恋するメジロマックイーンは怪我にも抗いたい   作:ジャスSS

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愛しい貴方へ、愛してます(下)

 ────

「トレーナーさん!」

 

 控室に向かうと、劇の為に全力でおめかしされたマックイーンが。

 その姿に一瞬息を飲んだが、冷静さを取り戻し、同じく部屋にいたマンハッタンカフェと劇について相談していく。

 

「話は聞いた。 とりあえずはリハの通りに動けばいいか?」

「はい、参加してくれたリハから変更はありません。 それ以外で確認してほしいことは──」

 

 リハーサルで扱わなかった部分について確認していく。

 といっても、劇後の舞台挨拶からの引退式に関することなので俺が主体になって行うことはそんなにない。

 

「了解。 じゃあメイクしてくるけど──」

 

 カフェに指示されるがまま、目当ての場所に向かう。

 そこで化粧や衣装への着替えをするわけだが、どうしてか本来必要ない俺専用の衣装が用意されているのだ。

 リハの時から存在していたそれがどうしてあるのか、誰が用意したのか、そもそも使う機会ねえだろ、と色々最近考えてはいたのだが、まさかここにきてこれが効いてくるとは。

 準備してくれた見知らぬ誰かに感謝しないと。

 

「待って」

 

 控室を出ると、ジュリエットになっていたマックイーンが俺の裾を引っ張る。

 どうした、と振り向きながら声を掛けると、彼女は深呼吸を二度ほどして、貴顕たる瞳を映して口を開けた。

 

「……今日はわたくしに、全てを任せてくださいませ。 名優として、貴方を導いてさしあげます。 だから……」

 

 すっと身を寄せ、腕を俺の背中に回してから、耳に近づいて囁く。

 周りにはスタッフさんや出演者が忙しく動いたりしていたのだが、全くそんなことを感じない程世界が狭く感じた。

 

「大丈夫。 貴方とわたくし、二人が揃えば、何も怖いものはありませんわ」

 

 その声に体中がゾクッとしたが、どうしてか多量の安心感も身に付いた。

 五年間、共に駆け抜けてきた人と紡ぐ集大成。

 それが失敗に終わるわけがない、という自信がひしひしと伝わる。

 さすがはメジロマックイーン、最強のウマ娘だ──だが俺も、先生と約束したのだ。

 

「ありがとう……でも、俺だってリードされてばかりじゃいられないから」

 

 抱き返し、囁くとまではいかない、しっかりとした声色で宣言する。

 自然と腕に力が入ってしまったが、彼女も同じように力を強めてくれたから、知らぬうちに抱擁は強固なものへと化していた。

 全身に伝わる小さな体の感触が、庇護欲を掻き立たせる。

 

「……トレーナーさん、ちょっとよこしまなこと考えてません?」

 

 顔だけをぴょこっと出したマックイーンが意地悪い笑顔で問う。

 

「まさか。 守らなきゃいけないなって、ちょっと思っただけ」

 

 ちょっと気障に返してしまったが、当の彼女は顔を赤くしていた。

 

「も、もう……調子の良いことだけはすぐにおっしゃるのに……」

「ちょっとした仕返しだ」

 

 微笑みを交わし合う。

 

「でも、そんなことを言えるのでしたら何も心配はありませんわ。 さすがわたくしのトレーナーさんです」

 

 珍しく素直に褒められたからか、俺も少し体温が上がっていく感覚を覚える。

 それを知ってか知らずか、彼女の顔は慈愛に満ちた様相になっていた。

 

「……では、いってらっしゃいませ」

 

 そうして彼女は腕を解く。

 そうして解放された俺の体は、彼女と反対方向に向いて歩みだす。

 ごくわずかな触れ合いの時間だったが、この身にパワーがもたらされた気がする。

 

 大丈夫、大丈夫──

 

 心の中で唱えて、勝負の時を迎える。

 

 

 

 

 

 ────

 舞台袖に着くと、観客が織りなすざわざわとした声が大きくなる。

 普段はウイニングライブで立つこの場所が、いつもと違うように感じた。

 しばらくしたら、私はトレーナーさんとともに舞台に立つ。

 まさかフジキセキさんが離脱するとは思わなかったが、過ぎてしまったことを考える余裕はない。

 今自分にとって大事なのは、トレーナーさんをいかにエスコートできるか。

 いくらリハーサルもやったとはいえ、今回のトレーナーさんは代役なわけで。

 一番熟練してるだろう自分が、彼を精一杯引っ張らなくてはいけない。

 しかし不安がないわけではない。

 私はこれまで、彼にエスコートしてもらってばかりだった。

 トゥインクルシリーズで走ることができたのも、GⅠを何度も勝てたのも、こうやって引退式を開けたのも。

 すべてすべて、トレーナーさんが私の手を引いてくれたから。

 そんな私が今日いきなり、彼の手を引こうとしている。

 なんて無謀な思考なのだろう。

 だが何故か、できるという絶対的な自信が私の頭に付いて回る。

 きっと、彼のことが好きでしょうがないから、死に物狂いで頑張ろうと思えるのだろう。

 

