「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

100 / 122
錯綜のステージ 1

 ファションマガジン『KANON』。その今月号を手に『ショウ』こと宗方奨(むなかたしょう)は心をざわつかせていた。

 モデル仲間から教えられてチェックした『リゾルト』イヤフォンのテレビコマーシャル。その特集記事が今月号の『KANON』に掲載されているのだが。

 ––––なんで。

 ––––どうして。

 ––––どういうこと?

 先ほどから頭の中をそんな言葉がループしている。

 『ヴァンス』がCMに衣装提供した。そう聞いた。しかし………

 ––––これってイヤフォンのための販促グラビアじゃないの?

 雑誌の特集記事は『ヴァンス』全面押しで。販促グラビアというよりまるで『ヴァンス』の新作発表だ。しかも5色展開のイヤフォンに合わせて衣装も5種類あって。それを一色一ページで掲載するという扱いの大きさ。

 『ヴァンス』の専属モデルとして、『ヴァンス』ならば『ショウ』と言われるようにがんばってきた奨にとっては寝耳に水もいい出来事で、正直ショックだった。

 突然表舞台に現れた『NAO』。正体不明の新人の出現にモデル仲間たちはざわついているが、奨は彼を知っている。会ったことがある、という意味においてだが。それゆえに(かえ)って謎が謎を呼ぶ。

 なぜ彼が………。

 当然、そんな疑問が浮かぶ。

 ただのスタッフ………、ではなかったということか。

 デビュー前教育の一環だった?

 そんなふうにすら疑う。

 奨が『NAO』を初めて見かけたのは、『ヴァンス』のユアンと初めてグラビア撮影に臨んだ日。大晦日のビックイベント、カウントダウン・ランウェイの翌日の正月で。なぜか彼は現場にいて、超絶人見知りと噂されるユアンが自ら歩み寄って声をかけていた。そんな衝撃的な光景が出会いだった。『タカアキ』こと夏目貴明(なつめたかあき)が言うには、彼は学校の体験学習で『アズラエル』にやって来た高校生で、超多忙なはずの加々美を引率者にするというあり得ない待遇を受けていたらしい。その日の正月の撮影現場に加々美はいなかったが、現場責任者の石田にべったりとくっついていて。だから、『アズラエル』側のスタッフなのだろうと、奨は受け止めていた。

 その日は読者モデルの撮影も一緒に行われていたから、そっち関係のスタッフかもしれない、と。さほど疑いもせず。

 しかし……

 その後、『ヴァンス』と『アズラエル』との間で専属モデル契約が締結され、その記念のムック本発売が決まったのだが、そのためのグラビア撮影の現場にも––––彼はいた。

 関係者しか入れないはずの撮影現場に、まるで『ヴァンス』のスタッフの一員であるかのように。あまりにも当たり前に。自然に。ユアンのブースにいて。馴染んでいた。

 貴明は彼のことを「コネを乱用するクソガキ」呼ばわりしてなぜか敵視していたが、ただのクソガキが加々美もクリスも同席するユアン専用のブースにいられるはずはなく、そのことは、その場でマネージャーの的場にも確認した。とはいえ、的場も彼が誰なのかまでは知らなかったようだ。そしてついでのように、「『タカアキ』君は、加々美さんびいきが行き過ぎているところがあるので『タカアキ』君の発言を鵜呑みにするのもどうかと思います」と釘を刺された。「社内外での発言には十分注意するように」と。それには奨も完全に同意で。人は人、自分は自分、と。周りを気にしすぎないよう。人を気にするくらいなら自分を高めようと。そうした努力の方に意識を集中させてきた。その一つが英会話。超絶人見知りと噂のユアンと彼が親しく言葉を交わしていたのは、やはり英語で流暢に会話できることが大きいと思ったからだ。それにこのご時世、仕事の幅を広げていくためには英会話はできて損はない。

