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陽が真上に登ろうかという時刻。
門の外のリムジンに、私たち二人が乗ろうとする。
「それでは学園のほうへ、ですな。 忘れ物はありませんね?」
こちらから見て右側の運転席に座る執事がタクシー運転手かのようなお話をする。
しかしそれはもう出立間際のここで言うことなのだろうか。
「大丈夫ですわ。 元々手持ちが少ないわけですし、ね? トレーナーさん」
「着替えも何もないわけだしな……しかしじいやさん、これ本当に貰ってもいいのですか?」
トレーナーさんが指す"それ"とは、昨日の夜から着ていたというメジロ家所有のメンズ服。
というのもこの服、どうやら執事が以前着ていたものであるというが、もう十年以上着ておらず、タンスの肥やしになっていたようなのである。
「えぇ。 この家に残しておいても、誰も使わずに宝の持ち腐れとなりますからね。 それなら着てくれる人に来てもらった方がよいかと」
今朝トレーナーさんが着ていたことで初めて見たその服だが、執事の趣味と見事にマッチしていたからか、いつもの二割増しくらいにカッコよく見えたので、譲り受けてもらったのは正直嬉しい。
これからも何回か見れるということを考えると、心が躍るのは致し方無い。
「それに……トレーナー様がその服を着ている姿をもっと見たいという強い想いを、お嬢様から感じ取りましたから」
「ちょっと、じいや!?」
まさか、見透かされてるとは──
ゾクッとする暇もなく、それは違うと反論を並べる。
「そうか……なら、言ってくれたらいつでも着ていくけど」
「ト、トレーナーさん! 別にその、着てほしいなんて思ってない、わけじゃない、ですけども……」
しかし本心はその逆を主張しているからか、後半になって言葉が混濁してしまった。
そのことの恥ずかしさも含めて、今の自分は相当紅潮しているに違いない。
この件の発端となった執事は優しい笑顔を浮かべ、トレーナーさんは苦笑しながらも少し頬を赤らめて私を見ている。
当然私も彼を見るわけで──後方の座席にて、甘い空気が流れる。
「ごほんっ! 発進いたしますので、シートベルトをお付けください」
言われて確認すると、どうやら二人ともベルトを着けていないようだった。
普段は座ったらすぐに着けているのに──そのことを共に可笑しく感じたのか、彼と目を合わせて微笑み合う。
「では、学園の方へ向かいます」
「えぇ、よろしくお願いしますわ」
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そうして着いた、トレセン学園の生徒会長室。
どうやら理事長秘書さんや会長の政治力は本物だったようで、道中全く記者さんと遭遇することがなくここまで来れた。
学園は絶賛昼休み中だったからか、門を通ると沢山のウマ娘に囲まれて色々な話をされた。
というのも、私とトレーナーさんが午前中いなかったことがかなりの噂を呼んでいたらしく、遂に結婚前提での交際を始めただとか、メジロ家からの了承を得られなかったから駆け落ちしようとしていただとか、根も葉もない流言が閑歩していたのだという。
いくらアスリートとはいえ、年頃の女子が多い学園らしく、その手の話に火が点くと止まらないようだ。
しかしそれら一つ一つに対応するわけにもいかないので、急いで彼と並んでその熱を抜けていき、何とか会長室まで辿り着いた、というのがここまでの経緯である。
「すまない。 マスコミは何とか対応できたが、学園生まではどうすることもできなかった。 大変だっただろう」
申し訳なさそうにしているこの人は、我らが生徒会長のシンボリルドルフさん。
三日月型の流星を揺らしながら無敗の三冠街道を突っ切った凄い人で、現在はドリームトロフィー・リーグへと主戦場を移して戦っている。
今は高級そうなソファに座りながら、同じように座っている私たちと面と向き合って談笑している。
三人の手元には、茶色が鮮やかな麦茶が出されていた。
「いや、突然のことに対応してもらってる時点で、こちらとしてはありがたい。 今はいないたづなさんも含めて、本当に感謝してるよ」
「なに、それが会長としての責務だからな。 これぐらい当然だ」
泰然自若としている会長さんは、それまでの仕事量ととても比例しないほどの冷静さをまとっている。
さすがは最強のウマ娘と呼ばれるだけある。
「しかし会長さんも引退されるとは……走れる限り走り続けるのだとばかり、思っていましたわ」
そう──会長さんは先週、私と同じく、今年限りでの引退を発表したのである。
