ドールズフロントライン ~スペシャリストの流儀~ 作:弱音御前
どうも、弱音御前です。
ネゲヴちゃんのサバイバルも今週で最終話となります。
結局、短いお話となってしまいましたが、どうか最後までお楽しみいただければ幸いです。
それでは、ごゆっくりとどうぞ~
ここまでのスペシャリストの流儀は・・・
私はネゲヴ。戦闘のスペシャリストであり指揮官の補佐を務める、現在、絶賛迷子中の
戦術人形よ。
極秘任務の最中、ちょっとしたトラブルから部隊とはぐれ、窮地に陥った私は、山中で行動中だった別支部の部隊に助けてもらうことに。
部隊長のFALは私を基地まで送ってくれると申し出てくれる親切ぶりだったが、基地に帰る
勇気が無かった私はその申し出を丁重にお断り。
自力で基地へと戻る間に気持ちを整理するという方針で事を進めた。
俗に言う、問題の先送りというヤツなのだが、そんな私がどういう結末を迎えたのか・・・
私の冒険譚、最後のお話である。
ロストから120時間後
鉄血部隊との衝突を避けて迂回したり、野生動物と出くわして全速撤退したりと、幾つかの
トラブルを経て、ようやく基地の姿を拝む事ができたのはFALの部隊と別れてから2日後の事だった。
私がロストしてから都合5日間留守にしていただけなのに、平地の先に見える我が家の佇まいはとても懐かしく感じる。
基地の外を巡回する仲間達の姿も、戦地へとせわしなく飛び立っていくヘリの様子も、私が
知っている普段通りといった感じである。
・・・そう、すでに普段通りだ。
そもそも、私がいなくなったくらいで基地の機能が混乱しているようではお話にならない。
足りなくなった私を補填して、それで世は事も無し。
ちゃんと指揮官としての責務を全うできているようで、元副官の私も鼻が高いというものだ。
「うん。私の出番はもうないかしらね」
呟き、望遠鏡代わりにしていた光学スコープから目を離す。
結局、現実を直視するという恐怖を克服できなかった私は、基地から1キロくらい離れた茂みの中から基地の様子を確認するくらいしかできずにいた。
臆病者と思ってくれて構わない。
大好きな人の傍に別の自分が居て、しかも、それは否定する事の出来ない自分自身だという恐怖は、きっと戦術人形にしか分かってもらえないものだろう。
「・・・」
基地が通常営業なのは確認できた。もう、用済みの私がここに居る理由は無い。
このまま野良人形として、エネルギーが尽きるまで1人でほそぼそと暮らしていくのが私には
お似合いだ。
ここから去ろう。
速やかに。誰かに見つかって面倒を起こす前にさっさと離れなければ。
そう自分に言い聞かせるが、降ろした腰がなかなか上がってくれない。
こういうのって、人間で言うところの〝未練〟というヤツだっただろうか?
未練、鉄血ハイエンドモデルにも匹敵するなかなかの強敵である。
「最後・・・挨拶だけならいいかな」
あと1度だけ指揮官の顔を目に焼きつければ、それで区切りが付けられるかもしれない。
別に、新しく就任している私を蹴落として私が副官に返り咲こうなんて考えているわけでは
ない。
お別れの挨拶をするくらいなら、なんの問題も無いはずだ。
都合のいい言葉で自分を言いくるめて背中を押してやる。
離れようとしたら腰が重いくせに、指揮官の所に向かおうとしたらやけに軽く身体が動いて
くれる。
茂みから出て、基地の正門に向かう舗装路に足を踏み入れる。
まだ守衛が私に気付くような距離ではないが、一歩一歩確実に基地に近付いて・・・
「いや、やっぱりダメだ! 今更、合わせる顔がない!」
すぐそばにあった茂みの影に身を潜め直す。
さっきより5メートル近づいたくらいなので、まだセーフだ。
たぶん、私が戻ってきたという事が分かっただけでも指揮官を困らせてしまうだろう。
ここはやはり、静かに消えていくのがスマートなやり方だと思う。
「・・・いや、最後の最後なんだから、我がままの1つくらい良いんじゃないかな?」
いっつも私に迷惑かけっぱなしだったんだし、と指揮官に責任をなすりつけることで自分を肯定し、やっぱり再び茂みから出ていく。
「いやいやいや! スペシャリストとしてここはキッパリと!」
