ケテルside:1
「吹雪、そこのスナック菓子を取ってくれんか?」
いかにもダルそうな声で男は言った。
その声の持ち主はペストマスクを被っていた。歳は30後半で髪は伸ばしっぱなしで後ろで結び、痩せぎすで長身、気だるげな顔をしており目は眠たげだった。
「はいはい、分かりました」
吹雪が若干うんざりしながらペストマスクの男の要求を受け入れた。うんざりするのも仕方がないだろう、この男は4カ月ここに居座っているが全く仕事をする素振りを見せず、ダラダラしていたのである。吹雪はこの鎮守府の提督から
「この人には恩があるから」
と言われて、興味が湧いたがこんな自堕落な人だとは吹雪は予想もしていなかった。
「全人口が深海棲艦の大規模侵攻で三万人になったのによくそんな自堕落でいられますよね」
今から丁度一年前に起こったことである。突如として現れた深海棲艦に陸まで攻められ、大多数の人間が死んだ。しばらくの間、人類は悲しみに暮れて絶望感が漂っていたが、突如として現れた艦娘達と妖精たちによって救われたのだ。ただし少数の者からは、嫌な空気が立ち込め始めた、と言う者もいる。それが何故かは未だに分らぬままではあるが。
ただし、ペストマスクを被った男にはそれが全く気にならないようだ。
「だからこそ私には休憩が必要なのだよ、私は一回働くだけで何万人分の功績を叩き出すから、体力もそれ相応に消費するものなのさ」
屁理屈ではないかと思いつつ、窓の外の海を吹雪は見始めた。彼女は彼の秘書的な立ち位置になってから出撃していない。だが自分の姉妹は戦っている、それに対して正義感の強い彼女は罪悪感を感じていた。
一体こんな男がどんなことをしたのか、各地のお偉いさん達や提督に恩を感じさせる程の働きを本当にしたのか。疑問に思い始めたころにドアをノックする音が聞こえた。
「あの、蘇生屋さんと呼ばれる人はいますか?」
若い男の震えた声だった。
その声に反応し吹雪が迎え入れようとしたがペストマスクの男の方が素早く動いた。
「はい、そうですね。私が蘇生屋です。そして一つ訂正させていただきますと正確には蘇生屋ではなく接合師です」
「あっ、すいませんでした」
男は二人いた。
片方の男は服装はパリッパリに仕立てたスーツにどこもすり減っていなければ指に指輪をしていて、よく見るとそれ以外の目立たない部分にも宝石を付けていた。このように服装がなかなか立派なので上流階級であることがペストマスクの男はすぐに判ったがその目は他を明らかに見下していた。そして神経質そうに足を踏み鳴らしていた。
もう一人の男は穴だらけのTシャツにすり切れたズボンを着ていて泥臭い臭いがしており、装飾品など一つもなかった。それ故に男がみすぼらしく貧しいことが一目で判った。その目からは温和な善意が感じられたが、とても緊張しているようだった。だがその割にはしっかりと地に足を付けていて、見え隠れする芯の強さを感られた。
謝罪した方がみすぼらしい方の男である。
「いえ、貴方が誤る必要はありませんよ。偉い方々が私の作品を見て自分の理想と合っていたから蘇生されたと勘違いされたことによる効果ですから。それと吹雪」
「はい、何でしょうか?」
「今日はもう帰りなさい、私はこれから仕事をするがそれを君に見せたくはないからね」
「はぁ、そうですか。分かりました」
そういうと吹雪はその部屋を出て行った。
「立ち話も何ですから、奥へどうぞ。そこで話をしましょう。散らかってますが気にしないでください」
「っそそうですか、それではし失礼します」
貧しい若者が足を踏み出そうとして緊張で足元が狂い、傲慢な若者の足を踏んでしまった。
「貴様、俺の女を奪っただけでなく高潔なる俺の足を貧民の貴様ごときが踏むのか!」
「違います、貴方の論に合わせるなら大体僕の方から先に交際してたんですよ!それを貴方は勝手に自分の彼女と言いふらして!彼女の親族にも友達にも聞きましたけど貴方のことを全然知っていませんでしたよ!」
貧しい若者は女の話になると今までの気弱さが嘘かのような剣幕でまくし立てた。
「うるさい!黙らないか!」
傲慢な方の若者は貧しい若者の剣幕にすっかり怖気づいてしまい、貧しい若者にこれしきの事しか言えなかった。
「落ち着いてください。話が全く進みませんよ。さぁ吸って・・・吐いて~、吸って・・・吐いて~」
ペストマスクを被った男がそういうと最初は言うことを聞かなかったが、言うことを聞くようになり落ち着いた。そして落ち着いてしばらくたった後にこう切り出した。
「それで話とは何ですか?」
「僕が話します、僕の、いえ彼がまた興奮するのでこう言いましょう。彼の彼女をモデルにした作品を二つ作ってください」
「二つですか。・・・ああなるほど大体察しました」
ペストマスクを被った男は察したがまだ察せていない読者のために端的に言うと貧しい若者と傲慢な若者で彼女の取り合いになった。その結果彼女が死んだのである。
「その前に一つ質問があります」
「何ですか?」
「何だ陰気臭いおっさん?」
「貴方達は等価交換と言うのを知っていますか?」
この質問を発するとペストマスクを被った男の雰囲気と立ち振る舞いが変わった。一気に仕事人のそれに変わった。
「お金のことですか?大丈夫です。この日の為にコツコツ貯めてきたんです」
「金などいくらでもある。だからとっと作らんか」
ペストマスクを被った男はこの言葉を聞いて大きくため息をついた。彼からして見れば、この者たちは彼が作る作品がなんたるか、そのためにどのような工程を挟むのか、全く分かっていないからだ。彼の目が異様にぎらつき始めた。
二人の若者はペストマスクの男の雰囲気が変わったのに気が付き、驚いた。
「私が言っているのはそれではないだ。お前たち、数日後に私の研究室に来なさい」
このような文でよろしいのか、内心ガックガクです。