ドールズフロントライン ~スペシャリストの流儀~ 作:弱音御前
どうも、弱音御前です。
これまで投稿していた作品とは別の舞台となっている今作ですが、これまでと同様に楽しんでいただければ嬉しく思います。
それでは、今週もどうぞごゆるりと~
前回までのスペシャリストの流儀は・・・
私はネゲヴ。戦闘のスペシャリストであり、このグリフィン支部の副官を務める戦術人形よ。
最近は出撃の機会もすっかりと減り、大好きな指揮官と一緒に過ごす時間を満喫していた私
だけど、此度、出撃の指令が下された。
任務内容は秘密裏に行動している鉄血部隊の調査。戦闘がメインの任務ではないので、
スペシャリストな私にはいささか物足りない任務である。
けれど、その情報は生け捕りにしたアーキテクトが出所なので、用心しておくに越したことはないでしょうね。
今回は、久しぶりに長い一日になりそうである。
PM10:15
突然だが、私は迷っている。
戦闘においてもこれほどの迷いを見せた事の無い私が、だ。
指揮官の手に扇状に広がっている3枚のカードはそのどれもが怪しく、どれもが安全牌にも
見え、引け・・・引け・・・と手招きしているような幻覚すらも見えてくる。
勝負を決する事の出来る大チャンスなだけに、私はこれまでに覚えた様々な探りテクを試みるが、指揮官は一向に乗ってくれる様子を見せない。
こうなれば、後は66.6%の確率に運命を託すのみ。
こういった運を確実に引き寄せてこそのスペシャリストなのだ。
「いくわよ!」
「カモーン、子羊ちゃん」
気合一閃、私から見て左のカードを摘まむ。
迷ったら左の法則なのだ。
摘まんだカードを引き抜き、図柄を確認する。ハートの6かスペードのQならば、私の手札は
残り1枚になり、それを指揮官が引いてチェックメイト。
・・・なのだが
「っ~~~~~!」
ジョーカーの図柄が私の事を嘲笑う。
すでにアガっているK5がそんな私の様子を見て小さく笑いを零したがそれは無視。コイツはカードゲーム強すぎて手が付けられないので、もう突っかかる事はしないのだ。
「残念だったわね。では、また私のターンだ」
「くそ・・・ほら、さっさと引きなさいよ」
手札にジョーカーを差し込み、指揮官の前に突きつけてやる。
「いいの?」
「悪い事なんてないでしょ? もう時間も遅いんだから、巻いていくわよ」
私の答えを聞いて指揮官がムカつく笑顔を浮かべる。
付き合いが長い私だから分かる、これは必勝を確信した時の表情だ。
「ネゲヴ、打ち取ったり~!」
まるで、これだと分かっていたかのように迷い無く手を伸ばしたのはハートの6。私にとって
そうであるように、彼女にとっても同様のアガり札である。
「はい、ど~ぞ♪」
弾ける笑顔で1枚の手札を私に差し出してくる指揮官。
もう私の負けは確定なのだが、これを引いてそこでようやく決着を迎えるのがゲームなので、しっかりと引いてあげなくてはいけない。
2枚になったスペードのQをきって、私の手にはジョーカーが1枚。ゲームセットだ。
「いえ~い! それでは、トップのケーちゃんにはこれだけ配当して。残りの分は私に・・・と」
私達3人の中央にドッサリと置かれたお菓子の山の70%をK5に、残りの30%は指揮官で
私の分はゼロである。
所詮は購買で手に入るお菓子を賭けてのゲームなので、懐は大して痛まない。しかし、ゲーム
とはいえ勝負に負けたというのは私的にもスペシャリスト的にも許し難いことである。
「悔しいけど、運ばかりはさすがの私にもどうしようもない事ね」
「それは違うよ、ネゲヴ。あなた、最後にジョーカーを手札に加えてからシャッフルしなかった
でしょ? どれを引けば良いか指揮官には一目瞭然だったんだよ」
「ちょっとぉ! アンタそれを分かってて黙ってるなんて、ズルイわよ!」
