響と定義されていた者は何処かで見た天井で目が覚めた。
辺りを見回すと、過去の彼女がよく遊びに来ていた家の客間だったことが彼女には分かった。
咄嗟に彼女は自分の体を見た。元の姿に戻り、服は変えられていて、体も清潔な状態になっていた。清潔な状態に戻った彼女は元の美しさを取り戻していた。薄い青色の髪は奇麗に整えられ、顔はまだ狂気の後が残っていたがそれがことさら彼女の美しさを引き立てた。彼女は自分の姿に驚いていると声が響いてきた。
「響ちゃん!!」
老婆の声だった。老婆は感極まって手に持っていた書物を落として、飛び上がった。
「もう、心配したんだから!ラズミーヒンから状況は聞いたわ、辛かったでしょう。大体の事情はラズミーヒンから聞いたわ。ごめんなさい。もう少し早くラズミーヒンに依頼しておけばよかったわ!」
老婆は抱きついた。きつい香水の匂いが彼女を包んだ。匂いに対して響と定義されていた者は顔をしかめたのが分かったのか、すぐに離れた。響と定義されていた者は、自分の情報が広まっていることに驚いた。が、すぐに納得した。今までの彼女がいた鎮守府は不審な活動をしていた。遊びに来ていたのに何も言わず遊びに来なくなった。提督は従業員も殺していただろうから行方不明者の情報も出るだろう。何かしら民間の方でも探られてもおかしくはない。そう彼女は考えた。
途端に響と定義されていた者は震え始めた。罪人としての意識が「お前は罰を受ける」と言っていた。
老婆が響と定義されていた者が震えていたのに気がつこうとしていた。
その時にドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します。お目覚めですか、鞘殿」
「あら、言ってないのに来たわね。そんなに声が大きかったかしら?」
「ハハッ、そうですね。そういうところです」
ラズミーヒンはそう言うと後ろで手を組んで響の前まで丁寧に歩き、
「お近づきの印です」
と言ってよくあるラッピングされたプレゼント箱を渡した。
そうするとドタバタと病人の寝ている部屋に二人やって来た。
老婆はそのドタバタ音とラズミーヒンがやって来たのとですっかり意識が他に移った。
「大丈夫だった?響ちゃん」
「声がしたから起きたと思いましたがそのようですね」
そう言って入っていったのは新婚二人組、老婆の家系の者である。二人の指には指輪がつけられていた。奇麗なダイアモンドである。男も女もどこにでもいそうな凡人のような出で立ちだが、幸せそうな雰囲気を纏っていた。今は響と定義されていた者に対する心配で多少曇ってはいたが。
「ラズミーヒンさん本当にありがとうございます」
「いえ、いいですよ。新婚さんの憂いを拭い去るのもまたいいことでしょうし。これでお楽しみできるんじゃないですか?」
そう言うと新婚二人組の顔が赤くなった。それと同時に老婆と新婚二人組に響と定義されていた者を見えなくするように自然に立ちふさがった。
「子供がいる前でそう言うこと言わないの!」
「ああ、失礼しました。それとですが、皆さん結婚の準備で忙しいでしょうし、私しか鞘殿の世話ができないでしょうから彼女さえ好ければ色々と話したいのですがよろしいでしょうか?」
「私は別にいいわよ、響ちゃんは」
「ああ……別に構わないよ」
響と定義されていた者はもうあまり考えたくなかったので気のない返事で済ませた。返事をする頃には震えは止まっていた。ラズミーヒンはちらりと彼女を見ると空いている椅子に座った。
「本人がそう言うなら私達も異論はないです。」
「ハハッ、決まりですね。では三時間後でよろしいですか?」
「ああ……。」
彼女はまた気のない返事で返した。
「後、先ほど渡したプレゼントは一人の時に開けてください。それと皆さんそろそろお開きにしなければではありませんか?」
ラズミーヒンは
「色々と積もる話があるだろうから話そうかと思ったけど確かに今は少々忙しい。後ででも話ができるか。君はどうする?」
「私も貴方と同じ意見です」
そう言うと新婚二人は出て行った。
「響ちゃん、何かあったら言うのよ。食べ物、ここに置いとくから」
老婆はバッグからお菓子とおにぎりを取り出して、響と定義されていた者の机に置いて出て行った。
老婆が出ていって30秒くらいたった後、ラズミーヒンは戸に耳を澄まし、それが終わったら扉を開けて誰もいないか確認していた。そしてラズミーヒンは椅子に座った。