基地から目が届かない位置だからという事もあって、茂みから出たり入ったりを何度も繰り
返す私。
「もうやだ・・・指揮官とお話がしたい・・・・・・」
ついに思考がグチャグチャにこんがらがり、茂みの前にしゃがんで途方に暮れてしまう。
頭に浮かぶのは指揮官との事ばかり。
一緒に仕事をして、お話して、お食事して、お昼寝して、今まで指揮官と過ごしてきた思い出が次々と思考の海に浮かびあがってくる。
そうして自分の慰めにでもなればと無意識に思ったのだろう、私は膝を抱えてしゃがみ込んだ
まま、随分と真剣に指揮官との思い出に浸っていたらしい。
・・・ネゲヴ
思い出の中の指揮官が私を呼んでくれている。
それを思うだけで、私のメンタルを覆っていた淀みが晴れていくようだ。
・・・ネゲヴ~
指揮官の声が本当に耳に届いているような錯覚に陥っている。
かなり没頭しているせいか、または私のメンタルが極限状態バググを引き起こしているのかもしれない。
ネゲヴ~
というか、バグにしてはあまりにもはっきり聞こえすぎているような気がする。
そもそも、戦術人形にそんなのあるのだろうか、っていう話し。
「ネゲヴ~~!」
背後から聞こえるこの声と足音・・・本物じゃね!? と気づくのが少しだけ遅かった。
「ふぎゃあ!!?」
普段からよくやられる〝大好きタックル〟を油断していた背中に思いっきりぶちかまされ、
顔から地面にダイブ。
咄嗟の事で受け身も取れなかったので、もう顔面砂だらけである。
「ネゲヴ~! ネゲヴネゲヴネゲヴネゲヴぅ~~~!」
「ちょっとぉ! いきなり飛びかかってくるな!」
私が体勢を立て直そうとしているのに、この女ときたらそんなのお構いなしに私に必死でしがみついてくる。
たぶん、傍から見たらゾンビ映画のワンシーンみたいに見える事だろう。
指揮官に抱きかかえられるのは大好きだ。でも、やはり時と場合というものがあり、今の私なんか顔も服も泥だらけだし、ずっとシャワーも浴びてないから絶対に臭うしで指揮官に抱っこされるには最悪のコンディションなのである。
「やめなさいって言ってんでしょ・・・このぉ!」
「きゃあ!?」
ついムキになってしまい、指揮官の身体を力一杯振り払ってしまう。
指揮官の細くしなやかな身体が弾き飛ばされ、地面にボスンと尻持ちをついた。
ここまでの長旅で私はすっかり消耗しきってロクに力は出ないはず。そんな私に軽々と突きとばされるほど彼女は弱々しかっただろうか?
「う・・・うぅ・・・ぐすっ」
「ご、ごめんなさい! 痛かった!?」
地面に座り込んで泣きじゃくる指揮官の姿を見て我に帰る。
どうして見つかったのか分からないが、指揮官と会ってしまった。
嬉しい反面、どう話して良いのか分からなくなってしまって、駆け寄ろうとした足が止まる。
「平気。ネゲヴが・・・あなたが帰ってきてくれたから。これくらい、どうってことないもん」
ぽろぽろと、とめどなく流れる涙を手で拭いながら話す指揮官を見て、私も少し泣きそうになってしまった。
この人はこんなにも私の事を心配してくれていたんだ、と。
「心配させてごめんなさい。・・・でも、もう私の代わりは用意してるんでしょ? 古い私の事なんてどうでもいいじゃない」
この勢いに乗せて、私が一番恐れている質問を投げかけてみる。
それを聞いた指揮官が顔を上げた。
涙で真っ赤になって、濃いクマを浮かべた眼で真っ直ぐに見つめられ、思わず息を呑んでしまう。
「そんな事できない。私のネゲヴはあなただけだもの。だから・・・ずっとずっとあなたを待ってたんだよ」
「待ってたって・・・ロストした私を補填しないで5日間も? そ、そんな事、グリフィンの
上層部が許す訳ないでしょう? 何も言われなかったの?」
「ヘリアンからめっちゃ怒られた。でも、シカトしといた」
ちょっとだけ普段の指揮官が顔を覗かせてくれたところで、私は少しだけ落ちつきを取り戻せた。
ひとまず、ロクに睡眠も摂っていないのだろう、こんなに疲れた様子の指揮官を基地の外に居させるわけにはいかない。
「詳しい話しは基地に戻ってからしましょう。すごい疲れてるみたいだけど、平気?」
傍に歩み寄り、指揮官の肩に手を添える。