「私、引いていいのかちゃんと確認しました~。ネゲヴが良いよって言ったから引いたんだもん。だから、何もズルイ事なんてしてませ~ん。ね~、ケーちゃん?」
ちょっとだけ居残りして仕事を片づけ、約束通り2人で食堂のディナーをいただき、お風呂に入った後にこうしてレクリエーションルームで仲間達と交流を深める。
指揮官がグリフィンでずっと行っていた日課にくっついていたら、それはいつの間にか私の日課にもなってしまっていた。
今夜なんかは、まだグリフィンに着任して間もないK5を招いた事でそれなりに仲良くなれた
つもりだ。
こうした日常で信頼関係を築くことは、戦場でも多くのメリットを生んでくれるので非常に効率的な行いだと私は思う。
・・・以前、私がそう思った事を指揮官に話したところ、ちょっとだけ怒られた事があった。
彼女曰く、効率の為に繋いだ絆なんてすぐに切れてしまう紛いモノだ、との事。
結果が伴ってくれるのなら、本物だろうと上辺だけだろうとどちらでも良いのではないかと私は思う。
まだまだ、私が人間の考えを理解しきれるには時間がかかりそうである。
「じゃあ、先にお部屋に戻るわ。また誘ってね」
「もう2度と誘わない。アンタがいると勝負にならないから」
「こら! そういう事を言うんじゃないの。おやすみ、ケーちゃん。また明日もヨロシクね」
両手一杯にお菓子を抱えて去っていくパジャマ姿のK5を見送る。
レクリエーションルームに残されたのは私と指揮官だけ。ほとんどの人形の娘達はもうすでに
部屋でベッドに入っているような時間である。
みんなが眠っている時間に起きている、という事になんとなく優越感を感じなくもない。
「お茶でも淹れましょうか。これを飲んだら、私たちも部屋に戻りましょう」
「そだね。私、ジャスミンでお願い」
部屋の隅にある給湯機で指揮官と私の分のお茶を注ぐ。
心地良い香りと湯気を漂わせる湯呑みをテーブルに置き、お互いにしばし無言でお茶を嗜む。
ガラスの向こう、宵闇に包まれた平原の彼方で時折オレンジ色の光が瞬く様子が確認できる。
昼夜を問わず誰かが戦い続け、傷つき続けるあの戦場に、明日、私は身を投じる事になる。
戦いに赴き、そして帰ってくる。何度も繰り返してきた事だ。おまけに、明日の任務は先行調査であり、戦闘を目的としたものではない。
楽勝だ、という考えもあって私はこうしてちょっとだけ夜更かしをしているしだいなのである。
「気をつけて行ってきてね。戦闘が目的ではないとはいえ、絶対に安全な任務なんてないん
だから」
「ふん、戦闘のスペシャリストに向かって言う言葉じゃないわね」
まるで、私の考えを見透かしてでもいたかのような指揮官の指摘を受け、心の中で少し反省。
普段は明るくて騒がしくてだらしない彼女だからだろう、こうして落ちついた様子で紡ぐ彼女の言葉はとても透き通って聞こえてくる。
私は、ちゃんと私の事を見ていてくれて理解してくれている彼女の事が大好きだ。
恥ずかしいから、絶対に口に出しては言わないけど。
「・・・ごちそうさまでした。さあ、もうおやすみの時間よ」
「ふわぁ~、今日も一日お疲れさまでした、っと」
ほぼ同時にお茶を飲み終えて席を立つ。
トレーに湯呑みを置いて、それで今夜はここでお別れだ。
私と指揮官の部屋はレクリエーションルームを挟んでちょうど正反対の位置に向かわなければいけないのである。
「明日はいつもよりも早めに起こしに行くから、覚悟しておきなさいよ」
そう捨て台詞を残して指揮官に背を向ける。
・・・いつもならば、ここで減らず口の一つでも返ってくるところなのだが、今夜はちょっと
様子が違っていた。
「ねえ、ネゲヴ」
私を引き留める声。
なんとなく、緊迫したような空気を纏った言葉を聞いて私はつい足を止めて振り返る。
少し大きめの、彼女らしくだらしないパジャマのポケットに手を突っ込んだまま指揮官はその場に突っ立っていた。
「? なにかしら?」
