ドールズフロントライン ~スペシャリストの流儀~ 作:弱音御前
どうも、弱音御前です。
本日より新作の連載と相成りました。
完全新規のお話なので、前回までを読んでくださった方も心機一転楽しんでもらえるかと
思います。
今回はじめましての方もモチロン楽しめますよ~。
それでは、新しいグリフィン支部のお話、どうぞお楽しみください
AM5:57
スペシャリストの朝は早い。
目覚ましアラームが鳴る数分前に目を覚まし、ベッドから身体を起こす。
カーテンを開けて暖かな陽光を浴び、身体をしっかりと目覚めさせたら、次は朝食の支度に取り掛かるとする。
冷蔵庫から卵とベーコンを2切れ取り出し、熱したフライパンの上に落す。
ジュウジュウと食欲をそそる香りがキッチン周りを漂いはじめたタイミングで、トースターからパンが飛び出してきた。
今日も寸分の狂いもない見事な調理シークエンス。
流石はスペシャリストな私である。
「いただきます」
指揮官から教えてもらった、食前のしきたりを終えてから料理に手をつける。
1人だけの食事というのはなんとも味気のないものだが、まだグリフィンの食堂が開く時間ではないので、こればかりは仕方の無い事だ。
食事を終え、洗い物もそこそこに着替えを始める。
〝私〟の出身地を象徴するエンブレムが施されたジャケットを羽織り、梳かした髪を順に結わいていく。
戦術人形である私にとって戦闘とは言うまでもなく大切なものだが、身だしなみはそれに匹敵するくらいの重大事項だ。
髪の先一本から足先まで、スペシャリストを名乗る者として些細な乱れは許されない。
起きてから食事を終えるまでの時間と同じくらいの時間をかけて着替えを終え、ようやく自室を出る。
ここまでの時間もいつもときっかり同じ。
いい加減、自分の完璧具合が恐ろしく思えてくる今日この頃だ。
業務開始にはまだまだ早い時間という事もあり、廊下の通りはとても少ない。
グリフィン職員はもとより、戦術人形だって、こんな時間に出歩くのは早朝訓練をするような
生真面目な娘くらいだ。
「おはようございます、副官」
「ん、おはよう」
ほとんどいつも通り、1個目の角を曲がってすぐ出会う、トレーニングシャツ姿のファマスに
軽く挨拶を返してすれ違う。
誠実な彼女らしい朝の日課であり、日々の報告書を見ていても彼女の戦果が着実に向上しているのが確認できる。
「おはよ~、副官。ふわぁ~・・・」
「はい、おはよう」
次に欠伸交じりですれ違うのはRFB。
寝巻姿で髪はボサボサで目の下にはクマまで浮かべて、よくそんなだらしない姿で室外に出られたものだとつくづく思う。
大方、徹夜でゲームをやりこんでいたのだろう。まだ任務に支障が出た事はないので何も言えないのだが、先ほどのファマスをほんのちょっとでも見習って欲しいものだ。
1人で色々と考えながら指揮官を迎えに行くこの時間は、すっかり私のお気に入りのひとときになっている。
私こと戦術人形〝ネゲヴ〟がグリフィンにやってきたのは半年ほど前、指揮官がここに着任したのと時を同じくする。
そう、私にとって初めての指揮官ができたように、指揮官にとっても、私が初めて共にする戦術人形だったのだ。
新人研修で行った初製造で、よりにもよって製造確率が低いと巷で噂の私を引き当てるのだから、とんだ強運の持ち主だと話題になったほどである。
それからずっと、私は副官として指揮官を支える仕事を仰せつかっている。
すでに指揮官のもとに着任した戦術人形の数は100を超えるが、それでも私をこのポジションから外さないという事は、まぁ、それなりに信頼してくれているのだろう。
信頼してもらっている以上は、それ相応の成果で返してやらなければ、というのが私の流儀だ。
決して、信頼してもらってるのが嬉しくてはりきっているわけではない。本当だ。
エレベーターに乗ってフロアを上がり、職員区画の一番手前に位置する指揮官の部屋に到着。
ちょっとだけ息を吸い込んでからドアをノックする。
・・・少し待ってみても室内からの物音は無し。
