ウマ娘恋愛短編集   作:あーふぁ

35 / 39
少し曇らせ成分があります


35.ファインモーション『かわいそうな1人の少女』

 すてきな人と恋愛がしたいな、と早朝にベッドから体を起こすとそんなことを思った。

 そう思うにいたったきっかけはお姉さまが日本へ来て、私がいるトレセン学園の感謝祭に来た時。

 なんでも一目で恋に落ちた相手が見つかったって喜んでいた。

 もう少し仲が深まったら私にも紹介してくれるとのこと。

 今までお姉さまは恋愛に興味がなかった。なのに、一瞬でそんなふうになる恋愛ってどんなものだろうと私は不思議に思った。

 

 物語では恋に落ちる描写というのはいくつも読んだことがある。

 私を守ってくれるSPの人たちにも恋愛について聞いたことも。

 

 でもわからなかった。

 一人の人を本気で愛するなんてことは、どういうことかってことを。

 人によって恋愛を表現してもらっても、みんなは違うことを言う。

 恋をしてその時になったらわかるよ、とみんなは同じことを言う。

 アイルランドの王族である私は恋愛は親が決めるものだと思っていたけど、姉さまやお父様、お母さまは私が好きになった人を迎えてもいいと言ってくれた。

 

 それを聞いてから、私は深く考えずに走ることを考えて過ごしていた。

 トレセン学園で新人であるトレーナーとカップラーメンが縁で契約をし、勝ったり負けたりのレースをしていた。

 今は契約して2年目の冬。

 

 恋に気づいたのは進路希望調査票を渡され、考えた時。

 王族の一員として王国のためになる仕事をするのは当然だけど、それ以外にやりたいことって何があるだろうって考える。

 それで頭に浮かんできたのが『お嫁さん』という言葉。

 いっかい考えてしまえば、もう頭の中はそれしか考えられなく顔が熱くなる。

 自分のトレーナーである、あの男性だけしか思い浮かばなくて。

 

 今までは国とレースのことだけ考えていた。

 それだけを考えていれば、何も問題はなかった。

 なのに、頭のなかがぐちゃぐちゃとこんがらがってしまう。

 

 この恋愛感情はどうすればいいんだろうって。

 私はいずれ日本を離れ、アイルランドに戻らないといけない。

 トレーナーは日本でウマ娘を育てる仕事を続けていきたい。

 

 私はこの気持ちに答えが出せるの?

 レースならゴール板があり、そこを誰よりも1番に着けば勝ち。

 でも恋愛にゴールなんてのはない。

 そもそもゴールっていうのはあるの?

 

 恋人になること? 結婚? 出産?

 トレーナーとそんなことができたらと嬉しく思う反面、私が見る現実は暗く重いことしか教えてくれない。

 まわりの人は自由に恋愛していいと言うけど、相手のことはどうすればいいんだろう?

 こんな気持ちになったことは初めてだし、どうすればいいかわからない。

 誰かに相談するとしても慎重にならないといけない。

 王族の一員としてウワサになっただけでも多くのメディアが報道する。それはきっと相手の迷惑にもなってしまうから。

 

 だから私は考える。

 お昼休みになると進路希望調査票を握りしめ、ひとり中庭のベンチに座る。

 寒風に吹かれ、制服越しに寒さを感じながら私の意識はぐるぐるとまわっている。

 恋愛はどうすればいいの? 恋や愛ってなに?

 そんなことをただひたすらに考える。

 考えても正解なんて出ないのに。

 

 でも答えが出ないほうがいいかもと思う自分がいる。

 正解が出たら行動をしなくちゃいけない。

 正解がわかったから満足する自分じゃないのは知っているから。

 

 ぼぅっとベンチから灰色の曇り空を見上げ、チャイムの音が聞こえてくる。

 初めて授業をさぼるのが決定した今。

 視界の端にSPの人たちが心配そうに来るけど、私は片手で大丈夫と返事をする。

 SPの人たちには申し訳ないけど、今はひとりで悩んでいたい。

 

 悩んでいる間にも、私の好きな彼。

 トレーナーと一緒に過ごした時間を思い出す。

 レースに勝って抱き着いたこと、一緒に熱々のラーメンを食べたこと。

 SPの人たちと一緒に鬼ごっこで遊んだ楽しい記憶が次々とよみがえってくる。

 

 トレーナーの隣にいて、楽しい時間を過ごし続けたいなと思う。

 手に持っている進路希望調査票を空にかざし、私の"正解"が書かれていない空欄を見続ける。

 見続けても何も思いつかず、耳と尻尾を不機嫌に力強く揺らす。

 何も思いつかない。

 今すぐ答えを見つけなくてもいいけど、もやもやしたままなのは嫌。

 

 だから正解を作り出そう!