私の問いを受け、指揮官は一瞬だけ、私が今まで見た事も無い真剣な眼差しで息を吸い込む。
一体何を言われるのか? 自然と胸が高ぶってしまう私だったが・・・
「こんなにお菓子もらっても余っちゃうから、今度は違うの賭けようね」
結局、いつもみたいに甘ったるい表情でこんなしょうもない言葉をかけてくるものだから、力が抜けてしまう。
もう返答する気も起きなくて、ヒラヒラと手だけ振って私は再び自室に向けて歩を進めた。
真剣な話しをするのかと思えばこの有様だ。やっぱり、私の指揮官は何考えてるか分からない
不思議な人間である。
AM8:10
「・・・と、ここまでの説明を要約すれば、偵察が目的の任務だという事。これからの戦闘において優位性を獲得できる重要な任務だから、各員心してかかるように」
出発前のブリーフィング。部隊長である私は自らが指名した4人の戦術人形の前で作戦要項を
説明している。
ピシリと整列している娘達の前で話すというのは、いかにもスペシャリストって感じでとても
気持ちの良い瞬間である。
「とはいえ、ヤっちまっても別に構わないんだろう? ボスだったらそう言ってくれるはずだぜ」
4人の中でも一層ハデな容姿のトンプソンがまず質問を投げかけてくる。
彼女の性格上、こういう話しになるのは予想済みである。そもそも、彼女はバリバリの
好戦派なので今回の様な偵察任務には本来は不向きな娘だ。
それは承知した上で、私なりの〝保険〟という意味でのトンプソン選抜である。
「ほんっと~にもう他に手段がなくてどうしようもない、っていう状況に万が一陥ったなら許可
するわ。でも、暴れるのは基本的に禁止。いいわね?」
「はいよ。期待して待ってるぜ」
見た目も性格もこんな感じの彼女だが、与えた仕事はキッチリ果たす娘だという事を私は良く知っている。
何度も同じ任務に就き、一緒にここまで生き残ってきた彼女は私の中でも指折りの戦友なのだ。
「主力大部隊を相手にするというのはさすがに得策とは思えません。特に、私なんかが加わっているわけですし・・・」
トンプソンの話しを聞いて少し委縮してしまったのは頑張り屋の優等生ファマスだ。
今朝も日課のトレーニングを欠かさず行っていた彼女は、着任してまだ1ヵ月も経っておらず、今回のメンバーの中では一番練度の低い状態である。
そんな彼女を指名したのは、私やトンプソンに代表されるエースクラスがこういったテクニカルな任務でどう立ち回るのかを間近で見て経験値にしてもらいたい、という私の粋な計らいである。
「そんな気にする事ないよ、ファマス。ゲームで鍛えたスニーキングスキル、この私がキッチリと教えてあげるから」
「戦いにならないなら、チョコ食べながらでも行動できるね。えへへ~」
ファマスとはまさに180度正反対の不真面目2人、RFBとFNCを加えたのはいよいよ
もってその性根を叩き直してやろうと思ったからである。
案の定、私を前にしても普段のお気楽さそのままなので、これは叩きがいがありそうだ。
・・・このように、必勝体勢で挑みつつも戦術人形達の練度向上を図る、というのもグリフィン指揮官、及び副官の大切な仕事の一つなのである。
こういう采配を考えるというのも実にスペシャリストらしくて私は非常に満足だ。
「みんなお待たせ~。ブリーフィングは順調かな?」
話しが落ちついたところで指揮官がブリーフィングルームにやってきた。
ヘリアンとちょっとした打ち合わせをしていた、という事で服装も髪型も普段よりしっかりと整っている。
極稀にキッチリしている指揮官を見るとなんだか顔が温かくなって、つい顔を背けたくなって
しまう。
原因は私自身も良く分からない、不思議な現象だ。
「作戦要項の説明は終わったわ。後は指揮官がどうぞ」
「ん。御苦労さま、ネゲヴ」
一縷の乱れも無く等間隔に整列した4人から2歩ほど前に出た位置まで移動し、改めて指揮官に向き直る。
