ウマ娘恋愛短編集   作:あーふぁ

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百合


29.フジキセキ(百合)『王子様は恋する子』

 瑞々しい葉桜が目に優しい4月の中頃。

 この時期はトレセン学園に新入生が入り、未来にたくさんの希望を持っている子たちがアタシの目にまぶしくうつる。

 あんな元気でなにもかもが楽しいと思えるような姿なのは。

 そう思うのはトレーナーとしての仕事を頑張りすぎて、うまく疲労が抜けないからかもしれない。

 

 25歳でトレセン学園所属の新人女性トレーナー。

 それが私の職業。

 担当ウマ娘は高等部2年のフジキセキと専属契約を結び、でもフジキセキのために自分で仕事を見つけ、作っては学園の校舎内にあるトレーナー室にこもって静かに仕事をしていた。

 安いパイプ椅子に座り、安っぽい合板性の机に向かっては読書を。

 読むのはスポーツをやるウマ娘に関する栄養学の本だ。

 

 ウマ娘は人よりもたくさんの栄養と量を必要とするため、何を食べるかの指示やアタシ自身が何を作って持っていくかを日々勉強している。

 トレーナーによってはヘイキューブという、植物を圧縮してブロック状にした食べ物を中心にして与えることもある。

 栄養がバランスよく入っているそれは栄養管理が楽だけど、食べていてつまんないし、食事は心の癒しだからアタシは使っていない。

 実際に食べたことがあるけど、そんなおいしくないし。

 

 フジキセキとの朝練後から4時間ほどをずっと悩んでいるけど、料理は奥が深すぎる。

 将来、アタシが結婚をした時に旦那の料理を毎日すると考えると今から気が滅入る。

 まぁ、そもそも恋人なんてのはいないけどね! 見た目の影響で男性からの人気も低く、だからといって自分が過ごしやすい恰好でいたいし。

 スーツを着ているとはいえロングヘアで染めた金髪なせいか、「レディースっぽいね!」とフジキセキ以外に教えた子や同僚たちから言われているし。

 目つきだって悪いし、胸のサイズは70という小ささは受けが悪い。

 

 独身で人生が終わろうとも、トレセンでトレーナーをしている限りはそれもいいかなと枯れ始めている近頃。

 段々と気分が落ち込んできたところで授業終了のチャイム音が鳴る。

 腕時計を見ると時刻は12時。

 カフェテリアに行ってテイクアウトで何かおいしいものを買ってこよう。

 今日はいつもより豪華にして!

 

 そうして買ったものはオムライスと缶コーヒー。

 いざ贅沢をしようと思ったものの、贅沢のやり方を忘れるほどにフジキセキやウマ娘関連の道具に金をつぎ込んでいたためにお金の使い方がわからなかった。

 昔は肉や甘いものをたくさん買ったというのに。

 心が老齢化しつつあるのにショックを受けながら、元気に廊下を走っていくウマ娘たちを見ると、若いっていいなだなんて思ってしまう。

 

 アタシだって女子高生の頃は同じように元気だったと自分を励ましながらトレーナー室へ戻ると、そこには制服姿のフジキセキがいた。

 イケメンな顔立ちと女心をくすぐる言葉遣いで女性人気が非常に高いフジキセキはソファーに座っていて、目の前にあるテーブルにはかわいらしい小袋がひとつ置いてある。

 その中身は手作りっぽいビスケット。

 

「待っていたよ、トレーナーさん」

「待たせてごめんね。お昼を買いに行っていたから」

 

 ご飯を食べるために仕事机へ向かう途中、フジがふんわりと尻尾を動かして微笑みながら手招きをしてくるのでちょっと距離を開けて隣へ座ると弁当をテーブルへと置いた。

 

「何か用事があったの?」

「調理実習でビスケットを作ったからね

「フジのことだから、後輩たちにあげると思っていた」

「それは別に用意していて放課後にあげるさ。誰よりも大事な君には1番にあげたかったんだ」

 