いつも通りの事である。
「朝よ、さっさと起きて準備しなさい」
ドンドン、とさっきよりも強めにドアを叩きながら呼びかけると、そこでようやく室内から微かに物音が聞こえはじめる。
自分じゃあロクに起きれないし、モーニングコールを入れても全く反応ないし、ということで私がこうして毎朝迎えに来てあげるのがいつしか日課になっているのだ。
本当は部屋の中に殴り込みにいってやりたいところなのだが、残念な事に私のような一介の人形には人間の部屋に勝手に入れるような権限は与えられていない。
聞いた話しだと、〝誓約〟を交わした人形には相応の権利が与えられるようなのだが。
「・・・」
背中を預けたドア越しに身支度をしている物音を聞きつつ、自分の左手を見つめる。
人間における誓約は、左手の薬指に指輪を嵌める事でその証とするらしい。
残念ながら、私の指にその輝きは見当たらない。
ドア向こうからの足音がこちらに近づいてくるのを察知し、ドアから身体を離す。
もう、お互いに知った仲とはいえ私達の関係は上官と部下だ。私がビシリと姿勢を正したところで、ドアが静かに開いた。
「おはよ~、ネゲヴ。今日も1日よろしくね」
そんな規律正しい私の目の前に現れたのは、寝グセだらけのボサボサ髪で制服は着崩れていて、そんな状態で朝食代わりのカロリーバーを齧っている女性。
私の指揮官である。
「まったく・・・身だしなみは自分でちゃんとしなさいって何度も言ってるでしょ? ほら、襟が裏返ってる」
「んぁ? ホントだ。サンキュー」
ふにゃりと笑いながら指揮官はひっくり返っていた襟を直すが、まだまだ指摘すべき点は残っている。ここからは執務室への道すがらで叩き直してやるのも私の仕事だ。
人間の年齢は私には上手く判別が出来ないのだが、たぶん、指揮官の監督役であるヘリアンという女性よりは若い。身長は私よりも頭一つ分くらい高くてスラリとした細身の体躯。
今は散々な有様になっているが、背の中ほどまで伸びた長髪は煌めくような赤毛で、柔らかな
笑顔が似合う美貌をとても良く引き立てている。
・・・と、一通り褒めておいたところで、ここからは山の様なダメ出しをさせてもらおう。
時間にも身だしなみにもルーズ。こっそり覗いた部屋の中はゴミだらけでグチャグチャ。仕事だって、まともに資料の整理も出来ないし、報告書の文面は、どうしてこうなる? と首を傾げたくなるくらい支離滅裂。
特に一番腹が立つのが、どんな人形にも見境なく手を出すところ・・・と、これに関しては私の個人的な気持ちなので置いておくとして。
ダメな所を挙げだしたらキリがない〝だらしない〟という言葉の化身のような存在が彼女なのである。
そんなのを指揮官として引っ張ってきたのは、グリフィンが軍事企業という特殊な性質を持っているからなのであろう。
確かに、彼女のだらしなさはスペシャリストの域に達している。だが、戦術指導や戦闘指揮に関してはそんなマイナス面を補って余りあるほどの優秀さをみせるのだ。
机上の理論だけでは決して養えないモノを彼女は持っている。きっと、実際に戦場に出てそれなりの経験を積んできた人物なのだろう。
彼女の過去に関しての話題に触れた事は無いので私には真相は分からない。
ただ、彼女の左頬から首まで。時折、左手を庇う仕草を見せるところから考えて、おそらくは、左腕にまで広がっているのだろう大きな火傷の痕を見ると、彼女の過去を色々と勘ぐってしまう。
その度に、胸に収められたコアの辺りに言い知れぬ違和感を覚えてしまうのが嫌で仕方ない。
でも、ふと気付くと、また同じ事を勘ぐって嫌な気分に浸っている自分がいる。
自分が嫌だと思う事を何度も繰り返してしまう自分は、きっとどこかに異常をきたしているのだと思う。
これは、今の私のちょっとした悩み事である。
「いい加減、朝ご飯はしっかり食べるようにしなさいよ。カロリーバーだけじゃあ、健康にも美容にも良くないのよ?」