学園に属していないと出場できないトゥインクルシリーズとは異なり、ドリームトロフィーリーグは卒業後も希望すれば出場することができる。
なのでこれまでの歴史においても、走力が完全に衰えるまで走り続けたウマ娘もいるにはいるのだが、会長さんは自身の卒業と同時に、競技人生に区切りを付けると決心したのだ。
とはいえもうレースに出ない私と違い、冬のWDTを持っての引退となるので、私とは持ってる意味が大きく異なるのだが。
「まあ、来春には学生ではなくなるからな。 将来を考えて、ここで引退する方が最善だと、考えただけだ」
「でも何もしなくなるわけじゃないだろ? これからはどうするんだ」
全てにおいて完璧に近い会長さんの去就となると、当然注目度は嫌でも高まる。
やはりそのキャリアを生かしてURA入りか──それとも、スカウトを受けて一般企業か──
「これからは──そうだな、来年までの秘密だ」
「あら、いじわるですのね、会長さん」
ニヤリとした顔をしている彼女は、それまでの冷静さにより拍車をかけている。
「それを言うならマックイーン、君はこれからどうするんだ? 卒業までまだまだ時間があるが……」
「正直、昨日引退を決めたばかりで、まだこれと言ったものはありませんわ。 でも──」
そう言って、私は隣の彼へアイコンタクトを送る。
それを察したか、彼も私の方をチラリと見る。
「トレーナーさんが色々と考えてくださってるようで、しばらくはやることに困らない予定ですの」
「そうか……ではその"予定"とは、一体どういうものか。 教えてもらおうじゃないか」
あ──そういえば自分もまだ教えてもらってませんでした。
すると隣から、ソファが反発する音が聞こえてきた。
「あぁ。 まあ予定と言っても、引退式兼ライブのことなんだけどな。 さすがにメジロマックイーンという名ウマ娘の引退に、花道を作らないわけにはいかないし、ライブくらいなら問題ないと主治医さんにも言われたからな」
なるほど、確かにこれからかなりの時間を取られそうな代物だ。
ウマ娘個人の引退式はこれまでも実例があるが、そのほとんどが通常のウイニングライブとは比にならないほど豪華に仕立てられており、相応の時間が要求されるのも納得である。
「なんだそのことか。 引退式ならこちらの方でもある程度考えているし、いつでもスケジュールは抑えられるが……」
「それなら、ホープフルステークスの日などがよろしくありません?」
今度は私が身を乗り出し、会長さんに提案する。
「ん……まあいけなくはないが、どうしてホープフルの日なんだ。 それこそ、翌日の有馬でもいいのでは?」
当然のごとく湧き出る疑問だが、それに少し頬を赤らめて──
「それはその……クリスマスの日、だからですわ……」
恥ずかしそうに答えると、会長さんはやはり笑い出した。
「もう……! 別に笑うところではありませんわ!」
「いや、名優の意外な一面を見ると少しな。 君のトレーナーも同じ思いのようだし」
言われて隣を見ると、彼は控えめながらも笑顔の状態であった。
普段その顔を見るのはとても愉快なものではあるが、ことこの場面では少し──
「トレーナーさんは十分に知っているでしょう!?」
赤い頬をぷくっと膨らませながら、そこから暫し説教を施したのであった。
「──そうだ、これは私個人の提案だが……」
引退式についての話を進めて、そろそろお開きかなというタイミング。
さてどういう話かなと思って耳を立てる。
「歌って踊っての引退ライブというのもありではあるが、いつもそうだと盛り上がりに欠ける部分もあるし、傷んだ足にも良くないなと思ったんだ。 そこでマックイーン、君の異名である"ターフの名優"に因んで、劇でもやってみてはどうかと思うんだ」
「劇……なるほどな。 確かにありではある」
私もトレーナーさんの反応と同様に、盲点を突かれたかのような気持ちになった。
「経験したことのないものではあるが、チャレンジする価値はあると思う。 どうだマックイーン、やってみる気はあるかい?」
会長さんはこちらの顔色を窺うように尋ねる。
もちろん演技の経験はほとんどないに等しいので、ライブのそれよりはある意味大変なものになるだろう。
しかし興味はあるし、やってる姿を彼に見てほしいという気持ちも強い。
──それなら、あの物語を出してみよう。
「やってみたいですわ! それと、やってみたいお話もございますの!」
「ほう……かなり乗り気のようだな。 それで、やってみたい話とはなんだ?」
「えっと……"ロミオとジュリエット"をやりたいと思いまして……」