 

 思い立ったらすぐに行動。私は進路希望調査票を丁寧に折りたたんでスカートのポケットに入れると走り出す。

 向かう先はコース近くにあるトレーナー室。

 慌てて私を追ってくるSPたちの足音を聞きながら、私は好きな人と会えるという嬉しさでわくわくが止まらない。

 

「トレーナー!」

「おおぅ。どうした、ファイン。今の時間は授業中だろ。なにかあったのか?」

 

 ノックもなしで勢いよくトレーナー室の扉を開ける。

 そこにいたスーツ姿のトレーナーは机に向かい、ノートパソコンをさわっていて、驚いた顔で私を迎えてくれた。

 でもすぐに優しい言葉で私を心配してくれる。

 そんなふうに言われた瞬間に、もうさっきまでのもやもやとした気持ちはなくなり、暖かい気持ちでいっぱいになる。

 

「そりゃもう、すっごくあったよ!」

「俺で助けになるなら言ってくれ」

「トレーナーじゃないと助けにならないんだよ!」

 

 そう言ってポケットから私をさんざん悩ませてくれているものを取り出し、トレーナーの机の上に力強く、でもそっと静かに置く。

 

「進路か。G1を勝ったから胸を張ってアイルランドに帰れるし、悩む要素はあるのか?」

「それがあるんだよ。あと1年もしないうちに帰ることになるけど、そこにトレーナーがいないの!」

「別に帰国しても電話ぐらいはいいんだが」

「あ、いいの? それならしちゃうけど──って、それは嬉しいけどそうじゃないの!!」

 

 目をぱちくりとまばたきし、話についてこれないトレーナー。

 それを見て、私だけが一方的に話を進めて、何の説明をしていないのに気付く。

 部屋には私とトレーナーだけのふたりだけ。話の補足をしてくれるのは誰もいない。

 私はひとつ深呼吸をすると、悩んでいる問題をどう説明するか考える。

 じっと静かに考えているあいだ、トレーナーは私へと体を向けておだやかな顔で待ってくれる。

 

 ……問題を考える時はどんな時もシンプルに。

 物事は単純化して考えれば答えが見つけやすいもの。

 

「トレーナーは醤油と塩、どっちのラーメンを食べたい気分?」

「え、ラーメンの話? いや、物事を単純化しての考えか? ……定番の味か幅広い味があるという違いになるなら、ひとまず幅広く考えたほうがいいと思う」

 

 話の前提もなく、突然こんなことを言ってくれたけど、トレーナーは私を理解してくれている。

 そう、まさしく醤油と塩の違いはそこなの!

 シンプルに考え、聞いたからこそ新しい答えが出てくる。

 

「私はね、うどんが食べたいの」

「選択肢に入ってなかったんだが?」

 

 トレーナーは困惑しているけど、今、私の思考はすっきりとしている。

 私が言ったどちらの味でもなく、日本発祥であるうどんこそ大事にするべきもの。

 好きなラーメンに例えて考え、でも言っているあいだにうどんが食べたくなった。

 つまりは日本が恋しく、アイルランドに帰るときでも心残りが強いと思う。

 

「それでファインの悩んでた答えは、うどんというので解決したのか?」

「うん。1人で悩んでいた時はいくら考えてもわからなかったのに、トレーナーに聞いたらわかっちゃったの。すごいよね!」

「俺が役に立てたのなら何よりだ。それでこれからどうする? 今の授業時間だけならここでサボるか?」

「いいの?」

「よくはないが、たまにはいいだろ。こういうのは学生のうちじゃないとできないからな」

 

 私に向かって、しかたないなぁという苦笑いと共にソファを指さす。

 その指が差した先にあるソファーにぼふんと体を放り投げるようにして座る。

 

「次にチャイムが鳴ったら帰るんだぞ」

「はぁーい」

「よし。じゃあ、俺は仕事をしているから適当に何かしているといい」

 

 トレーナーは私に背を向けると、手を動かしてカタカタとキーボードの音を鳴らしていく。

 その仕事をしている姿を見るだけで、胸がどきどきとしてくる。

 好きになったことを気づけば、その人の色々なことが気になっちゃう。

 いつもは気にしていない作業の姿なのに、今は気分がうきうきとしちゃう。

 

 でも私と走る契約が切れたときは、こういうのもなくなっちゃう。

 そう思うと、胸の奥がずきりと痛む。

 トレーナーは私のことを女性扱いはあまりしてくれない。

 たとえるなら、手のかかる妹のような。

 SPの人たちには女性として対応しているのに。

 そう考えるとずいぶん失礼じゃない?