「へ~きへ~き。人間ってのは、ちゃんと必須カロリーさえ採ってれば死にゃあしないの。それに、美容に気を遣ったってしょうがないし。もう、誰に見せるような身体じゃないんだもの」
本当にそんなこと気にしてない様子で言って、彼女はバーをひと齧り。
彼女の物言いに少しだけ苛立ちを感じて溜息を付き、私は付き人さながらの手際で服装を指揮官らしくキッチリと整えてあげた。
AM9:15
執務開始から1時間が過ぎた。
朝イチの書類整理はもう終わらせている予定だったのだが、結局、予想通り終わらなかったので、テーブルの上に広がった紙の山を全部かき集めて書類キャビネットに放り込む。
こんな散らかり放題の執務室を目の当たりにしたら、きっと、新人の人形はとてつもない不安に駆られる事だろう。
私もこんな風に扱われるてしまうのだろうか・・・と。
なので、せめて見た目だけでも、という私の気遣いである。
「ほら、アナタもそのみっともない服装を整え直しなさい」
「はいは~い。ファーストインプレッションってのは大事だもんね」
言って、指揮官は着崩していた制服をテキパキと直していく。
このように、新しい戦術人形との顔合わせというのは、指揮官がまともに動いてくれる数少ない瞬間なのである。
「どんな娘が来るのかな~。楽しみだな~」
嬉しさ余って顔をにやけさせ、落ち着きなく足をパタパタと揺らす様は、まるで贈り物が届くのを待っている子供のよう。
指揮官としてどうか? という有様ではあるが、彼女のこんな姿を何度も見てきた私は、もう
不安を感じる事は無くなっていた。
彼女は私達を〝物〟ではなく〝者〟として見てくれている。だから、彼女は私達の着任にこれほど胸を躍らせてくれているのだと分かったからだ。
指揮官によっては、人形達を使い捨ての駒のように扱う者も居ると聞く。これからここに着任する人形達はみんな、そういう扱いを受けるのではないかと不安を抱きつつやってくる事だろう。
早くこの指揮官の考えを汲み取って、そんな不安を拭い去ってもらいたいと私は切に願って
いる。
9:20ジャストでドアがノックされる。
指定された時間を秒単位で合わせてくるとは、どうやら、今度の新人は少しはできるヤツのようだ。
「こほん・・・どうぞ、入りなさい」
咳払いをひとつ、偉ぶった口調で指揮官が答えると、少しだけ間を空けてドアが開いた。
「失礼するわ」
新しい指揮官を前にしても表情を崩すことなく、マントを翻しながら堂々とした足取りで執務室に踏み入ってくる人形を見て、指揮官が小さく声を漏らしたのを耳にする。
さっきまでの、生クリームのように甘ったるかった指揮官の表情が、まるでナイフの切っ先
みたいに鋭く一変しているところを見て、私は状況を察する。
ああ、これはマズイ。指揮官、どうやらスイッチが入ってしまったらしい。
「はじめまして、指揮官。ライフル〝DSR-50〟本日より着任するわ。ヨロシクね」
大人の色香を纏う妖しい笑顔を浮かべ、DSRが指揮官に挨拶をする。
デスクの傍らに立っている私のもとにも、彼女が付けているコロンの甘い香りが仄かに届いて
くる。
新人のクセにやたらと大人っぽいスタイリングとか色気づいているところとか、私はもうすでに彼女のいちいちが鼻についてしまう。
「ご苦労さま。私達、グリフィンへの協力を申し出てくれて嬉しいわ」
「雪原で貴女達に助けてもらった恩があるから。それに、もう帰るところも無い身ですしね」
「あのイベントはなかなかハードだったからね。お互い、無事で帰れて本当に良かったわ」
新しく着任する戦術人形は製造元、IOPからグリフィンへ直接やってくる娘が多いが、DSRはすでにラインアウトされていた人形で、先日まで行われていた特別任務で出会ったはぐれ人形
である。
指揮官は特別任務の事をイベントと呼称しているが、なぜそう呼ぶのかは誰にも分からない。
「DSR-50。かつて、法執行機関に配備された大口径狙撃ライフル。火力はもちろん、作戦
遂行能力も全般的に非常に高い。とても優秀ね」
私も事前資料でDSRの戦績には目を通している。