ロミオとジュリエット──対立する二つの名家それぞれに生まれた男女が恋に落ちるも、死という悲劇的な結末を迎えてしまう、中世ヨーロッパの名作戯曲。
昔この本を読んだことで私は、誰かを愛してみたいという気持ちが芽生えた。
それはまだ経験値の少ない子供ならではの好奇心ではあるが、いつの間にか愛せずにはいられない人が生まれた今となっては、その重さが身に染みて感じる。
そんな思い出があるからこその選択だが、できることならば、私の相手役にはトレーナーさんだったらなと夢想してしまう。
当然裏方側に属する彼が出るのは現実的に見てありえない。
しかし優しい御曹司として出てくるトレーナーさんの姿を一瞬でも考えたら、妄想が止まらなくなるのだ。
恋に落ち、唇を奪われ、夫婦となって──
そんな卑しい考えをしていることも露知らず、会長さんとトレーナーさんはその提案に唸っていた。
「マックイーンらしい、至極ロマンティックな回答ではあるな。 しかしトレーナーとしては、その提案には賛成だ。 会長は?」
「……うん、いいと思う。 誰もが知ってるものだし、長さもアレンジを加えればいい感じになるだろうな」
うんうんと頷きながら答える会長さんの姿は、安心感を与えてくれるものではあるが、ともすれば寒い展開になるかもしれないという予感もある。
「となると、マックイーンはジュリエット役が適任か……ジュリエット役には
瞬時、冷たい木枯らしがふっと吹き付けてきて──
「お、面白いですわね……」
苦笑することが精いっぱいであった。
* * * * *
「──ってことはもう、マックイーンは走らねえってことかよ!?」
一日空いて訪れた、チームシリウスの部室。
一昨日はトレーナーさんと二人で話したことが印象に残っているが、今はチームメンバー全員が集められてここに立っている。
目的は当然、この私、メジロマックイーンの引退を伝える為だ。
「そっか……マックイーンさん、もうレースには出れないってことなんだよね……」
「そういうことになる。 入院はしなくてもいいから、これからはチームに残って、引退式に向けて準備していくことになる」
やはり各メンバーの顔色は良くない。
普段からダウナーなライスさんは昔のような暗さになっているし、騒がしさなら学園一のゴールドシップさんは珍しく真面目な顔になっている。
長期休暇など、私がチームをしばらく離れる時には、おもちゃを取り上げられた幼児の顔になっていたのだが、今日に至ってはちゃんとこの現実を受け入れているようだった。
「マックイーン……あたしは今、モーレツに悲しいぞ!」
うわああんという叫び声とともに、ゴールドシップさんがこちらに抱き着いてくる。
いつもなら半ば体当たり的に抱き着きにくるのだが、足のことを考えてくれてるのか、随分と優しい感じだ。
──今日の彼女、優しすぎて怖いですわね。
「もうゴールドシップさん……いなくなるわけではないのですから……」
「マックイーンさん、私もすごく悲しくて……」
そこにライスさん他、トレーナーさんを除く全チームメンバーが私を囲んでくる。
みんな目に涙を浮かべていて、枯らしたはずのこちらの涙袋も、いつの間にか同じ涙で溢れてしまう。
「皆さん、そんなに泣かれては、わたくしだって泣いてしまいます……」
「そうか……マックイーンの目にも……鬼の目にも涙だなぁ……」
──は?
感動的な雰囲気の中、芦毛の問題児の問題発言が流れていく。
一瞬にしてその場の雰囲気は凍り、全員が垂れ流していた涙も、自然と引っ込んでいた。
そして言われた当の私としては、当然看過できないわけで──
「──ゴールドシップ、さん?」
「おっとこれはもう……逃げるしかねえ!」
ハグする手をするりと抜け出し、真っ先に部屋のドアへと向かって駆け出していく不沈船。
しかし私とて逃すわけにはいかない。
囲まれた空間の間隙を突き、芦毛のウマ娘を追走する──わけにはいかないので。
「ライス、行ってくるね!」
「ゴール板までには捕らえるんだぞー」
"あれ"にマークされたら、叶うウマ娘など存在するはずもない。
黒い刺客が追いかける様は、まるであの天皇賞を思い出すようで、少し身震いがした。
とはいえ今日は追跡される立場ではないので、安心して送り出すことはできたのだが。
しばらくすると、完全に差し切られたゴールドシップさんを抱えたライスさんが戻ってきたので、やはり私の目に狂いはなかったようだ。
「そんじゃ、引退式ではミュージカルをするってわけだな?」
頭にたんこぶを浮かべたゴールドシップさんが、ちょっと意味が違うことを口にしてしまう。
「いや、まだ歌う予定はないけどね。 だから劇って言ったんだけどねさっき」
「そうだよな……マックイーンがヒロインになるわけだから……」
