「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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錯綜のステージ 5

 『ジェイミー』来日当日。高倉は、空港で出迎えた桐生から「無事合流しました。予定通り本社に向かいます」との連絡を受けて、一階ロビーでその到着を待ち受けた。ほぼ時間通りにジェイミーを乗せた車がエントランスに到着し、高倉はジェイミーを出迎える。

〔やあ、ミスター・タカクラ。わざわざの出迎えありがとう〕

〔すぐに打ち合わせに入りたい〕

〔OK. 問題ない〕

 高倉はジェイミーを伴って3階のモデルフロアへ上がり、そこからエレベーターを乗り換えてさらに上階へと向かう。準備していた応接室にジェイミーとマネージャーのダニエラを通すと、高倉は今回のスケジュールを説明した。

 ひと通りの説明を受けてジェイミーが頷く。

〔ショーのスケジュールは了解した。で、こちらがお願いしていた件はどうなったかな?〕

〔それについては今から時間をとってもらっていいだろうか?〕

〔今? この後すぐってことだね。OK. 何の問題もない。で、場所は?〕

〔少し移動する。場所は、——着いてからのお楽しみ、とでも言っておこうか〕

〔なるほど〕

 ジェイミーがにこりと微笑む。

 こう言った余裕ある態度が加々美と似てるよなと高倉は思う。天性の色男。寡黙な『MASAKI』とはタイプが違う。

 ジェイミーは再び桐生の運転する車に乗り込む。今度はその助手席に高倉も加わった。しばらく車を走らせて目的地に到着する。

〔ここって、確か……〕

〔年末のイベント会場だよ〕

〔だよね〕

 会場については先ほどジェイミーに説明したばかりだ。

〔ここにナオがいるってこと?〕

〔まあ、そういうことだ。ただ、向こうには君を連れて来ることは言ってない。そもそも、君が会いたがっているということもね〕

〔つまり、サプライズってこと?〕

 ジェイミーの声がわずかにほころぶ。どことなく状況を楽しんでいる様子に高倉は内心安堵した。

〔その通り〕

〔OK. いいね。じゃあ、ナオを驚かせに行こう〕

〔できるだけ目立たないようにできるかな?〕

〔OK〕

 ジェイミーが胸ポケットに挿していたサングラスを取り出してかける。正直なところ、サングラスをかけたところで「目立たない」ことには何も貢献していなかったが、高倉はひとつ頷きを返してジェイミーを先導した。

 

 

 

 高倉に案内されてジェイミーは準備が進むイベント会場へと足を踏み入れる。会場内のあちこちで設営スタッフが忙しなく動き回っていたが、それでもステージはほぼ完成していて、出来上がったランウェイの上を歩く人の姿があった。

 おそらく照明設置のためのスタンドイン・スタッフだろう。ただ、次々とランウェイを歩く若者たちの姿は遠目にもど素人というわけではない。

(デビュー間もないモデルを使ってるのかな?)

 ステージに慣れさせるために、若手モデルを本番前のスタンドインで歩かせるというのはあるあるだ。

 それにしても随分と緊張感がある。と、ジェイミーは思う。

(ただのスタンドインじゃない?)

 まるで審査会場かのような緊迫感がある。と思ってがらんとした客席に視線を向けると、ステージ脇に二つの影があった。

 一人は日本モデル界の帝王、 加々美蓮司。前回の来日時に『アルラエル』側関係者と会食した時に面識を持った。そしてもう一人が——

(あれって、確か……)

 間違いない。『ヴァンス』のチーフデザイナー、クリストファー・ナイブスだ。ファッション・ウィークのコレクション会場で何度か見かけたことがある。

 二人が見ている。だからこの緊張感か、とジェイミーは納得する。ひょっとしてイベントで使用するモデルの最終選考も兼ねているのだろうか。

 世界で行われるコレクションでは、使用するモデルは一般的にキャスティング会社が用意し、最終的にデザイナーが決定する。最終決定の仕方はまちまちだが、実際に衣装を着せてランウェイを歩かせ、他のモデルとのバランスなども見ながら集めたモデルをどんどん落としていく。街角で声をかけられて、「パリコレに出てみない?」と言われて現地入りしたら単なる選考会だった、というのは素人からよく聞く不満だが、それでも集めたモデルには現地までの交通費や滞在費を出すのだから、キャスティング会社とて誰も彼もに声をかけるわけではない。ファッションショーは、実際にショーとして披露されるまでにかなりの時間とお金がかかっている。

 そんなことを思っていると桐生が「お呼びしてきます」と言って二人の元へかけ走っていく。しばらく待つと桐生は二人を連れて戻ってきた。どうやらここで会わせるのは最初から「ナオ」だけのつもりではなかったようだ。その意味にジェイミーは密かに思いを巡らせる。

〔やあ、日本へようこそ。再会を楽しみにしていた〕

 歩み寄ってきた加々美が艶っぽく笑って握手を求める。それにジェイミーもにこやかな笑みを返して握手を交わす。

〔ありがとう。私も来日できて嬉しいです〕

 続けてクリスが握手を求めて来る。

〔はじめまして。でもないかな? 『ヴァンス』のクリストファー・ナイブスです。クリスと呼んでください〕

〔あちこちのコレクションで見かけてはいましたが、ご挨拶は初めてですね。ジェイミー・ウェズレイです。私のことはぜひジェイミーと呼んでください〕

 クリスとも握手を交わす。その最中もライウェイをモデルたちが歩き続けている。

〔今は、スタンド・インですか?〕

 ジェイミーがちらりとランウェイに視線を向けて尋ねると、答えたのは加々美だった。

〔そう。練習を兼ねてね。経験の浅いモデルに歩かせているんだ〕

〔なるほど〕

〔尚人君もいるよ〕

〔ナオ?〕

〔そう〕

 あまりに当たり前に加々美が言う。それに違和感を抱きつつも、ジェイミーはステージに視線を向けた。その視線の先、等間隔に並んで歩くスタンドイン・モデルの中にすぐさま『NAO』を見つける。しかし、雑誌の写真を通してさえ明らかだった人目を惹きつける瞳の引力は、全身を覆う硬質な緊張感に包み隠されていて。妙なところに力の入る硬い動きに、ステージ慣れしていないのは丸わかりだった。

