが77のグラスと違って89と胸の大きい子だから、痛みと共に胸の柔らかさを存分に堪能してしまうのは仕方がない。

 ……このグラビアを見ていると、エルの胸の感触を思い出して少しだけムラムラとしてしまう。

 そんなことを思ってしまうから新聞をテーブルに放り投げると、棚から綿棒とティッシュペーパーを持ってくる。

 耳掃除をしようとした瞬間に授業終了のチャイムの音が天井のスピーカーから鳴り響き、それから少ししてトレーナー室に静かなノックの音が鳴る。

 俺はティッシュペーパーに綿棒を包むとドアへと顔を向けた。

 

「入っていいぞ」

「失礼します」

 

 そう声を出すと、夏仕様の制服を着て学園指定のカバンを手に持った中等部所属のグラスがほほ笑みを俺に向けながら部屋へと入ってくる。

 淡い栗色の腰まである長く美しい髪の持ち主であるグラスは、薄暗い部屋のライトをつけるとテーブルへ持っていたカバンを置いてから俺のすぐ隣へと肩を並べるようにして座ってきた。

 アクアマリンの宝石のように綺麗な色を持つ青い目で俺を見上げ、口を開く。

 

「今日の練習は何にしますか?」

「これほど強い雨で走らせたくはないから中でやる。そんな予定だったけどもトレーニングルームの使用許可がダメだった。だからレース映像とライブ映像を見て勉強をしようか。だが、その前に俺の耳掃除が終わるまで待ってくれ」

「耳掃除、私がやりましょうか?」

「自分でやるからいいよ。それに人の耳はわからないだろ?」

「本で勉強はしました」

「それは次の機会に。今はジュースでも飲んで待っていてくれ」

 

 テーブルに置いてある綿棒をじっと見て耳掃除をしたがっているグラスを無視し、綿棒で耳掃除がしやすいように少しグラスから距離を取って座り直す。

 グラスは親切にもやってくれると言ったが、耳掃除はひとりでやるのが1番いいと思っている。他の誰かに自分の耳を預けるというのはどうにも不安になるからだ。

 そうは思っても、俺はグラスの耳掃除を時々やってしまっている。まぁ、それは例外だろう。グラスがやってくれと求めてくるんだから仕方がない。

 グラスの気分が良くなるのなら、多少の勉強や耳掃除道具を買うことぐらいなんてことない。

 ……しかし、気になる。こうして自分で自分の耳掃除をしていると感じるグラスの熱い視線が。

 さっき耳掃除をやると言ったときも、普段落ち着いていているのにその時だけは情熱的な感情があった。

 グラスを気にしないようにして耳掃除を続けていると、グラスは自分のカバンを開けて中を確認したあとでソファーから立ち上がる。

 向かった先は冷蔵庫の隣にある棚で、そこからガラスコップを取り出すと冷蔵庫の中から氷を取り出して入れていく。

 次に炭酸ジュースのペットボトルを持つと、なぜかコップには注がず、コップと一緒にこっちへと持ってくる。

 

「何をしているんだ?」

「えっと……お気になさらず。トレーナーさんは耳掃除を済ませてください」

 

 声をかけると一瞬挙動不審になるグラスだが、グラスがそんな行動を取るのは初めてで何をやりたいかが全然わからない。耳や尻尾の様子を見ても怒っているわけでも不安になっているのでもないのが謎を強くしている。

 が、考えていてもわからないので言われたとおりに俺は耳掃除を進めていくとグラスはテーブルにそれらを置いてから、ステンレスのマドラーを取ってきて一緒に置く。それと椅子もひとつ持ってきてテーブルの横へ。

 その頃になると俺の耳掃除も終わり、綿棒を置いてあるティッシュで包んで片付けが終わる。

 

「終わりましたか?」

「ああ。じゃあ何のレースから見ようか」

 

 さっきと同じように隣に座ってきたグラスに行ってから自分の事務用机に置いてあるノートPCを持ってこようと立ち上がろうとするも、グラスはすぐに俺の体を押さえてソファーへと押し倒してきた。

 グラスの綺麗でさらさらとした髪が顔にかかり、近くで見るグラスの顔に見惚れてしまう。大人になれば、みんなが振り向く美人さんになると思う。それは俺が恋人として欲しくなるぐらいに。

 つい見惚れてしまったが、仰向けになった俺の上からグラスが見下ろしているのはなぜなんだ。

 

「グラス?」

「……ええと、その、今日ぐらいはゆっくりしたほうがいいかと思いまして。だからトレーナーさんはそこでゆっくり寝ていていいですよ」

「そういうのは仕事が終わってからにする」

「今ぐらいは休んでください。今は私がトレーナーさんを癒してあげたくて。仕事でストレスが溜まって胃が痛いと普段から言っているじゃないですか」

「言ってはいるが」

 

 グラスが今のように強く言ってくるのは時々あって、多くは俺の体調を心配する時だ。

 いったい何があるのかわからないが、さっきと違って耳の動きが左右ばらばらになっているのを見ると不安らしい。

 意味もないことをするわけがないから、俺は黙って従うことにする。レースや練習以外ではいつもはおしとやかなのに、真面目な顔が怖かったというわけではない。

 ……いや、ちょっとだけ怖かった。力があるウマ娘だからこそ、迫力がある。

 

「俺はどうすれば?」

「リラックスしてソファーの上で横になって目を閉じていてください」

 

 ちょっととはいえ恐怖を感じてリラックスは難しいと思いながらも、グラスが俺の上から離れてからソファーの上で仰向けになった。

 だが、グラスが何をするのか気になって目を閉じずにグラスの行動を見ていると、グラスはさきほど持ってきた氷が入ったコップをテーブルごと俺の耳元へ近づけると椅子に座って炭酸ジュースを注ぎはじめた。

