ドールズフロントライン ~スペシャリストの流儀~ 作:弱音御前
どうも、弱音御前です。
ネゲヴちゃんサバイバル編がスタートしました。迷子のネゲヴちゃんは無事、基地へと帰ることができるのでしょうか?
というわけで、今週もどうぞお楽しみください~
ここまでのスペシャリストの流儀は・・・
ごきげんよう。私はネゲヴ。小隊長から副官までなんでもこなせる、まさにスペシャルな
人形よ。
小隊を率い、秘密任務に就いていた私はほんのちょっとした手違いから、部隊員とはぐれてしまった。スペシャリストとはいえ、たまにはミスることだってあるのだ。
街の地下を走る下水道を流れに流れ、見知らぬ地に辿り着いた私は単身、基地へと帰ることを
決める。
無事に帰れればいいのだが・・・まぁ、そう簡単な話に筈もないだろう。
どうやら、随分と長い旅路になってしまいそうである。
ロストから75時間後
「・・・」
無言で只々歩く。
電子コンパスを頼りに進んでいるので方角は間違いない。
私は正しい帰路を歩んでいる事は確実なのだ。
ただ、森林というのはどれだけ歩こうとも、まるで同じ場所を歩き回っているような錯覚を覚えてしまい、迷い込んだ者の思考を容赦なく蝕んでいく。
自分はこの緑色の迷宮から抜け出す事は出来ないのでは・・・と。
「・・・・・・」
無言で只々歩き続ける。
現在地を推測できて、帰りのルートを割り出せたまでは良かった。
問題は、そのルート上の山の数を見誤った事だ。
地形図をインストールされているわけでもなく、誰から教えてもらったというものでもないので、正確な数を求めることなど出来やしない。
しかし、この2日間でもう予想していた数の倍以上の峠を越えてきてしまったので、いくらなんでも見立てが甘すぎたと言わざるを得ないだろう。
これではもう、スペシャリスト引退である。
「はぁ~・・・」
腰を降ろすのにちょうどいい高さの岩を見つけたので、溜息交じりに腰を降ろした。
つい1時間くらい前にも似たような岩に座って休憩したが、もうどうでもいい。
昨日は正午を過ぎたくらいから急に雨が降ってきてずぶ濡れになるし。
雨宿りしようとして早足に移動したらぬかるんだ地面に足をとられてすっ転んで泥だらけになるし水筒の中身は空っぽで喉乾いたし斜面を歩きっぱなしで足痛いし髪が顔にベタベタと纏わりついて気持ち悪いしシャワー浴びてないから臭いし。
もう、本当に最悪である。
「基地に帰る・・・か」
グリフィン基地、指揮官の傍が私の居場所だ。
戦場で迷子になってしまった私がそこに帰る。当然の事だ。
・・・当然の事だと、思っていた。
私は指揮官の事が大好きで、指揮官も私の事を気に入ってくれて、だから、一刻も早く彼女の
ところに戻らなければ。
そう思っていた。
でも、それは本当に正しい考え?
本当はもっと正しい〝当然〟があって、ずっと指揮官の傍に居た私はそれを認めたくなくて、
無意識に見ないフリをしていただけ。
「ダメだダメだ。その考えは・・・ダメだ」
疲労が溜まっていくにつれて思考を侵食していくその考えを頭を振って追いだす。
一時的に思考を引き戻す事はできたが、またすぐに同じ考えが浮かんで鬱屈するのは分かって
いる。
昨夜はずっとその事ばかり考えてしまって、ほとんど眠れなかったのだし。
「行こ・・・」
まるで、ゾンビのように力なく立ち上がろうとした、そんな矢先だった。後方、やや離れた距離から聞こえてくる話し声を耳にし、私は野鳥の様な機敏さで近くの茂みに身を潜めた。
まだまだやりゃあ出来るじゃないか、私。
(人間? こんなところに・・・)
茂みの隙間から様子を確認していると、4つの人影が遠くで歩いているのが見えた。
汚染物質から身を守る為の灰色の防護服とガスマスク。人形にはそんなもの必要ないので、その装いで4人が人間だと判断できる。
4人はひし形の隊列を組んでいて、前の3人は一世代前のアサルトライフルで武装。後ろの1人は荷物運搬用のカーゴを引いて、キョロキョロと何かを探しているような様子で進んでいる。
あれは〝人形漁り〟と呼ばれている連中で、各地での紛争で傷つき廃棄された人形の部品を集めて生計を立てている人間だ。
大抵、人形漁りは大規模な戦闘が行われた後に群がるものなので、こんな山中で遭遇するとは
予想だにしていなかった。
周りの人形漁りと競えるような実力もない弱虫がほそぼそと仕事に勤しんでいる、といった
ところなのだろうか?