我らがグリフィン支部で強豪ひしめくライフルタイプの人形達と比較しても、彼女は間違いなくエリートと呼べる実力者だろう。
ライフルの娘達はプライドの高いヤツが多いので、これは良い刺激になってくれそうだ。
特に、SVDとワルサーなんかは彼女を相手に火花をバチバチさせる事だろう。
「それに、なかなか面白いスキルを持っているのね。装甲持ちを相手にする場合、特攻効果が発生するとか、IOPの娘達の中ではアナタくらいのものじゃない?」
「ええ。私、カタいモノを前にすると燃えてきちゃう性質なの」
超意味深な言い方でDSRが答えると、指揮官は真顔で静かに頷いて席を立った。
こういう性格の娘なのだろう仕方ない事だが、後でゆっくりと後悔してもらうのがいいだろう。
「なるほどなるほど。能力はもとより、度胸も一人前・・・と」
デスクを周り込み、指揮官がDSRに歩み寄る。
鋭い目つきはそのままに腕を組み、頭から足先までを吟味するようにDSRの周りをゆっくりと歩き周る。
この後の成り行きを、私はただ見守るだけである。
グッドラック、DSR。
「・・・んも~! DSRったら、めっちゃ私の好み~! こんなイイ娘が来てくれるなんて、私ってば、ちょ~ラッキーじゃ~ん!」
DSRの背後に完全に回り込んだところで、指揮官はマジな表情をまた180度転換、だらしない笑顔を浮かべて彼女に抱きついた。
「オッパイも大きいわね~! 私の測定では、ライフルの娘達の中じゃあ一番じゃないかしら?」
それ、足元は見えてるのか? というくらい大きい塊を指揮官は背後から回した両手で遠慮なく揉みしだく。
手の中でむにゅむにゅと形を変えている様を見て、指揮官はもう幸せの絶頂といった表情だ。
余談ではあるが、あのモンスタークラスには及ばないものの、実は私だって脱ぐと結構スゴイ。
見た目では分かってもらえないだろうけど、公式資料ではそうなのだ!
真剣な顔でいたかと思えばいきなり抱きつかれ、おまけに胸まで揉みしだかれているのだ。
それも、人間の女性に。
初めて指揮官と会った時の私がそうであったように、DSRも顔から火を吹いて慌てふためくだろう、と思われたのだが・・・彼女は少しだけ意外そうな表情を浮かべただけで、特に慌てる事もなく再び余裕を纏った笑顔を作り直したのだ。
・・・・・・マジか
「あら、お気に召して頂けたようで嬉しいわ。じゃあ、もっとお近づきになれるよう、今夜、私の部屋に来ない? もちろん、貴女と私の2人だけ」
そうして、更に指揮官を誘惑し続けるのだからDSRは間違いなく本物である。
もう、すでに私が彼女と火花をバチバチしそうだ。
「いやぁ、こんな美女にお誘いされるなんて指揮官冥利に尽きるな~。でも、今夜は先約がいる
のよ。ごめんなさいね」
残念そうに答え、身体をDSRから離す指揮官を見て心の中で安堵の息を付く。
今夜は指揮官と夕食を共にするという約束をしていたのだ。それをキッチリと守ってくれた事で、私の怒りのボルテージはレッドラインとイエローラインの境目くらいまで下がってくれた。
「気にしないでいいのよ。私だって、着任早々その先約さんに目を付けられたくはないですから」
デスクに戻ろうと指揮官が背を向けている隙に、DSRが私に視線を向けながら答える。
残念だが、もうすでにDSRには目を付けた。近いうちに必ず思い知らせてやるので、それまでせいぜいグリフィンでの暮らしを楽しんでおくと良いだろう。
「グリフィンでの生活ルールは事前に渡している書類に書いてある通り。私から付けくわえる事としては、みんなと仲良く楽しく暮らしてね! っていう事くらいかしら。・・・と、紹介が遅れたけど、この娘はネゲヴ。私と一番付き合いの長い戦術人形でずっと副官をやってもらってるわ。
ネゲヴ、アナタからは何か言っておく事ある?」
「常識の範疇を守って生活してくれれば、後は何も言う事はないわ。仲良くやっていきましょうね、DSR」
〝一番付き合いが長い副官〟と言ってくれた事で、私は思いっきりドヤ顔でDSRに挨拶をくれてやる。