 ふと、少し離れた場所にいた愛しい人を見つめた。

 役にハマり込み、心優しくも気弱なロミオになったトレーナーさんを見ると、どうしても母性が湧き出てしまう。

 ずっと認知してたが、やはり自分はあの人のことが好きなようだ。

 

 今日この引退式が終わった時、私は彼の何になるのだろう──

 

 そのことに恐怖していた時もあったが、ライスさんと話したこともあってか、今まさに心が決まった。

 

 ──今夜気持ちを伝えよう、大好きだと。

 

 受け入れてくれないかもしれない。

 でもいずれ伝えるのでしたら、早い方がいいでしょう? 

 なら今、その勇気を振り絞る。

 彼と永遠の愛を、結ぶために。

 

「トレーナーさん、わたくしだけを見て……」

 

 遠くにいる愛する人へ、誰にも聞こえないような小さな言を送る。

 きっと彼はまた、自分がマックイーンを引っ張る、などと考えているだろう。

 実際先ほどその類のことを告げてたわけで、やはり私のトレーナーさんだなと感じざるをえなかった。

 でも、今日だけは私に全てを預けてほしい。

 頼りないと思ってるのかもしれないが、私は彼の隣に立つべくずっと努力してきた。

 

 貴方が大好きだから、貴方とずっと一緒にいたいから──

 

 この想い、鈍感な貴方に分かってもらえるかしら? 

 多分、この式を終えても彼は気づかないままでいるだろう。

 まったくもって、世話の焼けるトレーナーさんだ。

 女の子のこんな分かりやすい気持ちを無視するなんて、私以外じゃ誰も許してくれないだろうに。

 そのくせ恋のこと以外は凄く鋭いし、わずかな変化もすぐに見抜いてくる。

 誰よりもウマ娘たちに誠実で、私たちを勝たせる為なら自分を限界まで虐めることも厭わない。

 私が隣にいないと、彼はいつか儚く消えてしまう。

 でも隣にいたらいたらで、隙を見せたらすぐ調子に乗って私に意地悪してくる。

 だけどちゃんとするときは私よりもちゃんとしていて、ずっと敵わないと思ってさえいた。

 そんな姿を他の子にも同様に見せていたら、嫉妬するなというのは無理な話だ。

 まあ、そんな彼だから私は好きになったわけだが。

 

「もう少しで五年か……」

 

 無気力で生きていた日々も、夢に向かって進んでいた日々も、全てを思い返した。

 あっという間に駆け抜けたトゥインクルシリーズの、トレーナーさんとの最初の五年間の、集大成を見せる時。

 

「本日は、ウマ娘・メジロマックイーンの引退式にお集まりいただき──」

 

 アナウンスが鳴り、始まりの時が近づいてることを告げられる。

 拳を強く、強く握りしめた。

 

 ──さあトレーナーさん、皆様を魅了させましょう。

 

「──開演でございます」

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 ────

 突然の準備でも、意外となんとかなるもんだ。

 稽古を真面目にやってきた分貰った、神様からの褒美だろうか。

 劇はつつがなく、順調に進行していき、そろそろジュリエットとの結婚式──つまり、第一幕の終わりが近くまで来た。

 最初の難関である仮面舞踏会も、彼女のリードのおかげで綺麗にできたので、とりあえずは一安心だ。

 マックイーンの方はさすがの安定感、名優の名に相応しい好演を続けている。

 万事異常なし、このままいけば成功間違いなしのはずだ。

 

 ただ一つだけ、少し不安な点がある。

 愛を確認し合うバルコニーの場面ではキスをするのだが、さすがにこの場で本当にキスするわけにはいかない。

 なのでちゃんと演技のキスをリハーサル通りしたが、その際にどうしてかマックイーンが一瞬むすっとした顔を見せていたのだ。

 ちゃんと観客に見えないように表情を変えていたので、劇になんら影響はないのだが、何か妙なメッセージを送られた気がして落ち着かない。

 いくらマックイーンとはいえ、こんな大事な舞台で仕掛けてくるとは思えないが──

 

「ロミオ様は午後の礼拝の時間に、礼拝堂でお待ちしていると……!」

 

 と、そろそろ舞台に出る為に準備しなくては。

 青を基調とした衣装に変えて、神父役のマチカネフクキタルと共に所定の位置へ向かう。

 

 幕が上がると、マックイーンが扮してるジュリエットと乳母さんが舞台の手前に、彼女たちを待ち受けるロミオと神父が奥に。

 ジュリエットは結婚式用に赤をたいそう強調した衣装に身を包んでいた。

 二人はそのまま、神父様の導きのままに粛々と儀式を進めていき、そして最後の誓いのキスまでやってきた。

 もちろんキスはふりだけだが、先ほどのことがわずかに頭にちらついて離れない。

 さすがに大丈夫だろう──と信じながら、顔を近づけていく。

 