 耳のすぐそばでシュワシュワと聞こえてくる音。普段から聞く機会はあるものの、こんなにも耳の近くで聞くのは初めてで気持ちよく感じている。

 

「ダメじゃないですか。目を閉じて意識を集中しないとよく感らじれませんよ?」

「何をするか気になってな」

「安心してください。変なことはしませんから」

「そこは信頼している」

「だったら目を閉じてください」

 

 と、怒った声をするも微笑みを浮かべたグラスが俺のおでこを指で軽くつついてくる。

 そんなグラスのかわいい仕草に俺も笑みが浮かび、言われたとおりに目を閉じた。

 シュワシュワと炭酸のはじけていく音、わずかに聞こえてくるグラスの吐息。

 雨音が弱まってきたらしく、今ならグラスが出す音がよくわかるようになった。

 炭酸の音が弱くなってくると、今度はステンレスのマドラーがコップに入って氷をかき混ぜていく音が。

 それらに強弱をつけられると実に心地いい音となる。

 

「これで炭酸の音は終わりです。次は私がトレーナーさんの耳掃除をします」

「さっきやったんだが?」

「そのあとの処理がまだですよ。私とっておきの道具を用意したので期待してくださいね」

 

 目を開けた俺に、グラスはうきうきとした様子で立ち上がるとドアの鍵を閉めた。

 

「グラス?」

「私たちの間に邪魔が……、ええと、集中が途切れると怪我するかもしれないので」

「邪魔が入るとダメになるのか」

「別にそういうわけではないんですけど、トレーナーさんは黙って私に身を任せていればいいんです!」

「わかった。今だけはグラスに任せる」

 

 グラスの不可解な行動と落ち着かない様子が気になっていると、ソファーに倒れている俺のところへ来ると強引に膝枕の姿勢になってくる。

 グラスのすべすべした太ももの感触や体温がいいなぁ、と感じてしまったことに対して悪いことをした気がするから起き上がろうとする。

 だが、それはできなかった。グラスが俺の頭を両手で押さえているから。

 口を開いて文句を言おうとしたものの、こういう頑固な状態になるとグラスは何も聞いてくれない。

 

「あの、動かれるとトレーナーさんを感じてしまって恥ずかしくなるのでおとなしくしていただけると……」

「それなら膝枕をやめてくれないか。俺も恥ずかしいんだが」

「いえ、やめません。今が好機なので」

 

 何が好機かわからないが、やめる気配がないグラスに全てを任せることに。

 あぁ、グラスの鍛えられた筋肉や俺の頭を撫でてくる感触がもどかしい。緊張と興奮で辛い。

 何度か俺の頭の位置を変え、満足したグラスは前かがみになってテーブルにあるバッグに手を入れる。

 その時にグラスの胸が俺の顔にあた……あたらない?

 こういう時、漫画だと胸の感触を感じて幸せ気分になれるのだが。グラスのような控えめなのではなく、大きいものがいい。具体的に言うならエルコンドルパサーのような。

 ああいう巨乳こそが正義だ。大きい胸は全人類の男たちの憧れだ!

 そう強く思っていると、言葉に出していないのにグラスが怖い笑顔で肘でぐりぐりと俺のこめかみに対してねじこんでくるので腕を軽く叩いて降参のジェスチャーをする。

 ある程度の年月を一緒にいると、考えていることが簡単にバレてしまうらしい。

 

 痛みから解放されてグラスと目を合わせると、顔は笑っているのに目が笑っていなかったのが怖かった。

 もう変なことは時々しか考えないようにしようと決めた途端、グラスは耳かき道具を取り出した。

 その道具、グラスが言っていた耳かき道具は初めて見るタイプの物だった。

 それは羽根箒のような形で1㎝と少しはある長さの毛が放射線状に広がっている。

 耳の奥にまで届くのに恐ろしさを感じ、耳を痛くするんじゃないかと怖くなった。

 グラスにやめてもらおうとしたものの、目をつむり我慢することに。グラスは俺にとって悪いことはしないだろうから。

 今までだって俺が仕事で困った時や他のウマ娘にいちゃもんをつけられている時には助けてもらったし。

 

 顔を横に向け、覚悟を決めると片手でそっと顔を押さえられて左耳に入ってきた。

 細長いそれは耳の奥側まで入っていく。

 

「耳の中には迷走神経というのがあって、そこを刺激されると気持ちがいいんですよ。わかりますか? 私が奥でごそごそしているのが」

「くすぐったい」

「それが気持ちよくて耳かきをたくさんする方がいますけど、やりすぎると病気になりますので2週間に1度ぐらいがいいと聞きました。トレーナーさんも耳かきは間隔をあけてやってくださいね」

 

 耳掃除をしているグラスが言うとおりに、毛先が耳の中にあたると背筋がぞわぞわする気持ちよさが全身を駆け巡る。

 音はごそごそとしているだけなのに耳の奥をさわられると、どうにでもしてくれと無抵抗の気持ちが出る。もっとやってくれとも。

 耳かきの知識なんてのは、気持ちよさのあまりに聞いた瞬間に記憶できず消え去ってしまう。

 

「実はこれ、トレーナーさんのために注文してカバンに入れていたんです。耳かきをしてもらっているので、私もトレーナーさんにできる日が来るかなと思いまして。

 本当はこの羽根箒タイプのではなく、ステンレスや竹製の耳かき道具を考えていたんですけど、人の耳掃除をしたことがないと怪我をさせてしまいそうなのでこれにしました」

 

