夕暮れ時、一人の少女が森の中を彷徨っていた。
薄汚れたボロを纏い、周囲を見回す。今晩の夕食を探しているのだ。
「ッ!?」
何かを発見した少女は素早く木の陰に隠れた。
視線の先にはローブを着た男が無数の魔狼に食われていた。
きっとこの辺りの事を知らない旅人だったのだろう。ああなってはもう助からない。魔狼に襲われた者は骨一つ残らないのだ。
少女は魔狼に気付かれないよう慎重にその場から離れようとした、その時だ。
男の手が魔狼の頭へ伸び、戯れるように撫で回した。
「っ!?」
驚きで硬直する少女。男は依然頭を丸齧りされた状態で魔狼を可愛がっていた。
魔狼は混乱し情けない鳴き声を上げながら森の奥へ逃げていった。男は去っていく狼を見て寂しげに空いた手を見つめている。
「っ……!?!?」
その男の横顔を見て少女は思わず息を呑んだ。
包帯でグルグル巻きの顔。隙間から見える肌は人の肌とは思えないほどくすんでいて、真っ赤な目がギョロギョロしていた。
(ゾンビ!?)
思わず叫びそうになるのをグッと堪える。
ゾンビ、人の死体が蘇ったもの。幽霊と同じく実在するはずのないモノが目の前にいた。
少女は震える手をソンビヘ向け、氷の礫を射出した。
ゾンビは頭部を貫かれパタリと倒れた。
これでいい。
少女はゾンビから目を離し、安心したように隠れていた木にもたれかかった。
ゾンビは頭を潰せば殺せる筈だ。
ゾンビは頭、口裂け女にはべっこう飴、幽霊には塩、定番である。
だが再び少女がゾンビを見た時、すでにその姿は何処にもなかった。
「え?」
死体がない?
少女は慌てて周囲を見回したが、やはりどこにも死体はなかった。
気味が悪いとは思いつつ、少女は帰宅することにした。あまり長居すると夜になってしまう。夜の森は危険すぎる。
少女はゾンビがいた場所に背を向け、自宅に戻っていった。
………………
ぶはぁ!! ぜえ……ぜえ……。
やぁ、また会ったね、俺だよ。何してるって? 見ての通り、地面から這い出てるところさ。
強引に地面を抉った穴に隠れてたんだけど、ちょっと暑苦しいね。でも真冬なら程よく温めてくれそうだ。昆虫が冬眠するのに地中を選ぶ気持ちがよく分かるよ。
それにしてもビックリだね。まさか問答無用で殺されるなんて。
ビックリしすぎて慌てて隠れちゃった。
ん? 殺されてないじゃないか? いやいや、頭貫かれたんだよ? ワンカウントでいいでしょ?
それにしてもおかしいなぁ、彼女どう見ても平民だよね?
平民が魔法使った? 魔力は誰にでもあるから魔法を使えないことはないけど……。
でも魔法に関する教本ってめっちゃ高いんだよ? 失礼だけど彼女はどう見てもド貧乏だ。
キュピーン
俺の面白センサーが反応しましたよ。
気になるねえ? 何者かなあ? 第二の転生者? ただの天才?
あ〜気になって夜も寝られない、ついでに朝も寝られない。
早速追いかけよう。そして、まずは観察してみよう。その後は……まぁ、成り行きで。
カッコよくバサッとローブを靡かせる。
ありゃ? ローブが穴がだらけだ。あのワンコ達のせいかな? これじゃカッコつかないなぁ。
ま、いっか。急いで行こう♪ さあ、行こう♪
………………
俺は少女を追って小さな町に辿り着き、あっさり住処を特定した。
……なんかストーカーっぽいなぁ。そうだ、少女じゃなくてターゲットって言おう。それなら名探偵っぽいよね?