(迂回するのは面倒だけど、出くわしたらもっと面倒か)
私も4人が歩いていく方向に行きたいので、出くわさないよう大周りに進路を変えて移動を再開する。
斜面を少し下りながら進み、しばらくしてまた斜面を上がっていく。
4人が進むよりもだいぶ速く歩いてきた事もあって、私の視界の範囲には人影は全く見当たらくなった。
このまま早足で進めば、予定しているルートでも大丈夫だろう。
そうしてまた、代わり映えのしない緑色の中を進み初めて数分。
なにやら、この場には不釣り合いな光景が目につき、私は撃てもしない銃を無意識に構える。
「・・・」
森の真っ只中の一角。木も茂みも無く、ちょっとした広場のようになっている場所にドンと居を構える山。
この緑一色の中にあって、その山は赤、青、黄色、肌色等々、非常にカラフルで、イヤでも目を奪われる。
「これが目的ってことね」
ただ、そんな色鮮やかな山を見て嬉々とした表情を浮かべる者はそう多くないだろう。
こんな・・・廃棄された人形が積み重ねられた山を見て喜ぶのなんて、さっき私が目撃した人形漁りくらいのものである。
銃口を降ろし、人形の山に近付いていくと、甘ったるいオイルの匂いと錆びた鉄の匂いが鼻をついてきた。
人間が生き物の腐臭を嫌うのと同じように、これは私達人形にとっての死の香り。
申し訳ないと思いつつも、つい顔をしかめてしまう。
(IOPの娘と鉄血のハイエンドモデルも何体かある。でも、戦闘で廃棄されたにしては外傷が
少ない・・・)
IOP、鉄血も含めて見知った顔が何人も積み重ねられ、衣装は出荷時の物だったりカスタム品だったり裸だったり。いずれの娘も武器は持っておらず、戦闘による外傷はほとんど見受けられない。
私が見た事のあるジャンクの山とはどこか異様な空気を感じる光景に、なぜか胸の奥で気持ち
悪さを感じてしまう。
さっきの人形漁りも、きっとコレを目的にして来ているのだろう。出くわす前に早くここから
離れるべきだ・・・と、判断した直後に私はあるモノを見つけてしまう。
私から見て山の影になっている部分から、桃色の鮮やかな長髪が覗いている。
よく知っている、とても馴染みのある色合いだ。
「・・・」
人間がでいうところの怖いもの見たさというやつだろう。操られでもするかのように、私は山の影が見える位置に進んでいく。
髪の毛の先っぽだけでも、私自身の姿を見間違えるわけは無い。
幾重にも折り重なった娘達の上で、私・・・ネゲヴは一糸纏わぬ姿で身体を横たえていた。
寒さに震えるかのように身体を丸めている彼女の身体にも、弾痕や切傷の様なものは見受けられない。
その代わりに顔や髪、身体中に粘液の付着痕があることに気がつく。
彼女の傍に屈んで、乾ききった粘液を指で削ぎ落す。
指に付いたそれの微かな香りを嗅いでみて、私はそこで、この娘達がどういう経緯を辿ってきたのか見当がついた。
私達は戦術人形と呼称されているが、そんな私達を戦闘ではなく〝楽しむ〟ために用いる人間も存在する。
本来は戦闘を目的として製造されており、自我を持つ存在である為、そういった目的での使用はグレーラインとされている。
双方の同意があれば良いんじゃないの? といった解釈が一般であるが、度を過ぎた事案に対しては厳しい罰則が科せられるのだ。
そんな、私達に対してヤリ過ぎてしまった連中が証拠隠滅の為に用いているのがこの場所。
欲望のままに私達を使い捨てる人間に対して、少しくらい怒りとか呆れとか、そんな感情を抱いても良い場面だが、今の私はそんな考えを巡らせる事も出来なかった。
