ウマ娘恋愛短編集   作:あーふぁ

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女トレーナーとの百合小説。


7.アグネスタキオン(百合)『私たちの関係は名称未定』

 閉じているカーテンの隙間から、まぶしい朝日の光が部屋へと差し込んでくる朝の5時。

 その光が顔にあたって眠っている意識を覚ましていき、このまま寝ていたい気温を感じる5月の朝。

 心と体を休める休日が終わり、やってきた月曜日の今日。

 ウマ娘たちがトレーニングだけでなく学業も一緒に頑張る日がまた始まる。

 でも今日だけは普通の月曜日と違う。

 なぜなら、今日は私とタキオンが同居して1周年の日だからだ。

 

 最初はトレーナーである私のことを都合よく実験のモルモット扱いにしていたものの、女の身でありながらタキオンに恋愛的な意味で一目惚れしていた私は雑に扱われても嬉しかった。

 ある日にタキオンの食生活が悪いと知って私が強引にお弁当を作ってあげたら仲がよくなった。

 お弁当をあげ続けるうちに私が住むマンションの部屋にまで朝、夜と押しかけてる日々が続き、タキオンがG1を勝ったあとに『そろそろ一緒に暮らしてもいいんじゃないかな』と言われて私は深く考えずに同居生活を決行。

 そして一緒に暮らし始めてからわかったけど、これは実に名案だった。

 そう、食生活がだめだめなタキオンをしっかりお世話することができたから。

 同居生活は1人で暮らすよりも気を遣い、時々口喧嘩をするけど寂しくないから悪くはないと思う。

 

 今までのことをぼんやりとした頭で同居することになった理由を思い出しながら体にかかっている毛布をどけて起きようとすると、布団を並べて隣に寝ているタキオンが私の手をぎゅっと握っていた。

 毛布ごと体を丸くしているタキオンはかわいらしく、握ってきている指を丁寧に外してから、つい頭を撫でてしまう。

 私にとってタキオンは手のかかる妹のような存在だ。

 胸は私よりも大きく、身長は私と同じ159㎝。

 濃い色をしている髪は肩までかかるほどのセミロングで、ところどころに跳ねているところがある。

 ウマ耳や尻尾も同じ茶色だけれども、こちらは髪とは違って癖っ毛はなくて綺麗にまっすぐとなっている。

 パジャマは私とおそろいのデザインで、色はタキオンが青色。私のはオレンジ色だ。

 普段は憎たらしくなるほど練習をしたくない言い訳や実験狂いな彼女だけど、寝ている時の表情はとてもかわいい。

 この安心してゆるんでいる表情を見ていると、ほっぺたをぷにぷにとつつきたくなるぐらいに。

 

 でも、そういう襲うようなことはやらない。

 なぜなら、私は彼女から信頼されているトレーナーだから!(過去にほっぺたつんつんをやって、思い切り指を噛まれたことは忘れることとする)

 私は寝顔を見せてくれるタキオンを10秒ほど鑑賞したあとに体を起こして大きなあくびをする。

 それからは腰あたりまであるボサボサの黒髪を手櫛で適当にやってから立ち上がると、タキオンを起こさないようカーテンを閉めたまま朝ごはんの準備をする。

 "強いウマ娘は食事から"という言葉が私の中にあり、栄養管理は大事だと思っている。でも栄養管理を重視しすぎていると、食事を楽しむという行為が減ってしまうので厳密にはしないけど。

 

 台所に立った私が最初にすること。

 それは私がコーヒーを飲むことから始まる。

 ご飯作りの前に飲むことによって、心のリラックスと脳を目覚めさせることが大事だから。

 でもコーヒーには詳しいわけではなく、インスタントを飲む程度のものだ。

 そのインスタントなコーヒーを飲むため、水を入れたヤカンをコンロに乗せて火をつける。

 沸くまでの間に、コンロのそばにある棚からは愛用のピンク色をしたマグカップを取り出し、コーヒーの粉を入れると後は待つだけ。

 