 現在モデル界のトップを走る『MASAKI』もネイティブ並みに英語を話す。日本人離れした容貌もあって最初はバイリンガルも当然のハーフだと思っていたが、実際は生まれも育ちも純粋な日本人だった。英語は外国人の会話を耳で聞いて覚えたらしい。

 英語が話せれば、外国人スタッフと直接言葉を交わせる。

 ちょっとした確認事項を直ぐに聞くことができる。

 互いに意思疎通ができれば心理的距離も近くなる。

 撮影現場で親しくなれば次の仕事につながる。

 『MASAKI』は正にそれを実践している。現場で一緒になった時にそう見えた。奨は自学のみで英語が話せるようになるとはとても思えなかったので、英会話教室に通う選択をしたが。

 見た目だけでスカウトされても、見た目だけで仕事は続けられない。モデルとはシビアな世界。キャリアを積むごとにそれを実感する。

 奨と同期の貴明は、最初こそその華やかな風貌と「ガンガン行こうぜ」という勢いのあるキャラが受けて奨より先行していたが、自堕落気味の生活を改められないのと、スポンサーに対する勉強不足などから最近は失速気味で、「モデルとしての賞味期限は切れた」などと陰口を叩かれている。噂話程度だが俳優転向も検討しているらしい。デビューしてまだ三年。それがモデルの現実なのだ。そして毎年「新人」が誕生し、誰かが去って空いた枠を埋めていく。

 『ヴァンス』の専属になれた『ショウ』は、同期より一歩先んじた。専属である以上いろんな仕事はできないが、仕事を掛け持ちして駆けずり回る必要はなく、スケジュールの見通しが立つのでスキルアップの時間も持ちやすい。マネージャーの的場からは「そろそろ『ヴァンス』との契約が更新の時期を迎えますから、次も使ってもらえるよう頑張っていきましょう」と発破をかけられていたが、奨もそのつもりで日々精進していた。

 一つ一つの仕事に集中して。丁寧に。それでいてけっしてマンネリにならないように。表情一つ、雰囲気一つ作るのにも努力を惜しまないで。その手応えは確かに感じていたのだ。

 その矢先の、今回の出来事。

 それに奨は動揺する。

 『ヴァンス』は『アズラエル』と専属モデル契約を結んでおり、現在日本で『ヴァンス』がモデルを必要としたら『アズラエル』のモデルを使わなければならない。その『アズラエル』から推薦されたのが『ショウ』で、『ショウ』は『ヴァンス』合意のもと専属モデルを務めている。だから、雑誌に『ヴァンス』の衣装を着てグラビアを飾るとしたら、そのモデルは自分であるはず。………ではないのか。

 CMだけならまだ納得する。しかし、こうして雑誌に『ヴァンス』全面押しで掲載されれば、まるで彼が『ヴァンス』のモデルであるかのように読者の目には映るだろう。

 『ショウ』を押し除けて、次の『ヴァンス』のモデルは彼なのだ、と。

 それとも、実際そうなのか?

 もしかして、最初からそういう契約だったとか?

 専属モデルは一人とは限らない、というような……。例えば、『ショウ』との契約期間中であっても、新たにモデルを起用して、以降はそのモデルにグラビアを任せることもある、というような。

 もしそれがOKなら、自分は飼い殺しされる可能性だってあるのではないか。

 そんな不安が一気に湧いた。

 『ヴァンス』との契約が終わるまで仕事は制限される。そんな中で『ヴァンス』に仕事をもらえないとなれば、あと数ヶ月のこととは言え、キャリアのことだって、生活のことだって、不安は付きまとう。それにそんなケチがついたモデルを次使ってくれるところがあるのかという不安だって当然出てくる。

(………でも、そんな事態になってるなら、的場さんが何か言ってくるはず。だよね?)

 マネージャーの的場のことは信用している。デビューしてこの方二人三脚で頑張ってきた。同期の『タカアキ』の方が先に売れて、焦る気持ちもないわけではなかった時にも「焦らずじっくりきましょう」「チャンスは必ずきますから」と励ましてくれ、『ヴァンス』の専属が決まったときは、とても喜んでくれた。

(だから、却って言いにくい?)

