恋するメジロマックイーンは怪我にも抗いたい   作:ジャスSS

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愛しい貴方が、憎くて(上)

 ────

 マックイーンが足の検査を受けに行った、その日の午後三時。

 突如として、メジロ家から呼び出しの連絡を受け、俺は早急にあの豪邸へ向かうことになった。

 

『いざという時は連絡しろよ』

 

 珍しくゴールドシップが真面目な顔をして言ってたのを思い出す。

 ぽつりと雨が降る空の中捕まえたタクシーで行く最中、マックイーンの様子を想起する。

 

『わざわざ呼び出すから、何か大変なことが起こったのかもしれないね……』

 

 不安な表情のライスシャワーも脳裏に浮かぶ。

 確かに検査結果に異常がなければ、それこそメール等の手段で軽く伝えるのが定石だろう。

 そうでない、直接会って伝えられる、ということは──

 もしや、骨折か? 

 いやでも骨折ならば、あんな平然とした様子ではいられないはずだ。

 それに、昨日は坂路で自己最高を更新したわけで、身に大きな負担が掛かるようなものではないだろう。

 そういうことはない──となると、では一体なんなのか。

 

 ──まさか、足の炎症か? 

 屈腱炎や繋靭帯炎、これらはウマ娘の選手にとってみれば職業病のようなものだが、罹れば現役引退に追い込むことすらある恐ろしい怪我だ。

 もし復帰を目指すとしても年単位の時間がかかるうえ、もし復帰しても再発のリスクが高く、ウマ娘にとっては天敵と言っていいものだ。

 これらの怪我に苦しめられたウマ娘は星の数ほどいるものの、未だに明確な完治への方法がなく、現代でも尚全ての人に恐れられている。

 もしマックイーンがその怪我になってしまったのなら、この秋はおろか、来年も棒に振る可能性が高い。

 それに復帰しても再発する可能性があることを考慮すると、取るべき手段は──いや、あまりこのことについては考えないようにしよう。

 この曇った空のように、気分がただただ沈んでいくだけのこの思案に、エネルギーを取られるべきではない。

 そうだ、違う怪我の可能性もある。

 同じ炎症でもフレグモーネのような、ちゃんと安静にすれば完治するものかもしれない。

 あとは挫跖なんかもあるか──まあ、どちらにせよ直近の天皇賞は回避しなくてはいけないだろうな。

 せっかく調子が良いから残念だけど、こればっかりはしょうがない。

 ──本当に、そんな感じの軽いものだったらいいんだけどな。

 ふと、窓の外の雨空に目を遣ってしまう。

 この雨、ゴールドシップはゲリラ豪雨とは言ってたけど、本当にすぐに収まるのか? 

 

「この雨、深夜まで止まないそうですよ、お客さん」

 

 タクシーを手繰る運転手さんから突然話しかけられる。

 

「そうなんですか、深夜まで」

「えぇ。 そうなると水分量も多くなりますし、明後日からの東京開催にも影響が出そうですねえ。 トラックでのトレーニングも、渋った路盤でやることになりますから、トレーナーさんも少し頭を悩ますのでは?」

「お詳しいことで。 ですが最近の芝は水除が非常に良いんで、雨の中での開催でもなければ大丈夫だと思いますよ。 学園のトラックに関しては、重いバ場への適応になるという側面もありますし、そんなに悩むことはないですよ」

 

 一生懸命な説明をすると、後ろ姿しか見えない運転手さんは納得した様子をしていた。

 

「さすがウマ娘のことに関しては通なトレーナーさんだ。 私たちタクシー運転手は、雨降ると売り上げが伸びるもんでね。 稼ぎ時だとしか思ってませんよ」

「なるほど。 僕たちは屋外が主戦場なんで、雨降ったら基本憂鬱なんですが……タクシーはまた別なんですね」

 