こちらスネーク、ターゲットの自宅を特定。指示をくれ。
うん、いい感じ。あれ? これ軍人だわ。ま、カッコ良ければなんでもいいね。
時を戻そう。
俺はしばらくターゲットの家を観察したんだ。どこで魔法と関係してるのか知りたくてね。来る日も来る日も観察したさ。
正しく雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けず。
……言い過ぎました。そんなに長く観察してません。
観察の結果、ド普通な平民だった。
家族構成は母、兄、姉の四人家族。
ターゲットの一日はこうだ。
朝から晩まで何軒も掛け持ちで働き、夜は家族の世話をして一日が終わる。食事の準備も片付けも、全部ターゲットの担当。掃除や、家族が散らかした物を片付けるのも担当してるようだ。
そして母親と姉は男漁り大好きなビッチ、兄はチンピラ。
あれれー? おかしいなぁ? なんであの女の子だけが苦労してるのかなぁ? あ! これってもしかして、虐待ってやつかなあ? 僕知ってるよ! テレビでやってたもん!
茶番は置いといて。末っ子である彼女は家での立場が弱いんだろう。
父親はもう死んでるようだ、南無南無。
ターゲットはよく殴られてた。それを見た時、俺は思ったね。
『あ……あいつら死んだ』って
……だって仕方ないじゃん!!(逆ギレ)
普通は『許せねえ』とか『なんて酷いことを……』とか思うべき場面なのは分かってるよ!?
でも怖い目してたもーん! 今にも人を殺しそうな凶悪な人相だったんだもーん!
でも三人は殺されることはなかった。
家族が去った後、ターゲットは手に持っていた箒をベキィッって握りつぶしてた。
こえー、あの見た目でバイオレンスですよ。箒が人の首だったらベキィッですよ? 首がグルンッてなっちゃうよ。俺だったら泣いちゃうね。
その後も、ターゲットはボロボロになりながら仕事を続けていた。
健気だねえ、見てて可哀想だったよ、涙なしでは見れなかった。顔怖いけど。
グリム童話に出来るよ。何かいいことが起きるといいね。
あれ? 目的なんだったっけ? ああ、そうだ、魔法のことだ。
結局、魔法を使ったのは狩りをしてる時だけだった。
なーんにも分からずじまい。でも気になるよなぁ、観察すればするほど気になるなぁ。ここで終わるわけにはいかないよね?
そこで俺は考えました。どうすればターゲットの秘密を知れるのか。
そして気付いたのです!
『そうだ友達になろう!』
仲が良ければ話してくれるよね?見たところ、ターゲットに友達はいなさそうだったし。
とはいえ難易度は高そうだ。なにせ出会った瞬間殺されたのだ。直接会いにいったら同じ結末になるのは目に見えてる。
そこで俺はジワジワと迫ることにした。
STEP 1 :町を彷徨う。
『このローブに穴を開けたのは誰ですか?』
と言いながら歩き回るのだ。昼間は何故か憲兵達に追われるから、逃げやすい夜に彷徨った。
そうすれば町中に俺の噂が広まる。ターゲットは俺の事を意識してくれる筈だ。
STEP 2 : 徐々にターゲットに気付かせる。
俺の姿をターゲットにチョロッと見せるのだ。そうなるとターゲットは思うはずだ。
『あら? あの人はあの時の? まさか町のみんなが噂してた人って彼の事かしら? もしかして私を探してる?』
運命感じちゃうよね? ドキッとするはずさ。
そしてトドメのSTEP 3!! 出会う!!
『友達になってください!』
するとターゲットは感極まって涙を流すのさ。
『はい! 喜んで!』
エンダァァア、イヤァァアアア!!
SUCCESS!! 勝った!!
俺はこの作戦を即実行した。勝利を確信してたよ。
でもね? 完璧に思えたこの作戦は、驚くことにSTEP 3 の途中までしか上手くいかなかったんだ。
え? 割と予想通り? そんなバカな……少女漫画を参考にして立案したのに。
まぁ、いいや。
しっかりSTEP 2まで事を運んだ俺は、ターゲットが一人になる時、つまり狩りをしてる日を狙って彼女の前に現れた。
そしてトドメのセリフを言おうとしたんだ。
でも言えなかった。喉に氷が突き刺さってね。
あれー? なんでー?