 劇におけるキスの基本は、男性が女性の顔を観客に見せないように覆って行う。

 こうすれば振りであっても不自然でなく、鑑賞に集中している観客に水を差さないような仕組みになっている。

 とはいえ劇場というのは席によって見える角度が違うわけで、完全に防げるわけではなく、場合によっては見えてしまうこともあるわけで。

 だから本当に口付けしないようにはしてきたのだが──

 

「……んっ」

 

 マイクも拾わない小さな息遣いの直後、触れてしまう暖かいぬくもり。

 間違いなくそれは、メジロマックイーンの唇であった。

 驚いて声が漏れそうになるも、なんとか抑えて冷静な顔を保ち続ける。

 幸い触れた時間はごくわずかだったものの、キスをしたという事実だけが俺の頭を混乱させにくる。

 

 しかし時は止まってくれない。

 進行に支障が出ないように演技を続け、なんとか幕が下りるまで混濁する頭を我慢させた。

 

「第二幕は、20分後──」

 

 幕が下りるとマイクは切られるので、ここでせき止めていた感情を吐露させる。

 

「嘘だろ……」

 

 素直な気持ちがつい出てしまったが、そのくらい衝撃的な出来事だったのだ。

 とにかくすぐにでもマックイーンに確認しなくてはいけないか。

 

 

 

「マックイーン」

 

 確認の為入ったマックイーンの控室に入ると、彼女は案の定椅子にちょこんと座っていた。

 俺の存在に気づくやいなや、椅子の上で体育座りをし、膝で口元を隠しながらこちらに向けてた目線を意図的にずらしてきた。

 

「……なんですのわざわざ」

「わざわざって……」

 

 反抗期の子供のような態度をとるマックイーン。

 ようやくこっちに向けてくれた瞳からは、今不機嫌ですと言わんばかりに訴えていた。

 でも色々訊きたいのはこちらの方なのに、そんな顔をされても正直困る。

 

「時間もないし、短く言うけど……」

 

 俺が話し始めると、彼女はすっと身構えてくる。

 

「二幕の方ではちゃんと、我慢しろよ」

「……どうしてです?」

 

 細目で構成される眼差しが突き刺さる。

 多分彼女もなんだかんだ分かっているからこそ、こうやって顔を少し隠して感情も隠そうとしてるのだろう。

 ならば少しだけ、彼女を甘やかしてやれば案外折れてくれるかもしれない。

 

「……今すれば我慢してくれるか?」

 

 彼女に近づいて顔を覗き込む。

 白い耳がぴくっと動き、明らかに嬉しそうに体をよじらせる。

 しばらく待つと彼女は小さく頷いた。

 

「はい、それじゃ口出して」

 

 彼女は言われるがまま膝を下ろして口を曝し、早くしなさいと言わんばかりの不愛想な面持ちの顔をちょっとだけ突き出してくれた。

 

「じゃあするぞ」

 

 気が迷わないよう、すぐに口付けをする。

 劇中のと違ってちゃんと認識して臨むキスだからか、口紅の独特な味がマックイーンを圧倒してしっかりと感じられた。

 下で見えるマックイーンの顔はお化粧のせいかいつもより妖艶な雰囲気が出ていて、下手をすれば悩殺されてしまうほどの綺麗さを誇っていた。

 

 長い時間付けた唇を離すと、名残惜しかったのかマックイーンに顔を掴まれて再び口づけさせられる。

 さっきのようなソフトなキスでなく、乱暴に押し付けられるようなキス。

 しかしこのキスはすぐに終わり、マックイーンは荒い息をしながら掴む手を離す。

 口元のファンデーションは少し剥がれてしまっており、早急に化粧が必要となりそうだ。

 

「……これくらいならすぐに直せますわ。 トレーナーさんも同様です」

 

 マックイーンに言われてようやく自分も同じであると察する。

 控室にある鏡をチラリと見ると、確かに自分の化粧も同様に落ちてしまっていた。

 

「ほらトレーナーさん、顔を貸してくださいませ」

 

 思わずポカンとしてしまったが、マックイーンに腕を引っ張られて鏡の前に座らされると、軽く化粧直しをされる。

 慣れた手つきで化粧品を扱う姿には、出会った頃の子供っぽさが抜け、大人になっているのだと感じざるをえない。

 そんなことを思ってるうちに、マックイーンによるメイクが終わったようだ。

 

「はい、これで大丈夫ですわ」

 

 そう言うと彼女は次に自分の化粧を隣でやり始めた。

 しばらくは話しかけないでおこうと、自分の顔が映る鏡をじっと黙って見ていたが、マックイーンがふっとこちらを見て甘い声でこう言ってきた。

 

「……時間が来るまで、そばにいてくださいます?」

 

