「接合師さんが言ってた場所はここか」
貧しい若者は地図を片手に歩きながらそんなことを言っていた。彼は金がないのでそんなに無駄遣いができず、タクシーを使うこともできないので地図を片手に歩いていた。
「移動手段が使えないから時間がかかるけど、自分が普段見れない景色を見ることは楽しいな」
彼は田舎からほとんど出てこないから目に見えるもの全てが新鮮に見えた。暁に照らされた朽ちかけゆくビル群の近くに一凛の花が咲き誇っており、大きくも朽ちていく人工物と、か細くも力強く新生する花の対比がひたすらに美しい光景だった。
「彼女にも見せてやりたかったな」
自分でそう言って彼は唐突に気分が悪くなった。さっきまで美しいと思っていたものが騒々しく、苛立ちを募らせるものにしか見えなくなった。
深海棲艦が地上に侵攻してきた時、生き残った者達は全員が喪失の痛みを味わうことになった。彼と彼の彼女も例外ではなかった。そうやって互いに悲しんでいた時に彼女と彼は出会った。最初は互いに負った悲しみの傷を舐めまわすことで始まった仲だったかもしれないが、それは何時しか彼と彼女が負った悲しみを埋め合わし、互いの喪失を愛によって補い合うようになり、両者はそのことを快く感じた。そして彼が持つ夢、
『最高の音楽を作る』
という夢を彼女は応援してくれた。初めての理解者だった。
それを唐突にあの高貴なる富者様が突然横から現れて彼女に求婚を迫り、その心労によって自殺した。
(あれは自殺なんかじゃない、他殺だ!自殺とは言ってみれば死に方みたいなもんだ)
そう貧しい若者は思いながら、自分の足元の虫を踏みつぶして歩を進めていく。
彼は彼女の喪失という事象によって悲しみの古傷が痛めつけられ、そしてこれからも彼女が生き返りでもしない限り彼は昔を思うたびに自分の心の古傷に記憶と後悔という名の鞭を打たれ続けるだろう。
自殺しやしないか心配している者たちに言うが彼には先に述べた夢があった為に生に執着していた。
歩いているうちに接合師が指定した場所に着いた。
中央にソファがあり、それを囲むように魔法陣のようなものが描かれていて左端に本棚、右端に薬品やフラスコが置いてあった。貧しい若者は何故だか本を直視することができなかった。その本を見ていると不安に駆られるからだった。
ソファにはペストマスクを外した接合師が寝転んでいた。だらしなく左手をぶら下げてビール缶を持っており、右手は自分の額に置いていた。諦めたかのように不気味に口角を上げその顔は自己嫌悪にまみれていた。
「おやぁ、来ましたかぁ・・・ヒクっ。さあさあこちらへどうぞ」
有り得ないことに彼は酔っていた。あれだけ仕事人のオーラを出していたにも関わらず、酔っていたので貧しい若者はビックリした。しかも彼の眼が捉えたところによるとビールの空き缶が5本も放り捨てられてあった。
「何本飲んでるんですか!体壊しますよ!ちょっとバケツかなんか持ってきますね!!」
彼はバケツを持ってきた。すると接合師がこう言った。
「貴方ァは・・気が利きますねぇ」
「僕は貴方の体調が気になってきますよ」
「おおー!!優しい事で」
「それとこれが写真です」
「はいはい拝借しましたしました。ずいぶん奇麗に保存してますねぇ」
「僕にはもうこれしかないので、当然ですよ」
「ところであなたも飲みます?」
「お断りです」
「良いんですか?良いんですか?私はねぇハッキリ言って自分でもこれからやることを素面だとやってられないんですよ!凄惨な光景ですからねぇ。だから貴方に飲むか進めたのですが。というのもあり得ない光景を見ても飲んだくれれば酔いによる幻覚のせいにできますからね。それでもいらないですかぁ?」
接合師は重々しい足取りでよってきてそう問うた。
「僕は貴方が言った言葉の意味を考えてきたんです。等価交換でしたよね、人を作る事は容易ならざることです。対価も相当な物でしょう、だというのに払われた対価の値段を知らずにどうしてその商品だけ受け取ることができましょう。そういうことはできません。何故なら買い物をするときにその値段を見ないものがいるのですか?その対価が凄惨な光景だったとしても、僕は見なければならないでしょう」
貧しい若者はこう言った。
「ほう!貴方は間抜けな若者だと思っていましたが中々やるじゃないですかぁ」
接合師はいたく感心したようで手を叩きながらそう言った。
「それでは準備よろしいですね?」
「はい、覚悟はできています」
「よろしいでは始めますよ!」
