「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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錯綜のステージ 9

「雅紀兄さん、お待たせ」

 その声に雅紀はタブレットに落としていた視線を上げた。

 午前中の仕事を終え予約していたホテルに入った雅紀は、尚人から最寄駅に着いたとのメールを受け取ってロビーに降りて待っていたのだ。

「迷わなかったか?」

「うん。ちゃんと事前に調べておいたから」

 抜かりないところは尚人らしい。

 にこにことした笑顔が可愛くて、頭をなでてよしよししてやりたいが、さすがにホテルのロビーではまずかろうと自重する。

「じゃ、部屋に行こうか」

「何階?」

「8階」

 そんな他愛もない会話を交わしながらエレベーターに乗り込んで部屋に向かう。

「それにしても、荷物大きいな」

 泊まりの荷物は先に車で出る雅紀が持って出た。だから尚人は、携帯電話と財布くらい持ってくれば良かったはずなのだが。

「うん。お弁当持ってきたから」

「弁当?」

「お昼一緒に食べようって言ってたでしょ? だから、お弁当いるかなって思って」

 雅紀はぱちくりと瞬いて、小さく苦笑した。

「朝からずいぶん作ってるなぁって思ってたけど。裕太の飯かと思ってた」

「もちろん、裕太の分も作ってきたよ」

 雅紀的にはホテルラウンジで一緒にランチと思っていたが。もちろん、尚人の弁当の方がいいに決まっている。

「わぁ、広い」

 8階に着いて、部屋に入るなり尚人が感嘆の声を上げた。部屋はスーペリアツインで、一度加々美のポケットマネーで泊まらせてもらったジュニアスイートからすれば断然格下グレードだが、それでもそこそこの広さと開放感はある。窓際にソファーとローテーブルがあり、夜景を楽しみながら酒を楽しむにはうってつけのスペースだが、尚人の弁当を広げるのはベッド前の広い空間に置かれた二人がけのダイニングテーブルがちょうどいい。

 尚人は物珍しげにしばらくキョロキョロと部屋を見回してから洗面所に手を洗いに行くと、

「なんかどこもかしこもピカピカで、使うのためらっちゃうね」

 そんな可愛らしいことを言いながら戻って来た。

 雅紀一人泊まるならこんなに良い部屋には泊まらない。いつも利用するのはスタンダードシングルだ。今日は尚人の初ステージなのだから、お祝いの意味もある。

 尚人がテーブルの上に持参した弁当を広げる。唐揚げにベーコンのアスパラ巻きにミートボール。副菜にポテトサラダとほうれん草の白和え。それにブロッコリーとミニトマトが彩りを添えている。おにぎりは食べやすいように一個ずつラップに包んである気の遣いようだ。

「うまそうだな」

「好きなだけ食べてね」

 わざわざ水筒に入れて持って来た温かいほうじ茶を注ぎながら尚人が言う。こんな物まで持って来るなら大荷物になるのも当然だ。

「いただきます」

 遠慮なくいただく。おにぎりの中には昆布の佃煮が入っていた。

「あ、でもまーちゃん。本番前はあまり食べすぎないようにしてるって言ってから、気にせず残して良いからね」

 尚人の弁当を前にして、なかなか難しい忠告だ。が、確かに大事なステージ前。食べ過ぎは厳禁だ。

「俺もお腹半分ぐらいにしとく」

 そう言って尚人がちょこちょことつまんで食事を終わらせる。もともと少食の尚人ではあるが、そのあまりの少なさに雅紀はほんの少しだけ心配になる。

 それで本当に半分なのか? と。

 緊張しすぎて食事も喉を通らない、と言うふうには見えないが。こんなにも食わないのならラウンジで食事をしなくて良かったなと密かに思う。ひょっとすると出された物を残すのは悪いと気を遣って尚人に無理をさせることになったかもしれない。

「結構残っちゃったね。張り切って作りすぎちゃった」

「冷蔵庫に入れときゃいいさ。戻ったら食うから」

「でも、まーちゃん。ステージが終わったら打ち上げがあるんじゃないの?」

 尚人は自分の出番が終わればすぐにホテルに戻ることになっているが、雅紀はそう言うわけにはいかない。本音では尚人の待つホテルに一刻も早く戻りたいのだが、この業界は打ち上げも含めて仕事だ。

「一応、打ち上げ会場にはオードブルが並んじゃいるけど。はっきり言ってあれは喰うためのものじゃなくて、会場のセットの一部みたいなもんなんだよ」

「そうなんだ」

 尚人はなんとも不思議そうな顔をしたが、それ以上突っ込んでくることもなく、残った弁当を綺麗に詰め直して冷蔵庫へ仕舞う。その後歯磨きやら、荷物の整理やらしていると、尚人の携帯電話が鳴った。

「あ、はい。わかりました。すぐに行きます」

 短いやり取りだけですぐに終わる。

「加々美さん?」

 尚人が電話を切ったタイミングで問いかけると、尚人が頷いた。

「うん。ロビーで待ってるって」

 尚人は雅紀よりも早めに会場入りすることになっている。初参加の新人なのだから、それは当たり前。本音では雅紀も付いて行きたいが、(かえ)って尚人の邪魔になる、と自分に言い聞かせて自制した。——それでも

