妖精と人形とイシュマエルは深夜の港町で身を隠しながら鎮守府へ向かっていった。
(孤花社がこの子を狙っているなら、厄介なことだね。もしかしたら鎮守府にも手が回っているかもしれない。)
「イシュマエルちゃん、人形、私が先に鎮守府に行ってくるからそこで隠れててくれるかい~。」
「傍にいてくれないの?一人で居たくないよ・・・。」
「大丈夫だよ、イシュマエルちゃん。ただちょっと司令官に匿ってもらえるか聞くだけだから。すぐ帰って来るよ~。」
妖精は人形の掌の上に立ち、人形は掌をイシュマエルの顔に寄せた。そうしてイシュマエルの頬を抱きつきながらそう言った。
「本当、すぐ帰ってくる?」
「うん、帰って来るさ~。」
「・・・待ってる。」
「いい子だね、それじゃ待っててね~。」
妖精は鎮守府の中へ入っていった。
妖精は孤花社の手が回っていないか調査し始めた。案の定、掲示板には人探しとしてイシュマエルの写真が載ってあった。探しているのは孤花社で賞金は500万ということで妖精はすぐに孤花社の手が回っていることが分かった。
ここで孤花社について解説を入れておこう。孤花社とは艦娘と深くかかわっている企業で、ケッコン(カリ)の指輪を開発するのに一役買った企業である。妖精との関りが初期の頃はあったようで、妖精が残した技術の応用と独自研究を行い、武具や兵器を開発している企業だ。艤装に関してはPS社と競合している。唐突だが実を言うと艦娘が解体処分にされるのは稀な事であり、大概は合格するまで訓練を積む。その後は企業からの求人で艦娘が企業を選び、面接が行なわれる。それで合格した艦娘は企業に入る事ができる。孤花社はこの艦娘にとっては馴染のある企業でここに就職するものも多いが、暗い噂が多く、PS社や最近台頭してきた他の企業に人材を取られて遅れを取り始めている。そういう企業である。
(まずいな、もう手が回っているのか。というかそもそも何故イシュマエルはここまで追われているのか。いや、今はその事を考えるんじゃない。)
妖精は考え始めた。例えもう鎮守府に孤花社の手が回っている以上、鎮守府で匿う事は出来ない。話せばここの鎮守府の全員に分かってもらえるかもしれないが、ここに居る全員で匿っても住民は賞金欲しさに探し始め、いずれ見つかるだろう。だがだからといって見知らぬ他人に渡すのは賭けだ。妖精は一つの考えが思い浮かんだ。
(あの施術を行えば、イシュマエルが追われることがなくなる。)
妖精は一瞬そう思った。
(いや、でももし失敗したら・・・彼女は今抱えている苦痛とはまた別種の苦痛に苛まれるかもしれない。)
妖精は浮かんできた一番有力な選択肢に対して躊躇い始めた。妖精は自分の腕は天下一品だという自負があった。だがそれでも、一度出てきた大きいメリットに対して大きすぎるデメリットを直視した時、自分の腕は本当に天下一品なのか心が揺らぎ始めた。
彼女が思い浮かんだ施術とは早期に取りやめられた施術で詳しいところまで研究が進んでいない。妖精は研究者として惹かれてしまった。今ここで施術を行い研究すれば、人と艦娘の精神についてもっと深いところが知れるのではないか。彼女はこの考えが浮かんだ瞬間、心に知識欲というよく燃える炎を生じさせてしまった。普通、自律や道徳律という水において欲望という炎を鎮めるべきだが、よく燃える炎は水をも蒸発させる。彼女の妖精としての心は半分焼け落ちて研究者としての心が彼女の脳を占めた。そして研究者としての心に基づいた脳は、研究者にとって都合の悪い意見を締め出してしまった。だから妖精にとってはこの案しかないように感じられた。
(本人の意向を聞いてからにしよう。確認も取らずに実行するのはさすがに悪い。)
妖精はそう判断を下してイシュマエルの所へ戻った。