私がさっきまで立っていた壇上に立つ指揮官は、やはり何度見てもカッコイイ。
「隊長から説明があった通り、今回の任務は鉄血主力部隊の偵察が主となる。しかし、戦闘が目的ではないとはいえ、状況によっては交戦も止むを得ない事態となる可能性を常に念頭に置いて作戦にあたるように」
全員それぞれに目を配りながら芯の通った言葉を紡ぐその姿は、本当にいつものアレと同じ人物なのか? と疑ってしまいたくなるくらい凛々しく見える。
「グリフィン内でも秘匿性の高い任務である為、こちらからの増援、サポートも行えない状況となる。いつも以上に個々の能力が問われるという任務になるが、みんなの能力ならば問題ないと私は信じている。良い戦果と、なによりも全員の無事を願っているわ」
指揮官が話しを終えたのを確認してから一拍置き、コンマ秒単位のズレも無い敬礼を5人揃って返す。
これが、戦場に向かう私達と指揮官が出撃の前に交わすしきたりだ。
民間軍事企業であるグリフィンにはここまで格式ばったやり方をするという規則はないそうなのだが、これはあくまでも指揮官自身の心得との事。
私としても、これをやると身が引き締まるような感じになるので賛成できる儀式だと思う。
「それでは最後に部隊を代表して、ネゲヴ隊長」
お? いつもは最後の敬礼を以って出撃準備にとりかかるのだが、今回は違うようだ。
「はい、なんでしょうか?」
私も聞かされていなかった段取りだっただけに、つい敬礼をしたままのみっともない状態で返事をしてしまう。
果たして何を言われるのか? 私を含めた5人に軽い緊張感が漂う中、指揮官は小さく息を吸い込み・・・
「行ってらっしゃいのチュ~、したげる!」
これぞ指揮官! っていう感じのふにゃりとした笑顔を浮かべ、両手を広げて私に迫ってきやがったのだ。
「やめろ、恥ずかしい!」
敬礼で挙げていた手を手刀として指揮官の頭にバシっと決め、私への接近を阻止する。
こんな私と指揮官の様子を目の当たりにして、背後からクスクスと笑い声が聞いて、急に恥ずかしさが込み上げてきてしまう。
せめて4人の前でなければ、と心の中で歯噛みする。
私が出撃するのなんて、それこそ一月以上無かった事だし、行ってきますのチューだって、それくらいご無沙汰の事だったのだから。
PM1:10
指揮官がアーキテクトを脅して聞き出した情報によると、鉄血主力部隊は旧市街地に停留しており、大規模侵攻の為に着々と戦力を整えているとの事である。
鉄血の勢力ボーダーラインを踏み入った先にあるその市街地は、かつて、国内有数の巨大都市として栄華を極めたのだという。
今となっては生命の香りすらも希薄な瓦礫の山と化しているが、建造物の数や高さ、面積などは他のエリアと比べものにならないところを見ると、なるほど、その話しも間違いではないのだと思える。
グリフィン側から見て攻めづらく、鉄血からしてみれば守りやすいエリアだからこそ、先手を
打つ際のイニシアチブ確保の為に私達が偵察隊として派遣された次第である。
東西南北から都市内に伸びる幹線道路は、当然の事ながら鉄血の大部隊が封鎖しているので、
私達はバリケードの中でも警備が比較的薄い場所を選んでお邪魔することにした。
簡単に説明しているが、これだって私達が少数精鋭であるのと、何よりも私の的確な判断があってこそ成せる業であるという事をご理解いただければ幸いだ。
よほど大事な〝何か〟をしているのだろう、都市中心部に進むに従って部隊の密度は段々と上昇していく。
存在を隠したまま進むのは限界、という地点で潜入の足を一旦止める。
とはいえ、ここまで進んできた中で得られた情報ではまだまだ不足なので、撤収するつもりも
無い。
そこで、安全かつ大胆に情報収集ができてしまうらしい最新装備の登場である。
「いい? アイツのここを狙うのよ? ココを」