 いつもより割増で綺麗に、美しく、魅惑的な彼女からのいつもと同じおねだりに、俺はやはり承諾した。

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 ────

 第二幕。

 ロミオとジュリエットの結婚は瞬く間に広まり、キャピュレットとモンタギューに大きな衝撃を与えた。

 特にかねてよりジュリエットに好意を寄せていた従兄のティボルトは、ロミオを殺すと決意し若衆を連れてモンタギューの者たちと殺し合いに。

 ロミオの友人マーキューシオを殺害すると、それに憤慨したロミオによって自身も殺されてしまう。

 街を治める大公は、そんな悲しい事件の責任をロミオに求め、彼にこの街からの永久追放を言い渡した。

 処分を受けたロミオはジュリエットと一夜を共にしたいと、期限となる翌朝までの時間を彼女の寝室で過ごし、陽が昇る直前、ヴェローナの街を出て行った。

 一方キャピュレット家はジュリエットとパリスの婚姻を勝手に決めるも、それを心底嫌ったジュリエットは神父に助けを求める。

 神父がそんなジュリエットに渡したのは、42時間仮死状態になる毒薬。

 その薬で家の人間に死んだと思い込ませ、墓場で生き返ったタイミングでロミオと合流、そのまま駆け落ちしようという計画であった。

 そして計画は実行され、予定通りジュリエットは墓場に運ばれることになり、あとはロミオの合流を待つだけだったが──

 

 

 

 

 

 ────

 二幕でも通常通り進んでいく劇。

 そして遂に、最後の場面が。

 俺が舞台に立つと、せりだされた台の上に、マックイーン演ずるジュリエットが横たわっている。

 死んだふりとはとても思えない、安らかな顔。

 ロミオは本来、神父の出した使いによってジュリエットが仮死状態であることを知る手はずだったのだが、運命の悪戯か、使いの者と行き違いになってしまい、ジュリエットが本当に死んでると勘違いしてしまっている。

 ロミオはまず、ジュリエットが死んでしまってることを確認する為肌に触れていく。

 仮死状態のジュリエットの肌は当然冷たく、死んだことを確信したロミオは悲しみの中で呟く。

 

「あなたが死んだ世界に、もう未練はない。 この毒薬が手に入ってよかった……」

 

 という感じでロミオは腰につけていた毒薬を手にし、そのまま口に全て突っ込ませた。

 まだ目覚めないジュリエットのそばで、ロミオは苦しみながらも、彼女の手を取って生涯を終えた。

 

 それを演じ切った俺は今、マックイーンの手を取りながら台の上で横たわって進行を待っている。

 しばらくすると隣の方で音がして、マックイーンが動き出したのを察する。

 今度はジュリエットがこちらの死を確認する番──だが一つだけ、懸念点がある。

 というのもジュリエットはロミオの死を受けて自殺を試みるのだが、最初に試すのが彼の口に残った毒を摂取して死ぬとかいうふざけた方法なのだ。

 一応リハーサルでは上手いこと隠して実際にキスしないようにしていたものの、一幕のことを考えると本当にキスしてもおかしくない。

 途中、寝室の場面があってそこでは普通にキスの振りをしていたのだが、ここでしないとは限らない。

 

『二幕の方ではちゃんと、我慢しろよ』

 

 休憩中の約束が頭の中を駆け巡る。

 マックイーンというウマ娘は、約束は絶対に守る律儀な子ではあるが、ことこれに関しては信用できない。

 

「ロミオ、起きて。 これからは、二人だけの世界が待ってるのよ」

 

「どうして起きないの……? ……っ!?」

 

 ロミオの胸に触れ、死んだことに気づいたジュリエット。

 色々と嘆いた後、自殺しようと、まずはロミオの唇に──

 

「……っ」

 

 ──触れてはこなかった。

 いや、ストーリー的には触れているが、マックイーン自身は俺の唇に触れてこなかった。

 色事に関しては我慢を知らないマックイーンが、ちゃんと自らを律することができるなんて──

 少し感心してしまったけど、よくよく考えればこれが普通のはずなんだがな。

 しかしこれは、劇の後に色々おねだりされるような気もする。

 

 

 

 その後、ジュリエットはロミオが持ってた短剣を胸に刺して絶命。

 深く愛し合っていた二人の死に両家は悲しみながらも、この悲劇を生んだのは自分たち自身だと知ると、手を取り合って争いをやめることを神に誓い、幕が閉じられた。

 

 

 

 ────

 閉められた幕の向こう、観客席から割れんばかりの拍手が轟く。

 そうか──自分は今、課せられた任務を見事果たせたのだ。

 目を覚まし、隣のマックイーンを見遣る。

 彼女は横になったままではあるが、安堵の表情でこちらを見ていた。

 なんて気の抜けた顔だろう──と思えるのも僅かの間。

 すぐに舞台挨拶、そして引退式が行われる関係上、我々はすぐに立ち上がって準備をしなくてはならないからだ。

 体を起こし、先に台を降りようとすると、手を掴まれる感触がした。

 