触れただけで、彼女の身体にはまるで力が入っていない事が分かってしまう。
「うん、平気。一緒に帰ろ、ネゲヴ・・・」
私も他人の事を言えやしないだろうが、ヒドイ顔のまま作り笑いで答え、それで満足したのか
指揮官は私の胸に顔を埋めるようにして倒れかかってきた。
「指揮官? ねえ、私の声聞こえてる? ・・・くそっ!」
意識を失ってる、と判断するや私はすぐさま彼女の身体をお姫様抱っこして基地に向け駆けだした。
もう、自分の銃をぶら下げているのですら辛い状態だったはずなのに、それよりも10倍近い
重さの人間をこれだけ素早く抱き上げたのだ。
緊急時の底力ってスゴイね。
「救護班! 指揮官の救護よ! ぼさっとしてないでさっさと準備しろぉ!」
ものすごい剣幕で、怒鳴り散らしながら疾走してくる私に相当ビビったのだろう、正門の脇で
待機している守衛の表情が引き攣っているのが遠目にも確認できる。
ロストした筈の私が指揮官を抱えて戻った事が早くも伝わったのか、正門の周囲がざわつきはじめている。
私を信じてくれていた彼女の無事だけを願いながら、こうして私は我が家へ帰還を果たしたのだった。
帰還から1日後
過労による衰弱で命に別条は無い、という診察結果を聞いて心底ほっとしたのも束の間、私は
まず修復を受けた。
3時間程度の修復を済ませ、ツヤスベなお肌と髪を取り戻した私を次に待っていたのは
副官スプリングフィールドとヘリアンからの事情聴取とお説教だ。
トンプソンによる予定外の破壊活動とRFBのヘリ制御系統へのハッキング、そしてなにより
隊長である私がロストした事に対してのお叱りがメインで、都合5時間くらい取調室で怒られる
羽目になった。
「・・・うぅ・・・ん・・・?」
カーテンの隙間から差し込む淡い陽光で眼が覚める。
肌触りの良い真っ白なシーツから顔を上げると、目の前では指揮官がスヤスヤと眠っている。
昨夜はお説教が終わり、空腹を満たしてから指揮官が休んでいる病室に来たんだった。
指揮官の様子をちょっとだけ確認して自室に戻ろうと思っていたのだが、彼女を眺めているうちに寝落ちしてしまったらしい。
すでに半日以上眠っているおかげか、指揮官の顔色は病室にいる人間とは思えないくらい良くなっている。
とはいえ、スプリングフィールドの話しでは、私が行方不明になっている5日間、ずっと眠らないで帰りを待ち続けてくれたというお馬鹿をやらかしている女だ。しばらくは安静にしてもらわなければいけない。
自室に戻ろうと、物音をたてぬよう、ベッドを揺らさぬよう、鉄血の施設に忍びこむのよりも
100倍くらい慎重に立ち上がる。
だが、そんな私の気遣いも虚しく、ベッドに就いた手が柔らかな感触に包まれた。
「夢じゃなくて良かった。お帰り、ネゲヴ」
掠れるように小さな声で指揮官が私に微笑みかけてくれる。
これが夢じゃなくて良かった、と思ったのは私も同じだ。
「ただいま。調子はどうかしら? お水でも持ってくる?」
コクリと頷いてくれたので行き先変更。自室ではなく、病室の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぐ。
ベッドの上で身体を起こしている指揮官にコップを手渡す。
片手でしっかりとコップを掴んでいるので、体力は回復しているようだ。
「ありがとう」
両手に持ちかえて、コクコクと水を飲む様子がとても可愛らしい。
いつもこれくらいしおらしかったら良いのに、と少しだけ不謹慎な事を思ってしまった。
「はぁ~・・・さて、ネゲヴが帰ってきた事を報告しないとね」
コップを置いて一息つくと、指揮官は腕に刺さっている点滴針を指で摘まんだ。
針を引っこ抜いて業務に戻る気満々である。
「ちょっとちょっと! 報告は私達でもう済ましておいたから、無茶するんじゃないの!」
「え? だって、ネゲヴがいない間の報告もしなくちゃだから、1人じゃ分からない内容もあるでしょ?」
「私達で、って言ったでしょ? スプリングフィールドが手伝ってくれたの。2人で今回の件の報告を全部まとめて提出したから、この件はもうクローズ。だから、指揮官はしばらく安静にしてなさい」
「うん・・・じゃあ、そうする」