響と定義されていた者は今自分が置かれている状況や民衆の間では自分が起こした事件がどうなっているのか知るためにラズミーヒンに話しかけた。
「ラズミーヒンさん、私はどのくらい寝てた?後、敬語はいいよ」
「そうですか。ではお言葉に甘えていただきましょうか。三日だ」
そう言うとラズミーヒンは目が鋭くなった。
「僕は駆け引きが面倒だから単刀直入に言うぜ、アイツら君が殺したんだな?」
響と定義されていた者はまた震えだした。彼女自身は分かっていた事とはいえ、実際に人に言われると彼女は後悔や罪意識が蘇ってきた。
「そのことは周りに知られているんじゃないの?」
その問いを彼に対して投げかけると、彼は意外そうな顔をしてこう言った。
「君はまだ本調子じゃないみたいだな。君があの幼女を殺した事が伝わってるんなら今頃君は腕利きの軍人に縛られて護送中だろうよ。それに第一あの老婆の親族が引き受けてくれた時点で察するかと思ったけど。世間にはクリフォトが殺した事になってる。そんで君は行方不明といったところだ。あのくそ忌々しい接合師がこの事件を調査しないなら、あの芸術品の一部になったっていうことになるだろうな、いずれ。できる隠蔽工作はやりつくしたとおもうぜ」
響と定義されていた者は一瞬彼をありがたく感じたがそれは捕まらなかった野盗と同じ心理なような気がして自らを恥じた。そして彼のことに関して彼女は少し疑いをもった。何故彼は自分をかくまったり、隠蔽工作をしてまで守ろうとしたのか。
「何で、私を隠してる?」
「僕は寂しいのは嫌いなやつでね。旅はしているんだけど一人なんだ。心寂しいんだ。それに一人で旅してると色々不便なところがあるし、君がよければ僕と一緒に旅してくれたらと思ったんだ。」
そう言うとラズミーヒンはいかにも気の良い若者のようにニコニコした。
「人殺ししたやつにそういうこと言うんだね」
響と定義されていた者は自虐的に笑ってそう言った。
「罪を犯したからって(罪の度合いにもよるけど)いちいちギャーギャー言ってたら贖罪の機会さえ与えられなくなる。僕との旅は贖罪の旅でも思ってればいいさ、この世の中、困ってる奴らはけっこういるぜ。そいつらを助ければいい」
「そう」
「で、どうだい?僕と一緒に行く?」
ラズミーヒンは立ち上がって響と定義されていた者に手を指し伸ばした。
「一緒に行くよ。」
そう言うとラズミーヒンは大いに驚いて目を見開いた。
「へえ、意外だぜ。これダメ元だったんだけどな。素性隠して他の鎮守府に行くっていうことはできないのかい?」
「今の私に人を守る資格はないよ。それに、もう艦娘でもなくなったみたいなんだ。」
ラズミーヒンには彼女の言っている「資格がない」の部分は何故言っているのか理解できたが、「艦娘でもなくなった」という部分に関しては理解できなかった。
「へぇ、そう。ま、取りあえず」
ラズミーヒンは椅子から立ち上がって響と定義されていた者に対して手を指し伸ばしてこう言った。
「初めての自己紹介だ。僕はドミートリィ・プロコーフィチ・ラズミーヒンだ。」
「私は……」
彼女は自分が響であると名乗ろうとしたが、唐突に響と名乗るのに違和感を覚えた。自分が響という名を冠することは響という存在を侮辱するようにも感じたのである。
「ごめん、名前はないよ。」
「はあ、君は艦名があるから、それにすりゃいいだろうに。このまま名無しじゃ困る。じゃあ君の名前はロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフだ。実際にありそうな名前だし、カモフラージュにはいいかんじだろう」
「…それでいいよ」
「いいのかい、もちっと可愛い名前欲しがるかと思ったけど」
そうしてラズミーヒンの手を握った。
祝福するかのように、陽光が差し込み、風が吹き始めた。その陽光はまるで赤ん坊が初めて見る光のようであり、風は優しく彼らを産着のように包み込んだ。
するといきなり大音響が鳴り響いた。
どういう作品にするか方向性が決まったので、タグの大規模な編集やタイトルの所のどういう作品か説明する前書き部分を変更を近日中にしようと思います。
さすがにあの文章のままではこの作品がどういう作品か分かりませんでしょうし。