 グラスの優しい気遣いに感謝はするが、素晴らしい快感が耳に集中している最中だと素直に聞くことができない。

 どうしても耳掃除をされている音に気を取られてしまって。

 

「この耳かきに使っている毛ですけど、私の尻尾の毛を使っているんです」

「グラスの尻尾?」

「はい。尻尾の根元にある毛は弾力性に優れているということなので。あ、心配しないでください。自作ではなく、お店に切り取ったのを送って作ってもらったものですから」

 

 グラス自身の毛を使っているということを聞くと、なんだか背筋が快感とは別に震えてしまう。

 自分の毛を使って、それを俺に使っている。こう、なんというか、愛が重いというように感じてしまう。

 別にグラスからは好きだ、とかそういう言葉や行為をされたことはないが。

 グラスに恋人として好かれた男は大変に違いない。愛が重く、束縛された生活を送るだろう。

 美人で性格のいいグラスにならヤンデレや束縛されてもいいか、とわずかに思う気持ちもある。

 

「細かいのを取り終わりましたので、次は反対側の耳をお願いします」

 

 耳掃除を続けてもらうために一度起き上がろうとしたものの、グラスがなぜか俺の頭を手で押さえつけてくる。

 反対側をするには起き上がって位置を変えないといけないはずなのに。

 

「そのまま顔を反対側に向けてください」

「それだとグラスのスカートに顔を突っ込んでしまうぞ。いいのか、グラスの匂いを存分に味わってしまうぞ?」

「構いませんよ? トレーナーさんにだったら、私の好きなところの匂いを感じてもらっても。……はずかしいですけど、喜んでもらえるのなら私は嬉しいです」

 

 グラスを恥ずかしくさせて手を離させようとしたのに、その意味を理解しての行動だった。

 俺とグラスはトレーナーと教え子の関係ではあるが、これはそれ以上に想われていることはわかる。グラスは優しい子だから、というだけでは片付けることはできない。

 でも俺の勘違いかもしれないために、言葉で確認することにしよう。

 

「そういうのは好きな人にやってくれ」

「好きですよ。好意でなく、愛情という意味で」

 

 顔を見上げて目を合わせると、視線をずらすグラス。

 耳と尻尾も落ち着きなく動いていることから、からかっているわけではなく本気のようだ。

 それに対して俺はどうするか決められない。

 グラスに好意を抱いてはいるが、恋愛感情かどうか考えないでいた。早くても学園を卒業近くになってから考えようとした。

 

「トレーナーさんは私のことを、どう思っていますか?」

「恋愛感情かどうかは、グラスが卒業してから考えようとしていた」

「それだと困ります。トレーナーさんに恋している子は私の他にいますから。トレーナーさんの気持ちを待っている間に奪われたくありません」

 

 俺を好きなのは他に誰がいるかということに興味はあるものの、それをグラスに聞くなんていう失礼なことは聞かない。

 考えるべきは俺が今のグラスにどういう気持ちを持ち、返事をするかだ。

 

「…………考えていいか?」

「いいですよ。私も急でしたので。それでは頭を反対向きにしてください。続きをやりますから」

 

 即答できず男らしくないと言われかねないのに、長い時間のあとに言った言葉をグラスは微笑んで許してくれた。

 だから、さっきまでは断っていたことが断りづらい。

 俺はグラスに言われたとおりに、その場で頭を反対側に向ける。

 目の前に広がる光景はグラスのスカートと、見えそうで見えないスカートの中。それといい匂いを感じる空間だ。

 

「それでは始めますよ」

 

 今から耳かきをされたら理性が持たないんじゃないかと怖がった瞬間に耳かきは始まり、さきほどよりも強い快感が。

 耳かき+グラスの体温と匂いがもう……。

 グラスのすべてに包まれているように感じ、もう耳かきをされたまま動きたくない。

 膝上も居心地がいいし、毎日30分はこうされたい。

 グラスにすべてを任せて気持ちよくなっていると、不意にグラスが手の動きを止めて俺の耳元へ顔を寄せるのを感じる。

 そして聞こえてくるのは、脳の奥へと響くような優しいささやき声だった。

 

「……トレーナーさん、好きです。大好きです。あなたのかっこいい真面目な表情、私を優しく撫でてくれる手、悪いことは悪いと言って良いときは褒めてくれる。そんなあなたが私は大好きです」

 

 気持ちのいい声と共に伝えられる愛の言葉。

 俺を褒めながら伝えてくれるそれに、心臓の鼓動は強くなってくる。

 まっすぐに好きと伝えられると、グラスに対しての感情が強くなってきてしまう。

 抑えようとしていた。俺がグラスに向ける恋心を。

 まだまだレースが続くのに、もし恋人関係になってしまったら練習で甘くしてしまうだろうから。

 だから、俺の手から離れてからにしようと考えていた。

 そんな苦悩を知ってか知らないのかはわからないが、グラスの甘いささやきは俺の理性を壊してくる。

 

「あなたと一緒の時間を増やしたいし、一緒に添い寝やご飯を食べたいです。大好きです。愛しています。どうか私の恋人になってください」

 

 グラスの手にはもう耳かき道具はいつのまにか持っていないらしく、両方の手で俺の頬や頭を撫でてくる。

 グラスの声と手によって俺の心は陥落しかけ、学生相手だけど付き合ってもいいかと思う。

 実際にトレーナーとウマ娘で付き合っている人たちもいることだし。

 俺自身もグラスに好意を持っているのを伝えようとするが、ふと思い出したことがある。

 それは恋人関係になってしまえば、俺は必ずグラスに甘くなってレースやライブの練習が甘くなってダメになるんじゃないかと。そして、それによって俺から離れていくかもしれない。

