米の女神と風の竜 作:春谷
竜の間に夜の帳が落ちたころ。
竜の間のすぐ隣で寝起きしているフレイは、今日の田起こしに満足気です。
明日は種籾選別と育苗という工程があるとのこと。
その後は苗が育つまで少し待つとのことでした。
サクナヒメ式の育苗を基本にして、ちょっとだけフレイ式の肥料をいっぱい使った育苗をしてみようとのことになりました。
今はそのための肥料を薬品棚で絶賛調合中です。
「……じゃのぉ」
「……でよいよ、……じゃ」
ふと、フレイの耳に話声が聞こえてきました。
薬品棚は鍛冶場と同じく寝室の隣の部屋に置いているので、少し声が遠く聞こえます。
気になったフレイは寝室に移動し、ベッドに腰かけ耳を澄ませはじめました。
盗み聞きはちょっと趣味が悪いかな?と罪悪感もありますが、好奇心には勝てません。
「このわいんという酒もわるくないの、葡萄酒はミルテもたしなむはずじゃが、いかんせんヤナトでは手に入らんでな」
「ミルテとは……おぬしの世界の料理人だったかの?」
「おぅ!ぽこりーぬも大したもんじゃがミルテの料理も絶品じゃ。慣れぬはずのヤナト料理も器用に作っての?薬師としての側面もあってなぁ」
「そうか……おぬしは彼らのことを愛しているのだな」
しみじみと、セルザウィードはそう言います。
民を慈しむのは神としてかくあるべき姿ですか、愛するべき民に恵まれるというのはとても幸福なことだというもまた事実です。
「うぇ!?やめいやめい!恥ずかしい。そうまじまじと言われるとむず痒いわい」
「わっはっは、そう照れるでないわ」
照れてわたわたとする米の女神ととにこやかに笑う風の竜
まだまだ神としての年季はたりませんので。
かの竜は永い……永いときを君臨者として過ごしてきたのです。
「……ところで風竜殿、この口調で本当に気に障らないかの?
正直カムヒツキ様に生意気な口をきいているようで落ち着かんのじゃが」
「構わぬよ。むしろそちらの方がありがたい。
ネイティブドラゴンとして生まれて、同格のモノとは接したことなどほぼなかった。
「そうか……わしの世界は神が多かったからの。親友もおったし」
そういうとグラスを傾け空にします。
セルザはセルザで魔法の力でしょうか。
ふよふよと浮いたワインボトルから瓶まるまるのラッパ飲み
一滴残さず飲み干します。
さてお開きかといったタイミング。
少し逡巡しましたが……米の女神は意を決して風の竜に尋ねます。
「その、セルザ殿は、寂しくは、なかったか?」
「ん?あぁ。ん~……
……寂しかったんじゃろうなぁ。
だから、あやつらが生意気にも友人と呼んでくれてうれしかった。
だから、あやつらがいなくなって自分でも制御できないほどに悲しかった。
だから、今、友と再び会えて、こんなにも嬉しいことはない。
新しい友人もできたしの
そなたこそどうじゃ。寂しくは、ないのか?」
「お、おぉ?そうじゃのう。今はドタバタで寂しいどころじゃないからの。
まぁ、むこうの奴らは奴らでうまくやるじゃろうから心配はしておらん。
わしが寂しくなったら……困るのぉ」
「ふっ。その時は話に付き合ってやるわ」
「ふはっ!そうじゃの、寂しい神様の先輩じゃからの」
「なぁにぃ~?」
からからと笑うサクナに憤慨するセルザ。もちろん軽口でじゃれあいです。
形は違えどこの二柱には同じものが流れていることが、互いになんとなくわかりました。
かたや生まれ持って圧倒的な神として君臨するしかなかった風の竜
かたや幼き頃に両親を失い、愛に飢えて育った米の女神
互いに過去の話です。
風の竜は友を得て
米の女神は家族を得ました。
そんな二柱の話は、フレイにとってなんだか素敵な、とても暖かい響きでした。
めったに素直なことを言わない竜が、素直に寂しかったと吐露したことに
ちょっともやっとはしましたが。
自分はどうなのだろう?まったく寄る辺がなかった自分は。
不思議と寂しいなどと思ったことはありません。
それは、記憶を失ったその時に、大きな友達ができたからなのかな、なんて。
その日は不思議なほど穏やかに眠りにつけました。
明日も、明後日も、楽しい日々が続くのです。