「……ん」

 

 言葉を発さず、目の動きだけで俺に指示するお嬢様。

 劇中ずっと俺をエスコートしてくれた彼女による、少しくらい甘えさせろという合図。

 俺はコクっと頷いて、彼女の手を取り舞台の前まで案内した。

 

 やがて出演者全員が舞台上に顔を出すと、閉じられた幕が開けられる。

 再び拍手に包まれる会場の中で、マックイーンが前に出て挨拶し始めた。

 

「……本日は、わたくし、メジロマックイーンの引退式にお越しいただき──」

 

 

 

 

 

 ────

「トレーナーさんっ!」

 

 ようやく果たせた自分の責務。

 引退式が終わり、すぐさま化粧を落とした私はトレーナーさんの胸に飛び込んでしまった。

 しかしそんな私でも、トレーナーさんは優しく包み込んでくれる。

 彼の腕のぬくもりが私に伝わる。

 

「わたくしの演技、どうでしたか? 観客の方は拍手を送ってくださいましたが、トレーナーさんは……」

 

 一番近くで見てくれた最愛の人へ、いの一番に聞く。

 こんな質問をするのは当然、今日の自分に自信があるからだ。

 

「とても良かった。 本当に……俺を引っ張ってくれたんだな。 ありがとう」

 

 ありがとう──

 何の変哲もない感謝の言葉なのに、その一言で私の胸は鼓動を勝手に早める。

 今日、この日の為に頑張ってきた甲斐があるというものだ。

 まあ、こんな形になるとは、とても思わなかったけども──

 

「でもこれが、わたくしが浴びる最後のスポットライトになるのですね……」

 

 数分前のあの時を思い起こす。

 三年前、京都で初めて味わった数万の人の注目。

 最初は慣れなかったが、数をこなしていくうちに自然となれていき、今では緊張なんてものは全く感じなくなっていった。

 しかし今日、その日々が終わっていく。

 それを自覚した途端、体の至る所から力が抜けていくような感覚を覚える。

 何か背負っていた、大きなものがすっとなくなったような感じだ。

 

「……マックイーン?」

 

 僅かな変化に気づいたのか、トレーナーさんが心配してくれる。

 

「すみません……全て終わったことを考えたら、気がふっと……これまで走ってきた先輩方も、同じ気持ちだったのでしょうね……」

「そうだな……」

 

 暖かい声のトレーナーさん。

 すると、頭の方が撫でられる感触が伝わってきた。

 昔、母様にされたものを想起させる、繊細な撫で方。

 

「涙袋も緩まるくらい、だからな」

「ふぇ……?」

 

 神経を研ぎ澄ますと、確かに泣いているような気が。

 それも大量に──これでは、トレーナーさんの胸が濡れてしまう。

 

「すみませんトレーナーさん! 今離れて──きゃっ!?」

 

 急いで彼の腕から抜けようとするが、逆に胸の方への勢いを強くさせられた。

 トレーナーさんの腕が、私をより強く抱きしめたのだ。

 

「あのな……その顔、誰にも見せたくないなって思って……いや、独り占めしたいとかそういうのじゃなくて、ふしだらな姿だから──」

 

 あれこれと言い訳を並べていくトレーナーさん。

 赤くなった顔を見ると、照れ隠しなのは見え見え。

 しかしそれは可愛いと思ってくれてるわけで、嬉しくないわけがない。

 私も同じく熱を帯びてしまう。

 

「分かりましたわ……この顔は、貴方専用です。 他の誰かには、絶対に見せませんわ」

「……そうしてくれると助かる」

 

 無理に決まった顔をする姿もまた可愛らしい。

 だから意地悪したくなるのだけれど、今日はそれよりも伝えたいことがあるのだ。

 

「……トレーナーさん」

「どうした?」

 

 トレーナーさんの顔にドキッとしてしまう。

 ここで言ってしまうのは、少し浪漫に欠けるから──

 

「その……この後、寮の前で待ってていただけますか? ちょっとお話したいことがありまして……」

 

 目を瞑って返答を待つ。

 大丈夫と思っていても、怖いものは怖いのだ。

 しかし当の返答は期待した通りのものだった。

 

「いいよ。 というか、俺も話したいことあったし」

「……! では、すぐにでも準備をしなくてはいけませんわね!」

 

 そう言って、私はトレーナーさんによる拘束から抜けて自分の控室に入っていく。

 

「……ですからトレーナーさんも、早くしてください!」

 

 入る直前、彼の方に振り返って放った言葉は、できるだけ満面の笑みを志したが、しっかりとできただろうか。

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 ────

 12月24日の22時。

 街ではイルミネーションが美しく映えているこの時間が、待ち合わせ時間とされた。

 にしても、この寒空で待たされるのは少し堪えるが。

 

「お待たせして申し訳ありませんわ!」

 