指揮官に向けていたものと同じ澄ました笑顔で私に会釈するDSRだが、その胸中は悔しくて
仕方ないに違いない。きっとそうだ、そうに決まっている。
「アナタには明日から任務に付いてもらう予定よ。案内の娘を1人付けるから、今日はその娘に
施設を案内してもらって、ゆっくりと休んでちょうだい。では、改めて貴女を歓迎するわ。
共に良き戦友でありますように」
指揮官の挨拶に敬礼を返すと、DSRは踵を返してドアへと向かう。
開いたドアの向こう、廊下で待機しているWA2000の姿がチラリと見えた。
「ワーちゃ~ん、その娘と仲良くしてあげてね~」
嬉しそうに手を振る指揮官から、ぷいっと顔を逸らすとワルサーはやや強めにドアを閉めた。
これは私も全く知らなかった事だが、よりにもよってDSRの案内が彼女だったとは。
なかなか面白そうな組み合わせなので、今後の展開がちょっと楽しみである。
「ん~・・・毎回思うんだけど、どうしてIOPの戦術人形はあんなナイスバディの娘が多い
かな? これじゃあ、人間の立場がなくなってく一方じゃんか」
自分だってそこそこの身体じゃないか、というツッコミはあえて入れなかった。どうせまた論争に発展して、仕事の進捗がどんどん遅れていくのが目に見えているからだ。
同じ徹は踏まないのがスペシャリストというものだ。
「さあ、仕事の続きを始めましょう。午前中にはこれを終わらせるんだからね」
「よし! 良い目の保養になった事だし、頑張るぞ!」
果たしてその気合がどれくらい続くのやらと呆れつつ、処理中だった書類をキャビネットから
引き出す。
ちょうどそんな時、ドアが静かに開いたのが目についた。
ワルサーがDSRの対応に苦慮して戻ってきた、にしてはあまりにも早すぎる。
どうやら、別の訪問者の様だ。
「ただいま戻りました~」
控えめに開いたドアからひょこっと顔を覗かせたのは、昨日から戦闘任務に就いていたG41。
間が悪く彼女が登場してしまった事で私は確信する。
また仕事が圧してしまうな、と。
「おぉ~! お帰り、マイ愛しのリトルシスターよ!」
立ち上がるやいなや、指揮官はデスクを華麗に飛び越えてG41のもとへまっしぐら。
G41も耳をパタつかせながら指揮官のもとへまっしぐら。
両者は部屋の中央でひしと抱きしめ合い、頭を撫で撫で耳をさわさわと感動の対面である。
そして私はやりかけの書類を出しつつ、そんな2人の様子を冷めた目つきで見てやるのである。
「ご主人様、私、いっぱいいっぱい頑張って鉄血のフ○ック野郎どもを沢山倒してきました!
MVPも一杯貰いましたよ!」
最近、G41が悪い言葉遣いをする時が見受けられる。私の予想では、この女が色々と吹き込んでいるのではないかというところなので、ウラが取れたら直ちに制裁を加えるつもりだ。
「そっかそっか、偉いなぁ41は。でも、私の事はご主人様じゃなくて、お姉さまって呼んでくれたらもっと偉いわよ?」
「あ、そうでした。次は気を付けます、お姉さま」
「っ~~~! もう、これだけで今日一日の疲れも吹っ飛びますなぁ!」
まだ大した仕事してないだろう、お前は。
「いいなあ、41ちゃんはお姉さんができて」
41に遅れて部屋に入ってきたのは一緒の任務に就いていたUMP9だ。
「ごめんなさいね、9。私のヒキが悪いばかりに45をお迎えできていなくて。お詫びといってはなんだけど、45が着任するまで私がお姉さんの代わりを務めてあげるわ。さぁ、いらっしゃい」
「本当に? わ~い、私にもお姉ちゃんが出来ちゃった! 指揮官姉だ~!」
「はっはっは! 良いぞ、許す! 妹達よ、存分に私に甘えるが良い!」
純真な娘達を侍らせて実にご満悦の指揮官だが、このまま放っておいたらいつまで経っても収拾がつかない。
やはり、こういう時に口出ししてこそのスペシャリストだ。
「お帰りなさい、9、41。ちょっと面倒な任務だったけど、成果はどうだったかしら?」