 ………そんな気も、しなくもなくて。

 こんな気分になるのは、認めたくはなくても、間違いなくこのグラビアがいいからだ。着る者を選ぶと言われる『ヴァンス』をここまで着こなせるのは自分だけ。そんな自尊心があったのに。

 『NAO』のグラビアは、悔しいが––––いい。

 『ヴァンス』を着こなしている、というよりも、独特の雰囲気を醸していて、『NAO』でしか生み出せない世界観を生み出している。それは単に服を着こなすことより重要なこと。多少の経験を積んできたからこそわかる。………わかってしまう。

 『NAO』の特性は、強力な個性だ。

 そしてその個性は、CMでも明確だった。

 人を引き込む瞳の引力。静かで、穏やかで。華やかさはないのに、目が離せない。凛として、気品に満ちて、––––それでいて、なぜかどことなく艶っぽい。

 ネイチャー・フォトグラファーの『GO-SYO』が撮ったのだから自然美は抜群に美しい。CMの最初は、その朝焼けの美しさにまず目が奪われる。しかしカメラが人物にズームアップしていく中で、朝焼けの美しさに決して負けない『NAO』の人目を惹きつける力に視聴者は釘付けになっていく。そして最後はドアップになった『NAO』の双眸に引き込まれるのだ。

 悔しいけど、あのCMはすごくいい。

 普通なら派手目立ちするはずの『ヴァンス』の衣装もなぜかしっとり馴染んで。『ヴァンス』は色だけが特徴のブランドではなく、その形も美しいのだと再認識させられる。––––そんな気すらする。

 そのシルエットの美しさも、あのCMの世界観を下支えしている。そんな観点から見ると、あのCMはイヤフォンのCMながら『ヴァンス』の良さを再認識させるCMでもあるのだ。だからこそ、ファッション雑誌でCM衣装が特集として成立する。

 そこにすっぽりとはまった『NAO』に嫉妬する。

 奨は雑誌を見つめたまま唇をかみしめた。

 

 

 * * *

 

 

「ジェイミー。日本の出版社から荷物が届いてるわよ」

 マネージャーのダニエラからそう声をかけられて、ジェイミー・ウェズレイはわずかに首を傾げた。

「どこの出版社?」

「前に日本に行った時に、取材をオッケーした出版社よ」

「ふーん」

 クラフトバッグに入った荷物を手渡されて受け取る。こうした荷物は当然、ダニエラの検閲済みで、渡しても問題ないと判断されたものだけがジェイミーの手に渡る。––––だが、わざわざ渡すまでもない、と判断されたものが勝手に処分されていることも知っていて。つまりはこうした荷物がダニエラから手渡されること自体が珍しく、ジェイミーは一瞬キョトンとしてしまった。

 差出人を確認すると『Osaki Mizuki』とある。

 心当たりを探して首を捻り、

「あ! ミス・オーサキ」

 ジェイミーは思い出して小さく叫んだ。

 大崎は雑誌の取材を受けたときのインタビュアーだった女性で、個人的な人捜しに協力を申し出てくれた人物でもある。

 ただ、残念ながら、今に至るまで捜し人が見つかったという連絡はない。ジェイミーの捜す『ナオ』に心当たりがありそうだったので、すぐに見つかると期待したのだが。

 一度だけ様子伺いのメールをした。その返信。

【以前仕事の取材で通訳をしてくれたことがあって。それで会ったことはあるんだけど。こっちで準備した通訳ってわけじゃなかったから、どこの誰かってまでは知らないのよ。一応、東京大学まで行ってはみたんだけど。残念ながら、お伝えできるような情報は今のところないの。ごめんなさいね】

 代筆してもらったというメールにはそうあった。

 大崎は英語が喋れないから、気軽に電話で進捗状況を確認できないのがもどかしい。「まだ見つからないのかな」と気にはなっていたが、ジェイミー自身忙しい毎日を過ごす中であっというまに半年が過ぎている。

