大音響が鳴り響いた。それは砲撃の音だった。砲丸がこの家の近くに当たったのだ。
それとほぼ同時に衝撃で家全体が揺れた。揺れが収まった後、二人は急いで窓の外をチラッと見た。そこには恐るべき深海棲艦12隻が攻め込んで来ていた。深海棲艦は住民を虐殺して回っていたが、何か人を探している様だった。それも穏やかな顔ではない。彼女らなりの義憤に駆られていたような顔で、どちらかというとその憂さ晴らしとして住民を虐殺していた。
町が瓦礫と血と人の部位で埋まっていく。その様は凄惨であった。白と黒の軍が赤で染まる、大地も生命体が出産する時のように赤で染まる。されども今は産みの時ではない、死ぬ時だ。始まり時ではなく終わりの時なのだ。
「はあ!何でだよ!海の方の巡回は別の鎮守府が一時的に担当になったはずだぞ。どうしてだ……ああ、クソ、そういうことか!何で気づかなかった!」
ラズミーヒンはかなり苛立ちを感じながら、ラスコーリニコフを連れて部屋から出た。
「どういうこと、ラズミーヒン?」
「あのクリフォト、海の方も隠蔽系の魔術かなんか使ってたんだな。海からも艦娘から見られたくないから視覚阻害とかのあれこれの魔術を海の方に放ってたんだろう、実際なんかそれ用の射出機あったし。だからそれがまだ残ってたとしたら、巡回しているつもりで全く違う方を巡回していたんだな、それに君は視覚阻害の魔術の中から何度も出撃を繰り返していただろうから、深海棲艦は気づくだろうし、対策してきたんだな。クソ、だとしたらラスコーリニコフを適当に外に放っておけば殺せたろうに。いや、きっとアイツはお前だけは楽器にしたかったんだろう、あんだけ酷い事やっときながら艦娘の倫理がまだ働くとよく思えたなアイツ。鍵もかかってなかったし。」
ラズミーヒンは早口でまくし立てた。
「深海棲艦の狙いはラスコーリニコフ、お前だろうな。あれは仲間が殺された時の顔だ。だが僕は君を深海棲艦に渡すつもりはない。とっとと逃げるよ。取りあえず僕に付いてきて。」
「私が出ていけば助かるのかな?」
「馬鹿野郎、出て行ったところで住民を虐殺することはおそらく変わらんだろうよ。例え交換条件持ち替えてお前を差し出そうが、艤装のないお前を先に殺してしまえばいいだけだ。やるだけ無駄だ。」
そうやって階段を降りていると深海棲艦の行軍の音が近くなってきた。悲鳴と砲丸とコンクリートが崩れ落ちる音が聞こえてくる。近くなってきた証拠として咀嚼音も交じって来た。
二人は黙って家を出た。二人とも生きるために足取りは速くなったが、その割には音をたてなかった。
ラズミーヒン達はリビングの窓から外に出た。リビングの近くにはちょうど良く草むらなどの遮蔽物があったから身を隠すのには適していた。深海棲艦の大群は、艦娘探しの為に三体で組んでバラバラになって探していた。すぐそこまで深海棲艦三隻は来ていたが、幸運なことに三隻の深海棲艦はラズミーヒン達には気づかなかった。
その時ラスコーリニコフは深海棲艦の中の一隻、イ級がこの家の主、老婆の親族である新婚の男を殺そうとしているのを見た。彼女はまだ艦娘だった時の記憶が朧気ながら浮かび上がった。ラスコーリニコフは不思議な感覚でその記憶を見ていた。自分の物であって自分の物でないような変な感覚がしたのだ。そのうち自分の目の前で沈んだ艦娘を思い出した、顔は相変わらず真っ黒のままだが、その命が奪われる光景を繰り返してはいいのか、と記憶が訴えかけているように感じた。
彼女はそれを正当なものとして受け入れ、深海棲艦に気づかれないように近づいた。ラズミーヒンがそれに気づく。だが気づいた時には遅かった。
(なんだと、ああクソ。)
ラスコーリニコフは素手でイ級を殴った。イ級は沈んだが、その物音で他の三隻、もう一体のイ級とホ級に気づかれる。しかしその時、この二隻の死角からラズミーヒンが何処から取り出したか分からない槍を携えて飛び出した。飛び出した勢いでホ級を貫き、イ級がラズミーヒンの存在を認知する前にイ級の後ろに回り、槍は刀に変わって一閃した。それらの動作はかなり手慣れていた。
ラスコーリニコフは結果的に善を行ったのでいい気分になっていた。そうやって何でもない所に目を向けると自分の殺した少女を見た。幻覚だということには彼女自身気づいていたが、その少女は責めるように彼女を見ていた。ラスコーリニコフは罪意識に再び捕らわれ、こう思った。
(そうか、例え300の善を行っても一つの罪を消すことはできないんだな。いつまでも纏わりついて離れない。)
彼女は自己嫌悪した。かつては人と仲間を守る艦娘が、自分の欲望で、一つの犯罪によって瞬く間に変わってしまった。そして行き着いた先が灰と埃と錆でまみれた自分自身。暖炉の灰は灰皿へと送られるように、埃は払われゴミ箱へと行くように、錆びて見てくれの悪くなった勲章は倉庫へ送られるように、彼女は誰からも望まれないだろうと思った。そしてこう思った。
(私のような殺人鬼はだれも望まないだろう、結局私は…一人か。いや、今の私は自分自身ですら嫌悪している。自分自身の中にすら居場所はないということか。)
そうすると少女は満足したかのように去っていった。
