キスあり。
恋人のサイレンススズカが帰ってくる。
それを知ったのは、アメリカ遠征中のスズカがBCターフで2着に終わった翌日のことだった。
スズカ本人からの電話で レースはアメリカのG1ウマ娘デイラミに負けて落ち込んでいた。でもアメリカ最後のレースが終わったから俺にようやく会えることを喜んでいた。
アメリカ遠征中は信頼できる現地のトレーナーに任せていて、その間は俺に会うと甘えがきちゃうだろうからと遠征をして以来会ってはいない。
遠征へ行ったのは秋の天皇賞で左足の靭帯を痛めたのを治し、大阪杯を走ってから5月へアメリカに。
GIレースは6月と9月。そして今回11月のはじめにあった。
だけど、もう我慢をしなくていい!
遠距離恋愛で電話だけというのは寂しくて、スズカとは別にいる担当ウマ娘の子にスズカを重ねて見ちゃっていた。
会ったときにはなによりも優先してスズカといちゃいちゃしよう。でも健全な範囲で。
恋人とはいえ、トレーナーで28歳の大人である俺と18歳で高等部のスズカだからメディアや学校に疑われないように気をつける必要がある。
まぁ、いちゃいちゃしたいとはいえ、スズカがアメリカに行く前は恋人繋ぎをするだけですごく恥ずかしがっていたからキスもしなさそうだが。
愛する人と付き合って1年以上キスすらしたことないのは、我ながらよく我慢できていると思う。
好きであるからこそ相手の都合を考えていきたい。スズカ的にはそういう大人の関係は卒業してからとも言っているし。
だから自分の男的な欲望を抑えてやってきた。
ただ、寂しさだけは我慢しきれず、その間はスズカの親友であるタイキシャトルとよく会ってはスズカという共通の話題で盛り上がることが何度も。
タイキと会っているうちに、バーベキューパーティをしようぜ! という流れになって俺主催で会費制なアメリカウマ娘限定のBBQもやった。
それを月に2回やって、スズカがそばにいない寂しさをにぎやかさでまぎらわせていた。
そういう集まりを浮気だと疑われないようスズカにも電話で伝え、スズカと仲のいいフクキタルやスペシャルウィークといったウマ娘の発言もテレビ電話で伝えている。
抱き着き癖のあるタイキがテレビ電話中に出る時はすご みのある声で浮気をしているかを疑われる、俺とタイキ。
静かだが怒りを感じるスズカの声に近くで聞いていた他のウマ娘も震え上がるということもあった。
そんなことを思い出しながら、今はトレセン学園の正門前でスズカを待っている。
本当は空港へ迎えに行きたかったが、1度寮に戻って準備した姿で会いたいと言われた。
準備した姿ってなんだよ、と飛行機に乗る直前の会話でそう返事をしたものの、笑ってスルーされてしまっている。
スズカのことだから空港近くを走りたいとか、そういう理由な気がする。
そうだとしたら走るのが何よりも好きなスズカらしい。ある時は俺と一緒の時間を過ごすのと、走るのはどっちがいいかすごく悩んで俺を一緒に走らせるなんてことをさせてきたし。
しかし、まだ来ないのだろうか。
トレーナー室で電話を受けてから30分は経つ。
放課後になっている時間の11月は寒く、ずっと立っていると風邪になってしまいそうだ。
でも会うまではスーツ姿のまま我慢していたい。
寒さで体を震わせ、学園沿いに走っているウマ娘を眺めていると、正門の正面側からスズカが寮から出て姿勢よく歩いてくる姿が見えた。
それは300mほどの遠さで、こっちへと向かってくる時間が実に待ち遠しい。
てっきりスズカはジャージ姿で来るもんだと思っていたが、トレセン学園の冬服の上から白色のニットを身に着けて以前よりもおしゃれ度があがっているのに驚く。
前は制服の中に何かを着る、スカートの下にジャージを履くという楽な姿だったというのに!
最後に直接会ってから半年が経つと、おしゃれ意識が変わるのかと感心してしまう。これが成長か。自分で気になったのか、アメリカで誰かに教わったのか。
そのどちらでもいいが、こういうふうに普段から見た目に気をつけ始めると美人度が上がるだろうから嬉しい。
それに段々近づいてくる姿を見続けていると、化粧もしているっぽいのがわかる。
いつもはライブかデートの時しか見ていないから、こういう綺麗な姿を見る機会が増えたのは実に嬉しい。
スズカの姿を見てから俺は自然と笑みが出ているが、美人になっている姿を見て変に気持ち悪い表情になっていないかが心配だ。
両手で軽くほっぺたを叩き、その姿を走っているウマ娘に変な目で見られるも気にしない。
スズカが段々近くに来るにつれて、俺は深呼吸をし心構えをする。
その理由は、スズカが抱き着いてくるときは勢いが強いからだ。
前なんて勢いがよすぎて壁に頭をぶつけるという、かっこ悪い姿を見せてしまった。
だから、今度はそうならないようにしていたんだが……。
スズカは近づいてきても速度をあげるようなことはなく、俺のすぐ目の前まで普通に歩いてきた。
あのいつでも走ってくるスズカが歩いてやってきた。それだけで俺は驚きだ。肌や髪の手入れもよく、ほのかに香水の香りがする。
これがアメリカ遠征で成長した姿ということなのか!?