 

 グラスにやられてしまいそうになっている理性を集めると、グラスの腕を軽く叩いて仰向けの態勢になる。

 そこには顔を赤くしてうるんだ目で、俺を優しい目で見つめてくるグラスの顔があった。

 

 雨音がなくなっている今、グラスの吐息と部屋の外から聞こえるウマ娘たちの練習を始める声だけが聞こえる。

 まっすぐに想いを伝えられると、俺まで顔が赤くなってしまっているのがわかる。

 グラスをこれほど近くで見ることはあまりなく、この色っぽさがある表情を見ると子供ではなく大人に近づいていると思う。

 俺が何も返事をできないでいると、グラスがゆっくりと俺へと顔を近づけてくる。

 

「嫌だったら言ってくださいね」

 

 そう言って目を閉じたグラスの唇が近づき、俺は抵抗することなく俺も同じように目を閉じる。

 吐息の温度を感じ、そして唇に柔らかい感触がやって俺の呼吸は止められた。

 キスをした瞬間に心臓の鼓動はうるさく鳴り響き、触れた唇はとても熱く感じる。

 ついばむようなグラスのキスを受けいれていく。

 

「んっ、はぁ……んむっ……」

 

 初めてするグラスとのキス。

 軽く押し付けるだけだった不器用なキスだったが、次第になれてくると唇を吸い上げてきたり、唇の端を舌で舐め上げるといったことをしてくるようになった。

 俺の頭を抑えるグラスの手がキスをするたびに強くなり、痛みを感じるがそれ以上に気持ちよさがやってくる。

 グラスが熱心にキスをしてくるから呼吸が苦しくなり、わずかな隙を見ては口を開き酸素を求める。

 それと同時に目を開くと、目をうるませていたグラスはキスするのをやめてくれた。

 グラスは息が乱れていなく、さすがウマ娘だということに感心してしまう。

 こんな色っぽい状況なのにウマ娘の特徴を考えてしまうのはトレーナーならではの職業病だ。

 でもそれがいいことでもある。耳や尻尾の動きでグラスがどれぐらい嬉しいということがわかるから。

 

「あぁ、私、すごく幸せです。トレーナーさんとこうしてキスができるなんて」

「キスは気持ちよくなかったと言われなくて安心するよ」

 

 グラスは満ち足りた表情をし、同時にうるんだ目で俺を見つめてから再び顔を近づけてくるが、俺はおでこに手を押し当てて動きを止める。

 気持ちよくはあるが、これ以上され続けるとキスだけじゃ我慢ができなくなってしまう。

 それにここはトレセン学園の中だ。ずっと続けていたら、誰かに見つかる危険性がある。

 トレーナーと学生。青年と未成年。

 耳かきで変わっていく俺たちの関係。

 そんな関係性の恋愛はあまり褒められたものではないだろうが、恋心を持ったらどうしようもない。

 特にグラスほどのまっすぐな愛情は。

 大人になると恋愛感情だけでは恋人を作らず、その人の職業や収入などを気にするようになる。

 でも俺は純粋な好きという気持ちで恋に落ちてしまった。

 栗毛でかわいいグラスワンダーというウマ娘に。

 

 キスを通じてお互いの気持ちがわかり、恥ずかしくも嬉しい気持ちになったあとは普段どおりの練習をさせ、終わったあとはいつものように別れた。

 トレーナー室での出来事はまるでなかったかのように。

 でもそれも仕方ないかとも思う。外にいたんだから、トレーナー室でしたようにキスをするのは他のウマ娘たちに注目をされてしまう。

 だからグラスは変わらなかった。

 そんなことを寂しく思いながらトレーナー室に戻ると、キスをしたのを思い出し、それが恥ずかしくて仕事と勉強を夜遅くまでした。

 そうして夜遅くまでいると、自然と眠くなり目を閉じてしまった。

 今日は幸せな1日だと思いながら。

 

 

 ◇

 

 

 ―――温かいぬくもりと女性が使うシャンプーの甘い匂いを感じて、目を覚ます。

 ぼんやりとしながら目を開けると、そこには知らない天井が見えた。

 薄暗い明るさの中で見る、トレーナー室でも自宅でもない模様の真っ白な色をした天井。

 なんでここにいるんだ、とうまく動かない記憶をたどると、ここに来る前は机に突っ伏してトレーナー室で寝た記憶がある。

 グラスとキスしたあとはいつも通りにグラスのトレーニングをし、グラスが帰ったあとは机に向かって夜遅くまで仕事をしていた。

 なのに、なんでここにいるんだろうか。そもそもここはどこだ、と自分が下着姿でベッドに入っている状況を確認してから顔を左へ向けると、そこには愛しているグラスの眠り顔が。

 薄い青色のパジャマを着て、鼻と鼻がくっつきそうなほどに。

 それと俺の左腕を抱き枕のようにして抱き着いてきている。グラスの控えめな、けれど柔らかさを感じる。

 

 そこで気づいた。寝る時はブラをしないということを。だから、この柔らかさは刺激的だ。それもベッドの中でだ。

 ここにやってきた過程はわからないものの、ベッドに連れ込まれているというのはわかる。

 でもそれ以上に思考が進まなかった。

 なぜなら、こんなにも無防備でかわいいグラスの寝顔を見てしまったから。

 俺が愛するウマ娘。そんな彼女がこんなにも近くでいたら見るしかない。

 今までも時々はこういう距離があったものの、恋愛感情あるのとないのとじゃ大きく違う。好きになった今では緊張と興奮でドキドキする。

 