素直に点滴針から手を離してくれたので、私もまたベッドサイドの椅子に腰を降ろした。
「捜索隊を現場に向かわせたんだけれど、あなたの事を見つける事ができなくて。とても心配したのよ?」
それはスプリングフィールドから聞いた話しだ。
なんでも、捜索にあたり鉄血の主力部隊とアルケミストが邪魔だったので、殲滅してから捜索を開始した、との事。
スプリングフィールドとHK416を隊長とした2部隊で、あれだけの数の鉄血を相手に
〝迅速に殲滅〟したと語った際のスプリングフィールドのあの涼しい笑顔を私は一生忘れる事は
無いだろう。
「この5日間、どこで何をしていたの?」
報告書に書いたとおりの顛末。ヘリから落ちて下水道に流されて、数百キロ離れた森の中から山を越えて谷を越えて自力で帰ってきた事をそのまま指揮官に話す。
無論、途中で別支部のFALの部隊に助けてもらった事も報告する。
隠したところでいずれバレる事だし。
「別支部の部隊に助けてもらったなら、その支部を経由してここに送ってもらえばよかったのに。そんな事もしてくれないケチな相手だったの?」
「それは・・・あの・・・えと・・・」
ここに帰るのが怖くてFALの好意を蹴った事は報告書には書いていない。ああだこうだと
言い訳を考えて、送ってもらわなかった事を正当化して報告したのだ。
本当はその事を指揮官にも言いたくはない。
指揮官を信用していなかった事がバレてしまうのは、とてもとても怖い。
「本当の事を言って良いのよ? 向こうが困ってるネゲヴのお願いを蹴ったのなら、私が仕返しに殴り込みに行ってやるから。その時間にどこの部隊が活動してたかなんて調べようと思えば」
「違う。FAL達は悪くない。私がここに帰るのを渋って申し出を断ったの」
でも、この事実を言わないでいたら私は指揮官との生活に辛さを感じるだけになってしまうような気がする。
私は意を決して話す事にした。
報告書の内容はあとでどうにでもなれ、だ。
「・・・帰りたくなかったの?」
明らかに動揺した様子の声色に頷いて返す。
勢いで握ってしまった彼女の手が微かに震えている。表情はどうだろうか? 俯いて視線を外したままの私に知る由も無い事だ。
「もう、指揮官は別の私を立ちあげていつも通りの生活に戻ってると思ったから、帰ったら迷惑をかけちゃうって・・・違う、そうじゃない。・・・指揮官が別の私と居るのを見るのが怖かった。だから、ヘリで送ってくれるって、向こうの指揮官経由で指揮官に連絡を取り継いでくれるっていうFALの提案を私が蹴ったの」
私の事を信頼して指揮官は不眠不休でずっとずっと待ってくれていたのに、私はそんな指揮官を信頼できずにいつまでもウロウロしていた。
情けなさ過ぎて、穴を掘って埋まりたいくらいの気分だ。
「私は指揮官の信用を裏切った。本当にごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
自分から進んでロストの時間を伸ばしてみんなに迷惑をかけたのだ、この後、どのような罰則が科せられても甘んじて受ける覚悟でいる。
ただ、今は謝るしか償いの方法が浮かばなくて・・・私は何度も何度も指揮官に謝った。
「・・・顔を上げなさい、ネゲヴ」
今までに聞いた事が無いくらい真剣な声を耳にして、指揮官が本気で怒っているのだろうと察する。
このグリフィン基地が始まって以来、指揮官に本気で怒られた者はまだ登場していない。
まさか、自分がその第1号になる日がくるとは・・・
いや、ロスト第1号になるよりずっと良いけど、それに負けないくらいイヤだ。
恐る恐る顔を上げていく。
真っ白なシーツから掛け布団、入院着に包まれた細身の身体、と視界が段々上がっていき、ついに指揮官の鬼の様な形相が私の前に・・・と、そうなる前に私は指揮官に抱きしめられていた。
あまりに予想外の事で頭が真っ白になり、声を漏らす事も忘れてしまう。
「許す。もう、余計に謝りすぎよ。今後、3ヵ月くらいは謝らなくて良いから ね?」
温かく柔らかな身体の感触。仄かに甘い指揮官の香り。彼女の全部が私を優しく包んでくれる。
それは、寒い日のベッドの中の様な心地良さ。
・・・ちょっと例えが悪かったかな?