「直接会うのはひさしぶりですね」
「ああ。会えて嬉しいよ」
「私もです」
はにかむ笑顔を見せてくれたスズカは俺の横に来ると、片手に手を絡ませて恋人つなぎをしてくる。
その握った手を軽く振り、しっかり繋がれていることが嬉しそうだ。
俺も恋人らしいことができて嬉しいが、今は驚きが多くて喜ぶのに困惑する。
アメリカへ行く前は恋人つなぎなんてしたら顔を真っ赤にしていたのに、今はそうでもない。
堂々と好きアピールしてくると逆に恥ずかしくなるんだが!
「どうしたんですか?」
「いや、スズカと手をつなげて嬉しいんだ」
「前とは違ってしっかりできるようにしました。トレーナーさんが私をもっと好きになってくれるようにって」
「俺は元からすごく好きだぞ、スズカ」
お互いに見つめあっていると、ふと周囲から10人以上もの視線を感じる。
足を止めたウマ娘たちが生暖かい、または好奇心いっぱいで俺たちを見てくる。
学園公認で付き合っているため、健全な関係なら問題ないはずだがこうもウマ娘が多いと恥ずかしい。
「ふふ、ありがとうございます。でも4日前のレースでは負けてしまったたので、好意が下がっているか心配したんです」
「俺はスズカがやたらと走りたがるのが好きだし、雨や暴風があろうと走ることの意欲が下がらないのが好きなんだよ。それくらいで下がるもんか」
たとえスズカがタイムオーバーで負けたとしても、恋愛感情の気持ちは下がるわけがない。
もしレースをしなくなったとしても。走る姿に心を奪われたのは確かだが、内面のクールに見えてドジっ子なところがいいから。
スズカは俺の言葉を聞くと、耳と尻尾をぶんぶん振り回して恋人繋ぎから俺の腕へと抱き着く姿勢へと変わる。
胸へと抱きかかえられた腕は、ほのかに感じれる胸のふくらみがなんだか嬉しい。
こう、服越しに感じるささやかな胸の柔らかさ。それで喜ぶと男って単純すぎると我ながらあきれてしまう。
でも胸なら誰のものでも気になるが、恋人になるとそれ以上に気になる。
気になるがここまで積極的すぎると、心配してしまう。
前は恋人として腕を組みたいと言ってやってきたときは、恥ずかしさで5秒も持たずに終わったっていうのに。
ここまでやってくると、いったいスズカに何があったんだと心配してしまう。してくるのは嬉しいんだが。
「……あの、腕を組むのは嫌ですか?」
「そういうわけじゃないが。今までと違いすぎるから驚いてな」
スズカに連れられるようにして、正門前から学園の中へと向かってゆっくり歩いていく。
途中、バーベキューで知り合ったアメリカウマ娘とすれ違いざまにからかわれ、適当にあしらう。
「私がいない間、新しい子と仲良くなったようですね」
「前に電話で言ってただろ。タイキと一緒にアメリカウマ娘たちとバーベキューをしているって。それに参加している子だよ」
「……私が向こうでひとりなのに、女の子に囲まれて楽しんでいたんですよね?」
一瞬、声が低く俺の腕をにぎるむ力が強くなって背筋がひんやりとしたが、考えると日常生活的に女の子に囲まれている日々を過ごしているからどうしようもない。
この場合はどう反応すればいいんだ、と困っているとスズカが俺を見ておかしそうに笑っている。
「今のは心臓に悪いんだが」
「そう言いたくなったぐらいに寂しかったんです。アメリカへ行ったのは私の希望ですが、どうにかしてトレーナーさんを連れて行きたかったです」
「別の担当を見ないといけないし、アメリカは詳しくないんだ。地元の人に任せたほうがいい」
「それはわかっているんですけど。……私以外の子を好きになっているんじゃないかって」
「そうはならない。と言っても言葉じゃいくらでも言えてしまうよなぁ」
「ですから信用する方法のひとつとしてアメリカにいた時、友達になった子から聞いたものがあるんです。遠距離恋愛でも安心する方法を」
「ほぅ、それはどんなのだ?」
安心できるのならなんだってやってやろうと思っていると、 急に立ち止まるスズカ。
いったいどうしたんだと不思議に思ってスズカの顔を見ると、スズカは背伸びをして俺の首へと両腕を回してくる。
そうして目をつむって吐息の熱を感じさせながら唇を俺のへと合わせてくる。
いつものように軽く唇を合わせるだけの軽いキス。
周囲に人がいる中では少しだけ 恥ずかしいがスズカがしたいならそれくらいは気にしないようにしよう。
スズカからの軽いキスを2度ほどされたあと、口の中へとスズカの舌が入ってこようとする。
突然のことに驚き、体がビクリと大きく震えてしまう。