 そうして、ただただグラスの寝顔を見ていると、ふと強い視線を感じた。

 その方向へ体を向けると、そこには髪を下ろしてマスクを外しているエルコンドルパサーがいた。

 ポニーテールじゃなく、セミロングの髪型でマスクがない顔をしたエルはベッドにすっぽりと包まれていて、顔だけを出していた。

 海をイメージする深い青色の目でじとーとした様子で俺を見つめていた。

 不審者扱いされているのか!? と驚き、そこで慌てて首を動かして周囲を見渡す。

 視界に入るのは12畳ほどの広さがあるフローロングの床。本棚や化粧台に制服を掛けるハンガー、鷹が入っている鳥かごにタンスがある。それによって、ここがどこかの答えが出た。

 

 ここはウマ娘寮だ。

 トレーナーでも寮長や学校からの許可がないと入ることができない禁断の場所。緊急以外で入ると罰を与えられると前もって言われている。

 今なら言い訳のしようもない。エルとは親友のように良い関係だが、さすがにこれは訴えられても仕方がない。

 でも言い訳をさせてくれるなら、俺が知らないうちにここへ来ていたと言いたい。ここに連れてこられたと。

 それはきっとグラスだと思うが。

 だとしても、ここに来るまで俺が起きることもなく、また寮の人に気づかれないというのが気になるところだが。

 それよりも今はエルのことだ。

 できうる限り素早く彼女を説得し、何事もなかったかのように部屋から出ていきたい。

 

「あー……おはよう、エル」

「ブエナスディアス。よく眠れましたか?」

「状況はわからないがぐっすりと。だが言わせて欲しいことがひとつある」

「なんですかー?」

 

 スペイン語で挨拶をしてくれるエルだが、寝起きのためかテンションが低く、普段会っている時のハイテンションな様子が見られない。

 その低いテンションなため、物凄く責められている言葉に感じられる。

 自分の意思でここに来たわけじゃないと伝えるために起き上がろうとするも、後ろから伸びてきた手が首に巻きついてきて力任せでベッドの中へと戻された。

 

「ダメですよ、トレーナーさん。いなくなっちゃダメです」

 

 と、そう耳元で甘くささやいてきたグラスの声が。

 この様子を見ていたグラスはため息をつき、ベッドから起き上がる。

 薄い赤色のパジャマを着ていたエルは部屋のカーテンを開け、まぶしい朝日の光を部屋に入れたあとに思い切り両腕を上へと向けて背伸びをする。そうしたあと、じっと俺を見つめてきた。

 

「グラス、きちんと目を押さえていてくださいねー?」

 

 エルがそう言った途端、俺の視界はグラスの手によって暗くなった。

 慌てて手をどかそうとするがグラスの力は強く、どかすことができなかった。

 仕方なく抵抗をあきらめると、エルが言った言葉にはなにかしらの意味があると思い、グラスに目をふさがれたまま、おとしなしくすることにした。

 少しして聞こえてくる音は、エルが服を脱いでいく音だ。次にはハンガーから服を取り着ていく音が。

 視界がなくとも衣擦れの音だけが聞こえるのはなんだかドキドキする。

 

 昨日、グラスとキスをした時ほどではないが女子高生が至近距離で着替えをしているというのはなんとも刺激がある。

 これでも健全な男であるから、少しだけ興奮してしまうのが悲しい。

 エルとは女性的な意味で仲良くしているのではなく、兄と妹のような関係性だから。

 精神を落ち着けるために深呼吸をするも、つまりは女性の甘い匂いを胸いっぱいに吸うことになって落ち着くことは少ししかできなかった。

 衣擦れの音がなくなり、髪にブラシを通す音が終わると足音が近づいてくるとグラスの手が離されて首元にまた手を回されると視界が戻ってくる。

 目の前には制服を着て、マスクを着けたエルの姿があった。

 

「なんでこんな状況になったかを知っているか?」

「昨日、グラスが毛布に包まれたトレーナーさんを持ってきましたよ! あ、服を脱がせたのはグラスだから安心してくださいね!」

 

 普段どおりのテンションになったエルに元気よく教えてもらった。

 俺が知らないうちに部屋に来たわけではなく、グラスに連れてこられたのがわかって一安心だ。脱がされたというのに恥ずかしさを覚えるが。

 そうして答えを聞いたあとに疑問が出てくる。なんでその場で起こさずにわざわざ連れてきたのかということを。

 

「答えを教えてくれるか、グラス」

「あのままだと風邪を引きそうだったので連れてきただけですよ?」

「寮に連れてくるのは問題があるだろ」

「事前にエルから許可を取りましたし、寮長のヒシアマゾンさんにも。トレーナーさんの許可はありませんけど」

「同意の上で連れてきたと思ったんですが、グラスの独断でしたか……」

「それでも男がウマ娘寮の、ましてや部屋に入るのは問題だ。もしかしたら風紀委員や警察のやっかいになるかもと思って心臓に悪いんだが。……エル、朝から疲れた俺をなぐさめてくれ」

 

 そう言うとエルはいたずらっぽく笑って床に膝をつくと、俺の頭へ向けて手を伸ばしてくる。

 

「エルがいい子いい子してあげますねー?」

「―――さわらないでください」

 

 エルが手を伸ばして俺の頭にさわろうとした瞬間、グラスの低く機嫌悪そうな声によって手の動きは止まった。

 その予想外のことに固まる俺とエル。

 5秒ほど時間が経ってからエルはまた俺の頭を撫でようとするが、また同じ言葉をグラスは言った。

 そうしたあとにグラスは腕に力を入れ、俺を離さないようにして強く抱き着いてくる。

 背中に胸が強く押しつけられて小さな幸せが来るものの、グラスの低く威嚇する声で背筋が冷たくなってしまう。

 