〔ナオト君。まだ、ちょっと硬いね〕

〔最初よりは、随分マシにはなったけどな〕

〔初めてだし。そりゃ、緊張するなって方が無理ってものだろうけど〕

〔転ばないか、見てる方がハラハラするな〕

〔わかるよ。僕もユアンの初めてのステージはハラハラしっぱなしだったしね〕

〔へぇ。なんだか意外だな〕

〔ユアンだって、最初のステージは緊張しまくりなのが明らかだったからね。思わず、やめとく? って聞いちゃったくらいだし〕

〔尚人君にも聞くか?〕

〔うーん。それは避けたいなぁ。それに、ナオト君って意外と本番に強そうだし〕

〔確かに、スイッチ入ったら、もうひと化けしそうなんだよな〕

〔それは、わかる〕

 二人の会話にジェイミーは引っかかる。明らかに二人とも「ナオ」のことをよく知っている口ぶり。しかもかなり親しげだ。

 雑誌『KANON』で『NAO』は『ヴァンス』の衣装を着ていた。だから、クリスと面識があるのは理解できる。もしかすると今回のイベントでも『NAO』を使うつもりなのかもしれない。

 だが……

(『ヴァンス』のチーフデザイナーって、モデルとフレンドリーに接するイメージがないんだけどな)

 どちらかといえば、クールなやり手ビジネスマン寄りのデザイナーというイメージ。ビジネス的社交性はあっても、プライベートで親しくなるようなフレンドリーさはない。……とまあ、それは、ジェイミーの個人的なイメージではあるが。

 そんなイメージを抱くのも『ヴァンス』は、『ユアン』一人をメインにしているからだ。世界各地で開催するショーのそれぞれでそれなりにモデルを使いはしても、世界中のショーに連れ回して使うのは『ユアン』一人だけ。しかもその『ユアン』は正真正銘の身内で、モデル側からすると付け入る隙がない。

 ただ、『ヴァンス』は新興ブランドでようやく世界的認知度が高まったところ。レディースのみだったデザイン展開をメンズにも広げ、様々なモデルを起用してブランドの多様な顔を見せるのはこれからだろう。近年日本を足がかりに規模拡大に力を入れているようだから、日本では今後のことも含めてフレンドリーさをビジネス戦略として打ち出しているのかもしれない。

 しかしそう冷静に分析してみたところで、今まで自覚したことがない、言葉にできない感情が胸のあたりでもやっとした。

 例えるなら、偶然道端で見つけた可憐な花にはっとして、そっと愛でる満足感に浸っていたら、目の前で今にも誰かが手折(たお)って持って行きそうな場面に遭遇した——そんな不快感。ただ同時に、その花は自分の物ではないというのは十分すぎるほど自覚があって。だから、そもそも不快に感じる権利が自分にあるのかという自問が不快感の隙間から浮上して。……と、そんな感じか。

 そんな、どうしようもない感情を必死に飲み込んでいる間に『NAO』がターンしてランウェイを戻ってステージ裏に消えていく。「ナオ」との再会が純粋な喜びに満ちたものではなかったことにジェイミーの気分は晴れなかった。

 

 

 * * *

 

 

〔尚人君にサプライズを仕掛けないか?〕

 加々美がそう言っていたずらっぽく笑いかけてきたのは、尚人の姿が完全にステージ裏に消えた直後だった。

〔サプライズ? 例えば?〕

 思わずそう問い返してしまったのは、加々美の笑顔があまりに無邪気だったからだ。悪戯小僧のような表情に、呆れるというより乗せられた。

〔先輩モデルが手本を見せてくれるってことでステージに注目させて、そこに君が登場するんだ〕

〔なるほど。面白そうだ〕

 ジェイミーはほんの少し逡巡してにこりと笑い、加々美の目を見つめ返す。

〔だけど。——そのサプライズ、もう一捻りしてもいいかな〕

〔例えば?〕

〔先輩モデルが手本なんて、フリがありきたりすぎるから。カガミ、あなたが手本を見せるってことにしてよ。あなたが現場にいるのはみんな知ってるし、日本モデル界の帝王と言われるあなたが手本を見せるとなったら、みんな興味津々でステージに釘付けでしょう? 僕は、カガミがステージ裏にはけた後に続けざまに出る。その方がサプライズ感がすごいと思わない?〕

〔なるほど〕

 にやりと加々美が笑う。

〔悪くないプランだ〕

〔でしょ?〕

〔じゃ、さっそく〕

 加々美の視線が高倉に向く。高倉はポーカーフェイスのまま頷いた。

「了解。準備しよう」

 日本語だったが、高倉が了承したのはわかった。そして桐生に何やら耳打ちして二人はスタンドイン・モデル達が消えていった方へ向かって歩き出す。ちょっとした反骨心からの提案だったが、あっという間に動き出すそのフットワークの軽さに密かに感嘆していると、加々美がジェイミーを促した。

〔さ、俺たちはこっちだ。皆と鉢合わせしないルートで舞台裏へ行こう〕

 

 

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