そう言うと接合師は奥の部屋へ行き、眠らされている艦娘を担架で運んできた。
すると接合師は何かを強制的に飲ませた。艦娘の方はみるみるうちに青くなり死んだのが見て分かった。その後彼は防腐剤を注射した。貧しい若者はあまりのことに身動きが取れなかった。
作業は次の段階に進んだ。彼は貧しい若者から受け取った写真を見ながら本棚である本を探しているらしかった。見つかったらしくその本を取ると大急ぎで死体に駆け寄り、詠唱を始めた。
詠唱の始まりは貧しい若者を恐怖の世界へ誘った。最初からそこにいたかのように彼の周囲には薄く、青白いなにかが出現し始めた。霊と言うには少し違う、不思議とその者共が死んでいるという感覚が持てなかった。それらの者共は接合師の近くにもいた。霊とも言い表し難いそれらは貧しい若者の足と手を握り始めた、死人のような冷たさでもなければ生者の温かさでもなかった。ひたすらにぬるかった。それらは貧しい若者と接合師と死体に嫉妬の眼差しを向けていた。貧しい若者は幾つもの針が刺さるような感覚を覚え、悲鳴を上げようとしたが寸でで耐えた。貧しい若者には接合師が何を言っているのかさっぱりだった。
詠唱はクライマックスに入ろうとしていた。その時、彼は見てしまった。その亡霊ともつかぬ者共の中に自分の両親が混ざっていたことを。その目は他の者共と違って嫉妬の眼差しを向けなかったが彼は今度こそ悲鳴が出た。
接合師はその口を閉じて詠唱が終わったかのように見えたが今度は有り得ないものが見えるようになった。さっきまで建物の中に居たのに暗い下水道にいるようだった、悪臭が鼻を突き、汚泥が貧しい若者の視線を遮る物となった。だが汚水の向こうで何かが召喚されたようだった。突然燦然と輝く何かが接合師と思わしき人影の近くに存在した。汚水で発光が抑えられていたので、発光体の体が輪郭だけ見えそうになったが、本能的に危険だと判断して貧しい若者は接合師だけを見るようにした。辛うじて見えた風景には接合師は天に浮かぶ発光体に何かを恭しくさしだしていた。その後その発光体が一層輝きだし、この凄惨な劇場が終わった。
貧しい若者は今見たものを幻覚だと信じ込もうとしたが、あの時触られたぬるい感触と鼻を突く悪臭と発光体、これらを幻覚だと断定させる材料を貧しい若者は持っていなかった。震える内に接合師を見た。深い後悔と恐怖に駆られているようだった。そして口を開いた。
「立っていられたんですね、貴方」
貧しい若者は声を出そうとしたが出なかった。
「私の心はこの儀式をやる度にもうやらないと誓うのです、ですが私の頭は金を積まれるとそんな誓いなど跳ねのけてしまう…私は自分で自分が嫌になっているんです。特に薬剤を与えている分まだ和らいでいる方ではありますが、私達人間を救った種族をまた人間の浅ましい欲の為に殺されるのですから。どのみちあれは解体予定艦で死は決まっているのですが、だからと言って耐えられるかと言うと別でしょう」
接合師はビール缶を取り、ソファに寝転がって飲み始めた。
そうするとこう言った。
「そうこれは独り言、私の儀式に立っていられるものは居なかったのだから・・・私がやっているのは本当の蘇生ではない、限定的な召喚だ。その間に召喚された者の事を記憶に刻まなければならない、私がやっているのは梯子で言うなら糸を取ってくることだ。そしてその糸を取って接合して梯子のように強い関係を持ち、誰かに踏んづけられようと簡単には切れない作りにできるかは貴方次第、・・・・上手くやることですね」
そう言うともう一本ビール缶を開け、一気に飲み干した。彼は今度こそ酔いつぶれて寝てしまった。
貧しい若者は辛うじて接合師が言った言葉を聞き取った。そして死体が会った場所に目を向けると彼の彼女が寝ていた。
彼は感極まった。彼はあんな事があった後だから自分の目を信じることができなかった。
恐る恐る脈を確認した。生きていた。その体温はぬるくも冷たくもなく、まさしく生者の体温だった。
「本当に生きてる!やった、良かった!」
そういった途端、儀式で命を失った艦娘を思い出した。
彼女はどう思うだろうか。最後まで人間のエゴに踊らされた艦娘。彼は後ろめたさを感じた。あの哀れな艦娘の為にできることはないか考え始めた。そして彼はこの結論に至った。
(言い換えてみればあの艦娘がこの世に残した最後の遺産が今ここに蘇った彼女だ、なら以前にもまして彼女を愛そう。)
全く関係ないですがラストレイブンでは軽量機使ってました。マシンガンやガトリングの連射は楽しいものです。