 いつもは嫌な思いしかしない事象も、視点が変われば幸となる。

 人を育てることを生業とする俺たちトレーナーには必要な考え方と言えるだろう。

 ──今、マックイーンはどういうことを考えてるのだろう。

 家の方でどういう風に過ごしてるかは分からないが、マックイーンの脳内構造は。

 不安に思ってるだろうか、いや、それは無駄だと無心で過ごしてるのか。

 何もないはず、と楽観的に考えてるだろうか──全く分からなくなってしまう。

 彼女の担当になって四年半。

 ずっと一緒にやってきたのに、俺は彼女のことを理解しきれていない。

 あっちの方も同じように、俺のことを知り尽くせてないのかな。

 ──いつか、全てをさらけ合う時が来れば。

 いつかも分からぬその時まで、一緒に暮らすことができれば、それに勝る幸せはないだろう。

 そう夢想しながらも、タクシーは雨の中、目的地に向かって進んでいた──

 

 

 

 ────

「突然のお願いにも関わらず、よくぞお越しくださいました、トレーナー様」

 

 目的地に着くやいなや、メジロ家の者全ての健康状態を総括する主治医さんが、わざわざ玄関の前で待っててくれていた。

 頭を深々と下げており、よほど自分に来てもらいたかったのだというが分かる。

 

 

「いや、マックイーンのことならどこにいてもすっとんできますよ。 これくらい朝飯前です」

「そう言っていただけると嬉しいです。 さぁ、お部屋にご案内いたします」

 

 

 

 そういって案内されたのは、見るからに病院の診療室、という一室であった。

 存在感を放っているモニタには、マックイーンの物と思われるレントゲン写真などが映っている。

 

「さて、結論から話した方がよいでしょうか。 それとも一から説明いたしましょうか」

 

 それまで必要以上のことを話さなかった主治医さんが、突然沈黙を破って話す。

 

「……それは、覚悟が必要なものですか」

 

 我慢できず、どうしようもない質問を投げかける。

 こんなことを聞いても、出る事実は変わらないというのに。

 

「必要なものならば、先に結論を聞きたいのでしょうか」

 

 こんな空しい質問に対しても、主治医さんはしっかりと答えてくれる。

 しかしこの返答は、もう答えを言ってるようなものだ。

 

「そうですね。 せめてもの慰め、ぐらいにしかならないですけど……」

「では、早速話させていただきます。 覚悟して聞いてください」

 

 さて、答え合わせの時間だ。

 大丈夫、マックイーンがそんな簡単に終わるわけはない。

 神様に愛された人生とは言えないかもしれないが、それならここで、これまでのツケが回ってきてくれてもおかしくないだろう。

 だから、大丈夫──大丈夫──

 目を瞑り、彼女が無事であることをただただ願った。

 

「単刀直入に言わせてもらいますと……お嬢様は──」

 

 彼の宣告を聞いたその瞬間、諦めきれない心と、諦めなくてはいけない心が氾濫し、俺の体を蝕むようになっていった──

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 ────

「お人形遊び、か」

 

 検査後、安静にしてくださいと言われ入っているベッドから、自室の隅のぬいぐるみを発見する。

 懐かしい代物だ──学校をお休みした日は、あれで遊ぶことが多かったのだっけか。

 よくやってたのはごっこ劇、特に結婚式のごっこ劇はよくやっていた。

 何故それなのか、という理由に関しては全く分からないが、きっと素敵な恋をしたいという想いの表れであろう。

 純真無垢な子供の頃とは言え、少しばかり恥ずかしい記憶だ。

 

「今のわたくしがやるなら……」

 

 新婦役を私としたら、新郎役はトレーナーさんかしら。

 あら、そう考えると少し火照ってきますわね──

 せっかくなら他の役も決めましょう、しかもシリウスの方限定で。

 神父様役はライスシャワーさんにしましょう。

 新婦を見送る父の役は──ゴールドシップさんとかだと、面白そうですわね。

 トレーナーさん側の親戚席には先代トレーナーさんとオグリキャップさんがいて、私たちの門出に涙を流して祝ってくれる。

 ──いや、オグリさんは涙を流さないでしょうけど。

 

 しかし、このような妄想をすることは本当に楽しいですわね。

 最も、妄想であるので決して成しえるものではないのは事実ですが。

 あ、でもわたくしが新婦で、トレーナーさんが新郎というのは、実現できる夢でしょう。

 いや、実現しなくてはなりません。

 彼の隣に立って、彼の為に走っていく。

 そうして掴んだ栄誉の果てで、彼と永遠の契りを結び、慎ましく妻として生活する──

 なんて甘美な未来なのでしょう、甘すぎてスイーツも食べられませんわ。

 