ああ・・・いくらなんでも、今の思考状況でこんな私を見せられたのはあまりにも場が
悪すぎた。
「やっぱり、私達って使い捨てなんだよね」
まるで、鏡を通して自分に優しく諭すようにネゲヴの頬を撫ぜる。
穏やかに目を瞑っている彼女の寝顔が、ほんの少しだけ羨ましく感じてしまった。
・・・一体、どれだけの時間そうしていたのか。私にかけられた声で我に帰る。
いつの間にか、私はさっき見かけた4人の人形漁りに取り囲まれてしまっていた。
武装している3人は私にしっかりと銃口を向けて、随分と強気な様子である。
「何か用かしら? 私、主人が居る身だから、手出ししたらただじゃすまないわよ? 部隊ID? それは・・・」
主人が居る戦術人形に危害を加えるのは明らかなNG。その違反の網をくぐる方法として、
やつらは部隊IDの確認を行ってくる。
部隊IDは任務に就く際に割り振られるIDで、戦術人形がどこの所属なのかという証明に
なる。
だが、これがまた間の悪い事に、私が2日前に就いていた偵察任務は極秘だった為、特例としてIDの割り当てが無いままだったのだ。
これで、私は名実ともに行く宛ての無いはぐれ人形と認められてしまった事になる。
「IDは無いけど・・・私ははぐれ人形なんかじゃない! 気安く触らないで!」
人形漁りは相手が稼働していようといなかろうと関係ない。
ここでコイツらに捕まったら、バラバラの部品にされてショップ行き・・・いや、こんな場所に来るようなヤツらである。用途もそれに沿ったものである可能性が高いか。
「私に手を出したら指揮官が黙ってないんだから!」
私の銃が弾切れだと知って、4人が総出で私の身体を抑えつけにくる。
取っ組み合いの最中、山に積まれている私の姿が視界の隅に写った。
私もあの娘と同じ事をされるのかと一瞬だけ想像して、思わず涙が出そうになってしまう。
「イヤ! やめなさい! やめて!」
地面に組み倒された私が喚くのを聞いて、4人がガスマスクの向こうで下劣な笑みを零したのが分かる。
(もう、イヤ。指揮官、助けて・・・指揮官・・・・・・)
ヘリから落ちて、下水道を流されて、山中を彷徨って、最後には人間に攫われる。
もう、1年分くらいの不運が一気に集中したのかと思えるくらいツイてない3日間だった。
・・・まあ、実際そうだったのかもしれない。
不運を一気に吐き出してしまったせいなのか、ここで私の方に運が向いてくれる事になった。
「そこまで! その娘を離して武器を捨てろ!」
4人分の足音が聞こえたかと思えば、女性の鋭い声が私を組み敷いていた人形漁りを刺し
貫いた。
人形漁り達は少しだけ躊躇う様子を見せたが、抵抗は無駄だと判断したのか私を解放する。
すぐさま立ち上がり、ホールドアップしている4人から距離を取った。
「ケガは無いかしら?」
人形漁りに銃口を向けている4人のうちの1人、これからデートにでも行くのかと見紛うくらいカジュアルな服装の人形が問いかけてくる。
青いリボンで纏めた明るい茶色の長髪を揺らし、肩には白い小動物を乗せているこの娘は私も知っている戦術人形だ。
「ええ・・・大丈夫よ、FAL」
アサルトライフル〝FAL〟は私の答えを受けて満足そうに頷いた。
「あれ? ここってネゲヴちゃんがドロップするような場所だっけ??」
「ネゲヴさんは限定ドロップだから、普通はドロップしないはずだよ。たぶん、どっかで迷子になっちゃったネゲヴさんなんじゃないの?」
慣れ慣れしくちゃん付けで呼んでくる銀髪ショットガンと、黒髪ツインテブルパップの娘は我がグリフィン支部にはまだいないので知らない。