「じゃ、ロビーまで送る」

 その位は許されるだろう。

 尚人を伴ってロビーへ降りると、長い脚を持て余し気味にソファーに座っていた加々美がすぐにこちらを見つけて手を上げた。

「よう」

「ナオがお世話になります」

 歩み寄り、きっちり腰を折って挨拶する。すると加々美が艶っぽく苦笑した。

「相変わらずの過保護だな」

 ロビーまでついて来たことを言っているのだろう。

「加々美さんだって出演者側なのにわざわざ迎えに来ていただいて」

「俺は、最後の最後にほんのちょっと出ればいいだけだからな。それまでは尚人君のサポート優先さ。何たって俺は、尚人君の代理人だから」

 やっていることは代理人というよりマネージャーだが。加々美の配慮に文句があるわけではない。

「じゃ、ナオ。行ってこい」

「うん。行って来ます」

「最後は楽しんだが勝ちだ」

「わかった」

 にこりと笑った尚人の顔を見て、これなら大丈夫そうだと雅紀は安堵した。

 

 

 * * *

 

 

 カウント・ダウン・ランウェイ、イベント会場。開幕時間が近づくにつれ、徐々に会場は人で溢れ、熱気に包まれていく。

 モデルにスタイリストにメイクアップアーティストにアシスタント。いろんな人たちで舞台裏は雑然愴然。そこかしこで今日着る衣装の最終フィッテングが行われ、メイクが施される。

 そんな中、グラビア撮影の経験はあってもステージ初参加の尚人は、本番前の慌ただしさに多少圧倒されつつ加々美に連れられてあちこち挨拶に歩き回っていた。

「『NAO』と申します。初めて参加させていただく新人です。よろしくお願いします」

 少々緊張しながらもきっちりしっかり挨拶する。相手からの反応はまちまちで、にっこり笑顔と握手付きで挨拶を返してくれる人もいれば、ちらりと視線を投げただけで終わる人もいる。本番に向けて余計なことで気を削がれたくない人もいるだろうと思えば、素っ気ない反応もむしろ「申し訳ない」という気持ちになる尚人だったが、事前に加々美から「いろんな人間がいるから、いちいち気にする必要ないからね」と言われていたので、あまり考えないようにする。

 とはいえ挨拶とは別口で、ビシバシと突き刺さる周囲の視線に気付かない尚人ではない。

(新参者だから値踏みされてるだけ?)

(それとも俺って、なんか変なのかな?)

(場違い感ありありで浮きまくってるとか?)

 そんな斜め上の心配をしている尚人は実は気付いていない。

 なぜ自分が(ひそ)かな注目を浴びているのか。

 ——あれがあの話題のCMの子なんだ。

 ——なんだろ、この目が吸い寄せられちゃう感じ。

 ——なんか、見てると癒される子だな。

 しかししかしそれよりも、皆が気になってしょうがないのが、

 ——加々美さんの秘蔵っ子って噂はやっぱり事実?

 話題性抜群のデビューをして、それでいて正体は不明。『NAO』という名前以外のプロフィールの公表がなく、どこの事務所に所属しているのかすらわからない。そんな中「どうやら加々美さんの秘蔵っ子らしい」という出所不明の噂がまことしやかに広がっていて。——それでいて今日、まさに加々美に連れられて挨拶まわりをしている現場を目撃すれば、誰もが注目するのはある意味当然であった。

 とはいえこれまで、加々美が新人モデルを連れ回していたことがないわけじゃない。事務所の後輩の面倒を見るためで、そう言った世話役をやらない加々美ではないのだ。だから、今回新人を連れているからとイコール秘蔵っ子という図式が成り立つのかと言われると、確信までは持てない。だからこそ気になってしまう。……それに。引き回す加々美が見るからにデレデレで。愛玩動物連れ回して「うちの子可愛いでしょ?」みたいな? そんな姿を見せられると、「一体、どういう関係なんだ?」と謎は深まるばかりで。益々人々の注目を集めてしまう。

 そんな中、皆の注目を集めるさらなる事態が発生する。

 なんと、ひそかにコミュ障と噂される超絶人見知りで知られる『ユアン』が『NAO』に自ら歩み寄って声をかけたのだ。

〔ナオ、ここにいた〕

〔あ、ユアン。どうしたの?〕

〔ナオ、さがしてた〕

〔そうなんだ〕

 それからユアンがいつものごとく尚人の頭をもふってから、こくりと首を傾げる。

〔ナオ、なにしてるの?〕

〔みなに、よろしくお願いしますって、挨拶まわりしてるんだよ〕

〔ふーん?〕

 ユアンの「なにそれ?」的な反応に尚人は苦笑する。妖精王子と言われるユアンに挨拶回りさせようなんて誰も考えないのだろう。それに、突然目の前にユアンが現れて、ユアンがいつもする手をちょこんとあげる挨拶を唐突にされたなら、挨拶されたほうはただただ驚いておわりだろう。その光景を想像すると何となくおかしい。

〔まだ、おわらない?〕

〔えーと、どうかな?〕

 尚人は加々美を振り返る。

「まだ、回るところありますか?」

「いや、もう十分」

〔もう、終わりだって〕

〔じゃ、ナオ。あっち行っておしゃべりしよ〕

 ユアンが尚人の手を取って歩き出す。

 その現場に居合わせた人々は、目撃したありえなさすぎる光景に、ただただ唖然としていた。

 

 

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