口が裂けてもいえないことば   作:茶蕎麦

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第七話 ばれちゃった

 

 夕焼けに独りぼっちの影法師長く、地べたをなめる。

 愉快げに蠢くその黒は、そのうちに街灯に紛れて消えるだろう。

 だが、黄昏。色の階調の表現だけで手元のパレットを使い切ってしまいそうな、そんな空の多色の揺らめきの中、少女は微笑む。

 まるで嘘のような、合間の綺麗。そんな最中に作り物のような乙女は、やがてこうざわめくのだった。

 

「良い子はおかえり、悪い子ただいま。そろそろ残酷な夜が来るよ?」

 

 長い手足を円かに回して、少女はコンパスのように綺麗な丸を描く。

 踊りさえ綺麗であれば、所作の一つだって無垢そのもの。美しく彼女は現世に存在し続ける。

 しかし、そもそも彼女は正しくない。それこそ高橋七恵の心の捻子はそれこそ狂いに狂っている。言の葉すら歪んであの世を映してしまうくらいに、鮮やかにも誤っているのだった。

 

「それでは、怖い怖い物語のはじまりはじまり」

 

 夕方に怪異を語る七つ不思議。七恵がそう呼ばれはじめて少し経つ。

 本当でも嘘っぱち呼ばわりされてしまうのであれば、信じられない残酷をこそ語り尽くそう。そんな、あの世をこの世に描くまじないのような行為は、しかしどうにも効果的であったようだ。

 接点があれば繋がり、体をなすのは自然。輪郭こそ、絵であり噂である。そして噂こそ怪異の本体。恐怖は、具体化してゴミ捨て場から世界にばらまかれていく。

 この世に悲劇をもたらす、そのための不可思議を願うように祈るように七恵は騙る。

 全ては、あの人に観て貰うために。そう少女が持つのは恋心のような、乞う心なのである。

 残酷にも、盲目少女には彼以外を心に映さない。七恵にとってその他の大切なものなんて、総じてゴミ屑以下だった。

 

「それでは、今日の階段は、切り裂きジャックのお話ね」

 

 何時もは、終わってしまった過去の恐怖のお話。しかし今回に限って彼女はこれから先の残酷を祈りながら予言するのだった。

 聴衆――人見知りの子供に、震える大人、痣を掻き続ける女性に、首無し鶏たち――は、滑らかな七恵の語り口に期待を覚える。

 さあ、今日はどんな人でなしが、どんなどうでもいいを損ねてくれるのだろう。そしてその迫真の呪いは、果たして愛を食らえるのか。

 見上げてくるそれら全てを上から下に、白く眺めてから七恵は続けた。

 

「これは、ある日明くる日、近い未来。一人の少女は名無し、いわゆるジャックとなるの」

 

 ジャック。それは男性名。しかし、一人の少女はそうなるという。

 名無しの権兵衛。ジョン・ドゥ、ジャック。そんなどうでもいい存在に、彼女はなってしまうのだと七恵は語る。

 輝かしき未来は白紙に。縁は切り裂かれて、ただの孤独に。

 そんなものになりはててしまう、少女とは何者か。

 しかし、疑問の視線を構わずに、七恵は先を物語った。

 

「彼女はよくよく斬れる刃物を持って、街を彷徨い歩くわ。そして斬りやすいもの、弱い繋がりでも見つけたら、それを少女は断ち切ってしまう。……うふふ。それこそ人なんて、格好の標的でしょうね」

 

 七恵が騙るのは切り裂く名無し、そんな怪異。

 子供は戦き、大人は笑う。そして、つい今頃首無し鶏の命脈は尽き、骸と化した。

 

「斬れて切られて、殺されて。人間なんて、ただの掻き切れる芦」

 

 そう、嗤う少女に愛はなく、故に偏りばかりが彼女の心で隆起する。

 瞋恚を瞳に宿し、七恵は夜を見上げた。私を、見る。

 

「きっと彼女の足跡は血溜まりで出来ていて、彼女の行く先は悲鳴が教えてくれることでしょう」

 

 それは、悪なばかりの不通の存在。終わって極まって、刑され縄のネックレスばかりがお似合いになるだろう少女の結末。

 果たして、そんな最悪に誰がなろうというのだろう。高橋七恵だって、そんなところまで堕ちなかったというのに。

 けれども、人が底まで堕ちるのは当たり前であるとでも主張するごとくに、七恵は未来のジャックを騙る。そして。

 

「さあ、そんな彼女の本名は……なーんだ?」

 

 聴衆なんて本当は誰もいない、そんな嘘の一時を破って暗闇の中、少女は眼前に対して問う。そして当然至極に彼女の前には。

 

「え? 七恵?」

 

 希望に満ちた彼女が存在した。揺れる、お下げ髪二つ。

 突然闇夜に嘘のように顕れた友達に、吉田美袋は零れんばかりに目を張る。

 そして、そんな驚きに嘘を見つけた七恵は嗤い。

 

「こんばんは、ジャック」

「え、七恵、私は美袋ちゃんだよ?」

「嘘、嘘。あなたは、ただの人殺し」

 

 指をまっすぐ示して、この綺麗な世界を愛する子供に値札を付ける。

 それこそ最悪最低、人でなしだと七恵は言って。

 今日こそはっきりしない美袋の代わりにスタートテープをちょん切ってあげるのだった。

 

「あ、ああ……」

 

 友達の遠慮のない言葉に少女の顔は次第に歪みに歪んで口の端まで上がり。

 愛らしさはどこへやら。愛すべきでない相貌が作られる。

 

「あは、ばれちゃった♪」

 

 そして最期に美袋は、笑顔を形作ったのだった。

 

 

 静かに、夜の帳は降りる。

 少女にきりきり咲かれて愛されて、やがて全てはずたぼろになってしまうのだろう。

 

 

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