 ウマ耳をピンとまっすぐに立てつつ、まぶしく輝く白い歯を見せては太陽のように光り輝く笑顔を見せてくる。

 それは女のアタシでもときめきそうでセリフと喋り方がかっこよく、ファンの人が見たら興奮のあまりに倒れてしまいそう。

 ううん、絶対倒れるに違いない。

 

「そういうセリフは好きな人に言うものよ?」

「私はトレーナーさんのことを心の底から好きだよ」

 

 そう言ったフジキセキは私の手の上に手を重ねていうけど、いつも手や体をさわられるアタシはあまり気にしないことにする。

 恋はしたいけど、恋愛対象は男性なわけで。フジがこの言葉のとおりにアタシを好きだったとしてもアタシは恋愛的な意味で好きにはなれない。

 なかなか恋愛できない自分にため息を出しつつ重ねられた手をもう片方の手で外すと、アタシはオムライスが入ったお弁当箱のパックを開け、一緒についてきたスプーンで食べ始めていく。(一緒についてきたケチャップの小袋はアタシが開けると爆発するので放置)

 

 甘いふわとろ玉子によって閉じ込められた、酸味があるケチャップライスが口に入ると幸せがすぐにやってくる。

 庶民的な味だけど、こういうのは最高級なステーキと同じくらいに感激できる。

 

「フジもお昼を食べてきたほうがいいよ。話があるなら食べ終わってからのほうが安心でしょ?」

 

 ふたくちほど食べたあと、食べるアタシをじっと見つめてくるフジへと声をかける。

 フジはアタシが放置していたケチャップの小袋を手に取って開けると、私のオムライスへと文字を描き始める。

 その文字は『LOVE』と。

 よくドラマや漫画で描かれるのが多い文字ではあるけど。なんか食べづらい。

 ニコニコと笑顔を浮かべて私の反応を待っているフジをあえて無視し、Lの部分をスプーンでまるごとすくって食べる。

 

「うん、おいしい」

「私の愛が入っているからね」

「うん、ありがとー」

「もっと感激して欲しいな」

 

 お腹が減って棒読みで返事をすると、苦笑するフジ。

 会話よりも今はオムライスが優先。

 ゆっくりと味わうオムライス。うん、この黄色いふわふわは最高ね。

 

「そんなにおいしいのなら今日は私もオムライスにしようかな」

「これ、甘いよ?」

「甘いのは得意じゃないけど君と同じものを食べれば、同じように幸せな気分になれるんじゃないかと思ってね」

「オムライス、子供っぽいって言わないんだね」

「私が? そんなことは言わないさ! 好きな食べ物があるのは素敵なことだからね」

 

 おおげさに両手を広げて感情表現するフジの手をよけながらアタシはオムライスを食べ続けていく。

 フジが人気ある理由のひとつとして人をバカにすることがないというのがある。

 他には親切でおせっかい。誰かが困ってくれると助け、悩み相談に乗って励ます。

 それはファンやウマ娘の子たちだけではなく、アタシにも同じことをしてくれる。

 契約を結んで3年目。

 色々と辛いことがあったけど、先輩や同僚から暴言や嫌がらせを受けても仕事を続けられるのはフジのおかげ。

 トレーナーと担当ウマ娘という関係だけど、その関係の前に親友とアタシは勝手に思い込んでいる。

 休みの日になれば一緒に買い物へ行き、お互いに愚痴をこぼす気安い関係。

 

「フジはいっつもアタシに優しいことを言ってくれるねぇ」

「言葉だけじゃなく、トレーナーさんのお腹にも優しいさ。この作ってきたビスケット、今日のおやつに食べて欲しいな」

「手を合わせて感謝してから食べるよ」

「いつもお世話になっているんだ。もっと気楽に食べてくれて構わないよ」

「それじゃあ、近いうちにアタシも何か作って持ってくるよ」

「私と君の仲だ。気にしなくてもいいよ」

「……やっぱりこういう関係はいいなぁ。親友みたいで」

 

 と、優しい言葉に感激しているとフジは少し表情を曇らせた。

 何か変なことを言ったっけ? とオムライスを食べながら考える。

 今の流れで変なことは言っていないし、親友というのは時々言っている。だから別に変なことじゃない。

 