慌てて体を離そうとするもスズカはしっかり抱きしめてくるから離れられない。
スズカらしくない行動を心配して言葉を言おうと口を少しだけ開けた瞬間に舌が入ってくる。
「……ん、んんっ!」
初めてのディープキスらしく焦った雰囲気だったが、少しして舌先がふれあい始めると落ち着いた。
それから次第に俺の反応を楽しむかのよう舌のラインをゆっくりなぞるようにし、それから舌をからめながら左右へと微妙に動かしていく。
俺とスズカの体温は舌を通して混ざり合っていき、ディープキスは脳がとろけそうなほどに気持ちいい。
ずっとキスだけをしたくなるほどに。
今までスズカとディープキスなんてのはしたことがない。
だからこそ、それほど寂しかったんだろうかと考える。
俺は大人ということもあって、寂しさを抑えることができる。でもまだスズカは子供だ。
ディープキスで呼吸がしづらく、辛くなりながらも相手の気持ちを考えていなかったことに気づく。
スズカはどんな気持ちでキスをしているんだろうかと思うと、その表情は俺の目をしっかりと見て、真剣でどことなく寂しさを思わせるものだった。
キスで気持ちよさを感じながらも、自分だけのものにし続けたいという意思を感じる力強いもの。
俺はその勢いにのまれ、抵抗が少なく強引さがあるキスをされていく。
そのキスはスズカからの香水が全身にうつされる気がする。
「はっ…、ん、ぁっ、ん、んん…、す、きぃ…。ん……っ…』
あえぎ声を至近距離で聞くと、もうドキドキとムラムラがやってきてたまらない。
キスをしながらスズカは俺の理性にやばいことを言ってくるが、それを感じるよりも息苦しくなってスズカの腕を2度ほど軽く叩く。
俺が苦しんでいるのに気付いたスズカは素早く体を離してくれるが、その時に口もとによだれが垂れ、顔が赤くなってほてった顔がなんともえろい。
「……はぁ。すごく気持ちよかったです。キスってこんなにすごかったんですね」
まだ子供のくせになんという色っぽい表情をするんだ。
海外経験でこんなにもするなんて!
スズカにときめきながらも荒い息を整えていく。
「スズカが満足してくれたなら嬉しいよ。で、教えて欲しいんだが」
「いえ、満足していないのであとでもっとしましょう。それで何を教えて欲しいんですか?」
「ディープキスなんてのは誰に教わった? タイキやフクキタルがこういうキスを教えそうにはないんだが」
「ええと、アメリカで出会った子たちとコイバナをしたときに教わって……。これなら遠距離恋愛をしていても忘れられないって言っていたから……」
ポケットからハンカチを出してスズカの口と俺のを拭いていくと、俺から目をそらして恥ずかしそうにする。
これだ。これこそが俺の知っているスズカだ。
積極的にキスをしてくるスズカというのもいいが、こういうおしとやかというか、恥ずかしがる姿があるのも実にいい!
「いい友達を持ったもんだ。話の続きはトレーナー室で聞こうか。これ以上ここにいると、恥ずかしくてな」
「……え? なんで恥ずかし──」
言葉の途中、あたりを見回すと俺が言ったことに気づいて言葉を止める。
さっきのキスは道のどまんなかでやっていたこともあり、結構な数のウマ娘が足を止めてみていたからだ。
ざっと数を数えると11人。さっき走り去っていった子も入れるとプラス4あたり。
放課後からある程度時間がたち、練習の時間となっている今だから少なかったのはいいが。
学園の風紀を乱している気はするから、怒られるのを覚悟しておこう。
俺がこれからのことについて考えていると、あたりを見回していたスズカは顔を真っ赤にしてすごく恥ずかしそうにしている。
その恥ずかしがりの顔はすごくかわいい。
再会したときの大人びたのもいいが、スズカはこっちのが似合うな。
「私、走ってきます! あとでトレーナー室で会いましょうね!!」
大きな声で叫ぶようにしていい、結構な速さで校舎の中へと入っていった。
スズカがいなくなると、周囲のウマ娘たちも元のトレーニングに戻っていく。
一部、俺と顔見知りの子は興味津々で近づいてきたが。
俺に恋人がいたというのは聞いていたけど、本当にいたとは思わなかったとか。タイキと仲がいいから、あっちが本命だと思っていましたっていうのが。
スズカが遠征に行ってから知り合った子だから、そう思うのは仕方がない部分はあるが。
まぁ、今回の件で俺の恋人が誰かははっきりしたし、これからそう思う子は減っていくだろう。
もしかして、スズカは恋人が誰かをはっきりさせたくて人通りがあるところでキスをしたのかもしれないな。
そんなところもかわいい。