米の女神と風の竜 作:春谷
「米を作ってみたい?」
日は少し経ち
サクナヒメの声が竜の間に響き渡ります。
ヤナトの神たるサクナヒメのほかに
風幻竜セルザウィードとアースマイトたるフレイ
2柱と1人がここにはいます。
「そうなんです!サクナさんの話を聞いていたら私も自分でごはんを作ってみたくなっちゃって!」
『話を聞くに四季もヤナトと似ている。今は冬が明けようとしているくらい。
育苗は何とか間に合いましょうな。問題は、水と土をどうするかですが』
「えぇ~……結局こちらへ来ても野良仕事をするのか?わしはごめんじゃぞ」
『おひいさま。働かざる者食うべからず、ですぞ。』
そうなのです。
激動のヒノエの生活で大きく成長したものの、根がぐうたらなサクナヒメ
“こちら“へきて3日ほど経ちますがやることもないこともあり
散歩して町の者と話しては、気持ちよさそうにお風呂に入り、ふかふかのふとんでぐっすり寝るという自堕落女神と化していたのです!
特にポコリーヌのご飯がたまらない!音楽家が横に控えていることもあり、こう見えて読書を愛する文化人の側面があるサクナヒメは久しぶりのゆったりした時間を満喫しているのでした。
これがヤナトの都なら、田んぼの樋も心配になろうものですが、なんてったってここは異世界
というか、ヒノエ島の田はあまりにも広くなったので、もとよりサクナヒメの手を離れている側面も多分にあったのです。
神田たる峠の田は特別としても、です。
維持継続なら田右衛門とカッパ衆で何とかなるし、大龍の鎮まりし後の平和な世ならば鬼もアシグモが何とかしてくれるでしょう。
ヒノエの冒険で良くも悪くも胆力が付いたサクナヒメは
「悩んでもしょうがなかろう!」
と開き直ってしまったのでした。
王子アーサーや読書家のキールとはすっかりウマが合い
会って数日なのに旧来の友ココロワと接するかのような気安さ。
なにせ比較対象のヒノエの民はみんながみんな一癖も二癖もある曲者ぞろい。
もちろん長として民を愛してはいるのですがそれはそれ!
サクナヒメはまさに我が世の春とばかりに、異世界生活を謳歌しているのでした。
閑話休題
「ところでフレイ、おぬしサクナヒメ殿とずいぶんと仲良くなったの。1柱の神に対してずいぶんと気やすいことだ」
「サクナさんがそれで良いって言ってくれたから」
「ね~」「の~」
「う……うむ。まぁそれでよいのならよいのか?」
「というかそんなこといったらセルザだってそうじゃん。いまさらだよ」
「むぅ」
「なに~?セルザったらヤキモチ?」
「な!?なにをたわけたことを!」
「ふふっ。図星だね?」
「このっ!減らず口ばかり叩きおって!食ってしまうぞ!」
みゃあみゃあと姦しくやり取りをする竜と姫です。
この空間に取り残された女神はなんとも甘ったるい空気の中でいたたまれない表情をするのでした。
まぁ、フレイの話を聞くにずいぶんと苦労してきた様子
久しぶりの気兼ねない会話なのでしょう。
(邪魔はせんでおくからついでに米の話はなかったことにならんかのぉ~)
なんて思っていた矢先です。
「話は聞かせてもらったわ!」
「なにやつっ?」
バサッと現れるのは花屋の店長エルミナータ
自称名探偵の名店長で、セルフィアの名物人間の一人です。
片眼鏡をきらりと光らせ颯爽と竜の間に躍り出て
世が世なら「な、なんだって~!」とリアクションされることでしょう。
「お米の種がいるってことよね?残念ながら私の店でもブロッサムさんのお店でも扱っていないわ」
(ほっ)
「そこで私は閃いたの!こういうときは人脈よ。そしてこの町で最も広く人脈を持ち、交易のプロである人間に……」
「用意したのがこちらの種もみになります。」
いつのまにやら颯爽と、にっこり現れたのはアーサーです。
彼は一国の歴とした王子ですが、しかし商人としての気質を強く持つ人間。
サクナと仲良くなったことに他意はないけれど、それが商機を逃していい理由にはなりません。
つまり、たまたま仲良くなった女の子が、なんと異世界の豊穣神で
この町の大地の姫も手を出していないある作物のプロであり、どうやら異世界内での評判も良い。
その作物は姫の料理にもよく使われており、しかも主食たる穀物。
需要がないということは、まず、ありえない。眼鏡がキラリ光るのも必然。
商売に必要なものは決断力とスピード感、そして事前の予測と根回しなのです。
大地の姫がお米を育てたがるであろうことなど想定の範囲内。
「おぉう……だがしかしだの?結構いろいろといるぞ?
そもそも水田じゃ。フレイの畑も立派なもんじゃったがだいぶ違うじゃろ?」
「それは大丈夫です!姫ポイントも資材もたっぷりあります!」
「ひめぽいんと?」
「まぁまぁ。行きますよ。オーダー!」
難しい理由をつらつら並べるサクナヒメを尻目にフレイが竜の間にある看板を読み上げ、姫の勅令が発動します。
とくにこの手の土木工事で大きな力を発揮するのは執事長ヴォルガノン。
彼を筆頭とした住民みんなの協力で、あっという間に畑の一面がサクナヒメの見慣れた水田の様相に。
入水用、出水用の二つの樋に加え、肥料入れまで準備されています。
水源は町の川から、ココロワも作ってくれた水車と呼ばれる絡繰りで引っ張ってきてくれている模様。
田起こし前なのか、石は転がり土も硬いですが少なくとも田んぼの機能は果たせそうです。
「どうなっておるんじゃ……」
『人の子の底力はすさまじいものですの……』
これにはサクナヒメもタマ爺も“ドン引き”です。
そんなこんなで準備は万端。季節もおあつらえ向きに雪解け直前
「さぁ、サクナさん。一緒においしいお米を作りましょう!」
「ふっ。まったくしょうがないのぉ?わしは厳しいぞ?」
にっこりと笑う大地の姫。これには米の女神も形無しです。
お手上げとばかりに教導役を受け入れるのでした。
田んぼができた!
今、セルフィアには畑2面と田んぼ1面がある。