自分の首の裏を指しながら、横に控えるファマスに改めて指導する。
「分かりました。一撃で決めてみせます」
先が尖った長さ20センチ程の金属棒を握りしめながら、しっかりとした口調で私に返答するファマスの姿を確認して少しだけ安心する。
都市に潜入する際はまだ不安が拭い去れない様子だったが、今はちゃんと任務に集中出来ているようだ。
崩れかけのコンクリート壁に身を潜めながら、私達が狙うのは、およそ15メートル離れた位置で哨戒中の鉄血人形兵。見通しのきく路地を担当しているようで、決められたルートを決められた時間をかけて1人で何度も往復している良いカモだ。
私達に背中を向けたと見るや、ファマスが間髪入れずに瓦礫から飛び出す。
床に落ちている無数のコンクリート片を避けながらも最速、最短ルートで標的に向けて真っ直ぐ、音もたてずに疾走していく。
その様を固唾を飲んで見守る私。
そんな私の少し後ろで、携帯ゲーム機に熱中しているRFBと呑気にチョコバーを齧るFNC。
もう、この2人は帰ったら特別訓練確定だと私は心に決めた。
廃ビルから路地に出たところで、背後に接近しきったファマスが標的の後ろ首目掛けて棒を
思いっきり突き刺した。
立ち止まり、佇んだままの鉄血人形の身体が一度だけビクリと震える。
すぐさま棒を引き抜き、そばに転がっている車の残骸に飛び込むファマスを余所に、鉄血人形は何事も無かったかのように哨戒ルートを再び歩きはじめる。
「RFB、いい加減仕事に戻らないと怒るわよ?」
「はいは~い。では、モニターチェック・・・と」
かなり怒りを込めて投げてやった私の言葉に軽々と返事をすると、RFBはゲーム機をしまって代わりにタブレット端末を取り出した。
「ん~・・・映らないなぁ。刺し所が悪かったんじゃないのかな?」
「鉄血のジャミング下だから受信帯がシビアなのよ。少しずつチューニングしてみなさい」
RFBはタッチパネルを操作して微妙なチューニングを行っていくが、依然としてディスプレイは真っ暗なまま。
実にもどかしい状況を前に、私のイライラが少しずつ募っていく。
「焦っても仕方がないですよ~。甘い物でも食べて落ちつきませんか?」
言って、FNCがさっきから甘ったるい香りを放っているチョコバーを私に差し出してくる。
視線だけで答えを返すと、FNCは少しだけ身を竦ませて気まずそうな表情を浮かべた。
そんなつもりは無かったのだが、どうやら、イライラが相当顔に出てしまっていたようだ。
ちょっと反省。
「じゃ、じゃあ、ポケットに入れておくので気が向いたらどうぞ・・・」
チョコバーを3本、私のジャケットにそっと入れてくれるFNCに対して手振りでお礼を返しておいた。
「お! 映った映った! 思ったよりも映像良いんだね」
嬉しそうなRFBの声を耳にしてディスプレイに視線を戻してみると、そこには市街地の映像が映し出されていた。
微かに上下に揺れながら路地裏を進んでいくその映像は、ついさっきファマスが鉄棒を打ち込んだ鉄血人形が見ているものだ。
鉄棒に見えたあれはアンプルの様なもので、人形の情報伝達系統に刺し込む事で中に収められたナノマシンが注入される。
ナノマシンは人形の視覚情報をハッキングし、RFBが持っているタブレット端末に映像が送られるので、私達はこうして安全な場所で都市内の様子を観察する事が可能なのである。
16LABが開発していた新装備を本作戦で実地試験として導入したのだが、まともに起動してくれたようでひとまず安心といったところである。
「上手く刺し込めたと思いますが、どうでしょうか?」
「首尾よくいったわ。御苦労さま、ファマス」
私の言葉を聞いてファマスはほっと胸を撫で下ろしている。
最近はかなり練度も上がり、ふてぶてしい態度の戦術人形ばかりになってきてしまった我らが
グリフィンなので、彼女のこういった初々しい仕草はとても新鮮に感じられてしまう。