 

 

 そういえば、この前撮ったトレーナーさんの寝顔、とても良かったですわね。

 この家にいる間、待ち受けにしてみても──

 

「マックイーン、いるか?」

「わ、わわっ、と、トレーナーさん!?」

 

 扉の外から聞こえる声に、あからさまな動揺をしてしまう。

 それもそうだ、だって彼のことを──トレーナーさんのことを考えてたのだから。

 

「いきなり声を掛けないでくださいませ──って、どうしてここにいるのですか!?」

 

 今になって導いた疑問に、トレーナーさんは苦笑を伴って答えてくれる。

 

「どうしてって……マックイーンに用があってきたんだよ。 ここに来る理由なんて、それしかないだろ?」

「そういうことではありませんわ! だって昨日、気にしなくてもよいと言ったではありませんか!」

 

 たいそう気を揉んでた様子であったため、昨日は何度も大丈夫だと言い続けていた。

 それでも来るなんて──それだけわたくしに夢中なのでしょうか。

 そんなことはないと思いつつ、やんわりとした期待を抱いて、彼との会話を続ける。

 

「いやさ、ちょっとマックイーンに聞いてほしいことがあってね」

 

 ──って、なんですのそれは!? 

 聞いてほしいこと──色々想像するだけで、心が熱くなってしまう。

 ──いやいやいや、そういうことはこんな所で言わないはずだ。

 もし彼から言うのなら、もっとロマンチックな時分であるだろうし。

 

「へ、へぇ……それは一体、何を聞いてほしいのです?」

 

 しかし私も思春期の少女、裏返った声色で返事をする。

 

「うん、その前にね……このドア開けても大丈夫か?」

「あ、大丈夫ですわよ。 カギは掛けてないので、貴方から開けてくださいまし」

 

 部屋入りへの合図をすると、彼がすっと入ってくる。

 いつもと変わらぬ様子ではあるが、少し雨に打たれたのか、髪は湿り気を帯びていた。

 

「そういえば、マックイーンの部屋に入るのは初めてだったっけ」

「わたくしが記憶してる限りでは……初めてですわね。 まあ、ここに呼ぶ理由も特になかったからでしょうけど」

 

 確かに、彼がここに来ることはなかったかもしれない。

 そもそもこのメジロ家の館に来ること自体がそこまでないので、実家にいることそれ自体に半ば興奮を覚える。

 それがこの部屋にまでとなると、通常の精神状態ではいれるわけもない。

 現に私は、このパーソナルスペースに入った彼を拘束して、ずっと二人きりで過ごしていく──なんていう危険極まりなり発想を得てしまってるのだから。

 

「そうだな……へぇ、結構整理された部屋なんだな」

「も、もう! あまりじろじろ見ないでいただけますか!」

「ははっ、ごめんごめん。 マックイーンの素が出る場所なんて初めて来たから、つい」

 

 はにかむ笑顔で釈明してくれるトレーナーさん。

 だがいつもより固いような気もする──気のせいだろうか。

 あまり考えるようなことでもないだろうし、彼にもそういう日だってあるはずだ。

 

「でも、ここで暮らしてたのは学園に入るまでですわ。 学園に入った後、貴方と築いた思い出の品々、なんていうのはここにはありませんの」

「え、むしろそれがいいんじゃないのか。 俺が全然知らない、会ったこともない、話の中だけの幼少期のマックイーン。 もう直接知る術はないけども……」

「前に言いませんでした? わたくしが小学校にいた頃なんて、なんの面白味もない、退屈な日々であると」

「それでも知りたいんだ。 俺マックイーンのこと、あまり知らないなぁって思ったし」

 

 これまでずっと共に在った彼でさえ、"あまり知らない"と言うほど。

 それを言われたら、私もまた、彼の幼少期をあまり知っていない。

 いや──私が出してる情報に比べれば、彼の情報ははるかに少なく、謎に包まれている。

 きっとパートナーのことをよく知ってないのは私の方だ。

 そう思うと、わたくしもまだまだだなと、自分に喝が入る。

 彼をよく知り、彼の一番の理解者になること──ふふっ、新たな目標ができましたわね。

 