 そんな中届いた大崎からの荷物。

 ちょっぴりドキドキ、ワクワクしながら中身を確認すると、クラフトバッグから出てきたのは日本の雑誌『KANON』だった。

 この雑誌には一度ジェイミーも掲載されている。その時送られてきた見本紙は、日本初仕事の記念としてジェイミーがもらった。自分が掲載された雑誌をいちいちコレクションする趣味はないが、何となく『ナオ』と繋がるもののような気がして傍に置いておきたかったのだ。

「最新号ってことかな?」

 ジェイミーは表紙を確認しパラリと一枚めくる。そして次の瞬間、声にならないほど驚いた。

「!!!!!!」

 え?

 うそ………

 なに。

 どういうこと?

「ナオ!」

 一度しか会ってないが、すぐにわかった。

 凛とした雰囲気の中にある瞳の引力。それが、道端で出会った時よりも明確で。––––––––ジェイミーは息を飲む。

 モデルだったってこと?

 それとも、あの後スカウトした?

 大崎が? いや、彼女は雑誌記者だから、彼女自らがスカウトに動くはずがない。

 ただ、自ら「ナオ捜し」に協力を申し出たはずの大崎が、今に至るまで何の連絡もしてこなかった理由が何となくわかった気がした。

 『ナオ』が見つからなくても、大崎が『ジェイミー』に連絡を入れるメリットは大きかったはずだ。世界的モデルと個人的に繋がる。そのメリット。ジェイミー自身それを自覚していて、だからこそ大崎が積極的に連絡を入れてこない状況を不思議に思っていた。

 だが………

 『ナオ』が既にどこかの事務所に所属しているモデルだったら? 大崎が勝手に『ジェイミー』と引き合わせることはできない。そういう判断があったのだろうと理解できる。

 雑誌は全て日本語で、何と書いてあるのかわからないが、着ている衣装が『ヴァンス』であることはわかる。『ヴァンス』はここ数年日本市場で規模を拡大することに注力していて、日本最大手モデル事務所『アズラエル』と専属モデル契約をしていることも知っている。そしてその『アズラエル』は、ジェイミーが日本で仕事をする際に代理店契約をしている事務所でもある。

「ダニエラ! この雑誌に載ってる『NAO』ってモデルのこと。何か知ってる?」

 ジェイミーは雑誌をダニエラに見せる。ダニエラは「一体何よ」と言いたげな表情で雑誌を覗き込んでから、軽く肩を竦めた。

「知らないわよ」

「『NAO』って名前に聞き覚えもない?」

「ないわよ」

「『アズラエル』のモデルかどうかって確かめられる?」

「確かめようと思えばできるでしょうけど。………彼が何か気になるわけ?」

「すっごく気になる。ついでに、次の日本での仕事っていつ?」

「ジャパン・コレクションよ」

「それって三月だよね? その前に日本に行きたい」

「はぁ? 突然どうしたのよ」

 ダニエラは、一体全体何なのよ、と言いたげにもう一度肩を(すく)めた。

「確か年末にどうとかって前話してたよね?」

「カウント・ダウン・ランウェイのこと?」

「そう、それ」

「それなら断ったわよ。わざわざ年末年始に仕事しなくてもいいでしょ」

「なんて言って断ったの?」

「スケジュール調整が難しいって」

「じゃあ、調整がついたって返して。日本に行きたい」

「はぁ? 私、年末年始はニースで過ごす予定なんだけど」

「別にダニエラがついてくる必要ないよ」

「一人で日本に行くつもりなの?」

「別に子供じゃないんだから、一人で行けるし。それに、あっちの事務所と代理店(エージェンシー)契約してるんだら、日本のスタッフが何とかしてくれるよ」

 ダニエラが何か叫んだが、ジェイミーは気にすることなく携帯電話を取り出してメールを打つ。相手はもちろん、雑誌の送り主、大崎美月であった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。