「トレーナーさんとの関係ももう少しで3年目になるけど、私のことは親友と思ってくれているんだ?」

「うん。こういう関係性がアタシは好きだけど、嫌だった?」

「そんなことはないさ。……親友か。担当ウマ娘とトレーナーじゃなく、親友ならいい関係性って言えるかな」

「言えるよ、絶対に。アタシとフジは最高に仲良しさんだからね」

 

 落ち込んでいたフジだったけど、仲がいいというのを強調していうと笑顔を戻してくれた。

 一瞬落ち込んでいた原因はわからないけど、仲がいいのは間違いないからね。

 時々中等部の子に走り方を教えることもあるけど、担当を増やすわけじゃないと常々言っているし。

 でも不安に思っているなら言葉だけじゃなく、何かの行動にすればいいかなぁと考えていると私のすぐそばへとやってくるのに気付く。

 肩同士がくっつくほどの距離で何をするのか見守っていると、両手で優しく私の手からスプーンを取る。

 そうしてフジは手に持ったスプーンでオムライスをすくうと、私の口元へと持ってきた。

 

「ほら、口を開けて」

「それは恥ずかしいんだけど?」

「私が後輩の子にいつもしているのを見ているじゃないか」

「いやぁ、見てるからって慣れはしないなぁ」

 

 遠慮をしてもやめる気配がないフジに、アタシは一瞬だけ目をそらしてから覚悟を決めた。

 考えてみれば初めてフジに食べさせてもらうな、と思いながら口を小さく開くと、フジはスプーンを口の中へと入れてくれる。

 フジのイケメンで王子様スマイルなかっこよさがすぐ間近にあるせいでオムライスの味はわからない。

 このイケメンめ!!

 もしフジが男の子だったら惚れていて、今すぐにでも告白をしていたよ!?

 一緒にいて楽しいし、ずっといても気疲れしない人というのはとても貴重。どれくらいかというとクラシック3冠レベルぐらいに。

 

 フジの顔に見惚れかけていると、ふたくち目を口の中へと放り込んでくる。

 2回目ともなると、心がちょっとだけ落ち着いてオムライスの味がわかるようになってきた。

 でも、だからといって『あーんして』と言われると理性が溶けてくる。

 このイケメン王子様系ウマ娘め。いったいアタシの心をどうしてくれるんだろうか。

 

「ふふっ、トレーナーさんのかわいい姿を見るのは嬉しくなるね」

「フジの前ではかっこよくいたいんだけどねぇ」

「私だけに見せてくれれば問題ないよ」

「そういうのは後輩ちゃんたちに言ってあげて」

「トレーナーさんにしか言わないさ」

「罪な女め」

 

 そこらへんにいる男がこういうセリフを言うなら全然気にしないところだけど、フジならすっごい似合っている。

 大体の行動がかっこいいで作られている男よりもイケメンなフジに逆襲したくなる。

 いったいどうすればいいのかなぁと考えていると、フジによって食べさせてもらっていたオムライスはなくなってしまっていた。

 食べ終わった容器とスプーンを捨てに行くフジを見送り、戻ってきたときに思いついたことがある。

 さっきと同じように肩がふれるほどの距離にやってきたフジを動揺させたくて私は行動に移す。

 

「フジ、こっち見て」

「どうし──」

「よしよし」

 

 突然、フジの頭に片手を置いてわしゃわしゃと髪をかき混ぜるように髪型がくずれる撫で方をする。

 普段から私に対して優しく、またはかっこよく対応してくるので怒った姿が見たくてやった。

 だというのに、フジは私にされるがままに乱暴な手の動きを受け入れている。

 嬉しそうに動く尻尾。耳を倒して撫でやすい状態にしたフジはどことなく嬉しそうだ。

 

 違う! こういうフジが見たかったわけじゃない! と思いつつも結構フジの髪をさわるのは気持ちがいい。

 跳ねている髪は別として、他の部分は絹糸のようにさらさらでずっとさわっていたくなる。

 いったいどうやっているんだろう。私だって髪には気をつけているものの、宝石のように光る黒髪はすっごくうらやましい。

 