「この人は私のです」

「えっと、でもエルのおにいちゃんみたいな人ですから、こういうスキンシップは当然で―――」

 

 エルが言い終わる前に、グラスは俺の顔を掴むと後ろから身を乗り出して目をつむりながら唇へとキスをしてきた。

 押し当てられるキス。でもそれだけじゃなく、舌を入れてこようとしたので慌ててグラスの肩を強く叩いて止めようとするもグラスは続けてくる。

 舌が入り、口の中を舐めまわされてから舌と舌がからみあう。

 甘い刺激でされるがままになっていると、エルの「うわぁ……。うわぁっ……!」と恥ずかしさと驚きが入り混じった声が聞こえる。

 お互い荒い息をしながら30秒ほどキスをすると、ようやくグラスが離れてくれた。

 俺のグラスの口の間にはつなぐように糸を引きながら。

 グラスは自身のパジャマの袖で俺の口を拭いてから自分のを拭いた。

 

「私の恋人に手を出す時は許可を取ってください」

「え、恋人!? いつからですか!?」

「昨日の夕方からですよ」

 

 幸せそうなな声を出し、赤くなった頬で俺へと頬ずりをしてくるグラス。

 さっきまでの緊張していた空気が少しゆるくなり、安心して背中に感じる胸の柔らかさをとても感じるが、もう少しボリュームが欲しいと思ってしまった。

 多くの男は大きい胸が好きなわけだが、俺と同じように思うのは当然だ。別に胸の大小で好きになったわけじゃない。

 でもちょっとだけ寂しく思うのは許して欲しい。

 まぁ、胸の感触はとても嬉しいものだが。

 恋人宣言を受けたエルの方はというと、親友であるグラスが恋人を作ったことにショックを受けたらしく、呆然とした様子で俺とグラスの顔を見比べている。

 だが、突然のことで驚いたのか不安そうに左右の耳をばらばらに動かしながらも、一呼吸してから明るい笑顔を浮かべてくれた。

 

「……そ、それはおめでたいことです! えと、その、先に食堂に行って1人分のご飯を追加してもらううに言ってきますね!!」  

「エル!」

「トレーナーさん。行ってはダメですよ」

 

 冷たい声で言ってくるグラスは俺に足をからめて動けなくしてきて、首しか動かすことができない俺は背を向けて部屋を出ていくエルを見送ることしかできなかった。

 部屋を出る時に閉めるドアの音は寂しく聞こえ、それがエルの心境と同じなんじゃないかと錯覚してしまう。

 エルがいなくなり、グラスと抱きしめられている俺は力を抜いてグラスの好きなようにさせる。

 

「女性と仲良くするな、と言うわけではありませんけど、今だけはエルに優しくしないでください」

「だが、俺はエルも大事に思っているんだ。あいつは妹みたいに仲良くしてくれて……」

「それで構いませんよ。エルはあなたの妹役。私が付き合ったと聞いてもエルが今までと同じなら、その関係性を変えないでください。エルがあなたを好きと言うのなら、その時に考えましょう」

 

 さきほどのような冷たさはなく、どことなくエルを信頼しているような声色のグラスは俺の首筋へ顔をうずめてくる。

 その言葉を聞いてグラスやエルたちは中等部で精神が幼いままだと思っていた。でも子供のようにみんな仲良しというには行かない。

 俺はエルに恋愛感情を持ってはいないが、恋人になったグラスからすれば心配だっただろう。

 だから今こうして恋人だという宣言をした。

 俺をここに連れてきたのもそういうこと……なのかはわからないが。トレーナー室で寝たのは偶然で、もし起きていたらここには来なかっただろうし。

 詳しいことはグラスに聞いたら教えてくれるかもしれないが、なんとなく連れてきた理由はわかる。だからこそ、グラスの口からは聞きたくはない。

 グラスとエルはいつまでも仲良くして欲しく、今までと変わらない関係が俺は欲しい。そして朝のうちに関係を良くできないかと悩む。

 女性同士の友情関係というのはどうにも理解ができないものの、さっきの手を叩き落すのはよくないというのはわかる。

 エルが俺に向ける感情は恋愛までは行っていないだろうし、さっきのは恋人になったばかりだからこそグラスが他の女性、エルといえども近づけたくなかったのかもしれない。

 だからこそ俺が原因で仲を悪くさせたくなく、そのためには行動をしないといけない。

 

「グラス、そろそろ着替えてくれ」

「わかりました。あ、恥ずかしいですけど、私の着替えを見ても構いませんよ?」

「俺が構う。終わったら教えてくれ」

 

 グラスは俺がそっけないことを言っても楽しそうに笑い、俺の首筋を1度手で優しく大事に撫でてから離れていく。

 背中からグラスが離れると、背中にあった温度が寂しくなりながらも俺は布団を頭からかぶってグラスの甘い匂いがする布団の中で視界をゼロにする。

 恋人関係になったとはいえ、グラスが大人になるまではプラトニックな関係でいたい。セックスはせず、キスもあまりしないという意味で。

 お互い好きでも制限をつけないと困ることになる。レースに集中させたいし、メディアが問題にしてくるからだ。

 朝飯を食ったあと、トレーナー室でそのあたりをグラスに話しておこうと考えたところで気になることがひとつ出る。

 それはグラスの匂いということだ。布団の中だからそれはたくさんあり、ムラムラまでは行かないものの気になって仕方がない。

 早く着替え終わってくれと祈りながら待ち続けていると、そっと静かに布団を持ち上げられた。

 

「次はトレーナーさんの着替えですよ」

「ん、あぁ」

 