 

「なんか怒っている気配を感じているんだが」

「怒ってませーん」

「あー……そうか。それじゃあ練習後は油そばを食べに行かないか?」

「行く!」

 

 そっけない言葉で返事をしたのに、いらだちがばれている。

 それでいて、私の気分をよくするように考えてくれるトレーナーは気配りができていい。

 私より8歳年上だからかなぁ。これが大人っていうものなのね。

 

 私の元気な返事を聞いたトレーナーは安心したように仕事へと戻っていく。

 そんな姿を見ていると、私のいとおしいという気持ちが段々と高まる。

 この人とずっと一緒にいたいという気持ちも。

 普段はそっけないけど、私だけに対しては表情をころころと変え、心配してくれる。

 それを他の人たちには見せたくない。

 私と契約が切れれば、アイルランドに帰ればトレーナーは私以外の子と居続ける。

 

 それはイヤ。私のそばにいてほしい。

 トレーナーが私だけを選んでほしい。

 そうするにはどうすればいいかと考え、なら女性としてみてくれるアピールが必要だと気付く。

 うん、これは名案ね! そうと決まれば、すぐに実行!

 すっきりと、だけれど心の奥底ではにごった気持ちを持って私は勢いよく立ち上がる。

 

「ねっ、トレーナー」

「なんだ、ファイ──」

「んっ」

 

 身をかがめ、座っているトレーナーと同じ高さになる私。

 そして肩に手をあて、唇へとキスをする。

 漫画では目を閉じてするけど、そういう作法も忘れて目を開けたまま。

 そうしたら、トレーナーが驚いて見開いた目が見れた。

 

 これほどにまで近づいたことはなく、トレーナーの目って近くで見るときれいだなぁなんて思う。

 顔はそんなに美形ではないけど、大人の落ち着きと心の広さが私の心をつかんで離さない。

 キスをしたときはどっちも動きがなくなり、胸いっぱいに嬉しさが広がる。

 G1のレースを勝った時か、それ以上に心が跳ね上がって心臓の鼓動が聞かれていそうなほどにドキドキしている。

 ほんの2秒にも満たない、わずかな時間のキス。

 

 でもその瞬間は1分にも感じる長さだった。

 

「悩み事の答えがこれだって今わかったの。だからキスしちゃった。あ、もちろん初めてだからね?」

 

 キスしたことがあまりにもはずかしく、早口でそんなことを言う。

 トレーナーも私と同じように恥ずかしく思っているといいなと表情を観察していると、片手で口元を押さえてどことなく気まずそうな様子。

 

 キス失敗したかな。歯と歯がぶつかったわけでもないし……。口臭に問題があるわけでも……あぁ、リップを前もって塗っておくんだった!

 今の唇はすべすべしてないから不満だったのかな!?

 私は初めてでもトレーナーは何度も経験しているかもしれない。前に恋人がいたって言っていたし!

 

「あの、下手だった? もう1回してもいい?」

「……これが答えなのか?」

「うん。将来、私はどうなりたいか。それを考えた結果がキスなの。あなたが好きという気持ちはあったから、それを伝えただけだよ」

 

 今まで言えなかった告白。それを伝えることができた私はすっきりとした気分。

 言葉にすれば、自分はこの人と結婚をして一緒にいたいという気持ちがおなかの奥から実感する。

 体の全部でこの人に私の好きを伝えたい。だって私はすっごい嬉しいのに、トレーナーの目はまだそうなっていないから。

 

「もう1回キスをするね……?」

「待て、俺はファインとは──」

 