「それで後ろめたくなって、基地から離れたところでウロウロしてたのか。辛かったよね。すぐに気付いてあげられなくてごめんね」
そんな状態で頭まで撫でてくれて、私はもう眼から涙がジワっときてしまった。
でもまだ泣かない。女が泣いていいのは全てが終わった時だけなのだ。
「で、でも私のせいで指揮官にも、みんなにも迷惑かけたのよ? そんな簡単に許されて良いわけない」
「そうね。捜索に行ってくれたみんなと、あなたの代わりに副官業務をしてくれたスプリングフィールドにはちゃんとお礼を言いなさい。でも、私にそこまで謝る事は無いよ」
「何でそうなるのよ? 私は指揮官の信頼を裏切ったのに」
「そんな事ないよ。だって、ちゃんとここに戻ってきてくれたじゃない。もしかしたら、まだ自分の居場所があるかもしれない、って思ったから戻ってきたんでしょ? それは、私の事を信じてくれた、っていうんだよ」
ああ、駄目だ駄目だ。ここで泣いたら絶対に話しが続けられなくなる。
もう少し頑張れ、私。
「帰ってきたのは、他に行くアテも無かったし。きっと、なんとなく基地に脚が向いただけみたいなもんだし」
「あと、別のネゲヴが私と居るのを見るのが嫌だったっていう恐怖は人形だったら、きっとみんなにある事よ。だから気にしないで」
「それは違うわ。結局、私が指揮官を信頼できなかったのが根底にあるんだもの。私が悪いのに変わりはない」
「私がこれだけ言ってるのに、ほんっと頑固ね。可愛いヤツめ!」
指揮官は私を慰めようとしてなんとか肯定してくれているが、私は自分の責を否定なんかしたくはなかった。
スペシャリストとして、ここだけは絶対に譲りたくはない。
「それなら、こういうのはどうかしら? 私があなたに対して個人的に罰則を科します。それを
受けてくれる事で、この問答は終了と」
「・・・・・・分かった。それで指揮官の気が済むのなら、それで良いわ」
身体を離してくれた指揮官が満足そうに頷いてくれたので交渉成立。
私のこの罪が許されるのなら、どんな刑罰でもどんと来いだ。
「えっと・・・あそこにかかってる上着を取って来てくれるかしら」
「? そんなのが罰則なの?」
「んなわけないでしょ。甘ったれるな!」
不条理にも怒られつつ、コートハンガーに掛けてあった指揮官の上着を取ってくる。
上着を手渡すと、指揮官はなにやら内ポケットをゴソゴソとまさぐりはじめる。
一体、ここからどんな罰が待っているのやら全く想像できないので、ちょっと怖くなってきてしまう。
「では、ネゲヴ副官に判決を言い渡します」
結局、指揮官はポケットに手を突っ込んだまま。
その状態からどんな言葉が繰り出されるのか。私の緊張もピークに達し、座ったままつい姿勢を正してしまう。
そしてついにポケットから手を抜いたのと同時に指揮官の口から出た言葉は・・・
「罰として、私との誓約を命じます。これを受け取りなさい」
やっぱり私の予想の斜め上を言っているものだった。
・・・早朝の病室内を静寂が支配する。
医療機器なども置いていないので、窓の外から小鳥のさえずりなんかも耳に入ってきたり、とても清々しい朝である。
「あの~・・・えと・・・私と誓約してくれれば、さっきの事は許すけど・・・」
鳥さん達の話し声に混じって、誰かが走っている音が外から聞こえる。たぶん、ファマスのものだろう。相変わらず頑張り屋さんで結構な事だ。
「ねえ・・・私と誓約・・・して下さい。お願いします」
掌に乗せた小さな箱を所在なさげに開ければ、そこには弱い光を受けて、なお煌びやかな存在感を放つ銀色の指輪が鎮座している。
ああ、これはやっぱり本気で誓約の申し出なんだ、と完全に理解して私は大きく溜息をついた。
嬉しさ余って、とはまた別ベクトルの溜息である。
「それ、罰則にかまけて私と誓約しようって意味? マジで言ってる?」