「突然どうしたんだい?」

「なんかフジを褒めたくて。でも撫でるのが雑になっちゃってごめんね?」

「なに、トレーナーさんが撫でてくれるなら気にしないよ。普段は私の方からさわるばかりだから、こうしてもらえるのは嬉しいよ」

 

 言われてみると、フジから手を繋いでくることや手の平にキスをしてくることはよくある。

 でも私からさわるといったことは滅多にない。契約してからだと片手で数えられるぐらいに。

 目をつむり、手の感触を味わっている姿を見ているとなんだか変な気持ちになってくる。

 まるで恋愛をするかのようにドキドキとしてしまう。

 

 これは恋なんかじゃない。普段とのギャップ萌えでときめきかけているだけ。

 物足りない。もっと色々なフジを見ていきたいと思う。

 今まで一緒に過ごしてきた2年と少しはアタシ自身から接することは少なかったから。

 フジが一方的になんらかのアクションをし、それに反応する。それがいつものことだった。

 でも今はアタシがやったことによってかわいいフジをもっと見たい。かっこいいフジが1番だけど、かわいいのも。

 

 そう思ったアタシは目をつむっているフジに気づかれないよう、そっと静かにウマ耳へと口を近づける。

 そして──。

 

「ひゃあっ♡」

 

 ふぅっ、と優しく息を吹きかけた。

 その様子はなんてかわいいの!?

 いつものイケボな声じゃなく、普通の女の子らしい高い声。

 あまりにもフジらしくない、でもフジらしい声に背中にゾクゾクとした強い感覚がやってくる。

 この満足感ともっとフジの女の子らしい部分が見たくてこのまま息を吹きかけ続けていく。

 フジの恥ずかしがって赤くなっていく様子を見ていくのは幸せだ。

 

 初めてこんな感覚を味わった。

 それをもっと知りたくて、逃げようとして立とうとするフジを押し倒す。

 本来のウマ娘の力なら人の拘束からなんて簡単に逃げ出せる。

 でも力が抜けていて、アタシがやっていることに嫌悪感を持っていないらしい今ならいける。

 表情だってとろけていているし。

 

「もうやめてくれないか……?」

「えっ、あっ、ごめん!!」

 

 フジの嫌がった声を聞き、理性が溶けていたアタシだけど冷静へなるのは一瞬だった。

 流れに乗ったまま、フジをいじくりたいと思ってしまったのはひどく後悔をする。

 すぐにフジの体の上から離れようとしたけど、アタシの背中に回された手はそうはさせてくれない。

 

「ねぇ、トレーナーさん」

「ごめん、フジ」

「謝らなくていいよ。悪いと思っているのなら、ひとつお願いがあるんだ」

「いいよ、なんでも言って」

「そのまま動かないで」

 

 フジがそう言った瞬間、フジはアタシの背中に回していた手に力を入れる。

 そうして抱きしめられる形で密着し、キスをした。

 唇同士がふれるだけの優しく、人生で最も緊張と恥ずかしさ、遅れてくる喜びと戸惑い。

 突然すぎることに自分の気持ちは整理がつかない。

 

「好きだよ」

「えっと、あの、アタシはフジのこと……」

「親友と思っているんでしょ? そこから私は関係を深くしたいんだ。君をもっと知りたい。さっきみたいに私へ何をしたいのかを教えて欲しいし、私も君のことを知りたい。

 トレーナーとウマ娘という関係じゃなく、君という個人を知りたいんだ」

 

 恋愛対象としては見れない。

 そう言おうとしたけど、このときめく気持ちはいったい何?

 心臓は痛いほどに高鳴っている。

 

「女同士だけど、私はどうしても君が欲しくてたまらないんだ」

「あの、アタシは男の人が好きなんだだけど。だからフジは──」

「安心して。強引なことはしないから。今日、この瞬間から好きになってもらえるよう努力するよ」

 

 多くの女の子を落としてきた王子様スマイルを向けられたアタシは、今までフジに魅了された子と同じように一瞬で恋に落ちる。

 落ちてしまった。

 だけどアタシは意識して気をつけないといけないことがある。

 王子様じゃなく、1人の女の子としてのフジキセキと一緒にいたいってことを。

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