 待っている間に考えることはタキオンのこと。

 はじめはタキオンの私物はなく、少しの着替えがあればいいと本人は言っていた。

 でも一緒に過ごしていくうちに私の家には物が増えていき、元々住んでいた寮の部屋は荷物置場となっている。

 タキオンの物が増えるほど、私と彼女の仲は深まっていき、私の人生も明るくなった。

 元々私は学校の先生になりたかった。でも、トレーナーをやっている一族だったために、祖父からの『私を心配している』という名の元で脅迫を受けて途中から私の道も変えられてしまう。

 父がトレーナーをやらなかったから、そのぶん私に期待していたのだと思う。

 親は私の自由よりも、親族からの目を常に気にしていた。味方がいない私は高校生の時から本格的に勉強をさせられ、従うしかなかった。

 今でも逃げることはできていない。

 

 今年で26歳となった私には恋人すらいなく、永久就職で逃げるなんてのはできないのが悲しい。

 最も出会いがトレセン学園でしかなく、ウマ娘関係者とは距離を置きたいから恋人ができないのは仕方がないと思っている。

 その前に、なぜか仲のいい男友達でさえできないけれど。普段から愛想をよくしているはずなのに、もてないのが謎だ。

 そういうわけで、1人寂しく人生を終える気配を感じてもタキオンさえいればいいやとなるぐらいになっている近頃。

 親や親族に反抗してトレーナーをやめたあとに、安心した暮らしをするためにはトレセン学園で今のうちにお金をたくさん稼がないといけない。

 そしてお金を溜めてから、私はトレーナーじゃない仕事をやりたい。できれば、隣には引退したタキオンがいて親密な友人関係でいたいなぁ。

 そんなずっとずっと先のことを考えるけど、考え過ぎてもいいことはないとお湯が沸いてきた音で思考を断ち切り、ヤカンを持ってコーヒーを淹れていく。

 コーヒーを淹れ終わり、ヤカンを片付けたあとは飲むだけとなったときにタキオンの「んんぅ……」という少し色っぽい声が聞こえてくる。

 振り向くと、いつもはこの時間に起きてこないタキオンが上半身だけを起こし、茶色の目を半分だけ開けてはぼぅっとした表情で固まっている。

 

 

「おはよう、タキオン」

「ん、んん、あぁ……」

 

 タキオンが私と同じ時間に起きてくるのは珍しく、というか初めてだ。

 いつも寝起き直後の顔は見ているけど、普段よりもどことなく眠そうな顔を見れたのはラッキーだ。嬉しくて、つい笑顔を浮かべてしまう。

 タキオンが起きたのはいいものの、私が返事しても挨拶がかえってこないことから目覚めていないらしく、私は料理を作ることも忘れてコーヒーを飲みつつタキオンを観察する。

 あとどれくらいで起きるかなと壁にかけてある時計を見ていると、ポスンという音が聞こえる。

 

 その音が聞こえた方向にはタキオンが倒れている姿だった。

 起きるのがいつも遅いタキオンには朝早く起きるというのは無理があったかな、と思いながら飲み終わったマグカップを置くとタキオンへと近づいていく。

 すぐそばに行き、かわいい寝顔を至近距離で堂々と覗き込めるのに緊張して正座をしてしまう。タキオンが仰向けになる寝顔を見る機会はあまり多くない。

 つい正座してしまうのも仕方がないこと。

 

 大きく息をつき、心を落ち着けてから顔を覗き込むと、安心した寝顔がそこにはあった。

 もうかわいい。無防備な時こそ最高にかわいい。普段はなんだか上から目線というか、プライド高いウマ娘だけれど、この瞬間だけはかわいいしか言えない。

 あぁ、こんな子が妹だったらいいのになぁ。もし将来、結婚するんだったらタキオンのような子を産みたい。

 仲良くなる前は周囲を気にせず実験ばかりで相手の都合を考えない面性格、でいつも面倒ごとを起こす子にしか見えなかった。

 でも今はタキオンが考える"線の内側"に入れてもらった私はタキオンが甘えてくるのがたまらない。

 