「罰則にかまけてって・・・まあ、結果としてはそうなっちゃったけど。でも、この勢いを利用しないと言いだせないかなって思っちゃって・・・その・・・」
私に問いただされ、しどろもどろな指揮官。
反省する身なのに、さっきまでとは完全に形勢逆転してしまっているが、申し訳ないと思いつつもこればかりは、これだけは言わせてもらいたい。
「誓約なのよ? せ・い・や・く! もっと雰囲気とかあるじゃん! それをこんな消毒液くさい病室で済ませようとするなんて、何考えてんのよ!?」
「それは確かにそうかもしれないけど。でも、今のネゲヴだったら私のお願いなんでも聞いてくれそうだったから、断られないかなって・・・」
「こんな状況じゃなくたって断らないわよ!」
冷静に考えたら自分でも恥ずかしい事を言ってしまったが、大声で言いくるめてやったことで少し気分が落ち着いてくれた。
私に怒鳴られ、しおらしくなってしまった指揮官を目の当たりにして、少し申し訳なく思う。
ほんの少し、微生物くらい少しだけど。
「ごめんなさい。誓約はあなた達にとっても大事な儀式だものね。私、こういう大事な話しをするのに慣れてなくて・・・どういう風に伝えて良いのか分からなかったの。また、色々とお勉強してやり直すから」
「こらこら! 何で差し出した指輪を仕舞おうとする!?」
箱を閉じて仕舞おうとする指揮官を必死で止める。
「え? だって、時と場所を考えろって」
「だからって諦めるの速すぎでしょ!」
私は指輪を貰わないとまでは言っていない。
薬指を強調しつつ左手を指揮官に差し出してやる。
そんな私の様子を見て指揮官は不思議そうに首を傾げているのだから、また呆れたものだ。
ただ、そういう仕草が可愛いところでもある。
「指揮官からの誓約、受けるから。嵌めなさいよ」
そもそも、罰則だ許すだと周りくどい事をしてたから話しがこんがらがってきたのだ。
だから、あの話しは私がこれから少しづつ信頼取り戻すよう頑張る事で終わって、これはもう別のお話。
指揮官が私に誓約を申し出てくれて、私はそれを受けるという幸せなお話しだ。
医務室のこの真っ白な感じも、見ようによってはブライダルっぽく見えなくもないので雰囲気は出ている。
消毒液臭いけど。
「・・・ありがとう、ネゲヴ。でも、左手の薬指に嵌めたら本当の結婚みたいになっちゃうけど、いいの?」
「病める時も健やかなる時も・・・だっけ? これを受け取って、ずっと私は指揮官の傍に居るのだから、人間における結婚と同じようなものじゃない。そっちこそ、私なんかと結婚みたいになっちゃっていいの? 人間の方こそ結婚って大事なモノなんでしょ?」
「私はもう結婚とは縁が無い人間だから。ネゲヴとそういう関係になれるのなら嬉しいな。
戦術人形の娘達はみんな大好きだけど、ネゲヴだけは特別だから」
言って、指揮官が指輪を嵌めてくれる。
スルリと指に収まってくれた銀色の指輪は、間近で見ると息を呑んでしまうくらい美しい。
指に嵌めただけなのに、指揮官がより一層近くにいてくれるような感覚を抱いてしまうのだから不思議なものである。
「ふふ、良い笑顔しちゃって」
「う、うるさいなぁ! アンタだって笑ってんじゃん・・・」
顔がにやけていたのは自分でも分かっていた。
恥ずかしさ隠しの意味も込めて椅子からベッドの淵に座り直し、指揮官の身体に身を寄せる。
これだけの至近距離なら、もう指揮官に顔を見られる事はない。
にやけ放題だ。
「まだ執務開始までは時間があるから、もうちょっとだけここに居ても良いかしら?」
「良いわよ、甘えんぼさん。たっぷり眠った後だから、お話相手が欲しかったところだし」
「・・・じゃあ、指揮官のお話を聞きたい。指揮官がグリフィンに来るまでのお話」
「そうね、フィアンセなんだもの。私の事、ちゃんと話しておかなきゃいけないわね」