俺は次々放たれる氷から逃げながら本気で首を傾げた。不思議で仕方なかったよ。計画は完璧だったのに。
やっぱり小細工が良くなかったのかな? 面と向かって話すのが一番なのかもしれない。
男は直球勝負だ。覚悟を決めた時こそ真っ直ぐに。
そう思い立ち振り返って向き合った時、気付いた。
あれ? なんか泣いてね?
よーく見ると目が潤んでたんだよ。それに攻撃しながらちょっと震えてた。
そして俺にこう言うんだ。
『死ねゾンビ!! もう二度とあたしの前に現れるな!!』
ガビーン!
Oh……なんてこった。
どうやら俺は彼女に酷く嫌われてしまったようだ。
ショックを受けつつも攻撃を回避し続けてたわけなんだけど。徐々にターゲットの容姿が変化していった。
黒い髪は段々と白く染まって、白目の部分は真っ黒に、青かった瞳孔はドロリとした紅になった。
着ていたボロ布は消え去り、代わりに真っ黒なドレスを身に纏っていた。
えーーーー!?!?!?
目が点になったね。口なんて開きっぱなし。
俺がアホヅラ晒してる間でも、彼女は攻撃の手を休めない。むしろどんどん激しくなっていく。
『この魔王に恥をかかせた報いっ!! 消滅して償うがいい!! このゾンビがっ!!』
え? なんて? ゾンビ?
俺が……ゾンビ……? 嘘ダァ……
ショックだったよ。まさかゾンビだと思われてたなんて。
そう思われていたんだとしたら辻褄が合う。少女漫画戦法の絶対条件は男役がイケメンである事だからね。
冗談さ。つまらないギャグは受け流してくれ。ふざけないと話ができない病気なんだ。
そうそう、彼女の正体、魔王なんだって。昔、勇者に倒された時に禁断の魔法を使って転生したんだそうだ。
本当は魔族になるはずだったのに、手違いで人間の子になっちゃったんだと。
このスーパーラッキーボーイは、天文学的数字を二度も引き当ててしまったようだ。人間に転生した魔王に出会うなんて、とてつもない確率だろう?
なんで魔王少女の事情を知ってるのか? そりゃあ、コミュニケーションを取ろうと頑張ったからさ。文字通り必死にね。なにせ不老不死なんで。
結局、魔王はガス欠になって攻撃をやめた。でも涙目で俺を睨むのはやめなかった。
『なんなんだよぉ……なんでゾンビなのに機敏なんだよぉ……』
だからゾンビじゃありませんって。
『チクショォ……ぶっ殺してやる……!!』
怖い怖い怖い! 目が! 目がマジだよ!
この後メチャクチャお話した。なんとか理解してもらえたよ。
俺が人間だってことは信じてもらえなかったけどね!
Hahahahaha!!
どうやら魔王さんの記憶が戻ったのはつい最近とのこと。
記憶が蘇ってすぐ憎き勇者へ復讐しようと考えたらしいけど、とっくに寿命で死んでた。
だからせめてその子孫を見つけ出して根絶やしにしてやろうと力を蓄えていたらしい。
本当なら今すぐにでも家族を殺してやりたかったらしいけど、まだ騒ぎを起こすわけにはいかないから必死に我慢してたんだそうだ。
怖いねえ、復讐誓ってなかったらこの町の住人、皆殺しにしてたらしいよ?
なにはともあれ、謎は解けました。もうここに俺を笑わせてくれるネタはない。
強く生きろよ、魔王様。
あ、ちなみに俺は勇者と聖女の息子だけど狙わないでね?
俺はそう言い残し、彼女の呼び止める声に後ろ髪を引かれながらハードボイルドにその場を後にした。
クールに去るぜ。
………………
無事謎を解明したので俺は気分良く休憩をとっていた。
眩しい太陽、程よい木陰、揺れるハンモック。最高だねぇ〜。ハンモックを考えた人ってノーベル賞もらったのかな?
ガンダァ〜ラァ〜、ガンダァ〜ラァ〜。ゼイッ! セイッ! イットワズ、イン、イ〜ンディア〜!