 タキオンをじっと見つめていると、ふと勢いよく両手を天井へと向けて突き上げた。そうして、そのままの姿勢で目を開けたタキオンは頭を私へと動かして眠そうな目を向けてきた。

 時々ある、甘えたいという欲求の仕草だ。

 私はそれに応えるために立ち上がると、タキオンの体を踏まないように注意して体をまたぐ。

 そうしてから深く息をついてからタキオンのすべすべとした手を掴み、ぐっと力を入れて引っ張って体を起こしてあげる。

 

「今日の朝ごはんは何がいい?」

「……卵。卵だ。卵料理がいい」 

「おっけーい。じゃあ今から―――」

 

 上半身だけを起こしたタキオンに食べたいものを聞いたあとは、料理するために離れようとすると繋いだままの手を引っ張られる。

 そうしてバランスを崩して、膝をついた私の体は先はタキオンの胸の中に収まってしまった。

 タキオンは私を優しく抱きしめ、仰向け状態のまま。私の顔はタキオンの少し大きめな胸にうずまっている。

 ブラをつけていないパジャマ越しの胸は柔らかくて暖かく、幸せな気分にしてくれる。

 それは高級品のステーキやワインを飲んだときよりも強く幸せな。

 

「あの、タキオン?」

「まだ眠いんだ。一緒に寝ようじゃないか」

「私、これから朝ごはん作るんだけど」

「なに、1食ぐらい手を抜いてもいいだろう? 朝の食事は栄養ゼリーにしよう」

 

 タキオンは胸に埋まっている私の頭を何度も優しく撫でてくる。

 好きなウマ娘のタキオンからこういうことをされると、タキオンの言われるままでいいかなぁって思ってきた。

 タキオンから感じる、優しい匂い。普段はオレンジの匂いがついている消毒液の匂いがするけど、寝起きの今だけは自然なタキオンの香りがしている。

 しばらくタキオンにされるがままになり、顔を胸にうずめたままでいる。でも、少ししてタキオンが苦しそうな感じがしたら、ごろんと転がってはタキオンのすぐ隣へと移動した。

 2人一緒にぼぅっと朝のおだやかな時間を楽しみ、そして少しして起きた私はもうすぐ出勤時間なのに気づく。

 

「タキオン、時間」

「もうそんな時間かい? 着替えてくるといい。私も着替えて学園に行くとしよう」

「そうしよっか。あ、今日はきちんと授業を受けるんだよ?」

 

 タキオンは私の言葉に返事をせず、にんまりとした笑みを浮かべると私の体を押し上げて立たせた。

 それから布団を片付けたあと、部屋で化粧をして灰色のスーツに着替え終わった私と薄青色の制服姿になったタキオンがテーブルへと着く。

 目の前には栄養補助食品であるゼリー飲料のパックがふたつ。

 

「さぁ、食べてくれたまえ。この私が料理を用意した!」

 

 と、椅子は座っているタキオンがテーブルに置いてあるのを堂々と言うのに対してため息をつき、私はテーブルを挟んで反対側の椅子に座る。

 そして、じっと静かにタキオンの顔を見つめていると、タキオンはすぐさま顔を私からそらす。

 そらす理由はわかっている。それはタキオンが自分自身の肌を大事にしないことに、私はひどく文句があるからだ。

 

「ねぇ、タキオン? 今日はどうやって顔を洗ったの?」

「それはだね、目が覚めるように冷たい水道水で―――」

「きちんとぬるま湯で洗ってから、洗顔料を泡立ててって言っているよね? そのための洗顔ネットも買ってあげたでしょ? なんで水だけなの?」

 

