「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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錯綜のステージ 2

 モデル事務所最大手『アズラエル』統括マネージャー高倉真理の執務室。その部屋の本革張りのソファーに座り、加々美蓮司は長い足を持て余し気味に、自分で淹れたコーヒーの香りを堪能していた。

 近頃のお気に入りはグァテマラ産のコーヒーで、加々美のためだけにストックしてもらっている。

「で、話って何だ?」

 いつもなら気が向いた時に勝手にこの部屋にやってくる加々美だが、今日は珍しくも高倉に呼び出された。世間話程度のことなら電話で済む。わざわざ執務室まで呼び出すのだから、ある程度込み入った話なのだろう。

 ––––『ヴァンス』の件かな。

 そんな想像をする。

 クリスから、年末恒例のカウント・ダウン・ランウェイで尚人が使えないかと相談されたのが数日前のこと。もろもろ検討して折り返すと返事をして、まだ高倉に話していないのだが、耳ざとい高倉のことだから、どこからか嗅ぎつけたのかもしれない。

 ––––まあ、それなら話が早くて済むけどな。

 そんなことを思っていると。

「カウント・ダウン・ランウェイの件なんだが」

 高倉が想像通りのことを口にした。

「それがどうかした?」

 一応素知らぬ顔でそう問い返す。

 高倉と腹の探り合いをする気などさらさらないが、相手の言葉は最後まで聴くものだ。

 一方の高倉は、いつも通りのポーカーフェイスで淡々と言葉を続けた。

「『ジェイミー』が急遽参加できると連絡してきた」

「は?」

 え?

 あ?

 ………そっち?

 いやいやいやいや、十分ビックニュースだが………

 予想外の言葉に一瞬固まって。

 加々美は、落ち着きを取り戻すためにコーヒーを口に運んだ。

「––––そりゃ、良かったじゃないか」

 イベントの目玉として『ジェイミー』を呼べないかと関係スタッフが手を尽くしていたのは知っている。今年の春に『アズラエル』と代理店(エージェンシー)契約を交わして日本での活動も期待されているだけに関係者の期待値の高さも想像がつく。

 しかし、先方からの返事はけんもほろろだったと聞いていた。

 カウント・ダウン・ランウェイは、日本国内で活躍するモデルにとってはかなり重要なイベントでも、グローバルなイベントではない。さすがに世界的に活躍するモデルを呼ぶのは難しいか、と加々美も思っていたのだが。

 一体、どんな心境の変化があった?

 それとも単なるギャラの問題だったのか。

「こっちか?」

 加々美がそっと指で輪を作って高倉に示すと、高倉は首を横に振った。

「スケジュール調整が難しいって理由で断られていたんだが。調整がついたって連絡があった」

(へぇ………)

 『ジェイミー』が参加するとなるとイベントに箔が付くし、盛り上がりもするだろう。嬉しいビックニュースのはずだが。高倉の表情がいまいち冴えないのがどうにも気になる。

「それで、何か気になることでも?」

「条件がついてた」

「条件?」

 軽く首をひねる。

 ギャラ、……ではないと言われたばかりで。

「あ、トリを務めたいと言ってきたとか」

 イベントのトリは、ここ数年ずっと加々美が務める。ステージ・モデルとしては第一線から退いている加々美だが、その年一番旬の女性モデルを加々美がエスコートして締める、それが恒例になっている。一番美味しい役どころだ。––––とはいえ、加々美的にはそれでイベントが盛り上がればいいと考えている程度で、その席にしがみつく気はさらさらない。

(ジェイミーがトリを務めたいってんなら、それでもいいんじゃ?)

 それでイベントが盛り上がるならそれでいい。

 あとはイベント責任者の考え方次第だが。

「ある意味、そっちの方がわかりやすかったかもな」

「はい?」

「尚人君に会えるようセッティングしろと言ってきた」

(はぁッ?)