「2人とも、人間相手だからって油断しすぎよ。ほら、ネゲヴの保護。言われなくてもさっさとやりなさい」
黒いウサギの耳みたいなリボンが特徴なのは、ハンドガン〝57〟。この人形も私の支部に居る娘だ。
「グリフィン支部〝Valkiry小隊〟隊長のFALよ。はい、これ部隊ID」
FALが胸元で揺らしていたドッグタグを手で外し、人形漁りに見せつける。
私の支部でもそうだが、FALのそんな様子もいちいち様になっていて、こんな時でもちょっと悔しく感じてしまう。
「戦術人形への暴力行為、及び戦術人形の不法廃棄、及び不適切運用の罪でアナタ達を拘束します。・・・と言いたいところだけど、これが目的で来たわけじゃないから、10秒以内に私の視界から消えるなら見逃すわ。い~ち・・・に~い・・・」
悪戯っぽくFALが言うと、人形漁り達は脱兎の如く森の奥へと逃げ去っていった。
私に肩を貸そうと歩み寄ってきてくれた2人に平気だ、と返して私は改めてFALに向き直る。
「別支部の私を助けてくれた事、心から感謝するわ。ありがとう」
まだ人形漁りに襲われた事の動揺が抜けていないが、そんなものおくびにも出さず、しっかりとした感謝の言葉とお辞儀をFAL達に送る。
「・・・? な、何でみんな揃って固まってんのよ?」
私が顔を上げてみれば、そこには目を丸くして佇むValkiry小隊の面々。
もしや、さっきの人形漁りの連中が戻ってきたのか? と思って周囲に目を配るがそんな様子は無いようだ。
「うわ・・・ネゲヴさんが素直にお礼言ったよ。明日は雲でも降ってくるじゃないのかな?」
「ちょっと、それどういう意味よ?」
黒髪ツインテが漏らしたちょっと失礼な呟きを聞いて、つい鋭い口調で返してしまう。
同じIOPの戦術人形と出会えて心底安心したのだろう、いつもの調子を少しだけ取り戻してきたようだ。
「黙ってなさい、97式。アンタが居ると話しがこじれるから、スパスと一緒に周囲の警戒に行ってきて」
私に睨まれて気まずそうな表情を浮かべていた〝97式〟は傍らの〝スパス〟を連れ、駆け足で私達の傍から離れていく。
97式といえば、確か、うちの支部にいる〝95式〟の妹だったか。
確かに銃の形状はソックリだし、見た目も性格も95式が話していた妹の人相と一致する。
いつか、あんなのがうちに来たらこちらも苦労させられそう・・・なんて、もう私が考えても
仕方が無い事か。
「気を悪くしたのならごめんなさいね。うちの支部にもネゲヴが居るのだけれど、アナタは少し
雰囲気が違ったものだからびっくりしちゃって」
「お礼もちゃんと言えないだなんて、随分と出来の悪い私もいたものね」
助けてくれた相手にちゃんとお礼を言うのは、コミュニケーションの基本中の基本。それが
初対面の相手であろうとも例外ではない、というのが指揮官の教えである。
同じ戦術人形でも、支部、正確に言えば、指揮官によって性格に違いが出るという話しを聞くが、この娘達の指揮官は大した人間ではないのだろう。
やっぱり、私の指揮官が一番すごいのである。
「出来が悪いっていうのともちょっと違うんだけど。まあ、無事なら良かったわ。・・・戦場で
部隊とはぐれたっていうにしては、おかしな場所にいるのね。アナタ、どういう経緯でここへ?」
「それは・・・その・・・・・・」
極秘任務を遂行中だったので、その事まで話してしまって良いものか? 任務中にヘリから落ちて部隊からはぐれた、なんていう恥ずかしい事を話してもいいものか?