「ただいま、ネゲヴ副官。作戦は大成功、鉄血のハイエンドモデルをちゃんと機能したまま掴まえて帰ってきたよ」
「さすがね、9。41も良く頑張ってくれたわね」
「は、はい。ありがとうございます、副官」
私の言葉に対して答えを返してくれる41だが、なんとなく指揮官と話している時と比べて様子がぎこちない。
礼節をわきまえるというのは良い事だが、私にも指揮官と同じように接してもらいたい。
41ってチビッこくて可愛いし。
「じゃあ、連行してきたエリートから情報を聞きだすのは別部署に任せて。アナタ達の部隊は今日明日と休みにしてあるから、ゆっくりと休養をとってちょうだい」
了解、と2人が返答してくれてこの話しはもうおしまい。滞っている仕事に取り掛かろう・・・という風に上手くいかないのがこの世の辛いところである。
「あっ!」
何の前触れも無く指揮官が大声をあげる。
傍に居た私を含めて3人とも、揃って身体をビクリとして驚いてしまうくらいの声だ。
「い、いきなりどうしたの?」
「9、リボンの先が焦げてるじゃない! どうしたの!?」
「え、うそ? 被弾はしなかった筈なんだけど」
指揮官が指差す先、左ツインテールを結わいているリボンを解いて9がジッと見つめる。
どこが焦げているのか良く分かっていない様子だ。
傍らで覗いている私は、かろうじて指揮官が指摘している箇所を視認できた。
弾丸が掠ったのだろう、リボンの端が1ミリにも満たないくらい僅かに焦げてほつれている。
「41は髪の毛の先が切れてるじゃないの! 可哀想に」
「ふぇ? 私も被弾はしていないと思ったのですが・・・」
これはもう私の位置からじゃあ分からないが、9ですら分からないリボン焦げを見つけた超眼力の持ち主が言うなら、まあ、そうなんじゃないの?
「心当たりはアーキテクトを捕まえた時くらいかな? ランチャー攻撃を1回許しちゃったから」
「そうですね。当たらなかったけど、爆風で色々と飛んできてました」
「ふ~ん。そっか。なるほどね」
小さく何度も頷く指揮官の目が怖い。まるで、サメのように色が無く冷酷で無慈悲で、直視すると流石の私も背筋が寒くなってしまいそうだ。
41が見れないようにぎゅっと抱きしめているあたり、指揮官自身、どういう目をしているのか自分でわかっているのだろう。
9のほうは、まだ難しい顔で自分のリボンと睨めっこしてるから放っておいていい。
「部隊員全員、修復してから部屋に帰って休みなさい。AUG、JS9、ガーランドとあなた達
2人にも後でお菓子を差し入れしておくからね」
「ありがとうございます、お姉さま」
「じゃあまたね、指揮官姉、副官」
2人が笑顔で退出すると、指揮官は大きく息を付いて立ち上がった。
「行くわよ、ネゲヴ」
「行くって? どこに?」
「取調室にいるアーキテクトのところ」
明らかな怒気を含んだ声色で言われ、つい動揺してしまう。
戦術人形愛のすごい指揮官にとって、9と41は中でもお気に入りの2人である。
練度MAXになり、最近では被弾することもほとんどなかった2人を傷つけられたのが、よほど頭にキタのだろう。スペシャリストの私もさすがに口を挟めないくらいの怒りようである。
・・・もし、私が負傷したらこれ以上に怒り狂ってくれるのだろうか? とちょっとだけ考えてしまったのは内緒の話しだ。
廊下を行く最中も、フロア間を移動するエレベーターの中でも指揮官は終始無言。
こんな様子を目の当たりにするのは初めてで、私はどう対応したらいいのか分からず、ただ後ろから付いて行くしかないという事態である。
本来、意思の疎通を図れる鉄血人形からの聞き取りは専門部署が行うものである。
戦術人形とのコミュニケーションに長けた指揮官とはいえ、聞きとりの様子をガラス越しに眺める程度の権限しか持っていない。
ところがこの女ときたら、横で傍観している私も思わず顔をしかめたくなってしまうような
大ウソと営業スマイルで担当官を言いくるめ、聞きとり許可を取ってしまうのだから本当に侮れ
ない。