 私の怒りが少し混じった声に、タキオンは慌ててゼリー飲料のパックを口に含んでから顔を思い切りそらす。

 そんな様子にひどく悲しいため息をついてしまう。

 せっかくタキオンは綺麗な肌だというのに、水でばしゃばしゃと適当に洗うだけだ。せっかくの肌を大事にしないことにいらだった私は、やりかたや道具を買ってもさっぱり使ってくれないことにいらだっている。

 何もメイクをしろと言っているわけじゃないのに。

 正しく洗って化粧水をつける。それだけだというのに、この子は気にしない。

 思えば食事だって栄養さえあるなら、なんでもいいと味には深いこだわりがなかった。

 一緒に暮らして1年が経った今日まで、指導はしたものの学んでくれたのは、おいしいご飯は身心ともに良いということだけだ。

 

 まぁ、本人にそこまで興味がないなら強くはすすめないけれど。

 でも、せっかく綺麗な肌をしているのにもったいないなぁとそればかりを思いながら、私もゼリー飲料を飲み始める。

 お互いにゆっくりとゼリー飲料を飲む音を聞きながら、飲み終わったあとは家を出るだけだ。

 せっかくの同居生活1周年なのに何も言ってくれないなぁと寂しく思う。まぁ、私から言ってもいいんだけど1周年がどうした、なんて返事をされたらショックを受けるので聞かないことにする。

 仲良くなり、一緒に暮らし始めてお互いのことを良く知るようになっての1年。

 私はタキオンのことをとても好きだけど、タキオンは私のことを都合のいいトレーナー以外に何か思ってくれているのかな。

 食事が終わって片付けたあとはトレセン学園へと行く。

 玄関へ行き、学生カバンを持ったタキオンが先に靴を履いてドアノブに手をかけると、何を思ったのか私へと振り向いてくる。

 

「そういえば、今日から同居してからの1年が終わって2年目が始まるんだったね。……ふむ、お互い一緒にい続けて嫌にならない。これは実に素晴らしいことだとは思わないかい?」

 

 優しい笑みを浮かべ、同居を喜んでいるのは私だけじゃないと知って嬉しくなる。

 今まで同居して嬉しいとか、素晴らしいということは言ってくれなかった。君と食べるご飯はいいものだ、とは言ってくれたけど。

 だからこそ、初めて聞く言葉が嬉しくてたまらない。

 感極まった私は目に涙を浮かべながらタキオンの胸に飛び込んでしまう。

 

「タキオン、だいすきぃ……」

「なんだい、まるで子供みたいに抱き着いてきて。私はまだ独り身だったはずだよ」

 

 タキオンは苦笑しながら私を優しく受け止めてくれる。

 私をそっと抱きしめてくれるだけで嬉しい。

 一緒に暮らす前、タキオンが私と暮らしたいと言ったときは生活が面倒なだけなんだろうなぁと思っていた。

 確かにそのとおりだけど、1人ではなく親しいタキオンと一緒にいることがこんなにも幸せで、生活が充実している。

 私のそばにタキオンがいる。

 それはたくさんのお金やおいしいものを食べるなんかよりも、ずっとずっと幸せなんだなと気づけた。

 だから、これからもずっと一緒にタキオンと生きていきたいなと思う。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 私ことアグネスタキオンは、モルモット兼トレーナーと一緒にマンションの家から出る。

 よく晴れた青空の下で、ふたり肩を並べて学園へと向かって気分良く歩いていく。

 10分ほどで着く学園に向かう途中、話すことは私の実験やトレーニングや体調についての話題だ。

 他にもトレーナー君の人間関係や私以外に練習を見ることがある、専属トレーナーがいないウマ娘のことなど話題には事欠かない。

 こういう家を出てから学園へ着くまでの話は中々に楽しい。

 家でする雑談と同じようにも思えるが天気や景色、通りゆく人々によって会話がそれらの影響を受けて川の流れのように変わっていくのはいいものだ。

 