助けてもらった立場ということはあれど、ちょっと答えづらい質問だった為、言葉が詰まってしまう。
「・・・ねえ、57。今日の訓練はこれくらいにしておこうと思うんだけど、どうかしら?」
「ええ、良いんじゃないの? 97~! スパス~! キャンプに戻るわよ~!」
訓練終了とみて大はしゃぎの2人を57が迎えに行く。
なんだか、私のせいで訓練を無理に切り上げさせてしまったみたいで申し訳ない。
「そんな疲れた様子じゃあ、話しも上手く纏まらないでしょう。私達のキャンプにお招きするわ。少し身体を休めて、詳しい話しはそれからね」
自分が相当ヒドイ顔をしていたと気付き、咄嗟にFALから顔を逸らした。
そんな慌てた私を見てFALがクスクスと笑うものだから、恥ずかしさも数倍増しだ。
ロストから78時間後
「へえ~、そっちにはまだ私はいないのか。もしかして95式お姉ちゃんもいない? それだったら、私そっちの基地に行きたいなぁ~」
「残念だけど、95式は元気でやってるわよ。アナタが居なくて寂しがってるわ」
「うぅ・・・そう言われるとなんか複雑な気分」
私の答えで苦い表情を浮かべる97式を見て、傍らで話しを聞いていたスパスと57が笑いを
零した。
彼女達のキャンプにお呼ばれして、まず私はちょっとだけ仮眠を取らせてもらった。
夕方くらいに目が覚めれば、今度は豪華な配給ディナーのお時間。ここに来るまでチョコバーを少しずつ齧りながら飢えを凌いできた私だ、本当はおなか一杯食べたかったが、今はご厚意に甘んじている身だ。借りてきた猫のようにほどほどで我慢しておいた。
そうして夜も更けたところで、別の支部に所属する私達はお互いの支部のお話に花を咲かせている次第だ。
この娘達の実力は分からないが、とても明るくて仲の良い部隊だという事はわかる。
まあ、私達の部隊よりも優秀な部隊はそうそうないだろうけど。
「ふわぁぁ~・・・私、眠くなってきちゃった」
「私も疲れちゃった。一緒に寝よっか、97ちゃん」
「そうそう、早めに寝ちゃいなさい。明日は陽が昇る前に出発するんだから」
「「鬼だぁ~~!」」
「今日を早めに切り上げたんだから当然の事でしょ? 私ももう休むから、あとは隊長さん同士
ごゆっくりとどうぞ」
テントの中に引き上げていく3人を手を振って見送る。
ランプの淡い光をぼ~っと眺めながら、マグカップに注がれたコーヒーをくぴりと一口。
昨日の辛かった夜とほとんど変わらない場所だというのに、野営設備があるだけでこれほどまで快適に変わるとは。
文明の利器バンザイである。
「あら? あの娘達はもう寝ちゃったの?」
しばらく席を外していたFALが戻ってくる。
私達から離れて茂みの奥に行っていたのは、基地への報告を行う為だろう。自部隊だけならわざわざそこまで行く必要は無かっただろうに、またも気を遣わせてしまったようで、彼女たちには
もう足を向けて眠れない。
「朝が早いからって57が連れて行ったわ」
「ふ~ん、ウサ子にしては気が利くわね。2人きりの方が話しやすい事だし」
私の横に音も無く腰を降ろし、FALは手にしていた携帯ボトルの中身をゴクリ。
そうして、一息ついたところで本題を切り出してきた。
「まず、あの人形達の山は指揮官に頼んで回収班を回してもらうことになったわ。明日、私達が
帰投したのと入れ替わりに到着するんじゃないかしら」
「そう・・・良かった」
あの人形達の回収は、グリフィンにとってほとんど益の無い仕事だ。
こんな山中に回収班と輸送機を送るというコストの方が明らかに上回っているだろうし、普通の指揮官であれば放っておけと一蹴するような案件である。
なのに、FALの指揮官は回収を承諾してくれた。
きっと、私の指揮官と同じくらい戦術人形を大事にしてくれる指揮官なのだろう。
「で、アナタの事なんだけど。まだ指揮官には報告していない。アナタがどう考えているのか確認してから、って思ってね」
廃棄された人形達の回収も気になっていた事ではあるが、私がまず考えなければいけないのは
自分の事。
私はこれからどうするべきなのか? だ。
「もう、ロストしてから80時間近く経っているんだっけ? 着任からずっと指揮官を支えていたアナタだもの。きっと、捜索隊は派遣されるでしょうね。・・・でも、捜索にあてる時間はどう粘っても24時間がせいぜい。メンタルのバックアップと替えの身体があれば再起できる私達をいつまでも捜索し続ける道理は無いから。ハッキリ言って、もう別のネゲヴが指揮官の傍で任に就いているでしょうね」
