午前0時、ある鎮守府にて駆逐艦響が虚ろな目で窓から虚空を見つめていた。彼女の部屋は心労によって乱れ切り、年相応の物はかつてはあった形跡はあるものの今はそんなものはなく、異常な量の酒瓶が床に転がり机の上の日記もかつては日課であったろうその日の事を記すことも、ある日を境に途切れたままであり、その日を境に日記帳は仕事を与えれることもなくペンは黙し、消しゴムもその他筆記具も埃かぶっていてこの部屋全ての道具が各々の役目が来ることはないと諦めたかのように辺りに散在していた。規則性などはなかった。かつてはあったのだろうが。
響は虚空から自分と
前提督時代の記憶である。あの頃はまだ彼女の仲間達は生きていた、活発で各々の個性が爆発していたが皆仲がなんとか上手く嚙み合っていた鎮守府だった。
景観も理想的だった。陽光に照らされて輝く季節によって衣を変える植物達それらは奇麗に整備され、小さい花壇ながらそれは花園に負けぬ美しさを放っていた。何も花壇だけではない。宿舎も奇麗で掃除が行き届いており、そこに住む職員や艦娘達は皆満足したような顔をして過ごし、されども軍の荘厳さもある、理想的とも言える鎮守府だった。
それを
無理な出撃を繰り返し、建造も許さぬ内に生き残っているのは響だけだった。その時から提督の部屋からは唸り声が聞こえるようになった。言うまでもなくこの唸り声も彼女を狂わさせた一因だろう。響が一人になっても出撃命令は続いた、彼女は響という艦娘の中でも異名がつく程の実力者でそう簡単に沈まなかったが、もはや彼女はかつての面影はなかった。髪は乱れ心は心労で狂気に染まり、体は疲労しきっていた。服は汚れてこそいたが未だ元の良さを保っていた。
響は回想したことで狂気に満ちた、いや死神を殺すことは正義なのか、ともかくある覚悟を決めた。
(艦娘の禁忌など知った事か、私はあれを殺してやる!)
響は額に右手を当て、片手をだらりと下げて、普段の物静かな性格からは考えられない高らかな笑いをした後、自分の艤装ではなくナイフを取りに行った。後は提督を討伐するだけだろう。
彼女はいよいよ提督の部屋へ通じる廊下を通り始めた。行く途中で響はこの鎮守府のなれの果てをみた。枯れて何者にも世話されず虫に食われて力なく垂れた若くとも老婆のように見える花達、彼女らが再び衣を着る日はないだろう。
蜘蛛の巣が張り巡らせられ、埃かぶった通路。二人で居るには広すぎる建物。
かつての荘厳さなどなく、それを引き換えに手に入れた廃校を思わせるような暗い雰囲気。建物全体が花と同じく、実際には若くとも老いていた。退廃が臭いを持つならこの鎮守府と同じ臭いだろう。
響は不安定な調子で階段を上った。また響は過去を思い出した。それを燃料に自らの決意を漲らせた。あの提督は人間じゃない、だから大丈夫ではないかと自分に言い聞かせた。
とうとう提督の執務室の前まで来た。相変わらず腐臭がしたが、その中から聞こえたのは唸り声ではなく、何者をも魅了する甘美な音色のように一時的な狂気に陥った響は聞こえた。
響はまたもや過去を思い出した。ともに戦場を駆け抜けた戦友たちの顔が見えた。皆いい笑顔をしていたがその笑顔には陰りが見えていた。響には自分が今やろうとしていることを引き留めようとしている様に感じた。実際提督殺しを決行した時から繰り返し見ているのだから。
(大丈夫だよ、あれは心は人間じゃないから)
響は扉を開けた。
その部屋は地獄と言ってよかった。
部屋は腸がパーティの時に飾り付けられる飾りのように飾られ、その腸には目が埋め込まれていた。
その他はバイオリンなどの器具だったがこれがまた異常だった。
人間の足のアキレス腱で作られた弦、弦以外は人骨を溶かして固めた物が使われていたようだった。
人の胃と腸を固めて作ったオオボエのような物、その他にはもはや音楽器具として見ることすら難しい物が丁寧に飾られてあった。全体的には異様にラッパが多かった。
床は血を吸った様な見た目で魔法陣のようなものが描かれ、その魔法陣の中には赤い竜と杖、二本の角を付けられた狐という奇妙な偶像が置いてあった。竜は悪魔のように口が歪んでいて杖には冒涜的な言葉が彫り込まれ、狐は嘘吐き共と同じような雰囲気を宿していた。
この部屋の全てのものが宗教的でありながら冒涜的でもあり、グロテスクというよりも奇妙であった。
そしてその奥には正十字架が建てかけられてあった。
この部屋の主は下記のような見た目をしていた。
白い人体のパーツが描かれたような法衣を身にまとい、頭は包帯で巻かれ体からは節足動物に似た三対の長い腕と普通の人間の足だった。その者は長身で何も食べていなかったかのように瘦せ細っていた。
死神は新しい楽器を作る作業をしており、何かぼそぼそ言いながら手を動かしていたが聞こえたところで我々には理解できないものだろう。
死神は作業に熱中しすぎて響に気づかなかったようだった。
響はゆっくりと歩み寄った。死神はなお気づかない。
響はナイフを振り下ろした。