「RFBとFNCはモニターを監視。鉄血中枢部隊が映ったら教えてちょうだい。ファマス、私と警戒のついでにトンプソンの帰りを待ちましょう」
だらしない返事の2人を置いて、私とファマスは瓦礫片と家具の残骸が散らばるフロアを縦断
してビルの反対側へと向かう。
実は、鉄血の監視が薄い場所を選んでいたので警戒を強める必要性は無い。トンプソンだって、私達が出迎える程のこともないだろう。
あの2人に言った言葉は、ちょっとだけ休憩する為の口実である。
スペシャリストとして、〝サボり〟ではなく〝休憩〟とあえて呼ばせてもらう。
「ほら、アナタも座りなさいよ」
おそらくは応接室だったのだろう、他よりも装丁の良い部屋にまともな形を保ったままの
ソファーを見つけたのでそこに腰を降ろす。
クッションもバネもヘタっていて座りづらいが、輸送ヘリの椅子よりは何倍もマシだ。
「え? 警戒はしなくても良いのですか?」
「いいのいいの。しっかり休憩をとって有事に備えるのも任務の内よ」
「はあ・・・では、お言葉に甘えて」
私に言いくるめられ、ファマスもソファーに腰を降ろす。
爆撃で吹き飛ばされ、吹き抜けになっている上階から差し込む光が心地良い。
戦闘が行われているというわけでもないので、耳に届くのは風の吹き抜ける音と微かな機械の
駆動音。
敵陣の真っ只中だというのに、このまま無言でいたら、ついうとうととしてしまいそうになる。
「アナタが着任して3週間くらい経ったかしら。もうグリフィンでの暮らしには慣れた?」
「はい、問題なく生活できています。みんな私に色々と教えてくれますし、指揮官はとても優しく接してくれて、私などにはもったいないくらいです」
それはきっと、ファマスが誠実で規律正しい性格だから。真っ直ぐな想いの人形を嘲笑うようなヤツなんて、私達の中には1人も居やしない。どんなに性格のひねくれた人形だったとしてもだ。
「それは何よりね。戦闘技術の事なら私に何でも聞きなさい。戦闘のスペシャリストの通り名は
伊達じゃないんだから」
冗談っぽく言ったところで手持無沙汰になったので、ふと目についたベルト弾薬の掃除など
はじめてみる。
ここは塵や埃が多く舞っているので、リンクに纏わりついたそれらのゴミが原因でジャムる
という可能性も多いにあるのだ。
「あの・・・ネゲヴ副官は仲の良い方は多いのでしょうか?」
今度はファマスの方から話題を振ってきてくれた。
戦闘の事ならなんでも、と言ったばかりなのに友達の話しをするのだから、彼女もようやく
気持ちの切り替えをおぼえてくれたようだ。
「他の娘達の交友関係をあまり知らないから、多いかどうかは分からないわね。でも、それなりに話しができる娘はいるし、困ってはいないわ」
基本、指揮官一筋な私なので他の戦術人形との関係は、あくまでも副官として必要な範囲までとなってしまっている。
出身が同じだったり、マシンガンの娘であればそれなりに話しをしたり買い物に付きあったりという事くらいはするだろうか。
それでも、片手で数えられるくらいの人数である。
「戦闘の事を相談できる相手はいるけど仲の良い娘が出来なくて悩んでる、ってところかしら?」
「・・・はい。戦闘技術に関しての話しでしたら色々と話題が浮かぶのですが、私生活の事となるとどのように話して良いのか分からなくて。私も、みんなとお茶を飲んだりお買い物を楽しんでみたいのです」
私が副官という立場で、周りに誰も居ないというこの状況だから思い切って話してみたのだろう、ファマスは俯いたまま耳まで真っ赤になっている。
ああ、この相談を受けたのが私で本当に良かった。
私だって、ちょっと可愛くてヤバいかもと不覚にも思ってしまったくらいだ。もし相談相手が
指揮官だったりした日には、興奮して飛びかからんくらいの事態に発展してしまっていただろう。
完全に茹って目を回しているファマスの姿が容易に想像できてしまう。