執務開始までの数時間、指揮官は私が知らない指揮官の昔話しを聞かせてくれた。
例えその話しの内容がどのようなものであれ、大切な人の歩んできた道を垣間見れたその時間は、何物にも代えがたい特別な時間だった。
AM5:36
相も変わらずスペシャリストの朝は早い。
何の前触れも無く眼が覚め、起き上がりついでに身体を一杯に伸ばす。
視界が効いてきたところで枕元に置かれたアラームに眼を向けた。
設定した時間4分前。アラームが鳴る前に起きれると、なんか勝った気分になって少し気持ちが良くなる。
カーテンを開ければ、外は今にも雨が降り出しそうな一面の曇天だ。
本日出撃予定の部隊の為に雨天装備を用意しておかなければいけない。
顔を洗って完全に眼を覚ませたところで着替えを開始する。
しっかりとアイロンかけされた純白のジャケットを羽織り、髪をいつも通りの形にさっさと結わいていく。
自室から出て、まだ人の気配もほとんど無い廊下を歩く。
角を1つ曲がって、2つ曲がって、3つ曲がったところでいつもの顔ぶれと出くわした。
「おはようございます、副官」
「おはよ~、ネゲヴさん」
早朝トレーニング常連のファマスと、その横にいるのはFNCだ。
「おはよう。2人とも、今日も頑張ってるみたいね」
「ありがとうございます。今日も1日よろしくお願いします」
1週間ほど前の任務以来、この2人はこうして一緒に早朝トレーニングにするくらいに仲良しになれたようである。
硬すぎるファマスと柔らかすぎるFNCなので、ちょうど良い組み合わせだと思えなくもない。
友達を増やしたい、と言っていたファマスの願いがちょっとだけ叶ったようで何よりだ。
「これからファマスの部屋で朝食なんですけど、ネゲヴさんも来ますか? 今日はチョコレートトーストを作るんですよ~」
「お誘いありがとう。でも、これから行くところがあるから」
「あっ! そうでしたね。引き留めちゃってごめんなさい」
気にしないで、と手振りで返して2人と別れる。
そうして、エレベーターフロアの手前で、これもまた見る顔と出くわした。
「あぁ~・・・ネゲヴ副官だ。おはよ~ございますぅ」
「はい、おはよう」
RFBは、まるでゾンビの様な歩き方と顔のやつれ具合。また、徹夜でゲームでもしてたのかと思われるかもしれないがそんなことはない。
ヘリに限らず、グリフィンの備品に対してのハッキング行為というのは、例外なく重大な違反
行為にあたる。
今回は非常事態だったという事もあって情状酌量の余地を認めてもらったが、それでもメガ盛りの始末書を提出させられる事になってしまった。
1日2日で片付くような量ではなかったので、私も少しだけ手伝いつつ、昨晩というかもう今朝なのだろうようやく片が付いたみたいだ。
「今日は非番にしてあるから、ちゃんと休みなさいね」
「あぁ~・・・ゲーム・・・ようやくゲームが出来る・・・ヒヒヒ」
私の話しが聞こえてるのかどうか、RFBはよたよたと自室に向かって歩いていく。
ちょっと可哀想なようだが、これも企業に属する者の運命。社会というのはかくも厳しいものなのだ。
いちおう、RFBが真っ直ぐ歩いている事を角から確認してエレベーターに乗る。
グリフィン職員区画で降りて、すぐそばの指揮官の部屋に到着する。
左手を認証パネルに当てて指輪を読み込ませると、静かにドアが開いてくれた。
この基地内で私だけに許された認証。そう思うだけで、つい笑みが零れてしまう。
「おはよう、指揮官。すぐに朝食を用意するから、さっさと起きなさい」
部屋を横断しながら、ベッドに潜り込んでいる指揮官に声をかける。
こんなスムーズに室内を歩けるようになったのは、つい2日前の事。それまではゴミが散らかっていて足の踏み場もなかったのを、私と指揮官で大掃除したのだ。