そのようなことがあったが、ラズミーヒンはそのことに気づきもせず、話しかけてきた。
「全く、剣の奴らってそういうことできるのか。驚いたなんてレベルじゃないぜ。素手で殴ってそのまま轟沈させるとか。」
「そっちこそかなり手慣れているように見えたけど?」
「いや、僕の武器だと二体の暗殺が限界だ。君が倒してくれなかったらそのまま見捨てたよ。」
「酷いな。」
「それが生き残る手段なので。」
「取りあえず深海棲艦は暫くこっちに来ないだろうから、あと二人を助けよう。」
「そうだな、よし。失礼、旦那様。あと二人が何処か知りませんか?」
そう言ってラズミーヒンは新婚の夫を見たが、夫は気絶していた。
「全く、仕方がないぜ。」
「探す必要はないみたいだよ。ほら」
そう言うとラスコーリニコフは指をさした。指をさした先には老婆と新婚の妻がいた。震えて動けないようだった。
「さあ、行きますよ。こんなとこに居たんじゃ命が幾つあっても足りませんから。肩貸しますよ。ほら、新婚さん、手を。」
「あ、ありがとう。ラズミーヒン。」
「ラスコーリニコフ、夫の方を頼む。」
「分かったよ。」
そう言うとラスコーリニコフは男をお姫様抱っこをしようとしたその時だった。
砲撃が飛んできた。ちょうど新婚の男に直撃した。新婚の男は肉片をまき散らした。近くにいたラスコーリニコフはその砲撃の衝撃で吹っ飛んだ、艤装を付けていないのでかなりのダメージを負った。頭から血が流れはじめた。
ラズミーヒンは咄嗟に二人を庇おうとしたが間に合わなかった。衝撃で三人とも吹き飛んだ。老婆は当り所が悪く、頭から電柱にぶつかって骨と脳でぐちゃぐちゃになっていた。新婚の女の方はもっと地獄だった。体の左半身を勢いよく瓦礫に打ち付けられ、生きるのに重要な部位を失っていなかったので死んでこそいなかったが、あちこちから血がでていた。出血多量で死ぬような量だ。ラズミーヒンは運が良かった。吹き飛びこそすれども障害物がなく、武器を地面のコンクリートにめり込ませて勢いを和らげさせた。
その砲撃を放ったのは重巡リ級だった。普通のリ級では持たないような怪しげな艦砲を装備し、それから放たれたようだった。その艦砲は艦娘が装備するものと似ていた。
ラズミーヒンはまだこちらを見つけるのに時間がかかると思っていたので、不自然に思ったが、悲鳴が聞こえてこなかったので納得した。
(もう生き残り僕らだけか。)
リ級はラズミーヒンは無視してラスコーリニコフに向き直った。リ級は憎々しげにラスコーリニコフを見つめていて、先ほど放った砲の次弾装填をし始めた。
霞んでいく視界の中、ラスコーリニコフはここが自分の死に場所だと悟り、静かに目を閉じた。しかし、響いたのは砲撃の音ではなかった。ただ、硬質の物を切る音が響いた。
彼女が目を開けると、ラズミーヒンがリ級と戦っていた。リ級は練度が低く(というよりはこの深海棲艦達は全体的に練度が低かった)対してラズミーヒンは戦闘にかなり慣れており、立ち回りでは圧倒的にラズミーヒンが勝っていたものの武器が装甲を貫けないので掠り傷しかリ級は負っていなかった。
そんな状況下だがラズミーヒンはマイペースにラスコーリニコフに話しかけた。
「おい、君。寝るにはまだ早いぜ。」
「私を生贄にすれば君の脚力なら逃げれたのにどうして来たのさ。」
ラスコーリニコフはラズミーヒンが自分を助けないだろうと思ったので驚いていた。
「何馬鹿なこと言っている。友達っていうのは、助け合うもんさ。僕と君は友達じゃないのか?一緒に旅をすると決めた間柄なのに。」
ラズミーヒンがそう言うと交戦中のリ級以外の深海棲艦達がラズミーヒンに気づき、ラズミーヒンに砲丸とイ級が群がる。ラズミーヒンは多勢に無勢は慣れているようで回避することができた。しかし、無理矢理回避しているせいか動きが危うくなってきていた。
「こんな殺人鬼を欲しがるなんて、気は確かなの?」
「自分が正気かどうかとかとうの昔に忘れたさ!それに殺人鬼だろうが、僕の友達には変りないから。例え君が自分自身さえ受け入れられないとしても、どんな君でも受け入れるよ、僕は。」
そう言うとラズミーヒンはリ級を突き放してこう言った。
「僕は君が欲しい!寂しいから!どうしようもなく!」
「ハハッ。決め台詞にしてはカッコ悪いね!」
笑いながらラスコーリニコフは立ち上がった。今まで彼女は自分が咎人で罰を受けるべきであり、何者にも必要されないだろうと思っていた。彼女の心の中の灰と、くすんだ銀色の勲章の中から微かに火が灯った。
(こんな咎人でも求める人がいるのなら、その人の為にまた燃え上がって見せよう。)
その時、彼女はいつの間にか鎧を纏っていた。全体的な色や特徴はあの時彼女がなった化け物のデザインを受け継いでいたが、軍服は取り除かれていた。手には剣と言うには長すぎ、槍と言うには穂先が尖っていない、長物を手に持っていた。また、体やその武器から微かに火の粉が飛んでいた。
「一度は自らの手で全てを失って倒れてしまったけど、指し伸ばされた手を薙ぎ払う訳にはいかないな。」
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