「会話なんていうのは自然に出てくるものだから、意識する必要なんてないわよ。まずは、気の合う相手を探すところからね。ん~・・・アナタと同じ出身の娘は分からないんだけど、同じブルパップ機構の娘って事でタボールなんてどうかしら?」
ここから壁を幾つか隔てた先にブルパップの人形が居るのだが、そいつは即却下。私は出来る限り、今のままの誠実で素直なファマスでいて貰いたいと願っている。
「タボールですか。確かに、彼女は礼儀正しくて誠実な方なのですが・・・必要以上に話しをされないといいますか、どことなく避けられてしまっているような感じがしてしまって」
「あの娘、自分が最新式だからって他の娘とラインを引いちゃってる節があるのよね。何かのきっかけでラインを超えれば今までのが嘘のようにベタベタしてくるって感じ。私がタボールと仲良いのだって、同じ出身だったからっていうのが理由みたいなもんだし。でも、なんとなくアナタ達
2人は気が合いそうな、そんな予感がするわね」
2人とも真面目だし努力家だし、図鑑のナンバーだって近いし。
図鑑というのは、指揮官の皆さまだったらご存じのアレの事である。
「そう・・・でしょうか? ネゲヴ副官がそう仰るのならまたお話してみますが、仲良くなれる
ビジョンが浮かびませんね」
「案外、他の支部には仲良くベタついているアンタ達2人がいるかもしれないわよ」
揃って小さく笑いあっている最中、背後の廊下から足音が響いてくる。
それを聞いてファマスは瞬時にドアへ銃口を向けるが、私がそれを手で制する。
こういった状況で瞬時に敵味方の判別ができるよう、私とトンプソンは歩く
リズムをお互いに決めている。
何度も同じ任務に着いた私達だけのシークレットコードだ。
「なんだ、RFBとFNCを置いて2人でサボってるのか? 私も混ぜてくれよ」
私達が休憩しているのを見て、トンプソンは真っ直ぐに進もうとしていた足を急転換。部屋に入ってくると、迷いも見せずに私とファマスの間にドカッと腰を降ろした。
背もたれに思いっきりふんぞり返って足を組んでいるその様は、とんでもなくサマになっている。横に侍らせているファマスなんて、トンプソンの迫力に圧されて縮こまってしまっているので、時と場合を考えて貰いたいところだ。
「お疲れ様。地下の様子はどうだったかしら?」
「かなりデカイ浄水施設になっていて、システムが暴走しているのか、人が居ない今も勝手に水を流し続けてるって有様だ。鉄血もそんなのに興味ないのか地下は人影ゼロ。仕事がやりやすくて
助かったぜ」
トンプソンの話しを聞いて、ファマスは顔に?マークを浮かべている。
この廃ビルに入り込む少し前から今までトンプソンだけ別行動をしていたのだが、それは今回の任務とは全くの無関係。完全に彼女の趣味によるものである。
「気にしなくていいわよ、ファマス。アイツ等にちょっとした置き土産をしてきただけだから」
「置き土産・・・ですか?」
「ひよっこにはまだ早いイタズラさ」
咥えていたスティック菓子を、半開き状態のファマスの口に差し込んでやる男前なトンプソン。
私はそうでもないが、彼女に妙な気を起こしている戦術人形が結構多いとかそうでもないとか。
〝ネゲヴ副官、カメラが中枢部隊と合流しそうだよ〟
「了解。ちょうどトンプソンと合流したところだから一緒に戻るわ」
RFBからの連絡を受け、私たちは話を切り上げ、部屋を後にした。
NEXT スペシャリストの流儀 3話 Coming Soon
相変わらずファマス好きな当方なので、今回も頑張ってもらってます。
前作までのファマスと比べてまだまだ練度が低いので性格は弱気、という個人見解なので、温かい目で見ていただく方向でひとつ。
頑張って定期更新を続けていくつもりなので、この先も気が向いたらぜひ覗いてみて下さいな。
以上、弱音御前でした~