 加々美は飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになって、思わずむせた。

 それって、

 一体、

 ………どういうこと?

「正確には、年末のイベントに出席するために日本に行くから、そのタイミングで雑誌『KANON』でグラビアを飾ったモデルの『NAO』に会わせてくれって」

「………………………………………なんで?」

「さあ?」

 高倉は小さく肩を竦める。

「それって『KANON』を見たってことだよな?」

「まあ、そうだろうな」

 ファッション・マガジン『KANON』は、電子版も出しているが、基本的には日本人を相手にしている雑誌。世界をまたにかけて活躍する『ジェイミー』が日頃からチェックしているとは思えないのだが。

 たまたま目にした?

 それとも、普段から世界各国の主要ファッション誌は目を通しているのか。

 あるいは、日本で活動拠点を作ったのをきっかけに日本を重点的にチェックしているとか?

 それでも、なぜ尚人なのか、その辺がさっぱりわからないが。

 『KANON』に載った尚人のグラビアの良さは加々美も認める。それでも、世界的に活躍するほどのモデルである『ジェイミー』が雑誌グラビアを見ただけの無名モデルに「会いたい」と思うものだろうか。

 その辺は『ジェイミー』の個人的性格による、としか言えないのかもしれないが––––。

 ただし、会いたい理由が友好的なものとは限らない。

 加々美はそう思い、ふとあることに気づく。

(……………………)

 ……ひょっとして。

 …………まさか、だが。

 この業界、ゲイ度が高いのは事実。加々美の友人知人にも、内々ではカミングアウトしている者がいるし、海外で仕事をすればその手の割合がグンと上がることも実感している。ただ、それをことさら吹聴する気はないし、仕事に影響さえしなければどうと思うこともない。あくまでプライベートの話だからだ。慣れない頃はその手の誘いに辟易することもあったが、今はあしらい方も心得ている。

 ………だが。

 もし、

 万が一、

 ジェイミーがそうであって、

 その対象が尚人に向いているのだとしたら…………

(マズ過ぎるだろ)

 主に雅紀方面で。

 尚人にそんな感情を向ける者がいたとしたら雅紀が許すはずがない。

 クリスが最初に尚人に興味を持った時もまずそこを疑っていた雅紀だ。『ジェイミー』が尚人に会いたがっていると知っただけで静かにマジギレしそうな感じがする。

 そして、もし、『ジェイミー』が尚人に会って、以降ちょっかいなど出そうものなら、––––––––––––雅紀は本気で許さないだろう。

 尚人がかつて暴力事件の被害者になった時、加害者だった少年を思い切り殴りつけた雅紀だ。雅紀は尚人を守るためなら、自分の立場などかえりみない。しかも、そのことを記者会見の場で突っ込まれても、謝罪するどころか、正々堂々悪びれもせず、自分の行動原理を主張する。腹の()わり方が半端ない。

《ひとつ間違えば命にもかかわる無残な(なり)で弟がベッドに寝かされているのに、その暴行犯は自分のやったことを猛省することもなく、それどころか、厚顔不遜な態度を隠そうともしない。それを目の当たりにして冷静でいられるほど、私は人間が出来ていませんので。殴ったことが悪いといわれるのであれば、その叱責は甘んじて受けますが。私は、殴ったことを後悔などしていません》

 あれはまさしく雅紀の本音だ。

 仕事では常にポーカーフェイス。喜怒哀楽の感情を滅多に見せることはなく、無駄口もたたかない。それゆえ、雅紀がいるだけで現場の体感温度が下がるとさえ言われる。あの雅紀が怒りを隠さず、しかも殴ったことを謝罪したりもしない。