 中山レース場から一旦、寮の自室に戻っていたマックイーンがやってきた。

 あれこれとコーディネートを悩んでいたからだろうか、待ち合わせに遅れて美しい彼女が登場する。

 翠玉色のダッフルコートを羽織ったその姿は、今までにない魅力が詰まっていた。

 

「お、来たか……初めて見るコートだけど、最近買ったのか?」

「え? えぇ……まあ……」

 

 素っ頓狂な声を出していたが、それほどに嬉しいからだろうか。

 可愛らしいな、と正直に思ってしまう。

 しかしそれよりも、気になることが一つ。

 

「ところで……あの車はメジロのものってことでいい?」

 

 俺が指差す先には、リムジンでなく高級そうな外車。

 違っているのなら恥ずかしいが、運転席にはじいやさんがいるわけで。

 

「そうですわ。 行きたいところに向かうために必要なので、呼ばせていただきましたの」

「そうか……さすがはメジロ家、リムジンじゃなくても高級外車だもんなあ……」

 

 少し苦笑いを浮かべながら言う。

 

「そういや、連れてきたいところって?」

「それは……」

 

 ウキウキとした彼女に腕を組まれると、そのままに車の中へ連れてかれる。

 

「着いてからのお楽しみ、ですわ!」

 

 

 

 

 

 しばらく車に揺られた後、あまり光のない場所で車は止まった。

 ここから先は徒歩で、というじいやさんからの無言のアドバイスなのだろう──マックイーンと共に外の世界に出る。

 

「ここか……」

 

 道中であらかた場所を察したが、あえて言わないまま行くことにした。

 それはマックイーンも同じのようで、二人で共に進む。

 ふと神経を研ぎ澄ましていくと、隣のマックイーンから大きな鼓動が聞こえるような気がする。

 

 

 

 しばらく歩いた後、ちょうどいい場所にベンチを発見したので、そこに座ることになった。

 

「到着、って感じか?」

「えぇ……ほら、トレーナーさん、上……」

 

 俺は空を見上げ、同じように彼女も空を見る。

 そこには、都内とはとても思えないほど煌びやかに光っている、無数の星々が。

 一つ一つ、一生懸命に明かりを灯していて、俺たちを照らしてくれている。

 

「……綺麗だな」

「今日が晴れで良かったですわ。 もし曇りだったら……」

 

 こんな景色は見れてない、と言いたいのだろうか。

 確かに、この好天じゃなければ見れないものがある。

 空を指差して、説明をしていく

 

「これ、マックイーンも聞いたことあるだろ? 多分冬の大三角だと思う」

 

 べテルギウス、プロキオン、シリウス。

 シリウスという名に惹かれて一度調べたことがあったが、まさかここで有効に使えるとは。

 しかし隣の彼女はニヤリとした顔を浮かべ、意地悪にもこう言ってくる。

 

「トレーナーさん、わざわざシリウスのことを調べたことがあるのでは? 普段はそのようなことに興味ないはずですが」

 

 ギクッ。

 さすがはメジロマックイーンだ──五年の間に繋いだキズナには敵わないか。

 

「ははっ……バレたか。 いや、少し気になってね……」

 

 思わず頭をポリポリと掻いてしまう。

 そんな様子を可笑しく感じたのか、彼女は微笑むように笑い出した。

 

「そんな笑うことじゃないだろ?」

「いえ、そうして頭を掻いてるのが可笑しいだけですわ」

 

 可愛らしい笑い声を入れた彼女の弁明に、俺はどうもこれ以上話すことができない。

 すると彼女の方も何も話さないまま、場に沈黙が続いてしまった。

 

 

 

 しかし今回は、どうしても伝えたいことがあるのだ。

 この沈黙は、ちょうどよく伝えれる好機かもしれない。

 

「「あの!」」

「「あ……」」

 

 見事に被ってしまった。

 いつもなら息ピッタリということで少し嬉しく感じるも、この場面では恥ずかしさと気まずさが勝る。

 

「トレーナーさんの方からどうぞ……」

「いやいやマックイーンの方から……」

 

 まずい、これは中々終わらないパターンだ。

 どちらかが妥協しなければ、何も発展しない。

 

「「じゃあ(では)、俺が(わたくしが)!」」

「「あ……」」

 

 また被ってしまった。

 こんな時にまた息ピッタリにならなくても、と少し自分を恨んだ。

 気まずさが頂点に達し、結局俺と彼女、二人とも何も話さなくなってしまう。

 この静寂を打ち破るには言葉を発さなくてはならないが、それで二回失敗してるわけで。

 どうすれば──そうだ、ボディタッチなら。

 すぐさま彼女の左肩に手を乗っけると、俺の右肩に何か乗せられてる感覚がした。

 

「トレーナーさん……?」

「マックイーン……?」

 

 その感覚の正体は、彼女が持つ珠のような右手だった。

 これまた、同じ行動をしてしまったのだ──ここまでくれば、もはや笑ってしまうレベル。

 