何の装飾も無いコンクリート剥き出しの部屋には中央に金属製のテーブルが1つ。
向かい合いよう置かれたテーブルの片方にはグリフィンの調査員、もう片方には、相手を見下したような笑みを浮かべる黒髪の少女、鉄血エリート人形〝アーキテクト〟が着いている。
取り調べ真っ最中の様子を隣の部屋から覗いている私達にはその会話は聞こえないが、ケラケラ笑っているアーキテクトと、苦笑いの裏に明らかな苛立ちを浮かべている調査員。
その構図を見れば、状況はおおよそ把握できる。
「可愛い顔して、生意気やってくれてるみたいね」
ぽつり、と指揮官が呟く。
見た目は指揮官好みの容姿だろうが、アレの一番の問題は性格である。
私なんかは、部隊を率いてアイツのダミーと交戦した後、SOPMODⅡのやりたいように好きにさせてあげた事がある。
この説明で、私がどれだけイラついたかがおわかりいただけたら幸いだ。
指揮官が説得した担当官の合図で、調査員が渋い表情のまま取調室から出てくる。
休憩という事で2人が席を外す30分間が、指揮官がアーキテクトと話しができる時間だ。
「アナタはここで待っていなさいね」
2人が部屋から出ていったのを見届けるや、指揮官が取調室のドアに手をかける。
「ね、ねえ、9と41を傷つけられてムカついてるのは分かるけど、乱暴をしてはダメよ?」
人間に対してそうであるように、人形に対しての暴力、拷問にも罰則が科せられる。
私はこんなツマラナイ事で指揮官とお別れしたくない。
そんな思いから、勇気を出して彼女に釘を刺してみた。
「分かってるわよ。いくら鉄血とはいえ、人形の娘に手はあげないから」
ようやく普段の様な柔らかい笑みを浮かべて答えてくれたので、私はもうそれ以上は何も言わず彼女の背中を見送った。
取調室は防音構造でスピーカーも切ってあり、さっき同様に音は聞こえない。
私は1人、ガラス越しに室内のやりとりを観察する。
テーブルでお互いに向かい合い、初めは楽しそうに談笑しているように見える。
しかし、段々とアーキテクトの人間を見下したような態度が気にくわなくなってきたのか、指揮官の顔に不機嫌さが滲み出てきている。
アーキテクトはそれに気づいているのかどうか、態度を全く改めないので指揮官の怒りも溜まっていく一方である。
「あれ? 席を立った?」
最中、何の前触れも無く指揮官が席を立った。
始まってまだ5分ほどしか経っていないし、明らかにまだ話しの途中のように見えるが、指揮官は踵を返してドアの方に向かってくる。
キャハハハ! というアーキテクトの癪に障る笑い声を背に指揮官が出てきて、それがすぐドアに遮断される。
「まだ時間あるけど、どうしたの?」
「ここで待ってて」
「へ? ちょ、どこ行くのよ!?」
そう一言だけ私に告げると、指揮官はスタスタと廊下に出て行ってしまった。
いよいよもってどうしていいか分からなくなった私は、言われた通り、その場で佇むしかなくなってしまう。
そうして、所在なさげに室内でうろうろする事、およそ5分。一体どこから引っ張りだしてきたのか、指揮官は片手に1メートル程の金属パイプ、もう一方の手には2リットル容量の缶をぶら下げて戻ってきた。
なんだか、たまに廊下ですれ違う清掃職員のような装備である。
「アナタが何をしたいんだか全く分からないんだけど。何してんの?」
「ん~・・・ちょっとした交渉道具ってところかな」
答えて、指揮官は缶を床に置くと中に入っているオイルに鉄パイプを浸し始める。
このオイルは鉄血製人形用で、人形の身体の中を循環している。人間でいえば血液に相当する
ものだ。
鉄血のヤツらを撃ったり切ったり潰したりすると飛び散るものと同様、液体の色は濃褐色で安っぽい砂糖菓子のような甘い匂いがする。
そうして、オイルでベタベタになった鉄パイプを片手に、指揮官は再び取調室へのドアに手をかける。
「ねえ、本当に平気? 面倒事は勘弁よ?」
繰り返すが、連行した無抵抗の人形を傷つけるのはご法度だ。
今の指揮官の装備を見たら、私じゃなくたって焦るに決まっている。