 相手が世界的に知名度のあるモデルだろうが、雅紀にとっては関係ないだろう。

 尚人が絡めば、雅紀は加々美の言葉だって聞く耳を持たない。それがわかり過ぎるぐらいに加々美は雅紀のことを理解しているつもりだ。

「えーと、ひとつ確認なんだが」

「何だ」

「………『ジェイミー』がゲイってことはないよな?」

 高倉がポーカーフェイスのまま加々美を見やって、銀縁メガネのブリッジをクイっと押しやった。

「そんな噂は聞いたことがないが。………ひょっとして、そっちの心配をしているのか?」

「そりゃあ、だって。世界的に活躍している『ジェイミー』がさ、なんで雑誌で見ただけの尚人君に会いたがるのかなって、不思議だろ」

「だから、プライベートな理由なら納得がいくと?」

「可能性がゼロじゃないだろ」

「––––まあ、ゼロではないな」

「だからさ。万が一にもそんな理由で尚人君に目つけてんなら、当然会わせるわけにはいかいってなるだろ」

 高倉はポーカーフェイスのまま押し黙る。

 加々美は、何とも言えない気分を鎮めるためにコーヒーを口に運んだ。

「裏付けが何もないのに杞憂すぎる気もするが。代理人(エージェント)が二人を合わせるのに反対だっていうなら、スケジュールが合わなかったとでも返しておくか?」

 高倉の言葉に加々美は口の端を歪めた。

「それで済むなら、簡単なんだがな」

「何かあるのか?」

「実は、これから話そうと思ってたんだが。クリスがカント・ダウン・ランウェイで尚人君を使えなかって打診してきてる」

「なるほど」

 高倉は呟く。

「それを俺に話そうと思ってたってことは、お前も乗り気ってことだな」

「尚人君のランウェイを見たいって思うのは当然だろう。お前だってそうじゃないのか」

「興味があるのは否定しない」

「ただ『ヴァンス』はまだ『アズラエル』との専属契約が終わってないから、それで尚人君を使うのはどうかなって思う部分はあるわけだ」

「ゲスト出演にすれば問題ないだろう。尚人君は(さいわい)にしてどこかのモデル事務所に所属してるわけじゃないから他事務所のモデルを使ったってことにはならないし。『KANON』にあれだけ大々的に載せたんだから、『ヴァンス』のモデルとしてゲスト出演しても誰も不思議には思わない」

「調整は可能ってことだな」

「もちろん事前にナイブズ氏と話し合う必要がある。今後の双方の方向性含めて」

「……………………」

 聞く者が聞けば恐ろしいセリフを淡々と吐き出す高倉のその言葉に、加々美は吐き出しかけた言葉を結局は飲み込む。やり手ビジネスマンの高倉に加々美の助言など釈迦に説法というものだろう。

「……でだ。話を戻すと。二人ともカウント・ダウン・ランウェイに出るとしたら、それで会わせないってわけにもいかないだろう? 立場的には向こうのほうが絶対的に上なわけだし。むしろ尚人君の方から挨拶に行くべきってことになる」

「そうなるな」

「あのイベントは俺自身も出演するから、尚人君につきっきりってわけにもいかないし」

 加々美が呟くと高倉がくすりと笑った。

「尚人君は俺たちが思っている以上にしっかりしている。そうじゃなかったか?」

「それは。………まあ、そうだが」

「ユアンとの時だって、自分でちゃんと出来ること出来ないこと伝えていたじゃないか。それでも心配なら先に注意を促しておけばいい。この業界、いろんな思惑を持った人間がいるのは確かだしな」

 高倉の正論に加々美はため息をつくしかなかった。

 尚人が思いっている以上に大人であるのは事実だが、周囲の大人が想像する以上に初心(うぶ)であるのもまた事実なのだ。

 とはいえ、大事に大事に囲い込みすぎては、少し前までの雅紀と変わらない。世界を広げる手助けをする、そう約束して加々美は尚人の代理人になったのだから。

「じゃ『ジェイミー』には了解したと伝える。それでいいな?」

「OK」

 加々美はわずかに肩を(すく)めてそう答えると、カップにわずかに残っていたコーヒーを飲み干した。

 

 

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