「マックイーン、どうした? 突然笑い出して……」

「えっ? いえ、なんでもないですわ」

 

 危ない危ない、心の感情が出てきそうになってたようだ。

 なんとか取り繕ったが、気にしてないだろうか。

 

「そうか……あ、このアルバムは──」

 

 気にしてない様子でほっとしていたが、彼が一冊のアルバム──先ほど見ていた幼稚園のアルバムをふと見つけたことにまたも焦る。

 

「ちょっと、トレーナーさん! それは見る必要ないでしょう!」

 

 思わずベッドから出そうになる──が、それを見たトレーナーさんは私よりもっと焦り、叫ぶ。

 

「動かないで!」

「え……?」

 

 突然の声に驚いたので、体はすくんで動かなかった。

 しかし彼がこんなに焦るなんて、思ってもみなかった。

 ──何か嫌な予感がする。

 

「……そういえば、聞いてほしいことがあるのでしたわね。 そのこと、教えていただけませんこと?」

 

 意を決した発言に、彼の顔はすっと暗くなる。

 そして彼も決意を固めたのか、ベッドに近づき、私の顔を見て話しだした。

 

 

 

 ────

 どうやって伝えよう。

 そう考えてるうちに、彼女の方から先に切り出されてしまった。

 もう逃げるような真似はしない。

 そう思っていたのに、彼女に気を遣わせてしまった。

 それならもう、自分も逃げない。

 向き合わないといけない現実に、目を背けるのは罪だ。

 結局一番苦しむのは、彼女なのだから。

 

「俺が伝えたいのはな、今日の検査の結果のことなんだ」

 

 自分だって、彼女の走りをもっと見たい。

 レースに勝って隠しきれない笑顔を浮かべる、あの瞬間が好きだ。

 レースに負けて悔しがり、もっといい走りをしようと努力する姿には感動を覚える。

 一選手としてのメジロマックイーンには、他の誰も勝てないような、底知れない魅力がある。

 それを、俺の口から終わらせてしまう──

 仕方のないことだとしても、受け入れられるようなことではない。

 だが、現実は俺たちを待ってくれない。

 せめて終わらせるのなら、自分から終わらせてあげたい。

 

「検査結果を、貴方から……」

 

 彼女はなんて言うだろうか。

 しょうがない? 諦める? 

 いやきっと、諦めたくない! 乗り越える! そう言うはずだ。

 できることなら、自分もそれに乗ってみたい。

 乗って奇跡を起こし、全てがハッピーエンドに終わる──最初はそれも考えた。

 でも奇跡を起こすには、あまりにリスクが高すぎた。

 ほとんどの確率で負ける上に、負けたら何もかも失う。

 そんな賭けを、人生掛けてやる必要はない。

 だから俺は諦める。

 彼女の未来を守る為、彼女が苦しむのを避ける為。

 だから、だから──

 

 

「これから言うことを、マックイーンは冷静に、そして納得して聞いてほしい」

 

 信じてほしい。

 俺は君を守りたいんだ。

 

 

 




「終わりの始まり……私たちの一族も……終わりが……」
「ちょっと君! そんなに暗くなってはダメじゃないか! そうだ、ボクたちが相談に乗ってあげよう! そうだろう、アヤベ!」
「オペラオーさん……その方は私たちと共にクラシックを駆け抜けた人ですよ……」



 良いところで終えられてるので、今回も分割です。
 基本短い方が良いのかな……?
 5000文字もあればいいのでしょうかね。

 今回もお手に取っていただきありがとうございました。

 感想評価共にお待ちしております……(小声)



 今回の謎ウマ娘は99年クラシックにひっそりといたロサード、ということはオペラオーやアドベガと同世代ですね。
 サンデーサイレンスと死別した後、マックイーンが移動した先にいたのがこのロサード。
 サンデーの子供であるロサードは、すぐマックイーンと仲良くなったそうです。
 ロサードが言う"一族"とは"薔薇の一族"という母系のことで、昔は勢いがありありだったのですが、最近は全然活躍馬がでておらず、苦戦しているようです……
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