戦術人形にあてられたものより2倍以上も広く、設備も段違いに良いこの部屋が羨ましくて仕方がない。
「え~っと、卵とチーズ。スクランブルエッグかな」
卵とチーズを取り出し、ボールの中で掻き混ぜる。
その合間にトースターにパンをセット。FNCの話しを聞いて食べたくなったので、傍にチョコレートソースを置いておくのも忘れない。
温めたフライパンの上に卵を流し入れ、ゆっくりと掻いていく。
卵が程良い硬さになりはじめ、トースターからパンが飛び出すまであとちょっと・・・といったところで、振り返り際に背後の不届き者にフライパン返しを突きつけた。
「料理人の背後をとろうなんて、良い度胸してるじゃない。ええ?」
「ご、ごめんなさい。ネゲヴの背中を見てると、つい襲いかかりたくなっちゃうのよね~」
ホールドアップしている指揮官のおでこに、このアツアツのフライパン返しを、ジュッ! て
してやってもいいのだが、今日はやめておく。
だが、3度目は無いという事は覚えておいてもらおう。
「食器類を並べておくわね」
「ついでにトーストも用意してもらっていい? もうすぐ出てくるはずだから」
「りょ~かい」
指揮官も慣れた様子で食事の準備を手伝ってくれる。
これまで、朝はカロリーバーだけで済ませていた女だとは思えない変わりっぷりで私は大変満足である。
スクランブルエッグをお皿に盛り、彩りにプチトマトを添えてテーブルに持っていく。
「うわぁ、美味しそうだね!」
「そんなおおげさな。これくらい大した事ないんだから。・・・って、何これ?」
「私の愛をたっぷり乗せたトースト! たっぷり食べてね♪」
トーストの上には、私が用意したチョコソースで大々的に描かれたハートマークにLOVEという文字。
もう、恥ずかしくて仕方がないのだが、そんな指揮官を怒れないあたり、私も相当な甘ちゃんである。
「みんなの前では絶対にやらないでよね。はい、いただきます」
「いただきま~す」
手を合わせて食事を開始する。
指揮官と一緒に食べる朝食は、これまで1人で採っていた食事が何だったんだろうと思えるくらいに美味しく感じる。
たぶん、他の人形の娘達と食べてもここまでの幸せは感じない。
指揮官が、私にとって大切な人になったからこそ感じる幸せなのだろう。
いつまでも浸っていたいこの幸福を守っていくのは、けれども、簡単な事ではないのだと思う。
指揮官と誓約をして、それをグリフィンに受理してもらった際に上官であるヘリアンが私だけに話してくれた事がある。
指揮官は作戦指揮能力が非常に優秀である半面、かつての職場での出来事が原因で精神面に問題をかかえているのだという。
私がロストした際はその問題・・・私達、戦術人形に入れこみすぎた事が影響してトラブル寸前にまで発展、もう少し酷ければ、指揮官は解雇されていてもおかしくない状況にまでなっていたようだ。
指揮官の過去を聞いた私は、彼女がそうなってしまう理由がなんとなく分かる。
だから、彼女がそうならないように支えてあげられるのも私だけだ。
仰せつかった役割はこの身に変えても・・・いや、これじゃあまた1週間前の二の舞になっちゃうか。迅速かつ安全確実に遂行してみせる。
それが、私ことネゲヴのスペシャリストとしての流儀なのである。
END
無事に基地に帰れて、指揮官との誓約もできて、大団円なネゲヴちゃん。
そもそも、ネゲヴのお話を考えようと思ったきっかけは、前作での扱いがちょっと可哀そうだったかな? と思った事に端を発するので、甘々な内容になるのは、まぁ、
必然だと言えます。
今後もシリーズ化で続けていけたらいいなぁ~、と思っているので、気に入っていただけた方はお楽しみにしていてください。
また何週か後に投稿予定の新作も、どうかよろしくお願いします。
以上、弱音御前でした~