「……ふふっ、ここまで一緒なんて……わたくしたち、本当に息が合いますわね」

「そうだな……一心同体にしても、ここまではいかないだろ普通」

 

 さっきまでの静けさはなんだったのかと言わんばかりの、笑い声を含みながらの会話で安心する。

 恐らく彼女も、同じ感情を抱いてることだろう。

 

「……俺から言わせてくれ」

 

 しかし、次の段階では先手を取る。

 空いてる左手で彼女の右肩を掴み、正面に持ってこさせる。

 目の前のマックイーンは意を決したような表情を取り、俺は掴む手を少し力ませて、深い呼吸を一度、交わした。

 

 

 

「──メジロマックイーン」

 

 普段は言わないフルネームで。

 

「俺は……あなたのことが好きです。 俺とお付き合い、していただけませんか」

 

 

 

 ──これを伝えるまで、本当に時間が掛かった。

 真夜中でもハッキリと、彼女の火照った顔が分かる。

 きっと自分も、熱を帯びてることだろう。

 しばし無音の世界を過ごした後、目の前の彼女が口を開いた。

 

「わたくしで、いいのです?」

 

 そんな、当たり前のことを──

 

「君だからいいんだ」

 

 できるだけの笑顔を出して答える。

 すると、突然体の自由が奪われ──抱擁されてることを察した。

 

「……こんなわたくしでよければ、よろしくお願いいたします」

「……あぁ!」

 

 嬉しい。

 ずっと夢に見ていた、この瞬間。

 自分も彼女の背中に手を回し、抱き着き合って、互いの愛おしさを確認した。

 これまで何度もやってきた行動も、今結ばれた関係に変わって大事さを痛感する。

 

「トレーナーさん……」

 

 突如目の前に現れる彼女の顔。

 少し息が荒くなってるそれは、きっと彼女なりの誘惑の表情なのだろう。

 それに応えなければ。

 

「……分かった」

 

 暖かく白い息を掛け合い、息を合わせる。

 目を瞑って待つ彼女の唇を塞ぐ。

 今までに何度もしてきたこの行為も、恋人というフィルターを通すともっとしたくなる。

 

「……んっ」

 

 少し待つと、口腔内に何か入る感覚が。

 これはまさか、舌だろうか──

 しかし恋人という名の下の魔力からか、拒絶することなくすぐに呼応して舌同士で絡め合っていく。

 なんてはしたない、卑しいものだろう。

 彼女がたいそう、色っぽく見えた瞬間だ。

 

 しっとりと、永い接吻を交わしていった。

 

「……ぷはぁ」

 

 長い長いキスを終えると、二人の口が支えとなって銀橋がかけられた。

 紅潮してる顔などもはや当然で、吐息が僅かに純白な顔を取り戻そうとしているだけ。

 

 

 

 すっと、寒い風が我々を襲った。

 

「……もう帰ろうか」

 

 彼女を冷えさせてはいけない、そう思った俺は腕を解いて立ち上がると、彼女も追従して立ち上がった。

 

「あ、それなら……」

 

 突然にカップルがする腕組みをされた後、俺の懐に潜り込んだ彼女は上目遣いで頼み込んでくる。

 

「先ほど、外泊申請をしてきまして。 今なら、貴方の家に泊まることもできますわ」

「……っ」

 

 やはり、彼女の上目遣いは何よりも破壊力がある。

 これに勝てる人はいるのだろうか、そう思いながら俺はしっかりと答える。

 

「……いいよ」

 

 年頃の少女を家に連れていくという、かなりの背徳感を感じるこの状況。

 もし、理性を失ってしまったら──

 彼女を悲しませないことだけは誓おう。

 

「では行きましょう! こんな夜では、温まるものも温まりませんわ!」

 

 強く引っ張られた腕を頼りに、来た道を引き返していった。

 空では一等星シリウスが、俺たちを優しく見守ってくれていることだろう。

 

 

 

 

 

 ────

 初めて訪れる好きな人の家。

 胸は高鳴るのみで、抑えつけることもままならない。

 

「あまりここからじゃ星が見えませんわね……」

「そりゃ、周りに建物があるからな。 さっきのは周りになんもないからこそ、鮮明に見えたんだ」

 

 窓に身を乗り出した私の後ろから、彼も身を乗り出していた。

 上は夜らしい暗い空模様が広がっていたが、左右や正面を見るとイルミネーションで彩られた世界がある。

 

「でもいいのか、窓開けて。 このままだと匂いが……」

「いいのです。 むしろ、これを周りの方々に自慢したくなってきましたの」

 

 小悪魔的な顔をしながら、彼に答えた。

 きっと彼はこの顔が好きだろうから、少し前から意図的に行っている。

 それに打ちひしがれる彼の姿は、それはもう可愛くて可愛くて。

 しょうがなくなるから、意地悪するのだけれど。

 

「そんな自慢することでもないし、近所迷惑になるんじゃ……」

 