 制服姿になったグラスは微笑みながら俺を見てくる。

 そのグラスを見ながら、俺は部屋を見回して自分のスーツを探していく。

 起きた時には気がつかなかったが、ハンガーにスーツが掛けられていた。

 すぐに着替えようとしてベッドから出ようとするも、寸前で下着姿なことに気づけた。

 男だから下着を見られてもいいとは思うものの、年頃の女の子であるグラスに俺の体なんかを見せていいのかとも思う。

 腕や足の毛は剃っていなく、人に見せられるような肉体でもない。

 1度グラスに出てもらうか? と悩んでしまう。

 

「昨日、私のベッドに入れる時に拝見しましたので今は心の準備ができているから大丈夫ですよ?」

「見苦しかっただろ。ごめんな」

「いえ、そんなことは。ただ、見ていてドキドキしただけです」

 

 ほんのり恥ずかしそうに言い、反応がそれだけなら着替えてもいいだろう。

 でも自分が知らないうちに服を脱がされたという事実はなんというか、……なんだ。言葉にできない恥ずかしさがある。

 いつもおとなしめなのに、昨日からテンションが高いグラスに振り回されているから何かいたずらがしたくなった。

 なので起き上がる時に整えられたグラスの髪を両手でぐしゃぐしゃとかき回す。

 さらさらとした髪の感触に驚き、普段の頭を撫でる感触とずいぶんと違うんだなと思いながらハンガーにあるスーツを着ていく。

 ワイシャツやネクタイは昨日の汗を吸って不快感はあるが、それも今だけの我慢だ。

 寮を出たら1度自宅に帰ってシャワーを浴びないとな。

 服を着たあとにネクタイを結ぼうとしていると、乱れた髪を直したグラスが楽しそうに俺へと近づきたくなる。

 

「あの、私にネクタイを結ばせてくれませんか?」

「できるのか?」

「動画で何度も見ただけですけど。本当は練習をしていればよかったんですけど、付き合っている相手もいないのに練習するのは変に思われるなと思って」

「飯を食って寮を出たあとは1度家に帰るから短時間しか着けれないぞ」

「はい、それで充分です」

 

 グラスが俺のすぐ前に来ては、首にかけただけのネクタイに手を伸ばして結び始めていく。

 でもすぐにはできなかった。初めてのネクタイに、身長差もあって結びづらいから。

 結んでくれるのを待つ間、これから寮の食堂へ行ったときに他のウマ娘になんでいるのかという言い訳を考える。

 ―――そんなことを考え始めて10分が経った。

 不格好ながらも結べてはいるが、綺麗にできていないのが我慢できずに何度もやり直している。

 その負けず嫌いの精神はとても好きだが、このままだと長い間部屋から出られなくなってしまう。

 

「それでいいよ、グラス」

「でも私は綺麗に結びたいんです」

「今はこれでいい。次までに練習をすればいい」

「……また結ばせてくれるんですか?」

「ベッドに誘拐しないなら、機会があった時に結んでもいいさ」

「そっけないけど、時々私に優しくしてくれるあなたが好きですよ」

「ありがとう。そう言葉に言ってくれるグラスが俺も好きだ」

 

 俺の言葉で照れているグラスはかわいい。元からかわいかったが、関係性が変わった今は好きだという言葉がお互い普通に言えることができるから新しい一面を発見できた。

 それと恋人になったが普段とあまり変わらない関係性に落ち着くようで嬉しい。

 急にいちゃいちゃされる、べたべたされる、恋人だからということでわがままを言わないのは助かる。

 いや、同意もなくベッドに連れてこられたのはわがままになるか?

 グラスとの付き合い方についてはトレーナー室で話し合うから、その時だ。

 あまり行きたくはないが、今は寮の食堂に行かないとな。

 エルが俺たちのご飯を用意しているだろうから。

 

 部屋を出ようとするときにグラスが手を恋人繋ぎで握ってくるが、それを許した。ただし、部屋を出るまでという5秒ほどのごく短い時間だが。

 それがいたく不満だったようで、食堂に行くまでグラスに尻尾でぺちぺちと足を叩かれ続ける。すれ違い、または一緒の方向へ行くウマ娘たちにはすごく不審がられて居心地が悪かった。

 食堂に行ってもそれは続き、入った瞬間には楽しく会話しいていた子たちの多くがはじめは不審の目で。次第にグラスがしている意味がわかったのか、好奇心できらきらとした目で見てきて注目の的になるのは落ち着かなくて居心地が少し悪くなる。

 彼女たちの頭の中ではいったいどういう関係性に見えるか気になってしまう。

 

 でもグラスはそれを気にせず、ご飯を確保して席を取っていたエルのところへ行く。

 俺もその後を追いってエルが座って待っているところへ近づいた。

 するとエルは気を利かせたのか、グラスが尻尾で俺の体を機嫌良くさわり続けているのを見ると朝食が載っているお盆を持ってどこかへ行こうとする。

 

「一緒に飯を食うぞ」

「でもエルは2人の邪魔をしたくはなくて……」

「俺はエルと一緒に飯を食いたいんだ。昨日までは仲良くしてくれたのに、一方的に冷たくするのはひどいと思うが?」

 