妖精がイシュマエルの所に戻ると人形はスケッチブックに自分の伝えたいことを書いてイシュマエルと会話していた。イシュマエルは意外にも笑顔になっていた。バッグの中からある写真を取り出していた。艦娘の写真だった。その艦娘はイシュマエルと同じ色の髪をしていて、イシュマエルは写真の艦娘を指さしては楽しそうに会話していた。
(さすがは私が作った人形だな、それはそれとして伝えることを伝えるかな。)
「ねえ、イシュマエルちゃん。」
「なんですか、妖精さん。」
妖精は深呼吸してからこう言った。
「艦娘になりたくない?」
「えっ。」
イシュマエルは驚いた。
そう、妖精が思いついた方法とはイシュマエルを艦娘にさせることで、永久的にバレないようにすることである。
「なりたいです、艦娘。」
「本当にいいの?イチかバチかだよ。もしこれに失敗したら貴女はまた別の苦痛に苛まれるかもしれない。そうだとしてもやる?」
「私が今まで大切な人を守れなかったのは私に力がなかったからです、今ここに力が舞い込むかもしれないというのにそれを逃す人がいますか?それに私にとって艦娘は憧れなんです、だからなってみたいです。」
「それじゃあ、本当にいいのね。」
「はい、お願いします。」
イシュマエルと妖精と人形は工廠へ向かった。出入口辺りでイシュマエルと妖精は言葉を交わした。
「・・・・少し時間をくれない?」
「分かりました。」
妖精は工廠の中へ入った。その後妖精は工廠に行って準備をし始めた。誰もいない工廠、暗くて視認しづらい空間、事を起こすには絶好の機会だった。
妖精は準備をしながら考え事をしていた。
人を艦娘にさせるという理論は実際には昔からあった。しかし、多くの問題があった。その内の一つが精神性の問題である。施術をする過程で艦娘の精神と人の精神を融合させる必要があり、素材になった艦娘の見た目に変化する。今までの人格を大切にするならば『人』としての意識を重視させる必要があるが、そうすると艦娘としての基本的機能が失われる。逆に艦娘に比重を置くなら今までの記憶がなくなってしまう。この二つの要素を乗り越えた上でもさらにある一つの問題が付きまとう。その問題とは人間としての意識と艦娘としての意識が混ざることでバグを起こすことだ。そして『艦娘』なのか『人』なのかよく分からない者はかなりの頻度でバグによって精神障害を引き起こす。ある日突然、艦娘の持つ艦として記憶の雪崩に耐えれずに人として意識が崩れ、人と艦娘の精神はその時点では合成されて、二人三脚状態、一心同体になっている故心が死んだ状態になることが起こった。
(大丈夫なはずだ・・・私はどんなことだって成功してきたんだから。)
こう言った事情でこの施術は早期に取りやめになった。そういうことでこの施術のやり方やこの施術について知っている者は少なかった。それでもこの施術は良いところはあった。そう言った艦娘なのか人なのかよく分からない者共は例えその体が駆逐艦の規格だったとしても戦艦級の砲門を搭載することができたり、空母の装備を取り付けたりすることができた。そして身体能力も既存の艦娘よりも遥かに高かった。精神の安定性を下げて身体能力を上げるこの施術はいつしかオーバークロックと呼ばれるようになった。
(よし、やるぞ。)
妖精は覚悟を決めてイシュマエルの所へ向かった。
「準備できたよ、イシュマエルちゃん。」
「お願いします。」
「本当に・・・良いんだね、イシュマエルちゃん。」
「はい、私は皆を守れる存在になりたいんです。」
「なんで守りたいと思うの?」
「・・・・今の私のように誰かに大切な人を奪われることをなくすためです。」
「本当にそう思っているんだね?その為に人生全てを投げ出す覚悟があるんだね?」
「・・はいそうです。」
「分かったよ、もう何も言わない。始めようか。」
妖精とイシュマエルは施術するために工廠へと向かった。