トレーナーさんの諫める声など聞こえてないかのように、話題を変えていくこの人はやっぱり変人だ。
しかしここにいるのは、そんな変人っぷりを長い時間体感してきた人しかいないわけで、困惑するわけもなく話は進んでいく。
「ロミオ役は誰になるんだろう……やっぱり、オペラオーさんとかかな?」
「あの人ですか……」
頭の中に件の人物を思い浮かべる。
あれが心優しい貴公子に──
「いや、絶対に合いませんわ。 これだけは断言できます」
頭をぶんぶんと振って取り除こうとする。
「でもよぉ、普段の性格と演技はまたちげぇんじゃねぇか?」
「それもそうだが、何も役は一つだけじゃないんだぞ。 それこそ、このチームで出演する人がでてくるかもしれないし」
そう言うトレーナーさんにこそ、出てほしいと強く思っているのは私だけだろうか。
もちろんライスさんやゴールドシップさん、他にもライアンやドーベルなど、縁故のある人には多数出演してほしいとは思っている。
しかし一番に出てほしいのは、いつも私を見てくれてるトレーナーさん──まあ、裏方だから厳しいのは百も承知だが。
役にも合っているのにな──
「ほうほう……んじゃ、トレーナーがロミオ役ってことでいいんだよな?」
「……は?」
──爆弾が放り込まれた。
当のトレーナーさんは当然間の抜けた声を出すし、私は脳内の空想が召喚されたかのような気分になり、混乱が極まってしまう。
チームメンバーは至って変わらないのが、ことさらに可笑しく感じた。
「うん確かに……トレーナーさんがマックイーンさんの相手役をするの、凄く似合ってると思うよ!」
「そ、そうですの!?」
嬉しいことを言われてしまってか、こちらも声が上ずってしまう。
心の方は少し躍っているのが性質が悪い。
「いや、俺が出るってのは普通ありえないし、一番やっちゃいけないことだと思うんだが」
「そうか? 劇なら正体わかんねえだろうが。 トレーナーが出ようが案山子が出ようが」
「カカシさんはさすがにバレると思うけど……」
相も変わらず突拍子もない発言に鋭く突っ込むのはライスさん。
いつもは私が突っ込むはずなのを彼女がしているのは、自分の身に起きている異常を容易く表している。
とりあえず件の彼を見ると、少し紅潮していたので謎のシンパシーは感じられた。
「……まずはな、マックイーンの本音を聞いてみないと分からないだろ?」
「ふぇ?」
上ずるどころか、完全に間抜けな声を出してしまった。
というより、いきなり爆弾を渡してくるなんて──さすがにいじわるが過ぎる、仕返ししたい。
しかし今はそんなことを考える暇などなく、切羽詰まった頭で自身の答を出さなくてはいけない。
「マックイーン的には当然出てほしいだろ? だってトレーナーだぜ?」
「え、ええと……」
誰も止める気配を出さないどころか、むしろ押せ押せムードで推移するこの状況。
きゃぴきゃぴとした声も聞こえる中、意地悪なトレーナーさんは申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。
これならもう、本音を──
「……出てほしい、ですわ……わたくしのその、恋人役として……」
あぁ言ってしまった!
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい──
体温は明らかに熱暴走していたが、僅かに残る理性でトレーナーさんを見ると、同じような顔をしていた。
歓声とも悲鳴とも言える声はどこまでも響いていたけども。
「マ、マックイーンさん……! すごく大胆に……!」
「おいトレーナー! アンタのフィアンセがそう言ってんだから出なきゃ男がすたるだろ!?」
この様相は年頃の女子学生らしいが、まさか自分がからかわれる側に立つとは。
あまりの恥ずかしさに何も言えずに立ちすくんでいたが、私と同じ当事者であるトレーナーさんがすっと立ち上がっていた。
「……みんなが出てほしいって思ってるのは分かった。 でも現実的にみて無理だろ? 俺だって顔が知られてるわけだし……」
「顔が知られてるだぁ!? そんじゃアンタの顔を整形でもしてやろうか!?」
「ゴールドシップさん!」
拳をぶつけながら言うゴールドシップさんと、必死に止めるように諫めるライスさんの声。
しかし彼は毅然と話し続ける──顔は赤いけど。
「とにかく、俺は絶対に出ないからな! 観客席で勇姿を見る予定だからな!」
その宣言と共に、トレーナーさんは部屋を出ようとする。
「マックイーン! 今から理事長のとこ行くぞ!」
「ちょっと、待ってくださいまし!」