 エルは不安そうにグラスを見るが、グラスはエルと目を合わせて微笑むと先に座った。

 朝のようにグラスがエルを拒否するかと心配したが、やはりグラスとエルは親友で起きた時にあった一件はちょっと独占欲があふれてしまっただけだろう。

 グラスは負けず嫌いではあるが、とても優しい心を持つ子だから。

 エルは立ったまま悩んでいるが、俺が座ってエルを見つめると、仕方なくといった様子でグラスの隣へと座った。俺はふたりが座るグラスの向かい側の席だ。

 そうして3人で食べ始める朝ごはん。

 ウマ娘専用の寮に朝から男の俺がいるからか、周囲からの視線を感じながら食べて始める。

 今日の朝食は米に鮭、納豆や生卵に味噌汁という和食だ。それに追加して量の多い肉炒めが。

 人の身でウマ娘と同じメニューや量は辛くもある。

 なので、朝に悪いことをした謝罪とエルとも仲良くしたいという意味を込めて肉を皿ごと渡す。

 

「エル、これをやる」

「私も半分あげますよ、エル」

 

 俺とグラスから肉を渡されて、エルの肉炒めは超大盛になった。

 急に増えたことに困惑したが、そこはウマ娘。好きな肉が増えたことで喜んでいるのが耳の動きでわかる。

 

「あの、私に気を遣わなくても―――」

「食べ始めないと取り上げるぞ。5、4、3……食べたか。それでいいんだ」

 

 プロレス好きなエルに対して俺がカウントを取り始めると、即座に反応して食べ始めた。

 エルが食べ始めるのを見てから、俺とグラスは自然に目を合わせて微笑みあい、ご飯をゆっくりと食べ始める。

 食べながら俺たちは雑談をし、朝のことがなかったかのようにエルとグラスは楽しく話をしている。だが、聞いている方は恥ずかしいというか、穴があったら隠れたい心境だ。

 なぜなら話題が俺とグラスが付き合うにいたった過程だからだ。それにグラスが俺のどういうところか好きな部分を。

 他のテーブルに座っているウマ娘たちは、俺たちの方を見てはいないが耳がこっちへはっきりと向いているのは見てわかる。

 ……どうかウマ娘たちの間で、変な噂話ができないで欲しいと願う。俺が強引に迫ったというようなことが。

 

 話題には心配しまくりだが、グラスとエルが楽しそうに笑いあう姿を見ると実に安心する。

 話の内容は、朝だけは独占したかったことの説明と謝罪、それと俺のことをいい男だとか私1人にはもったいないなんてことを。

 俺とグラスが付き合い始めたのがきっかけで、2人の友情にヒビが入ったなんてことになったら俺は物凄く後悔をするだろう。

 だから、仲良く話している様子ならグラスと健全なお付き合いをしつつ、今までどおりエルと一緒に遊べる。

 グラスが先にご飯を食べ終わり、次に俺、エルの順番に。全員が食べ終わったあとは、すぐに片付けて自室へ戻るのかと思うとエルが勢いよく立ち上がり俺をにらむかのような目つきで見てきた。

 ただ事ではなさそうな気配を感じた周囲の視線が集中し、食堂が静かになったところでエルは机に両手を叩きつけるように置くと、尻尾をピンと持ち上げて耳をまっすぐに俺へ向けては身を乗り出して近づいてくる。

 

「あの、トレーナーさん、好きです! 私を2番目の恋人にしてください!!」

「…………恋人?」

「はい! グラスの話を聞いてわかったんです。兄みたいだと思っていた今までの気持ちは、恋心だったと言うことを!」

 

 きらきらとした目で勢いよく語るエルに、俺はどう反応していいか困っている。

 昨日恋人としてグラスと付き合い始めたのに、これだと俺から恋人を奪おうとしている女と思われるんじゃないか、おい。

 せっかくグラスとエルの関係を今まで通りにしたいと思っているというのに! それにエルのことは妹同然という意識だから告白をされても困る。

 あと、ここでグラスと付き合ったのがバレたじゃないか。周囲の静かすぎる沈黙が怖い。食堂の厨房ですら調理する音が止まっているんだ。

 こっそりグラスの方を見ると、グラスはエルを見て怒っ……てはいない。気分良さそうにしている。グラスが何を思っているのかはわからなく、どうすればいいか聞きたくなる。

 だが、この状況で答えないでいると情けない男なってしまう。ここでどう答えても正解はないとしても。だから覚悟を決めて振ろう。

 そう思って口を開いた途端、エルは机から離れると晴れ晴れとした様子で、けどすごく恥ずかしそうだ。

 

「もやもやとした気持ちがすっきりしてもう、幸せデース! だからエルのことを、その、グラスと一緒に……」

 

 俺がエルの目をじっと見つめると、エルは俺から目をそらして穏やかな表情をするグラスを見てから、思い切り顔を赤くする。

 グラスが何か言おうとした瞬間、エルは勢いよく食堂から走って出ていった。

 周囲からの黄色い歓声を背に受け、今まで見た中で1番を争うほどのスタートダッシュの良さで。

 その走りに見惚れてしまったものの、ここからどうすればいいんだ、俺は。

 

「追いかけてください。そしてトレーナーさんは私と同じようにエルから耳かきをしてもらうといいですよ。あなたの隣に私だけがいるのは寂しいですから」

 

 グラスの言葉を聞いた周囲はそれがどういった意味を持つ言葉かわからないだろう。いや、後半はわかると思うが前半はわからない。

 俺がグラスと付き合うきっかけになった耳かきのことを。

 その意味がどういう意味を持つかまでは聞かない。きっと俺とグラスは分かり合えている。

 

「行ってくる」

「私の大切な親友をお願いしますね」

 

 手を優雅に振るグラスを見ながら、エルは大事な子だから話をきちんと聞いてあげよう。

 グラスからは2人目の恋人にしてもいいよ、と許可はもらったが話し合いをしてからだ。

 いつも自信たっぷりだけど、焦る姿がかわいいエルを捕まえるために俺は食堂を出ていく。

 エルが出ていった時と同じくらいに黄色い声援を受けて。




全力で書くとこういう感じに。
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