 以前はトレーナー君と出会うまでは目的のない雑談なんて無駄なものだと思っていた。

 今では私だけのトレーナーである彼女とずっと一緒にいたいと思うほどに。

 出会った頃は私に一目惚れしたという、ずいぶんな変人だと思い、同時に良い実験台が手に入ったと喜んだものだ。

 私は彼女のことを実験サンプルとしか思っていないのに、いつどんな時でも私を心配してくれてから興味を持っていった。

 今まで、私は学園でレースに興味のない、人に悪さをする頭のおかしいウマ娘という認識だった。そこらの人を手当たり次第に薬品を投与する、犯罪者と言われることも。

 事実その通りで否定しなかったが、彼女だけが私を嫌がらずにいてくれた。

 それが嬉しかった。そばに置きたいと思うようになった。

 そう思ってから、薬を使って私に依存させようとも思ったけど、私が求めているのは自由意志で私を好きでいてくれる彼女だと薬を作っている途中で気づいた。

 

 だから他の手段で、彼女を私だけのものと認識させる必要があった。

 言葉だけでは周囲にただしく認識されず、時間が経つほどに誰の物かと忘れてしまう。

 監禁や軟禁もダメだ。それは彼女の美しい精神を私が汚してしまうことになる。

 料理で胃袋を掴む、という伝統的手法も料理を作ることができない私には無理だ。

 と、なれば匂いを使えばいいと思った。

 そう、学園で私と同じ匂いをさせていれば、嫌でも私のことを連想するだろうと。そうすれば、悪名高い私と関わり合いたくないという思いに違いないという結論が出た。

 

 愛しい、私だけの彼女と話をしているとトレセン学園の正門前へと着く。

 門の前で立ち止まった私たちは、いつもやっていることをやっていく。

 それは私の物だと示すマーキング行為。

 

「さ、トレーナー君。そろそろ殺菌しようか」

「でも今日は料理しなかったし、別に雑菌ついていないと思うんだけど……」

「何を言っているんだい、まったく。もし、君が原因で誰かが病気になったら問題が起きるじゃあないか。ほら、早く手を出したまえ」

 

 自分が汚れていないと言ってくる彼女に、私は普段から携帯しているオレンジの香りがついている除菌スプレーを両手に吹きかける。そのあとには首筋を。

 本来の除菌としてなら首筋になんかやらなくてもいい。

 だけども、ここに匂いをつけておかないと彼女に近づいた奴らに警告を与えることができない。

 首筋に付けるときは毎回疑問の目を持たれるが、そこは「君は汗の匂いをまき散らすのが好みなのかい?」と言っては強引につけている。

 そうしてスプレーをひととおりやったあと、私の朝の日課はこれで終わる。この人は私のものだ、とマーキングが終わるとひどく満足感を得ることができて気持ちがいいものだ。

 つけたあとは学園の門を通り抜け、私と彼女はそれぞれの出入り口に行くために途中で別れる。

 

 私は1人、学生用の玄関へと向かい、少しして後ろへ振り向く。

 そこには1人になった彼女が時々トレーニングを見てあげていて、私の知っているウマ娘に親密そうに話しかけられていた。

 私からは声が聞こえない距離でどういう会話をしているかはわからないものの、楽しそうだという雰囲気なのはわかる。

 私の物である彼女と楽しく話をしている忌々しいウマ娘は話をしているうちに彼女へ距離を詰めていくが途中、私が付けた匂いに気づいたのか動きが止まる。

 そして周囲を見渡し、私と目が合った途端気まずそうになっては目の前にいるトレーナー君に何かを喋ったあとに慌てて走ってはいなくなってしまう。

 

 ……うん、香りの効果はただしく効いているようでなによりだ。

 残された私のトレーナー君は不思議な顔をしながら、職員用の玄関へと向かっていく。

 視線に気づいたのか、歩く途中で私を見ては微笑んで手を振ってきたため、私も同じように手を振り返した。

 このお互いに手を振りあうという行為に心の高揚感を得つつ、耳と尻尾が機嫌よく動いてしまう。

 今日も普段と何も変わらない日常が進んでいくことを嬉しく思いながら。

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