やぁ、調子はどうだい? 俺はすこぶる絶好調さ。地球に居た頃の推しソングを口ずさんじゃうぐらい良い気分さ。これ西遊記のテーマソングなんだけど知ってる人いるかな?
天気も変わらなさそうだし、今日はここでお昼寝かな。
で、どう? 今回の話は面白かったかい? 面白いと思った人は声を上げて笑おう。『つまんねー』とか『クソだわ』と思った人は喉が張り裂けるまで嘲笑おう。
笑うネタなんてなんでもいいさ。人生の大半を笑顔で埋め尽くせればいいんだから。笑うってステキなことだと思わないかい?
脈略のない話はやめろって? 無理無理、なんせ俺の頭はパッパラパーだ。パッと浮かんだ事を話してるだけだもの。
というわけで俺も笑うとするよ。笑うネタは……そうだなあ、あの時の魔王さんにしよう。
アハハハハハハ!! アベシッ!? お腹から氷が生まれた!? そしてハンモックに穴が!?
っ〜〜〜!! 誰だあ!! ハンモックを串刺しにしたのは!! せっかく気持ちよく笑ってたのに!!
見上げると魔王少女が俺を見下ろしていた。
おや? 魔王さんじゃないですか。
気持ち悪い笑い声をやめろ? そんなぁ、たった今笑うことの素晴らしさをみんなと共有してたのに。
それでどしたの? なんでここに? え? 家出した? マジ? ご家族は?
あ、いいです。言わないでください。その邪悪な笑みで全て察しました。
でも家出かあ、思い切ったことしたねえ? これからどうするの? 魔族のとこに帰るのかな?
違う? ああ、そりゃそうか、人族と魔族は仲悪いもんね。魔族の魂持った人間とか歓迎してもらえなさそう。
んじゃあ、どうするの? え? 俺を殺すまでついて来るって?
いやいやいやいや、復讐なんて辞めておきなって。憎しみの連鎖を断ち切ろうよ。
あ、冗談です。冗談だからその目やめて。いきなり魔族の目するのやめて、怖い怖い。
え? 怖い思いさせられたんだからおあいこ?
はて? いつ俺が怖がらせたのかな? 身に覚えがないや。
まあいいや。旅は道連れ世は情け。ニッコリスマイルで大歓迎さ。
おーい、そんな距離取らないでー、大丈夫だよー、ホントだよー。
……そんなにステキな笑顔だったかな?
では今日という日を記念して、乾杯といこうか魔王さん。
魔王さんはやめろ? もう魔王じゃないから? じゃあなんて呼べば……。
へー、レヴィって名前なんだ。初めて知ったよ。
ん? 俺も名乗るの? そうだなぁ、気軽に『ああああ』でいいよ。
痛い! 叩かないで! 仕方ないじゃん! だって名前忘れたもん! 最後に名前呼ばれたの、めっちゃ昔だし!
へ? じゃあ私が決める? まあいいけど……
というわけで俺の名前がボロになりました。なんか犬みたいだね?
いいえ! 文句ありません! 素敵な名前だなあ!
ボロボロだからボロか。パッと見の印象って大事だよね? その方が覚えやすそうだし。
歳はいくつだい? 人間としての年齢だよ。へー、魔王なのに年相応の見た目なんだね? 俺と五つしか変わらないや。(サバ読み100年)
そんなに驚愕しないでよ。俺だってピチピチの若者だよ?
え? 死んだ時の歳なのかって? だから俺はゾンビじゃないんだって。
この包帯は封印なのさ。包帯に封印術式を書き込んであるんだ。
『くっ! 静まれ! 俺の中の邪神龍よ!』
包帯とったらどうなるのか?
いや、別に何も起きないよ。俺の素顔が曝け出されるだけ。
痛い!? やめて! 軽いジョークだよ! 場を盛り上げるためのお茶目な冗談さ!
ふう、なんとか逃げ切った。それじゃあ今回はこの辺で終わりかな。また会いに来てよ。その時までに、とっておきのお話を用意しておくからさ。
じゃあね ♪