そう言われるがまま、私は彼の後ろについていき、興奮で上気された部室を出て行った。
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「なんか、夫婦みたいだったね……」
いつ見てもお似合いの二人がこうやって何事もなく戻ってきてくれたことには、正直嬉しさしかない。
私は不幸を呼ぶウマ娘ってずっと言われてて、私自身ずっとそう考えていた。
その考えを改めてくれたのはチームシリウス、特にトレーナーさんとマックイーンさんだ。
だから二人の恋路はずっと応援していたけど、ようやくここまで来たかという気持ち、そしておめでとうという気持ちで一杯だ。
「違う……あれはあまり進展してない。 いや、変な方向に進展してしまったというのか? ともかく、結局いつものヘタレ同士のままだぞ」
「え、そうなの……?」
隣でゴールドシップさんが言う。
この人は変に勘が鋭いところがあるから、こう言われるとそんな気もするような──
「そういう関係になってるならな、あいつらは恥ずかし合うんじゃなく、もっと人目も気にせず甘え倒してるはずだ……それこそ、上目遣いで頼むほどにな。 だが今のところそういう気配はない……」
顎に指を当てて考えてる姿はさながら探偵。
妙な集中力をここぞとばかりに使っている。
「それに、当たり前かのように顔赤らめてたからな。 あれは劇薬でも投与しないといけねえ……それにアタシな、あれはもっと面倒なことになってるような気もするんだ」
「厄介なこと……!?」
なんだろう、そんな良い予感はしない。
「あぁ。 きっとトレーナーは……誰かのスカウトを受けている!」
「えぇ!? それは困るよ!?」
根拠も何もない、ただの勘だろうが、あの人の実績的にはありえなくはない話だ。
そうなったらマックイーンさんはもちろん困るだろうけど、さすがに個人的にもかなり困る。
「だろうな。 だからこれは──シリウス存亡の危機でもある!」
「でもトレーナーさんがスカウトなんて受けるかなぁ?」
タレ目気味の子が呈した疑問は、確かにと私を唸らせるものだった。
「よーく考えろ、これはジャパンの話じゃねえ……ユーロやメリケンの話に決まっている!」
「ってことは、トレーナーさん海外にいってしまうってこと!?」
「それしかない……いや、そうできゃ最愛のマックイーンを捨てるなどという辛い行動はしないだろう……」
事件の謎を解き明かしたかのような清々しさで悦に浸るゴールドシップさん。
私もなんとなく納得はしたけど、一部ではちょっと疑問に思っている人がいて──
「でも、そうなったらマックイーンちゃん、それこそ地の果てまで追いかけそうじゃない?」
「そもそも、根拠というものがない限りどうしようもないんじゃないですか?」
黒髪の子と、前髪がぱっつんとしている子が持つ懐疑心は、至極真っ当なものであった。
それにさあゴールドシップさんはどう答えるかと気にしていたら。
「……こんなこともあろうかと、実は新人の有望株をスカウトしておいたんだぜ!」
無視した!
まあこんなことはよくあるので、誰もやっぱり気にしない。
「いきなりだね……ゴールドシップさん……」
「そうかぁ? ま、アタシが呼んだんじゃなくて、あっちから勝手に来たんだけどな」
あっちからやってきた──
そんなプロフィールを持ちそうな子は、風の噂で聞いたことがある。
「きっとトレーナーのことだ。 有望な新人がいれば、ここを離れるわけにはいかねえだろ」
「それで上手くいけばいいんだけどね……」
そもそも仮定に仮定を重ねたこの話に何の意味があるんだろう。
冷静になって考えてみると馬鹿馬鹿しく感じるが、それよりも新人の子というのがとても気になる。
「ゴールドシップさん、その新人の子って……?」
「ふふーん、聞いて驚くなよ? そのルーキーの名はな──」
「どうでもいいけど、ライスさんにあたし、シンパシー感じるんだよね~ 小さいとことかヒール扱いされがちなとことか」
「ん? なあスカーレット、こんなやついたか? 俺覚えてないぞ?」
「あんたは一緒にダービー出た子の名前くらい覚えなさいよ……一応アタシ達と同世代の子よ?」
来週は天皇賞春、二連覇した翌年の優勝馬は菊花賞で好走した馬が必ず来ています。
三連覇がかかったメジロマックイーンを破ったのは──そう、ライスシャワーでしたね。
今回の謎ウマ娘はドリームジャーニー。 オルフェーヴルの兄で、メジロマックイーンの血を持ちます。
グランプリ連覇した名馬だけど、あまり語り継がれてないよね……
ウオッカダイワスカーレットとは同世代ですが、なんかブエナビスタとの対戦の方が印象に残ってます。