 トレーナーが何か言う前に私は自身の唇でふさぐ。

 私の両肩に手を押し当て押し返そうとしてくるけど、トレーナーの首に両腕を回して強く抱き着く。

 そうするとキスもより密着して、呼吸する隙間もないほどに。

 さっきのさわるだけのキスとは違い、今のわたしは大胆になっている。

 キスの時間が長くなるほどに満足感が増え、ふわふわとした気持ちへ変わっていく。

 

 変わった気持ちは幸せ。それ以外は何も考えたくはない。

 祖国や王族、レースのことなんか今だけは全部忘れる。

 考えるのは目の前にいる、私だけのいとおしい人。

 

 進路なんてものは、トレーナーが一緒にいればなんだってできそう。

 私と結婚すれば王族になるんだし、その権限を生かして向こうでウマ娘への指導も好きな時にできるだろうし。

 うん、とっさに思いついたにしてはとってもいい案だと思うの!

 

「トレーナー、好き。大好き。私が結婚できる年齢になったら結婚しよう?」

「やめてくれ!」

 

 キスをやめて話をすると、荒い息をついたトレーナーは私の言葉を否定してくる。

 それは照れ隠しなんかじゃなく、本気で嫌がるような。

 目の前のことに驚いた私は抱きしめる腕の力が弱まり、立ち上がったトレーナーは私から離れていく。

 

 私を押しのけて立ち上がったトレーナーはそでで口もとを力強く拭き、失望した目を向けてくる。

 なんでそんな目で見るの? 今までこういうのはなかったじゃない。

 

「こういうのはダメだ、ファイン。俺はおまえの気持ちに答えられない」

「それって私をひとりの女性として見れないってこと?」

「いいや、違う。女性として見ているが恋愛感情はない。教え子というだけだ」

 

 一瞬にして世界の色が落ちていく。

 さっきまでの嬉しい恋の気持ちやキスのやわらかさ。それらのことを忘れて心が冷たくなっていく。

 立っているのも難しく、お尻から床に座り込んでしまう。

 

「えっと、その、強引だったよね。ごめんね? だから、そんなことを言わないで欲しいな」

「ファイン。今のことは事故だと思って忘れる。明日から今までどおりの関係でいて欲しい」

「なんで……なんでそんなことを言うの? 私たちは相思相愛でしょう!? 私のわがままや甘えるのに付き合ってくれたじゃない!」

 

 悲しくて悲しくて涙が出て。

 泣きながら言うけど、トレーナーは私に冷たい顔を向けるだけ

 

「それは担当ウマ娘としての付き合いもあるが、妹を相手にするようにしただけだ。俺は今の関係がいいんだ」

「でも私はあなたと一緒にいたいの! これから先もずっと!」

「進路希望は家族と相談したほうがいい。今のファインには落ち着く時間が必要だ」

「あ、トレーナー……」

 

 突き放すように言い、部屋を出ていくトレーナーの背に向けて私は力なく手を伸ばすが、トレーナーはそれに気づかず部屋を出ていく。

 伸ばした手は何もつかめず、床へと落ちていく。

 

 私には何もなくなった。今まで大事にしてきた関係が壊れた。

 私が壊してしまった。

 私のそばにいて欲しかっただけなのに。

 

 座ったまま動けない私は涙を流し、泣き声をあげてしまう。

 そして、すぐに部屋の外からSPの人たちが心配して声をかけてくるけど、私は泣き声のままに「放っておいて!」と叫ぶ。

 机に置いていた進路希望調査票はいつのまにか、床に落ちていた。

 きっとトレーナーがいなくなった時に落ちたんだと思う。

 その紙は空欄のままで、今の私と同じ。

 何もなくなってしまった。

 

 振られた私は恋愛において失うものはなくなった。

 だからこそ立ち上がる。

 初めての恋。

 好きになった人への想いを忘れたくなくて!

 

 そのためなら色々な力を使おう。失敗したのは準備をしていなかったから。

 レースだって練習して能力を上げただけじゃダメ。走るコースを勉強し、戦術を選ばないと。

 今回の私はそれが足りなかった。

 まずはアイルランドに連れていくのを目標にしよう。

 そして、日本では外堀を埋めるという言葉を意識して私しか選べないようにしちゃえばいい。

 でもひとまずは化粧や色っぽい仕草を覚えないと。トレーナーの心がときめく、トレーナー好みの私になる!

 

「隊長! 隊長はいる!?」

 

 涙をごしごしとそででぬぐった私はトレーナー室の扉を開け、そう叫ぶ。

 さぁ、これから忙しくなるね!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。