「ホント、容赦なく言ってくれるわね。私のとこにいるFALそのままだわ」
これだけ直球で言ってくれた事はむしろ感謝したいくらいだ。
代わりの私が指揮官の傍にいるかもしれない、というのは昨日の時点から脳裏を過っていた事だし、下手な慰めは今の私には何の効き目もない。
「それでも帰りたいっていうのなら、明日、私達の基地へ一緒に帰って、それからアナタの基地へ送り届けるよう手配してあげる。もし、代わりが居てアナタが不要になってしまっていたなら、
別の基地に斡旋してもらえるよう指揮官に相談してあげてもいいわ」
まさか、FALがここまで面倒見の良い娘だとは思わなかった。いつもは何かと私に突っかかってきて、副官の座を狙っているのかとすら思わせるヤツなのに。
・・・或いは、私があまりにも惨め過ぎて見ていられなくなっただけなのかもしれないけど。
「色々と考えてくれて本当に感謝するわ。でも、そこまでお世話になるわけにもいかないから、
明朝1人で出発する。悪いのだけれど、弾薬と配給を少しだけ分けて貰えないかしら?」
「それは構わないけれど・・・本当にいいの? うちの指揮官経由でアナタの指揮官に連絡を取る事もできるから、確認してからっていう手段もあるけど」
FALの申し出に私はゆっくりと首を横に振った。
私はもう、指揮官以外の人間の下で働く気は無い。指揮官が別の私を工面してしまったというのなら、私はもう不要な人形だ。
あの山の中で転がる事になったって仕方の無い顛末だと思える。
彼女の元に戻れるか、廃棄されて終わるか、私にはもうその2択しか存在しない。
今はまだ、その答えを見る覚悟が出来ないでいる。
大好きな指揮官が別の私と一緒に楽しそうにやっているのを目の当たりにするのがとても怖い。
もう、今の私の思考は様々な想いが交錯してしまっていて、完全に収拾がつかなくなってしまっている。
もうしばらく1人で歩き続けて、その間に落ちつけた気持ちで現実と向き合うというのが、
もっとも適切な選択であると思えた。
「・・・分かった。アナタの意見を尊重するわ。にしても、アナタをそれだけ悩ませるだなんて、さぞお優しい指揮官なんでしょうね」
「当然よ。私の指揮官はそんじょそこらの人間とは人形愛が段違いなんだから」
「あら、私の指揮官だって負けていないわよ? あれは、私が初めて指揮官と出会った時の事なんだけどね・・・」
明日は早いというのに、2人して〝うちの指揮官自慢〟を日付が変わるまで続けてしまった。
FALの話しっぷりを聞いているだけでも、彼女達の指揮官がとても優秀で優しい指揮官なのだという事がひしひしと伝わってくる。
私達、戦術人形を大切に思ってくれる指揮官は、きっと私が考えているよりも多く存在するのだろう。
・・・だからこそ、私は私の指揮官の事を忘れる事なんて出来ない。
あの人が居ない世界なんて、私には考えられなくなっているくらい大きな存在になっていた事に今更ながら気づかされたのだった。
明朝、補給物資を受け取った私はFALの部隊と別れ、再び人形の山に訪れていた。
朝のさわやかな空気が、この場に停滞している淀んだ空気を中和してくれているのだろう、昨日ほどの気分の悪さは感じなかった。
昨日と同じ場所に身体を横たえる私の傍に歩み寄ると、私はジャケットを脱いで身体にかけてあげた。
どうせ、この後は回収されてスクラップ行きになるのだし、今更の事なのだが、これは私の気持ちの問題である。
素肌を晒すのは一番好きな相手の前だけだと、きっと、この私もそう思うだろうし。
「さようなら。私もそっちに行く事になったら、その時はヨロシクね」
夜露に濡れた髪を手で梳いて整えてあげて私とお別れ。
昨日に引き続き、私は予定していたルートをひたすらに歩き進んでいった。
NEXT スペシャリストの流儀 7話 Coming Soon
寸でのところでネゲヴを助けた部隊は、当方の以前のお話に出てきた部隊だったりします。
以前より読んでいただいていた方はお気づきかもしれませんね。
そこまでお付き合いくださっていたら、嬉しくて小躍りしちゃいます!
来週の更新もどうかお楽しみに~