 不安そうな彼の表情に免じて、ここまでにしておくか。

 

「むう……それなら、閉めておきますわ」

 

 そう言って、寒風を運んでいた窓は閉めると当然、またも私たち二人の世界が続く。

 

「よし、それじゃ……」

「……えぇ」

 

 

 

 リビングに心を戻した私たちは──炬燵の中に入り、その上に置かれてるものに目を遣る。

 そこには──

 

「なんて美味しそうなホットケーキなのでしょう……!」

 

 家に着くなり、お腹が空いてしまった私の為にと彼が作ってくれた、愛情籠るホットケーキ。

 炬燵の上に何枚も積み重なった、こんがりとした焼き目に目が眩んでしまう。

 こんな夜中になんて、現役の間は全く許されてなかったが、今日でそれは終わり。

 とはいえ、さすがに何度もしていいわけではないけれど。

 

「ほら、はちみつ。 それともキャラメルの方が好きだったかい?」

 

 取り出されたそれを見た私にふと、ある考えがよぎる。

 

「ふむ……それなら、こうやって……」

 

 二つの見るも分かりやすい甘味を両方手に取り、はちみつは私の方へ、キャラメルは目の前の彼の方へかけていった。

 

「こうすれば、どちらのも食べれるでしょう?」

「強欲だなぁマックイーンは」

 

 強欲なんて、あまりに言い方が悪すぎる。

 

「効率が良いと、おっしゃってくれません?」

 

 分かりやすく頬を膨らませて不平を通したが、彼に届いただろうか。

 だが彼の方は、そんな私をじっと黙って見続けたまま。

 まさかこんな頬をつまんでみたい、などと思っていないだろうか。

 いやそれもまた良いのだけれど。

 しかし何もないなら、目の前のホットケーキの方に注力しなくては。

 

「いただきます」

 

 さてさて、お味の方は。

 ──はちみつがホットケーキに絡み合って、ただでさえ甘いホットケーキを更に甘くしている。

 

「うーん……美味ですわ」

「それは顔で分かるよ。 うっとりとしてるもんな」

「トレーナーさんも食べれば、同じようになりますわ……ほら」

 

 私が持つフォークを彼のホットケーキに刺し、そのまま彼の口元に運んでいく。

 そして彼が好きであろう、甘い言葉を並べていった。

 

「ほら、あーん」

 

 口を開けて待ってくれている彼に、ホットケーキを与える。

 どうだろうか、美味しいだろうか。

 

「──これは美味いな。 自分で作っておいてあれだけど」

「もっと自信をもってくださいませ。 美味しいものは美味しいのですから」

 

 確かにな、と相槌を打つ彼は、今度はご自分のフォークでホットケーキを食す。

 ──あら、口元にキャラメルが。

 気づいたわたくしが、取って差し上げなくては──

 

「あの、トレーナーさん」

「ん?」

 

 呆気にとられる彼を尻目に、私は立ち上がって隣に近寄る。

 

「少しじっとしてくださいませ……」

 

 そのまま、彼の口元に近づいて──

 

「んむ……」

 

 舐め取るように、口元に付いたキャラメルを取ってあげる。

 驚いているからか声を出せない彼に構わず、私の舐め取りは強さを増していく。

 そのまま、全てのキャラメルを吸い取って──

 

「……ごちそうさまでした」

 

 美味しさか、それとも卑しいことをした興奮か、体の熱が危険な域まで達してしまう。

 

「口元にキャラメル、付いてましたわよ?」

「あ……そういうことか……」

 

 あまりに呆然とする彼にもっともっと色んなことをさせたくなるが、さすがに我慢しなくては。

 今は愛しいこの人と、この甘味を共に味わう時間なのだから。

 

「さて、冷めないように早くいただきましょう?」

「あぁ」

 

 互いにホットケーキを食すこの瞬間。

 目の前には好きな人がいて、味を二人で語り合い、笑顔を絶やさず過ごしていく。

 今までもあった幸せだけど、これからは恋人としてこの幸せを享受できる。

 この五年間、私たちの前には沢山の障害が立ちふさがり、時には私たち二人にも壁ができることがあった。

 それでも綿々と繋いだこのキズナが今、赤い糸として結ばれている。

 これからもきっと、沢山の壁が私たちの行方を阻んでいくだろう。

 それでも、この方となら──

 

「ねえ、マックイーン」

「どうしましたの?」

 

 いじらしそうに、彼は聞く。

 

「……俺のこと、好きか?」

 

 そんな当たり前のこと、考える必要もない。

 

「大好きという言葉では足らないくらい好きですわ……それとも、こちらの方がよろしかったかしら?」

 

 微笑みを越えて。

 愛しい貴方へ──

 

「愛してます」

 

 

 

 

 




 お待たせしました。
 そして最終回は次回です。
 なんかもう終わりみたいな雰囲気出してますけど、もうちっとだけ続くんじゃ
 という感じで、どうぞ次回もよろしくお願いします。

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