「平気よ。人形の娘には手をあげないって、さっきも言ったでしょ?」
さっきと変わらぬ笑顔にウィンクまで交えて指揮官は言葉を返す。
「いやいやいや、説得力ゼロなんですけど、それ」
私の素のツッコミも余所に指揮官は取調室に入っていく。
鉄パイプを携えた指揮官を見て、アーキテクトの笑顔が一瞬で消えたのが目についてドアが閉められる。
よほど私に見られたくないような事をするつもりなのか、窓ガラスにスモークまでかけられてしまい、今度は室内の様子を全く確認できない。
それがまた私の不安を煽ってくる。
「ああ~、どうしよう。こんなところ担当官に見られたら絶対ヤバい。私はいいけど、指揮官が
クビになっちゃったらどうしよう」
これが戦闘であれば、スペシャリストな私はもう起死回生のアイディアをそれこそ湯水のように沸き出させることだろう。
しかし、これは社会における規律のお話で、私にとっては全くの管轄外なのである。
ああでもないこうでもない、と誰にも見せられないような表情で慌てふためいているうちに
指揮官が取調室から出てきた。
制限時間5分前。いつのまにかそれだけの時間が経過していたようである。
「なんで頭を抱えてうろうろしてるの? あなたにしては珍しいわね」
「だ、だだだ大丈夫なの? 本っ当~に何も悪い事してない?」
さっきまでの苛立ちようが嘘のようにスッキリした表情で出てきた指揮官の横から、大惨事になってしまっているかもしれない取調室を勇気を出して覗いてみる。
コンクリート張りの灰色の部屋はアーキテクトのオイルと部品が四方に飛散していて・・・などということはなく、先ほど確認した時と全く変わらぬ装いであった。
ただ、さっきはケラケラと笑っていたアーキテクトが、これといった外傷もなさそうなのに涙をぼろぼろ流してガチ泣きしている光景は、なんというか・・・見ていてスカッとした。
「だから、心配するなって言ったでしょ? はい、撤収撤収~」
ちょうど戻ってきた担当官に軽やかに挨拶をして私達は部屋を出て行く。
指揮官の清掃員スタイルを見て担当官は少し不思議そうな表情をしていたが、深く詮索されなかったのは本当に幸いだった。
「ネゲヴ、明日はあなたに部隊を率いてもらいたいって考えてる。久々に頼めるかしら?」
「ふ~ん? 私を出すって事はかなり重要な内容みたいね」
エレベーターに乗り、私達の管轄エリアに戻ったところで指揮官が本題を切り出す。
私もすっかり落ち着きを取り戻し、スペシャリスト然とした態度で彼女に言葉を返した。
「さっき、アーキテクトから鉄血主力部隊の集結地点を聞き出したんだけれどね。先行調査をお願いしたいの」
「その情報の真偽は? いくら戦術人形はウソをつけないとはいえ、アイツはその制限の網を
縫って私達を罠に嵌められるくらいには狡猾よ?」
私1人ならば構わないが、部隊長として任務に就くからには隊員達の安全を確保する責任が
生じる。
リスク比率が明らかに高いと判断しているうちは、強制でもされない限り私は任務に就くつもりはない。
「存分に脅・・・仲良くなったから、あの娘も下手な嘘はつかないわよ」
ああ、その手に持っているオイルまみれの鉄パイプで、存分に脅して泣かせて聞き出した情報だっていうなら、リスクが大幅に下回ってくれた。
「・・・分かった。その代わり、メンバーの選出は私に任せてちょうだい」
「オーケー。頼んだよ、スペシャリストのネゲヴちゃん」
そう言って笑顔で私の頭をわしゃわしゃと撫でてくるのだから、本当に私の指揮官は良く分からないヘンな人間である。
NEXT スペシャリストの流儀 2話 Coming Soon
指揮官ラブなネゲヴちゃん、いかがでしたでしょうか?
できるだけ、前回作では絡みのなかった娘達を出していこうと頑張っています!
・・・いるのですが、やっぱり偏っちゃうんですよね。
こればかりは趣味なんで仕方ないですよね、うん。(開き直り)
新しい主人公ネゲヴちゃんのお話、どうぞご期待ください~